お岸
お岸(おきし、生没年不詳)は、江戸時代中期の女性舞踊家。歌舞伎役者の初代中村仲蔵の妻で、宝暦4年(1754年)に二世志賀山お俊を名乗り、舞踊の志賀山流を継承した。三味線の演奏にも秀でていたとされる[1]。
生涯
初代中村仲蔵との結婚
お岸は、初代中村仲蔵の妻として知られる。立命館大学アート・リサーチセンターの年譜記事によれば、仲蔵は宝暦2年(1752年)7月、お岸と結婚した。お岸は杵屋に関係する家の女性であったとされるが、出生年や実名など、詳しい生い立ちは明らかでない[1]。
志賀山流の継承
宝暦4年(1754年)1月、仲蔵の養母で舞踊家の志賀山お俊が死去した。これを受け、仲蔵は妻のお岸を二世お俊と改名させ、江戸の籠屋新道に稽古場を設けて志賀山流の家名を継承させた[1]。
同年譜記事は、お岸について「杵屋の女とて三弦に堪能」と記している。この記述から、彼女が三味線の演奏に熟達していたことがうかがえる。仲蔵自身も舞踊に秀でており、二人は舞踊と音曲に関わる芸能活動を行っていた[1]。
脚注
- 1 2 3 4 “ARC年譜・年表記事データベース”. 立命館大学アート・リサーチセンター. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。