梨山

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梨山

Slamaw

スラマウ
梨山の露店物産販売(2012年12月)
梨山の露店物産販売(2012年12月)
梨山の位置(台湾内)
梨山
梨山
中華民国(台湾)内の位置
座標:北緯24度15分16秒 東経121度15分07秒 / 北緯24.25444度 東経121.25194度 / 24.25444; 121.25194
国 中華民国の旗 中華民国(台湾)
直轄市 台中市
区 和平区
村里 梨山里
標高
2,000 m
等時帯 UTC+8 (台湾時間〈TST〉)
和平区行政区域図
      梨山里       平等里(中国語版)
「楓之谷-1956秘密花園」前の海抜1956m地点の表示[1]

梨山(りさん、英: Lishan〈リーシャン〉[2]、タイヤル語: Slamaw[3]〈スラマウ[4]〉、繁: 斯拉茂[5])は、台湾の台中市和平区梨山里にある地区であり、タイヤル族のほか各地の台湾原住民[1]、客家系台湾人(中国語版)、閩南民系台湾人、栄誉国民(中国語版)など多様な民族が混在する[6]。梨山地区には、梨山 (Slamaw〈スラマウ〉) を中心に、佳陽 (Qayo[5], Kayo〈カヨー〉、新佳陽〈同・Slamaw〈スラマウ〉〉[4])、松茂 (Tabuq[5], Tabuk〈タバック[4]〉)、環山(中国語版) (Sqoyaw〈スコアウ[4]〉) などの生活圏(原住民の集落〈部落〉[4])が形成されている[7][8]。梨山地区は、和平区東部に位置し、松茂や環山は平等里(中国語版)に行政上区分されるが[5]、和平区東半部の梨山里・平等里は和平区の第3選挙区となり[9]、この梨山地区を総称して「大梨山」地区と称される[5]。

地理

梨山は中央山脈の山間部[8][10]、大甲渓上流域南岸の[11]高位段丘(河岸段丘)にあり[12]、北側の大甲渓の向こうに雪山山脈(雪山主峰〈標高3886m〉[13])を眺望する[8][14]。梨山の海抜は約 2,000メートル (6,600 ft) で[2]、温帯気候に属し[8]、平均気温はおよそ摂氏12度[1]と高冷温帯の気候に恵まれ[6]、優美な風景とともにナシ・モモ・リンゴなど温帯の果物の産地として知られる[8]。中部横貫公路の開通後、本線(省道台8線)と宜蘭支線(台7甲線)の交差点となり[4]、梨山は台湾中部で最も早くかつ著名な景勝地(風景区)となった[15]。

かつての古道および集落は、大甲渓のより低い地域にあったが、横貫公路の開通とともに、原住民は現在の梨山地区に移住するに至っている。住民の多くは農業を営み、温帯果実や高原野菜のほか、高山茶が[4]大禹嶺に次いで1980年代以降より栽培され、台湾高原茶の生産地として広く知られるようになった[16]。

歴史

梨山は大甲渓の上流域に位置し、タイヤル族(繁: 泰雅族)は、今日の南投県仁愛郷発祥村(繁: 發祥村、Pinsbukan〈ピンスブカン[17]〉)[注 1]の北港渓(中国語版) (Llyung Bnaqiy) 流域から大甲渓 (Llyung Tmali) 流域に移住し[26]、梨山に移り住んだタイヤル族の歴史は、300年以上前[26]、18世紀にさかのぼることができる[27]。そして台湾におけるタイヤル族の地区は、大安渓・大漢渓・蘭陽渓流域などを含めて台湾北中部3分の1の山間部を占めるようになった[28]。

この大甲渓上流域の支流である七家湾渓(中国語版)からは七家湾遺跡が発見されている。七家湾遺跡の下層は、約4000-2600年前の新石器時代中期から後期の文化層を示すもので、上層は約1200-400年前の金石併用時代後期から金属器時代ものに属する[29]。そして研究により、およそ3500年前には、台湾西岸中部[30]や北部から[31]東部に見られる[32][31]紅陶文化(訊塘埔文化[33]、紀元前4800〈4500[34]〉-前3500年[31])が雪覇国家公園地域に進入していたことが認められた[35]。

梨山をタイヤル族は ‘Slamaw’(スラマウ、繁: 斯拉茂[5])と呼称し、日本統治時代(1895-1945年)には日本語で「サラマオ」[36](Saramao[11]) と称され、漢字では「沙拉茅」とも記される[37]。1920年(大正9年)には、日本の統治に対する部族の蜂起と部族間の分裂によるサラマオ事件(中国語版)(繁: 薩拉矛事件)が勃発している[38][39][40]。

1930年(昭和5年)から1932年(昭和7年)には、実験的に日本の温帯果樹が亜熱帯の台湾に移入され、高冷地の梨山地域において、二十世紀と長十郎のナシ栽培が試みられた[41]。その後、ニホンナシ(日本梨〈和梨〉)の果実がよく採れるようになったことから、戦後(中国語版)、梨山に改称されたといわれる[42]。また、それ以前は、桃源とも称されていた[1][11]。そして1956年(民国45年)に中部横貫公路の建設が開始されるとともに、1957年(民国46年)、梨山の南に[43]、退役軍人の公営農場として福寿山農場(中国語版)が開設された。翌1958年(民国47年)には、日本よりナシ・リンゴ・クリなど 11種(58品種)の果樹1170株が移入され、福寿山農場のほか、台中県和平郷や南投県仁愛郷の山地集落に苗木が移植された。その後、1960年(民国49年)に横貫公路が完成すると、1961年(民国50年)に清境農場(中国語版)が仁愛郷に開設され、次いで1963年(民国52年)には[41]、梨山の北東12km[44]の平等郷に武陵農場(中国語版)が開設された[41]。1973年(民国62年)には梨山建設管理局(中国語版)が設立され、開発が進められた[45]。

温帯果実の産地として有名で、横貫公路開通により観光名所となった梨山は[5]、1965年(民国54年)、台中県政府より「梨山風景特定区」に指定された。2010年(民国99年)の併合により台中市政府(中国語版)に移管されたが[46]、台湾中華民國交通部觀光局は、梨山風景区を獅頭山風景区(中国語版)・八卦山風景区(中国語版)と合わせて「參山国家風景区(中国語版)」とし、2001年(民国90年)3月に参山国家風景区管理処を開設して、3つの風景区の観光業務を専門に管轄するようになっている[47]。

一方、1999年(民国88年)の921大地震により、中部横貫公路の本線(省道台8線)の谷関から徳基までの区間が破壊され[48]、梨山に深刻な影響を与えた[1]。その後、5年間の修復作業を経て開通する直前、2004年(民国93年)に台風7号(繁: 蒲公英、ミンドゥル)による72水災(中国語版)に遭い再び崩壊した[49]。2011年(民国100年)、梨山の住民の嘆願により、規制のなかようやく地元の住民や就労者の通行が認められ[50]、一般には通行禁止であるものの、2018年(民国107年)11月16日には、損壊区間を迂回する中横便道(台8臨37線)を利用したバスの運行が正式に開始された[51]。それとともに台中の豊原より武嶺(中国語版)を越えて梨山をつないだ長距離バスは廃止された[52]。また梨山には、横貫公路の宜蘭支線(台7甲線)が接続しており、宜蘭方面を結ぶ路線も運行されている[27]。

脚注

注釈

  1. ↑ タイヤル語のピンスブカン (Pins bukan) は「岩の割れたる所[17][18](裂開[19])」の意で、瑞岩 (Masitoban[20]〈Msthbwan、ムスバン〉) の巨石とされる[21][22]。ほかにタイヤル族の発祥伝承地として、大覇尖山 (Papak-waqa〈パッパクワァ〉)、白石山(中国語版) (Bunobon〈ブノホン〉) の2か所がある[23][24]。ただし白石山の発祥伝承はセデック族によるともいわれる[25]。

出典

  1. 1 2 3 4 5 “校史簡介”. 臺中市立梨山國民中小學. 梨山國中小資訊組. 2023年8月24日閲覧。
  2. 1 2 日本交通公社 (1989)、260頁
  3. ↑ “梨山部落【Slamaw】”. 臺灣原住民族資訊資源網. 部落介紹: 泰雅族. 原住民族委員會 (2015年). 2023年8月24日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 “梨山 部落原遊會 Lishan Guide” (PDF). 交通部觀光局參山國家風景區管理處. 2023年8月20日閲覧。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 娃利斯‧羅干 (2018年). “斯拉茂部落”. 台灣原住民百年文學地圖. 空間・歷史場景. 中華民國文化部. 2023年8月24日閲覧。
  6. 1 2 “梨山風景區”. 大玩台中. 台中市政府観光旅遊局 (2021年). 2023年8月24日閲覧。
  7. ↑ “梨山地圖”. 参山國家風景區. 認識梨山. 交通部觀光局參山國家風景區管理處 (2021年). 2023年8月24日閲覧。
  8. 1 2 3 4 5 “梨山: 日本語版” (PDF). 参山国家風景区. 交通部観光局参山国家風景区管理処. 2023年8月24日閲覧。
  9. ↑ 歐素美 (2022年10月25日). “台中梨山地區候選人一起宣誓反賄選”. 自由時報 2023年8月24日閲覧。
  10. ↑ “リーシャン(梨山)”. コトバンク. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. 2023年8月24日閲覧。
  11. 1 2 3 “梨山”. 國家文化記憶庫. 找素材. 文化部. 2023年8月24日閲覧。
  12. ↑ “梨山文物陳列館”. 参山國家風景區. 交通部観光局参山国家風景区管理処. 2023年8月24日閲覧。
  13. ↑ “雪山山脈”. Taiwan. 中華民國交通部觀光局. 2023年8月24日閲覧。
  14. ↑ 五郎丸浩. “梨山”. 日華(台)親善友好慰霊訪問団. 2023年8月24日閲覧。
  15. ↑ “歷史介紹”. 臺中市和平區梨山衛生所 (2022年4月13日). 2023年8月24日閲覧。
  16. ↑ 須賀努「台湾茶の歴史を訪ねる 第十回: (10) 高山茶の生産地を歩く」(PDF)『交流』第933号、日本台湾交流協会、2018年12月25日、26-31頁、2023年8月24日閲覧。
  17. 1 2 山路 (1984)、66頁
  18. ↑ 田中 (1937)、391頁
  19. ↑ 黃美英 (2013年8月). “為瑞岩部落留下歷史記憶 - 泰雅起源聖地與瑞岩部落的遷移”. 原住民族文獻. 原住民族委員會. 2023年8月24日閲覧。
  20. ↑ “瑞岩部落【Masitoban】”. 臺灣原住民族資訊資源網. 部落介紹: 泰雅族. 原住民族委員會 (2015年). 2023年8月24日閲覧。
  21. ↑ 伊藤 (2011)、39頁
  22. ↑ “Sbayan泰雅民族起源地”. 國家文化資產網. 文化部文化資產局 (2017年). 2023年8月24日閲覧。
  23. ↑ 伊藤 (2011)、38-42頁
  24. ↑ “泰雅之源”. 康橋雙語學校. 2023年8月24日閲覧。
  25. ↑ 林; 王 (2014), pp. 145-146
  26. 1 2 Djupelang (2018年10月23日). “種下希望的種子 - 臺中市梨山國民中小學”. 臺灣原住民族圖書資訊中心. 2023年8月24日閲覧。
  27. 1 2 陳鶴勳; 徐森彥; 陳柏安 (2014年6月). “梨山地層滑動整治 斯拉茂再現風華”. 資訊與服務. 農業部. 2023年8月24日閲覧。
  28. ↑ “原住民族分布區域”. 原住民族委員會 (2021年). 2023年8月24日閲覧。
  29. ↑ “七家灣考古遺址”. 國家文化資產網. 文化部文化資產局 (2017年). 2023年8月24日閲覧。
  30. ↑ 国分 (1959)、296頁
  31. 1 2 3 木下 (2018)、21頁
  32. ↑ 葉美珍 (2022年5月15日). “談卑南遺址繩紋陶文化(上)”. 發現 史前館電子報. 考古探索. 國立臺灣史前文化博物館. 2023年8月24日閲覧。
  33. ↑ 張安蕎 (2016年3月17日). “《小檔案》訊塘埔文化”. 自由時報 2023年8月24日閲覧。
  34. ↑ 小田静夫「台湾先史時代遺跡の「発見」 - 台北市「圓山貝塚」をめぐる調査史」『東南アジア考古学』第30号、東南アジア考古学会、2010年12月、45-67頁、2023年8月24日閲覧。
  35. ↑ “七家灣溪遺址”. 臺灣國家公園. 自然與人文資源. 內政部營建署 (2009年11月1日). 2023年8月24日閲覧。
  36. ↑ 田中 (1937)、392・397・399-400頁
  37. ↑ 大橋捨三郎「次高山に就て」(PDF)『山岳』第22巻第3号、日本山岳會、1928年4月30日、53頁、2023年8月24日閲覧。
  38. ↑ 簡 (2015)、96頁
  39. ↑ 『昭和の不思議101 2016秋の号外編』ミリオン出版〈ミリオンムック 別冊裏歴史〉、2016年、155頁。ISBN 978-4813078036。2023年8月24日閲覧。
  40. ↑ 鄧相揚; 簡史朗 (2023-04). 霧社事件調查研究. 國史館臺灣文獻館. p. 173. ISBN 9789865435837 2023年8月24日閲覧。
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  43. ↑ 斎藤、陳 (1984)、151頁
  44. ↑ 斎藤、陳 (1984)、156頁
  45. ↑ 廖士睿 (2012年7月25日). “【沒有生態的觀光系列】梨山的美麗與哀愁”. yam蕃薯藤新聞 (天空傳媒) 2023年8月24日閲覧。
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  49. ↑ 黃如萍 (2013年8月25日). “小檔案 - 921後花20億搶修 通車前2周又坍了”. 中時新聞網 2023年8月24日閲覧。
  50. ↑ 陳秋雲 (2011年10月31日). “久違了! 中橫公路「有條件」悄悄通車”. 聯合新聞網 國内要聞. オリジナルの2011年11月1日時点におけるアーカイブ。 2023年8月24日閲覧。
  51. ↑ 洪敬浤 (2018年11月16日). “中橫公車通車 上梨山只要1.5小時、最多60元”. 聯合新聞網. オリジナルの2019年4月15日時点におけるアーカイブ。 2023年8月24日閲覧。
  52. ↑ 「豊原客運6506路線、標高3,275mを走る迂回ルート廃止」『Taiwan Today』2018年11月8日。2023年8月24日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク

座標: 北緯24度15分16秒 東経121度15分07秒 / 北緯24.25444度 東経121.25194度 / 24.25444; 121.25194