純海

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純海(じゅんかい、生没年不詳)は、平安時代後期の僧侶。

人物

1180年(治承4年)8月、石橋山の戦いで敗北した源頼朝らを匿った[1]。その後大庭景親軍の追手が純海を拷問するも、頼朝の居場所を教えることなく息絶えた。頼朝が憐れみ純海の口に涙を落とすと息を吹き返した。頼朝は忠誠に報いるため寺領を寄進し、小道山頼朝寺とした[2]。

参考文献

  • 『日本史蹟大系』(1935年、平凡社)
  • 『大日本地誌大系』(1932年、雄山閣)

脚注

  1. ↑ 平凡社 & 19, p. 1731.
  2. ↑ 雄山閣 1932, p. 167.

外部リンク