西福
西福(せいふく)とは、 福岡県に所在する私立大学である西南学院大学と福岡大学を対比的に扱う呼称である。両大学の関係は、九州六大学野球連盟における対校戦を中心に形成され、これに伴う応援活動などを通じて発展してきた。こうした対校戦は新聞報道などでは主に「西福戦」と表記されており、一部では「福西戦」と称されることもある。主に福岡地域や両大学の学内外で用いられている[1][2]。
成立と背景
西南学院大学と福岡大学の間には、成立過程における歴史的なつながりが存在する。西南学院高等学部出身の溝口梅太郎が、福岡高等商業学校(後の福岡大学)を創立したことは、その代表的な例である[3]。
このような歴史的背景を踏まえ、現在の両大学の対校関係は主に大学スポーツ、とりわけ硬式野球における公式戦を通じて顕在化している。 両大学の硬式野球部はいずれも九州六大学野球連盟に所属しており、春季・秋季リーグ戦における対戦は、両校の対校関係を象徴する行事となっている。これらの対戦は、新聞報道などでは主に「西福戦」と表記され、試合にあわせて学生や卒業生による応援活動が行われてきた[1][2]。
一方で、受験業界の一部においては、西南学院大学と福岡大学を併せて指す呼称として「西福」または「福西」という言葉が用いられる場合がある。福岡地域を中心に、予備校の講座名や模擬試験などで両大学を並列的に扱う例が見られる。具体的には、河合塾の大学受験科に「西南・福大選抜文系スタディサポートコース」、代々木ゼミナールの大学受験科に「西南・福大文系」といった講座が設けられているほか、北九州予備校では毎年11月に「西南・福大プレテスト」が実施されている。
西福戦
西福戦は西南学院大学と福岡大学の間で行われる大学野球の定期戦であり、その起源は1949年(昭和24年)11月23日に春日原球場で行われた、西南学院大学と福岡大学の前身校である福岡商科大学との試合にさかのぼる[4]。新聞報道などでは主に「西福戦」と表記されており、一部では「福西戦」と称されることもある[5]。
1970年代には1万人近い観衆を集めることもあるなど九州地方の大学野球を代表する試合の一つとして知られていた。両校の学生や卒業生が多数来場し、スタンドではブラスバンドやチアリーダーを中心とした応援合戦が展開され、西南学院大学の緑、福岡大学のえんじ色に染まった観客席は象徴的な光景とされていた[6]。
西福戦の名勝負
1997年10月には、同年11月末で閉鎖される予定であった平和台球場において西福戦が行われた。雨天の中で試合は延長13回までもつれ、西南学院大学が福岡大学にサヨナラ勝ちを収めた。この試合は、平和台球場で実施された最期の野球公式戦となり、大学野球の伝統的な一戦が球場の歴史に幕を引く試合として報じられた[7][8][9]。
その後、大学野球を取り巻く環境の変化や学生の関心の多様化などにより、かつてのような大規模動員は見られなくなった。一方で、観戦環境の向上を目的とした取り組みも行われている。2006年には西南学院大学関係者を中心に米大リーグを意識した観客サービスの企画が導入された。当時ヤフードームで行われた試合では米国人DJによる選手紹介や、攻守交代間のBGM演奏のほか、観客参加型のミニゲームを実施されるなど、新たな演出が試みられた[10]。
応援文化と愛校心
西福戦は、勝敗を競う場であると同時に両大学における応援文化や愛校心を育む行事としての側面も持ってきた。学生・卒業生が一体となってスタンドを埋め、応援団やチアリーダー、ブラスバンドを中心に応援合戦を展開する形式は、長年にわたり西福戦の特徴とされてきた。
近年は学生の応援参加率の低下が指摘される一方で、伝統行事としての西福戦を次世代へ継承しようとする動きも見られる。西南学院大学では、応援グッズの制作や卒業生との連携などを通じて、学生の一体感や大学への帰属意識を高める取り組みが行われている[5]。
脚注
- 1 2 “体育会|クラブ・サークル”. 西南学院大学. 2025年12月31日閲覧。
- 1 2 “九州六大学野球「福西戦」大盛況の中、最終戦勝利”. FUKUDAism. 福岡大学 (2025年5月13日). 2025年12月31日閲覧。
- ↑ “メモリアルコラムNo.10 福大の創立者は西南OB?”. 西南学院 (2008年7月5日). 2025年12月31日閲覧。
- ↑ “九州六大学野球伝統の一戦「福西戦」が行われます(4/14)”. 福岡大学 (2018年4月10日). 2025年12月31日閲覧。
- 1 2 「応援合戦で育て愛校心 九州六大学野球 西福戦の伝統復活へ」『読売新聞』2010年9月11日、夕刊。
- ↑ 「伝統の「福西戦」70年」『読売新聞』2019年5月13日、朝刊。
- ↑ 「平和台、「サヨナラ」ゲーム 大学野球は西福戦で幕」『朝日新聞』1997年10月3日、朝刊。
- ↑ 「安く、近く、多数収容の夢舞台(消える平和台来し方行く末)」『朝日新聞』1997年11月1日、朝刊。
- ↑ 「私の平和台=福田精一さん 岩崎功さん 末広勝さん」『西日本新聞』1997年11月24日、朝刊。
- ↑ 「曲走路=12日に福岡市のヤフードームであった九州六大学野球の...」『西日本新聞』2006年4月3日、朝刊。