頼源

ウィキペディアから、無料の百科事典

頼源(らいげん、生年不明 - 寿永2年2月24日[1]〈1183年3月19日〉)は、平安時代後期の絵仏師。父は頼助[1]。

1142年(康治元年)藤原忠通の発願により葉衣観音を描き、1149年(久安5年)延勝寺供養の際の勧賞で父の功績を譲られて法橋に任じられ[1]、その後は法眼に昇任した。寿永2年2月24日、腫物によって死去[1]。両界曼荼羅や阿弥陀如来像など多くの画を描いたことが伝えられているが、遺品は残されていない。

脚注

参考文献

  • 竹居明男 著「頼源」、古代学協会、古代学研究所 編『平安時代史事典』 本編下巻《た~を》、角田文衛監修、角川書店、1994年4月、2674頁。ISBN 4-04-031700-9。