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色覚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(1色型色覚から転送)
3色型色覚を持つヒトのL錐体、M錐体、S錐体の分光感度。3種類の錐体はいずれも広い波長範囲に感度をもち、その範囲は互いに重なっている。

色覚(しきかく、英: color vision)は、光のスペクトルがもたらす視覚の質的差[1]。光の強さ、時間、面積、順応状態などにも依存し[2]、色彩として識別する[3]。

概要

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色覚は、光の強さの違いとは独立して、光のスペクトル組成の違いを識別する能力である[4]。一般に色覚の成立には、分光感度の異なる複数の光受容細胞と、それらからの信号を比較する神経機構が必要である。単一の光受容細胞の応答は、入射する光の波長と強度の双方によって変化するため、その信号だけでは波長の変化と光強度の変化を区別することができない[5]。

脊椎動物の網膜には、主要な光受容細胞として錐体と桿体がある。一般に錐体は明所視に、桿体は暗所視に適しており、色覚には主として分光感度の異なる複数種類の錐体が関与する[5]。分光感度の異なる光受容細胞の応答を比較することによって光の波長に関する情報が取り出される[5]。このような波長情報の処理は網膜の段階から始まり、その後、中枢の視覚経路でさらに処理される[5]。

ヒトでは、網膜中心部で錐体細胞の密度が高い[6]。ヒトの錐体は分光感度の異なるL錐体、M錐体、S錐体の3種類があり、通常は3色型色覚を示す[5]。ヒトの可視光は 380–760 nm(ナノメートル)という狭い波長範囲に収まる[7][注釈 1]。そのうち、L錐体は長波長側の赤から緑にかけての光に、M錐体は中波長域の緑から青にかけての光に、S錐体は短波長側の青から紫にかけての光に、それぞれ高い感度をもつ[3][注釈 2]。こうした3種類の錐体の相対的な応答が神経系で比較・処理され、色覚を生じる[5][9]。

一方、暗所で主として働く桿体は1種類であり、桿体のみが働く暗所視では色覚は生じない[5]。色覚を生じるには、ある程度以上の光強度が必要であり、その下限(閾値)を色覚閾(しきかくいき、color threshold)という。色覚閾より弱い光では、光覚は起こっても色を感じることができない[6]。夜行性の動物では、低照度下で色覚を失うものが多い[10][注釈 3]。

色覚の仕組みは動物によって多様であり、分光感度の異なる光受容細胞やオプシンの種類数が、そのまま色覚の次元に対応するとは限らない[13]。そのため、ある動物が複数種類の光受容細胞や視物質をもつことだけから、2色型、3色型、4色型などの色覚をもつと結論することはできない[13]。

波長

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sRGB rendering of the spectrum of visible light
sRGB rendering of the spectrum of visible light
色 波長 周波数 光子1個のエネルギー
紫 380-450 nm 680-790 THz 2.95-3.10 eV
青 450-485 nm 620-680 THz 2.64-2.75 eV
水色 485-500 nm 600-620 THz 2.48-2.52 eV
緑 500-565 nm 530-600 THz 2.25-2.34 eV
黄色 565-590 nm 510-530 THz 2.10-2.17 eV
橙色 590-625 nm 480-510 THz 2.00-2.10 eV
赤 625-780 nm 405-480 THz 1.65-2.00 eV
明所視の分光視感効率関数の曲線グラフ

可視光のスペクトル色

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アイザック・ニュートンは、白色光がプリズムを通過すると様々な色に分離し、別のプリズムを通過して再び1つに集めると白色光に戻ることを発見した。

可視光スペクトルは約380から740 nmで、赤 約625–740 nm、橙 約590–625 nm、黄 約565–590 nm、緑 約500–565 nm、シアン 約485–500 nm、青 約450–485 nm、紫 約380–450 nmのスペクトル色がある。範囲外の長波長は赤外線、短波長は紫外線とそれぞれ称する。

色弁別

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波長に十分な差があると、知覚される色相にも違いが生じる。2つの色を見比べて、違いを見分けられることを色弁別という。青緑と黄色の波長では、わずか1 nmの波長差で異なる色に見分けることができるが、より長い波長の赤やより短い波長の青などでは、波長が10 nm違っても同じ色に見える、ということがある。人間の目は数百の色相を識別できるが、さらにスペクトル色を白色光で薄めたりすれば、識別可能な色の数ははるかに多くなる。

明所視 / 暗所視 / 薄明視

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ヒトの目の網膜は、光量の高いレベルで働く錐体細胞と、光量の低いレベルで働く高感度の桿体細胞、2種の視細胞がある。光量が充分にある状況では、錐体のみが働き、桿体は視覚に寄与しない。このような明るいレベルでの視覚の状態を明所視(めいしょし, 英: photopic vision)と呼ぶ。一方、桿体のみが働く暗いレベルでの視覚の状態を暗所視(あんしょし, 英: scotopic vision)と呼ぶ。明所視と暗所視の中間の、錐体も桿体も働くような光量レベルでの視覚の状態は薄明視(はくめいし, 英: mesopic vision)と呼ぶ[14]。薄明視と明所視では色による相対的な明るさが変わることが知られており、プルキンエ現象と呼ばれている。

スペクトル色以外の色感覚

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人は、スペクトル色には含まれていない色も感じる。白、灰色、黒といった色みのあざやかさを持たない色を無彩色というが、無彩色は混色によって生じる。白という色感覚は、可視光の連続スペクトルによって生じる。錐体の種類が少ない動物ではいくつかの波長の光の混色によっても生じる。人の場合、白色光は赤、緑、青といった波長の組み合わせで生じたり、あるいは青と黄色といった補色の組み合わせでも生じる。赤紫(マゼンタ)の色相はスペクトル色には存在しない色相である。光のスペクトルの両端にある紫と赤の混色によって生じる。

色の見え・色の再現

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メタメリズムの模式図。異なるスペクトル分布をもつ光でも、L・M・S錐体に同様の応答を生じさせることで同じ色として知覚され得る。

知覚される色は、対象から眼に入射する光のスペクトルだけでなく、周囲の色や観察者の順応状態にも影響される。例えば、背景色や照明光が変化すると、同じ物体色であっても「色の見え(color appearance)が変化する[15]。同一の色刺激でも背景色によって異なる色に見える同時色対比が知られている[16][17]。また、一定時間ある色を見続けると色に対する感度が変化する色順応が起こり[18]、刺激を取り除いた後には元の刺激とおおむね反対の色をもつ補色残像が知覚されることがある[19]。

ヒトの色覚が3色型であることは、色の再現にも利用されている。異なるスペクトル分布をもつ光であっても同じ色として知覚される場合があり、このような条件等色(メタメリズム)はRGBによる色再現にも利用されている。

ヒトの色覚が3色型であることは、色の再現にも利用されている。異なるスペクトル分布をもつ光であっても、3種類の錐体に同じ応答を生じさせる場合には、同じ条件下で同じ色として知覚されることがあり、この現象をメタメリズムという[20]。一般的なカラーディスプレイでは、この性質を利用して赤・緑・青(RGB)の3原色を組み合わせることで、多数の色を再現している[20][21]。デジタルカメラでは一般に、異なる分光感度をもつ3つのRGBチャンネルで色情報を取得する。ただし、カメラのRGBチャンネルの分光感度はヒトのL・M・S錐体の分光感度とは異なるため、撮像されたRGB値から、人の色知覚に基づくCIE XYZなどの三刺激値に対応付ける色変換が行われる[22]。

色覚型の分類

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1色型色覚

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1色型色覚(英語版)(一色型色覚、1しょくがたしきかく、英: monochromacy)は、視覚に利用される分光感度の異なる光受容系が1種類のみである状態をいう。単一の光受容系からの信号だけでは、光の波長の違いと強度の違いを区別できないため、通常の意味での色弁別はできない[23][5]。

脊椎動物では、分光感度の異なる錐体が1種類しかない状態を錐体1色型色覚(錐体1色覚、cone monochromacy)という。これは錐体以外の光受容細胞を欠くことを意味するものではなく、桿体を併せもつ場合もある。調べられた多くのサメ類や、一部の鯨類・鰭脚類などで錐体1色型色覚が知られている[24]。ヒトにおいても、S錐体の機能が保たれ、L錐体とM錐体の機能が失われる青錐体1色型色覚(Blue Cone Monochromacy; BCM)が知られている。

2色型色覚

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2色型色覚(英語版)(二色型色覚、2しょくがたしきかく、英: dichromacy)は、分光感度の異なる2種類の光受容系からの信号を比較して色を弁別する色覚である。2種類の光受容系の相対的な応答を比較することで、光強度の違いとは独立して波長の違いを識別することができる[23]。ただし、2種類の錐体や視物質が存在することだけでは、機能的な2色型色覚が実証されたことにはならない[13]。

2色型色覚は多くの哺乳類にみられ、獣類では一般にSWS1系とLWS系の2種類の錐体視物質が色覚に利用される。また、エイ類の多くではRH2とLWSの2種類の錐体オプシンが保持され、2色型色覚をもつと考えられている[25]。ヒトでは、通常の3種類の錐体のうち1種類からの機能的な寄与を欠く場合に2色型色覚となり、1型2色覚、2型2色覚、3型2色覚に分類される。

3色型色覚

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3色型色覚(英語版)(三色型色覚、3しょくがたしきかく、英: trichromacy)は、分光感度の異なる3種類の光受容系からの信号を利用して色を弁別する色覚である。

通常のヒトでは、分光感度の異なるS錐体、M錐体、L錐体の3種類の錐体が色覚に関与し、3色型色覚を示す[26]。このうち一つの錐体型からの機能的な寄与が失われると、2色型色覚の色覚異常となる。遺伝性の色覚異常にこれ以外にも、3種類の錐体型が存在していてもL錐体またはM錐体の分光感度が通常と異なる異常3色型色覚がある[27]。

哺乳類では進化の過程で祖先的な錐体オプシンの一部が失われ、多くの系統で2色型色覚となった。ヒトを含む狭鼻類では、その後X染色体上の長波長感受性オプシン遺伝子が重複・分化し、S錐体に加えてM錐体とL錐体をもつ3色型色覚が成立した[28]。

4色型色覚

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4色型色覚(英語版)(4しょくがたしきかく、英: tetrachromacy)は、分光感度の異なる4種類の光受容系からの信号を利用して色を弁別する色覚である。4種類の分光感度をもつ光受容細胞や視物質が存在することだけでは機能的な4色型色覚を意味せず、それらの信号が神経系で比較され、独立した色情報として利用される必要がある[29]。

4色型色覚は、鳥類の多く、爬虫類の一部、昆虫の一部などにみられる。多くの場合、ヒトにはない短波長側(紫外線域)の色覚チャネルが加わっている。

鳥類の網膜には一般に5種類の錐体、すなわち4種類の単錐体に加えて複錐体が存在するが、複錐体は主として輝度や運動、形状などの無彩色情報の処理に関与し、色弁別には4種類の単錐体が用いられると考えられている[30][31]。そのため、多くの鳥類は4色型色覚をもつと考えられている[31]。鳥類の4種類の単錐体のうち短波長側を受容するSWS1錐体には、紫外線感受性(UVS)型と紫感受性(VS)型があり、UVS型では約360–373 nm、VS型では約402–426 nmに感度極大をもつ[32]。このため、鳥類の色覚はヒトとは異なり、種によっては紫外線域の情報も色弁別に利用できる。

爬虫類では、祖先的な4種類の錐体視物質を保持する系統が多く、潜在的に4色型色覚をもつと考えられている[33]。トカゲ類では4色型を支持する知見も得られているが、色覚の次元を行動実験によって検証した種は限られる[33]。一方、ヘビ類ではSWS2およびRH2オプシンが失われ、ワニ類でも一部の錐体オプシンの喪失や偽遺伝子化がみられるなど、色覚次元の現象が示唆されており、爬虫類の色覚系は系統間で多様である[34]。

昆虫の色覚系も種によって異なる。ナミアゲハ Papilio xuthus の網膜には8種類の分光感度の異なる視細胞が存在するが、行動実験による波長弁別能とモデル解析から、採餌時の色覚には紫外、青、緑、赤の4種類の受容器系が用いられ、4色型色覚をもつことが示されている[35][36]。

ヒトにおける4色型色覚

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通常のヒトはL錐体、M錐体、S錐体の3種類の錐体に基づく3色型色覚をもつ。一方、L錐体またはM錐体の視物質に関する異なる遺伝子型を2本のX染色体にもつ女性では、X染色体の不活性化によって分光感度の異なる4種類の錐体が網膜に生じることがあり、潜在的に4色型色覚をもつ可能性がある[37]。

このような遺伝的多様性は比較的広く存在する可能性がある。Jameson ら(2001)は、4種類の光色素に対応する遺伝子型をもつ女性が、通常の3色型の男女よりも多くの色彩的な見えを報告したことを示した[38]。ここでは先行研究に基づき、4種類の光色素をもつ網膜表現型が女性では最大約50%、男性でも約8%に存在する可能性があるとの推定が紹介されている[38]。

異常3色型色覚の保因女性を対象とした研究では、4種類の錐体型をもち得るにもかかわらず、多くの被験者で機能的な4色型色覚は認められていない[39]。Jordan ら(2010)の研究では、第二色弱の義務的保因者24人のうち1人のみが一連の検査で4色型色覚と一致する挙動を示した[40]。したがって、4種類以上の光色素をもつヒトは機能的な4色型色覚をもつヒトよりもはるかに多い可能性があり、機能的な4色型色覚をもつヒトの頻度は明らかになっていない[41]。

5色型色覚

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5色型色覚(英語版)(5しょくがたしきかく、英: pentachromacy)は、色覚に5つの独立した分光チャネルが関与する状態をいう。5種類以上の分光感度をもつ光受容細胞や視物質が存在することだけでは、5色型色覚の存在を示すことにはならず、それらが実際に色弁別に利用され、神経系で相互に比較されていることを示す必要がある[13]。

マラウイ湖に生息するシクリッドの Melanochromis auratus や Protomelas taeniolatus では、5種類の錐体機構が分光感度に関与することが電気生理学的解析などから示され、5色型色覚をもつ可能性が報告されている[42]。著者らはこれを脊椎動物における5色型色覚の最初の包括的証拠とした[42]。ただし、その後の総説では、電気生理学的データの分解能や視物質間の分光感度の重なりから、5色型色覚を示す証拠は確定的ではないとも評価されている[43]。

フクロヤツメ Geotria australis では、網膜に形態および分光感度の異なる5種類の光受容細胞が存在し、それぞれが異なる5種類の視覚オプシン(LWS、SWS1、SWS2、RH1、RH2)を発現することが示されている[44]。このことから5色型色覚の潜在能力をもつ可能性が指摘されているが、機能的な5色型色覚そのものが行動実験によって実証されたわけではない[45]。

鳥類の多くでは、4種類の単錐体が色弁別に用いられ、4色型色覚をもつと考えられている[31]。カワラバト Columba livia では、心理物理学的研究で5つの一次的な色覚機構が関与する可能性が示されており[46]、5色型色覚の候補とされた[47][48]。一方、網膜にはほかの鳥類と同様に4種類の分光的に異なる単錐体が確認されており、第5の紫外線感受性受容器は検出されていない[49]。

分類群ごとの色覚

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動物の色覚は分類群によって多様であり、視物質の種類や光受容細胞の分光感度、オプシン遺伝子の数や発現などが広く調べられている[13]。ただし、これらの性質は機能的な色覚の次元と必ずしも一対一に対応するものではなく、実際の色覚の有無や次元が明らかになっていない分類群も多い[13]。

脊椎動物

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脊椎動物の祖先は、桿体で発現するRH1オプシンに加え、錐体で発現するSWS1、SWS2、RH2、LWSの4種類の視覚オプシンをもっていたと考えられている[50][51]。その後、それぞれの系統でオプシン遺伝子の喪失や重複、分光感度の変化、発現様式の変化が繰り返され、現生脊椎動物の光受容系は多様化している[50]。

哺乳類

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哺乳類の各系統(単孔類・有袋類・有胎盤類)における視覚オプシンと色覚の進化を示す模式図。オプシン遺伝子の保持・喪失と祖先の日周活動性の推定に基づき、初期哺乳類が夜行性の環境を経たとする「夜行性ボトルネック仮説」が示されている。灰色は推定された夜行性期、赤い×はオプシンの喪失、円グラフは祖先で推定された日周活動性を表す。

哺乳類の初期進化では、祖先的な4種類の錐体オプシンのうちまずRH2が失われ、現生哺乳類の共通祖先はSWS1、SWS2、LWSの3種類を保持していたと考えられている[28]。その後、単孔類の祖先ではSWS1が失われてSWS2とLWSが、獣類の祖先ではSWS2が失われてSWS1とLWSが残ったため、現生哺乳類の多くは2種類の錐体視物質をもつ[28]。

中生代の初期哺乳類は、恐竜などとの競争や捕食を避けて主として夜間の時間的ニッチに制約され、主として夜間や低照度環境で活動していたと考えられている[52]。この仮説は「夜行性ボトルネック」と呼ばれる[52]。この低照度環境への長期的な適応と関連して、初期哺乳類では複数の視覚オプシンが失われ、錐体視物質の構成も縮小した可能性が指摘されている[53]。

哺乳類ではその後も視覚オプシンの二次的な喪失や重複が繰り返されている。例えば、鯨類や鰭脚類ではSWS1が失われ、機能する錐体視物質がLWSのみとなった種が多く、通常の色覚を失っている[28]。一方、一部のオーストラリア産有袋類では3種類の分光的に異なる錐体が報告され、3色型色覚の可能性が示されている[54]。ただし、これらの有袋類における第3の錐体視物質の分子的基盤や、有袋類全体における分布については議論が残っている[55]。

霊長類

霊長類の祖先はSWS1とLWSに基づく2色型であったと考えられている。ヒトを含む狭鼻類では、約3000–4000万年前にX染色体上のLWSオプシン遺伝子が重複し、その後2つの遺伝子が中波長感受性のMオプシンと長波長感受性のLオプシンへ分化したことで、S錐体に発現する常染色体上のSWS1と合わせた恒常的な3色型色覚が成立した[28]。

一方、多くの広鼻類では、X染色体上に中・長波長感受性オプシン遺伝子が1座位のみ存在し、その複数の対立遺伝子が異なる分光感度をもつ[56]。このため、同一の対立遺伝子を2本もつ雌は2色型、異なる対立遺伝子をもつ雌は3色型となる[56]。例外として、ホエザル属ではLWS系オプシン遺伝子が独立に重複しており、雌雄ともに3色型色覚をもつ。また、ヨザル属ではSWS1オプシンが機能を失い、錐体視物質が1種類となっている[57]。

霊長類における3色型色覚の適応的意義としては、葉を背景とした熟した果実や若葉の発見など複数の仮説が提唱されているが、3色型色覚の進化と維持をすべて説明する単一の仮説は確立していない[57]。

鳥類

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カエデチョウ科の鳥類でみられる4種類の錐体視物質の吸光特性。短波長側の視物質は紫外線域にも感度をもつ。

鳥類の多くでは、SWS1、SWS2、RH2、LWSの4種類の錐体オプシンを発現する4種類の単錐体が色弁別に用いられ、4色型色覚をもつ[31]。ただし、鳥類でも一部の系統では視物質が失われており、色覚系は完全に一様ではない[31]。SWS1視物質には紫外線感受性型と紫感受性型があり、種によっては紫外線域の情報も色弁別に利用される[31]。

4色型色覚では第4の受容器系が加わることで色空間が拡張し、3色型では区別しにくい色を弁別できる可能性がある。鳥類では4色型色覚によって羽色の識別能が向上すると予測されており[58]、ハチドリでは紫外線と可視光域の刺激を組み合わせた複数の非スペクトル色を実際に識別できることが示されている[59]。鳥類の紫外線情報は、採餌や個体間シグナル、配偶者選択などにも利用される[60]。

爬虫類

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爬虫類の視覚系は系統や日周活動性によって多様であり、網膜の光受容細胞組成も、ほぼ錐体のみからなるものから桿体が優占するものまで幅広い[34]。トカゲ類では一般に分光感度の異なる錐体をもち、調べられた多くの種で紫外線域から長波長域に及ぶ4種類の錐体色素が知られている[61]。一方、夜行性のヤモリ類では3種類の錐体オプシンを保持する種が知られ、光受容細胞が桿体様の形態を示すなど、低照度環境への適応に伴って視覚系が大きく変化している[34]。

カメ類の一部では、祖先的脊椎動物がもっていたSWS1、SWS2、RH2、LWSの4種類の錐体オプシンとRH1桿体オプシンがすべて保持されており、4色型色覚の潜在能力をもつ[34]。ミシシッピアカミミガメでは行動実験によって波長弁別が調べられ、370–380 nm付近に最大感度をもつ紫外線感受性の第4の錐体が色覚に利用されることが示されている[62]。

これに対し、ヘビ類では祖先的なSWS2およびRH2オプシンが失われており、ワニ類でもSWS1オプシンの喪失やRH2オプシンの偽遺伝子化がみられる[34]。このように、爬虫類では祖先的な4種類の錐体オプシンを保持する系統から、その一部を失った系統まで、光受容系の構成が大きく異なる。

両生類

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両生類では祖先的な4種類の錐体オプシンのうちRH2が失われたと考えられている一方、SWS1、SWS2、LWSをはじめとする視物質の構成や発現は系統によって異なる[63]。多くの無尾類(カエル)では通常のRH1を発現する桿体とは別に、SWS2を発現する短波長感受性の桿体をもつ。カエル類の一部では、この2種類の桿体からの信号を利用して、錐体が機能できないほど暗い条件でも青と緑を弁別できることが行動実験で示されている[64]。

硬骨魚類

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硬骨魚類では視覚オプシン遺伝子の重複と喪失が頻繁に起こっており、脊椎動物のなかでも特に多様なオプシン遺伝子構成をもつ。真骨類ではSWS2およびRH2オプシンの重複が多く、種によって紫外線域から長波長域まで異なる分光感度をもつ視物質が形成されている[65]。その構成は種ごとに大きく異なり、生息する水深や水質などの光環境、生態、色を利用した配偶者選択などと関連している[65]。

真骨類では、保有するオプシン遺伝子の種類だけでなく、どの遺伝子を網膜で発現するかによっても分光感度が変化する。シクリッドでは複数の錐体オプシン遺伝子のうち種ごとに異なる組み合わせが発現し、オプシンのアミノ酸配列の変化と発現量の変化の双方によって視覚感度が調節されている[66]。さらに、オプシン遺伝子の発現は発生段階によって変化する種があり、光環境に応じて可塑的に変化する例も知られている[66]。

機能的な色覚の次元も種や環境条件によって異なる。キンギョでは行動実験から紫外線、短波長、中波長、長波長の4つの受容系を利用する4色型色覚が示されているが、照度が低下すると長波長感受性錐体の寄与が低下し、条件によっては3色型として機能することが示されている[67]。

一方、深海性の真骨類では低照度環境への特殊化もみられる。通常、脊椎動物の暗所視には1種類の桿体オプシンRH1が用いられるが、深海魚ではRH1遺伝子が独立に多数重複した系統が知られている[68]。Diretmus argenteus では2種類の錐体オプシンに加えて38種類のRH1遺伝子をもち、網膜では最大14種類のRH1が発現する。これらは深海に残存する太陽光や生物発光の波長域を広く覆っており、深海環境への特殊な視覚適応と考えられている[68]。

軟骨魚類

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軟骨魚類の視覚系も系統によって大きく異なる。板鰓類では、これまで調べられているサメ類はいずれも分光感度の異なる錐体が1種類のみであり、色覚を欠く(錐体1色型色覚)可能性が高い[69]。一方、多くのエイ類ではRH2およびLWSの2種類の錐体オプシンが確認され、2色型色覚をもつと考えられている[69][70]。サメ類における錐体単色型は、進化の過程で複数回独立に生じたと推定されている[69]。

全頭類でも視覚系は多様である。ゾウギンザメ Callorhinchus milii ではRH2と2種類のLWSからなる3種類の錐体視物質が網膜で発現し、3色型色覚の潜在能力をもつことが示されている[71]。これに対し、深海性のギンザメ類には錐体を欠く純桿体網膜をもつ種も知られ、低照度環境への適応に伴って色覚能力が失われたと考えられている[72]。

節足動物

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節足動物の色覚系は分類群によって多様であり、紫外線域から長波長域まで異なる分光感度をもつ光受容細胞や視物質が知られている。複数の分光感度の異なる視細胞をもつ種は多いが、その種類数がそのまま機能的な色覚の次元に対応するとは限らない[73]。

鋏角類

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鋏角類でも色覚系は多様であり、特にクモ類で研究が進んでいる。多くのハエトリグモの主眼には、紫外線感受性と緑感受性の光受容系が存在し[74]、潜在的に少なくとも2色型色覚をもつ[75]。一方、Habronattus 属の一部では、網膜内の赤色色素が長波長透過フィルターとして働き、一部の緑感受性視細胞の分光感度を赤色側へ移動させることで、紫外線、緑、赤の3種類の分光情報を利用できると考えられている[76]。このように、クモ類では視細胞の分光感度系に大きな多様性がみられる[77]。

甲殻類

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モンハナシャコ Odontodactylus scyllarus の複眼。複眼中央部には特殊化した個眼列が横帯状に並ぶ。

甲殻類では視覚オプシンの構成が系統間で大きく異なり、長波長、中波長、短波長・紫外線感受性など複数のオプシン系統が知られている。特に十脚類では多数の視覚オプシンをもつ種が多い[78]。

シャコ類の眼は特に複雑で、複眼中央部に特殊な個眼列を6列もつ種では、色覚に関与する最大12種類の分光感度の異なる視細胞が知られ、紫外線域から長波長域までを受容する[79]。しかし、12種類の光受容器をもつことは12色型色覚を意味しない。行動実験では、シャコ類の波長弁別能は3色型や4色型の動物と比べても粗く、一般的な反対色過程とは異なる色処理を行っている可能性が示されている[80][79][81]。

昆虫

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キンポウゲ Ranunculus bulbosus の花を可視光(左)、紫外線(中央)、赤外線(右)で撮影した比較。紫外線像では花弁基部の暗い模様や脈が明瞭になる。

昆虫では色覚が広くみられるが、分光感度や色覚の次元は分類群や種によって多様である。有翅昆虫の祖先では、紫外線、青、緑に感受性をもつ3種類の視細胞が存在したと考えられており、この基本的な3色型の視覚系から、オプシン遺伝子の重複や喪失、色素による分光感度の修飾などによって多様な色覚系が進化した[82]。

膜翅目

膜翅目は、系統によって異なる色覚が知られている。セイヨウミツバチ Apis mellifera は昆虫の色覚研究で最も詳しく調べられてきた種の一つである。複眼には紫外線、青、緑にそれぞれ最大感度をもつ3種類の視細胞があり、3色型色覚を示す[83]。これらの信号は神経系で比較され、色と明るさは少なくとも一部で別の経路として処理される[83]。ミツバチは花の色を学習して識別できるほか、照明条件が変化しても色を一定に認識する色恒常性を示すことが知られている[83]。

アリについても複数の種で色覚が実証されている。例えばオオアリ属の一種 Camponotus blandus では、光強度を変化させても紫外線と青または緑を識別できる一方、青と緑は識別できず、紫外線感受性系と長波長感受性系に基づく2色型色覚が支持されている[84][85]。

鱗翅目

鱗翅目でも色覚系は多様である。先述のように、ナミアゲハでは、網膜に8種類の分光感度の異なる視細胞が存在するものの、採餌時の色覚には紫外、青、緑、赤の4系統が用いられ、4色型色覚をもつことが示されている[35]。スズメガ科では、昼行性・夜行性の種ともに紫外線、青、緑に感受性をもつ3種類の視細胞が知られ、花の色を学習して識別する[86]。夜行性のベニスズメ Deilephila elpenor では、星明かりに相当する低照度でも色を弁別できることが示されている[87]。

また、ドクチョウ属 Heliconius では紫外線感受性オプシン遺伝子の重複が起こり、紫外線域の視覚系がさらに多様化している[88]。Heliconius erato では雌のみが2種類の紫外線域の視物質を発現し、紫外線域の近接した波長を色として弁別できることが行動実験で示されている[89]。このように、鱗翅目では祖先的な紫外線・青・緑の3受容系を基盤として、オプシン遺伝子の重複や色素による分光感度の修飾などによって多様な色覚系が進化している[82]。

蟷螂目

カマキリは従来、単色型で色覚を欠くと考えられることが多かったが、近年の電気生理学的研究では複数の分光感度をもつ光受容系が示されている。調べられた3種のうち、Theopropus elegans と Popa spurca では紫外、青、緑の3系統、ハナカマキリ Hymenopus coronatus では紫外と緑の2系統の存在が示唆されており、少なくともカマキリ類を一括して色覚を欠くとみなすことはできない[90]。

軟体動物

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頭足類

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頭足類の多くは、色を変化させて周囲に擬態したり、鮮やかな体色を示したりするにもかかわらず、通常の意味での色覚をもたないと考えられている。頭足類の網膜を構成する光受容細胞は感桿型であり、脊椎動物の桿体と錐体のような区別はない[91]。多くの頭足類では網膜の光受容細胞に1種類の視物質しかなく、通常の色覚に必要な複数の分光チャネルをもたない[92][93]。一方、明暗のコントラストは識別することができ[94]、視覚情報を利用した物体の識別や行動に用いられると考えられる[92]。

タコ類の視物質は青色域に最大感度をもつものが多く、チチュウカイマダコ Octopus vulgaris では約475 nm、イイダコでは約477 nm、ジャコウダコでは約470 nmに分光感度の極大が報告されている[92][95]。この波長域は、海水中で比較的よく透過する青色域に相当する[92]。オウムガイ Nautilus pompilius でも、眼で発現する光受容性の感桿型オプシン(r-opsin)は1種類のみであり、色を識別できないことが示唆されている[96]。

行動実験からも色覚を欠くことを支持する結果が得られている[93]。例えばヨーロッパコウイカ Sepia officinalis では、唯一の視物質に対して同じ明るさとなるよう調整した異なる色の刺激を識別できないことが実験的に示されている[94]。

一方、ホタルイカ Watasenia scintillans は例外的に、吸収極大が約471 nm、484 nm、500 nm の3種類の視物質をもち、網膜内で異なる分布を示す[97]。さらに、これらの視物質をもつ光受容細胞の配置から、波長を識別する能力をもつ可能性が示唆されている[98]。ただし、複数の視物質をもつこと自体は色覚の存在を直接証明するものではない。頭足類が色収差、偏光、皮膚の光受容などを利用して色情報を得る可能性も提唱されているが、2026年の総説では、これらによる色識別を支持する証拠はいずれも不十分または限定的であると評価されている[99]。

脚注

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注釈

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  1. ↑ ほかの生物では、紫外線域の色覚を持つものもいる[8]。
  2. ↑ ただし、いずれも特定の波長だけに反応するものではなく、広い波長範囲に感度をもつ[9]。L錐体およびM錐体は短波長側にも感度をもち、短波長端では視物質のβ帯(β-band)に由来する感度成分があると考えられている[9]。
  3. ↑ ただし、夜行性動物がすべて色覚を欠くわけではない。例えば、スズメガ科の Deilephila elpenor は星明かりに相当する低照度でも色を識別でき[11]、夜行性のヤモリ Tarentola chazaliae も薄暗い月明かり程度の照度で色を識別できることが実験的に示されている[12]。

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参考文献

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  • クヌート・シュミット=ニールセン 著、志賀向子 訳「情報と感覚」『動物生理学——環境への適応[原書第5版]』沼田英治・中嶋康裕(監訳)、東京大学出版会、2007年9月20日、505–546頁。ISBN 978-4-13-060218-1。 

関連項目

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外部リンク

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