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フリーエージェント (日本プロ野球)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(10年選手制度から転送)
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フリーエージェント(free agent、FA)とは、NPBにおける国内FA及び海外FAの総称である。

国内FAとは、NPBが定める国内FA資格条件を満たし、この組織のいずれの球団とも選手契約を締結する権利を有する選手をいい、海外FAとは、NPBが定めるFA資格条件を満たし、外国のいかなるプロフェッショナル野球組織の球団をも含め、国内外のいずれの球団とも選手契約を締結する権利を有する選手をいう。

選手はFA宣言したうえで移籍せずに前所属球団と契約することもできる。FA移籍が成立した場合、一定の条件下で移籍先球団から移籍元球団へ金銭補償や人的補償が必要になる場合がある。現行制度では、外国人を除く年俸上位11位以下の選手(Cランク)のFA移籍においては補償は不要である。

また、その制度を通称“FA制度”と言う。日本におけるFA制度は1993年のオフに導入され、2003年、2008年に改正が行われた。なお、この制度の前身として1947年から1975年まで10年選手制度があった。

現行のフリーエージェント制は選手引き抜きによって戦力を独占する意図で読売ジャイアンツが主導したとする誤解が様々な文献などで見受けられているが、元々は選手会(当時会長原辰徳、副会長岡田彰布)側が、現球団で出場機会の少なくなったベテラン選手の救済を目的に発足以後一貫して導入を求めてきた経緯がある。

概要

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出場選手登録(一軍登録)145日を1年として換算し、規定の年数経過で権利を取得できる。ただし、1シーズンに145日を超えて一軍登録されても、145日までしかカウントされない。また、登録日数が145日に満たないシーズンが複数ある場合は、それらを合算して満145日ごとに1年として計算される。途中で所属球団が変わっても引き継いで計算される。また、クライマックスシリーズでの登録日数もカウントされる。開幕2カード目での先発予定のため開幕時点で登録されない場合、オールスター期間前後に登板間隔が10日以上となるために登録抹消される場合や、レギュラーシーズン終了からクライマックスシリーズのチーム初戦まで10日以上あるため自動的に登録抹消となる場合(2011年より制度化され、2010年に意図して実施された中日を含め適用)は、一定条件を満たせば登録扱いとなるなどの救済策もある。

権利取得期限の推移
年権利取得までの必要日数
1993年 - 2002年 ドラフト逆指名制度(現在は適用停止中)による選手 - 累計10年(通算1450日)経過で取得
その他の選手 - 累計9年(通算1305日)経過で取得
2003年 - 2007年 逆指名制度による選手も含め、全選手が累計9年経過で取得
2008年 - 現在 国内移籍のFA権
2006年までのドラフトで入団した全選手 - 累計8年(通算1160日)経過で取得
2007年以降のドラフトで入団した高校生選手 - 累計8年経過で取得
2007年以降のドラフトで入団した大学生・社会人選手 - 累計7年(通算1015日)経過で取得
海外移籍のFA権
全選手が累計9年経過で取得

権利を行使する場合は、日本シリーズ終了の翌日から、土・日・祝日を除く7日以内にコミッショナー宛に文書で申請する。8日目の午後3時にコミッショナーより「FA宣言選手」として公示され、翌日より国内外全ての球団と契約交渉を行うことが可能となる。

FA宣言選手として公示された選手のFA権利再取得は、残留・移籍を問わず4年後(通算580日)。FA宣言選手として公示されなければ権利は翌年以降に持ち越される。2008年のルール改正により、国内FA権と海外FA権が分立したが、4年後に再取得した権利は全て海外移籍が可能なFA権とする。

また、外国人枠の選手がFA権を取得すると、行使の有無に関わらず翌シーズンからは外国人枠から外れ、一般の日本人選手と同等の扱いになる。現行制度下では、国内FA権取得を以ってこの条件を満たすこととなる。

故障者選手特例措置制度

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日本プロ野球では2007年より故障者選手特例措置制度を導入している。これは特定の条件を満たした選手の出場選手登録日数を救済する制度である。

2月1日から11月30日の間にグラウンド上で発生した故障が原因で出場選手登録を抹消されたために、その年の出場登録日数が145日に達しない選手について、登録抹消を起点として二軍の公式戦に出場するまでの日数のうち、最大60日までがその年の出場選手登録の日数に加算される。シーズン中に数回にわたって登録抹消が起こった場合も、累計60日まで計算され、加えられる。前提条件として、前年の出場選手登録が145日以上であることが必要である。なお、WBCに出場した選手がWBC当該年に故障した場合は前年の出場選手登録が145日未満でも適用される[1]。この制度により出場登録日数が加算された場合、翌年は適用の対象外となる。

この制度によってFA権を取得した初めての選手は2007年の福留孝介(取得当時は中日ドラゴンズ在籍)。2008年は大村直之(取得当時は福岡ソフトバンクホークス在籍、海外FA権)と多村仁(取得当時同球団所属、国内FA権)がこの制度で権利を取得した。また、2015年には松坂大輔(取得当時同球団所属、国内FA権)がこの制度で権利を取得した。松坂は同年MLBから復帰したが一軍登録はなく、その前にNPBに在籍していた2006年がこの制度の条件を満たしていたため適用された[2]。

投げ抹消による先発投手特例

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日本プロ野球では2024年より投げ抹消による先発投手特例を導入している。これは先発投手が登板間隔を長めに空けるために出場選手登録を外れる所謂「投げ抹消」によって、FA権取得に必要な出場選手登録日数が貯まらないことへの救済制度である。

先発投手が登板翌日以降6日以内に登録抹消され、抹消日から14日以内に再び先発登板した場合、6日間の登録日数が加算される。

この制度によってFA権を取得した初めての選手は2024年の有原航平(取得当時は福岡ソフトバンクホークス在籍)。

国内FAにおける制約・補償

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FA宣言をして国内の球団と契約した場合(宣言残留も含む)、以下に示した制約が生じる。

年俸

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FA宣言した選手の翌シーズンの年俸は現状維持が上限となる。減額は無制限であり、通常の減額制限を超えての減額も可能であるが、年俸調停の申請はできない。年俸上限が現状維持なのは複数球団による過度な獲得競争を防止するためだが、契約年数や出来高払い(インセンティブ契約)、2年目以降の年俸の上昇に制約は無い。ただし「特別な事情をコミッショナーに文書で申請し、コミッショナーがこれを認めた場合」(FA規約第7条から抜粋)は制限を超える金額での契約が可能。

2016年にDeNAから巨人に移籍した山口俊は当初推定年俸8000万円と前年度の据置で発表されていたが、実際は上記の規約を巨人が申請し、コミッショナーが認めていたため、推定年俸2億5000万円程度で契約していたことが発覚した[3]。

契約金

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FA宣言した選手は年俸とは別に契約金を得ることが出来る。前球団に残留する場合は上限無し、移籍した場合は翌シーズンの年俸の半額が契約金の上限となる。契約内容によっては契約金無しの場合もある。

移籍に関わる補償

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FA権を行使して他球団へ移籍したFA選手が補償対象選手(後述)の場合、移籍先球団は前球団に対して選手の旧年俸による金銭補償、および移籍先球団が保有する支配下選手のうち下記の選手を除いた中から、前球団が指名した選手1名を与える人的補償をしなければならない。人的補償に指名された選手がこれを拒否した場合、その選手は資格停止選手となる。この場合と前球団が人的補償を求めない場合は追加の金銭補償をする。なお、移籍後のFA選手が補償決定前に退団・死亡した場合の人的・金銭補償の取扱いについては、正式な規定がないため不明である。

人的補償における獲得制限

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以下の選手は保護され人的補償選手として獲得することができない。

  • プロテクトした28名の選手[注 1]
  • 外国籍選手(FA権取得により外国人枠の適用外になった選手を含む)
  • 直近のドラフトで獲得した新人選手
  • 育成契約選手

複数年契約中やトレードで保有選手になった日本人選手、直近のFAで獲得した選手(交渉締結のタイミングによる)もプロテクト枠に含まれなければ人的補償の対象になる。

複数名のFA宣言選手と契約した場合には、それぞれの球団に異なる獲得可能選手リストを提示できる。万一、人的補償選手が複数の球団で重複した場合には、移籍先球団と同一連盟内の球団が優先される。同一連盟内であれば同年度の勝率が低い球団が優先される。

補償対象選手と移籍元球団への補償

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  • 1993年 - 2007年
    • 全てのFA権行使選手が補償対象選手となる。
      • 金銭補償 - 移籍先球団は旧年俸の80%(2度目以降のFAでは40%)を前球団へ支払わなければならない。
      • 人的補償 - 移籍先球団は前球団が指名した上記の獲得制限外の選手1名を与えなければならない。ただし前球団が求めない場合は、旧年俸の40%(2度目以降のFAでは20%)を前球団へ支払わなければならない。
    • 実際の補償(金銭補償+人的補償)は次の2通りとなる。
      • 人的補償なし - 移籍した選手の旧年俸の1.2倍(2度目以降のFAでは旧年俸の0.6倍)。
      • 人的補償あり - 移籍先球団が指定した獲得制限外の選手1名と選手の旧年俸の0.8倍の金銭(2度目以降のFAでは獲得制限外の選手1名+旧年俸の0.4倍の金銭)。
  • 2008年 - 現在
    • 各球団ごとに前球団の旧年俸順に1~3位をランクA、4~10位をランクB、11位以下をランクCとランク付けされ、ランクAとランクBの選手が補償対象選手となる(ランク付け対象は日本人選手のみで、外国籍選手は除く)。
      • 金銭補償 - 移籍先球団はランクAの選手獲得の場合は旧年俸の50%(2度目以降のFAでは25%)を、ランクBの選手獲得の場合は旧年俸の40%(2度目以降のFAでは20%)を前球団へ支払わなければならない。
      • 人的補償 - 移籍先球団は前球団が指名した上記の獲得制限外の選手1名を与えなければならない。ただし前球団が求めない場合は、ランクAの選手獲得の場合は旧年俸の30%(2度目以降のFAでは15%)、ランクBの選手獲得の場合は上記の獲得制限外の選手1名または旧年俸の20%(2度目以降のFAでは10%)を前球団へ支払わなければならない。
    • 実際の補償(金銭補償+人的補償)は次の通りとなる。
ランクAランクBランクC
人的補償なし 旧年俸の0.8倍の金銭
(2度目以降のFAでは旧年俸の0.4倍の金銭)
旧年俸の0.6倍の金銭
(2度目以降のFAでは旧年俸の0.3倍の金銭)
補償(人的・金銭)不要
人的補償あり 獲得制限外の選手1名+旧年俸の0.5倍の金銭
(2度目以降のFAでは獲得制限外の選手1名+旧年俸の0.25倍の金銭)
獲得制限外の選手1名+旧年俸の0.4倍の金銭
(2度目以降のFAでは獲得制限外の選手1名+旧年俸の0.2倍の金銭)

補償に関する日程は、まずFA選手と移籍先球団との選手契約締結がコミッショナーより公示された日が起点となり、2週間以内にまず移籍先球団が上記の獲得制限選手を除いた選手名簿を提示する。この後起点より40日以内に全ての補償を完了しなければならないが、金銭補償に限り前球団の同意があれば40日を延長することができる。人的補償として選ばれた選手が移籍を拒否した場合、その選手は資格停止選手となり処分が解除されるまで試合をすることができなくなる。補償は金銭補償のみだった場合と同じになる。

巨人監督の原辰徳は2019年、「FAの明るさを取り戻すため」という理由[5]で人的補償制度の撤廃を主張し、ソフトバンクの三笠杉彦GMも一定の理解を示したが[6]、中日は「自軍を有利にしたいだけ」[7]として断固反対の姿勢を見せている。巨人OBで元DeNA監督の中畑清は2020年、人的補償制度を撤廃する代わりに翌年のドラフト指名権の譲渡を検討すべきで、もし人的補償を継続するのであれば対象枠を育成まで広げるべきと主張している[8]。

獲得人数

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獲得する選手が上記の補償対象選手の場合、直前のシーズンまで他の球団に在籍していたFA選手と翌年度の選手契約を結べる人数には2名までという制限がある。ただし公示されたFA宣言選手が多い場合は以下のように緩和される。

  • FA選手21名以上30名以下 - 3名まで
  • FA選手31名以上40名以下 - 4名まで
  • FA選手41名以上 - 5名まで

FA宣言前からその球団に所属していた選手(すなわち、FA権を行使しての残留選手)及びランクCの選手はこれに含まれない。

海外FAにおける制約・補償

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2022年のルールでは、海外FA権取得は145日以上の一軍登録が9シーズンに到達することが条件とされている。最短でも、高卒でプロ入りした選手は27歳、大卒選手なら31歳シーズンで取得見込みとなる[9]。

FA権を行使して海外の球団へ移籍した場合は、国内FAと異なり、上記のような制約は生じない。ただし例外として、以下のような場合には制約が生じる。

FA宣言した年の翌々年の11月30日まで日本のプロ野球球団と契約を交わさなかった選手のうち、翌12月1日以降に日本のプロ野球球団と選手契約を交わした場合は、補償対象選手であっても前球団への補償を必要としない。そのため、FA宣言により他国のプロ野球球団へ移籍し、上記の翌々年の11月30日までに日本のプロ野球球団へ再度移籍する場合はこれに該当せず、最後に在籍した日本の前球団への補償が必要となる。

  • 2002年に横浜よりFA宣言してMLBのメッツに移籍し、同シーズン限りで退団した小宮山悟がこの規定に該当したことで、日本のプロ野球11球団からは敬遠され、さらに前球団で唯一補償を必要としない横浜も小宮山と契約しなかったため、小宮山は2003年シーズンを棒に振り、2004年にロッテに復帰という事例が起きている。
  • 小宮山以外にも、FA移籍して所属した海外球団の在籍期間が短く、この規定に該当して補償発生の対象となった選手もいたが、いずれも補償の必要がない前球団へ復帰、または海外の他球団へ移籍しており、この規定による前球団への補償が発生した事例はない。

海外プロ野球球団への移籍に対する補償制度は2024年現在、存在していない。

FA権を行使する理由

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里崎智也による私論

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元千葉ロッテマリーンズの里崎智也は「選手がFA権を行使する理由」として、下記の4つに類型化している[10][11]。

夢追い型
「優勝できるチームでプレーしたい」場合(例:新井貴浩(広島→阪神)、村田修一(横浜→巨人)、増井浩俊(日本ハム→オリックス)[12]、近藤健介(日本ハム→ソフトバンク))。
「憧れていたチームでプレーしたい」場合(例:清原和博(西武→巨人)、和田一浩(西武→中日)[13])。
「故郷のチームでプレーしたい」「地元に恩返しをしたい」場合(例:岸孝之(西武→楽天)[14]、中田賢一(中日→ソフトバンク)[15]、大竹寛(広島→巨人)[16])。
出場機会優先型
「より出場機会の多いチームでプレーしたい」場合(例:鶴岡慎也の2度目のFA(ソフトバンク→日本ハム)[17]、炭谷銀仁朗(西武→巨人)[18])。
金銭追求型
より高額の年俸、より長期の契約年数を最優先とする場合。
チーム愛最優先型
「生涯そのチームに所属する」旨を表明する場合。必然的に宣言残留することになる(例:栗山巧[19]、外崎修汰[20]、増田達至[21](いずれも西武))。
後に里崎は、宣言残留はFA権再取得までの身分保障を得るためのようなものだという趣旨の説明をしている[22]。

上記の類型に必ずしも該当しない事例

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家庭の事情

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家族親族の関係で、それを保つのが容易な環境での選手生活を送ることを望む場合(例:川口和久(広島→巨人)[23][24]、丸佳浩(広島→巨人)[25]、美馬学(楽天→ロッテ)[26])。

古巣に帰りたい

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トレード等で他球団への移籍となったが、元の球団やチームメイトに強い愛着があったため、FA権取得を機にFA移籍の形で元の所属球団に復帰する場合(例:小久保裕紀(巨人→ソフトバンク)[27]、サブロー(大村三郎)(巨人→ロッテ)[28]、脇谷亮太(西武→巨人)[29])。

チームからの熱意

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強くFA移籍を希望していたわけではなかったものの、交渉してきたチームの獲得熱意に押されて最終的にFA移籍を決断する場合(例:糸井嘉男(オリックス→阪神)[30]、細川亨(西武→ソフトバンク)[31]、福田秀平(ソフトバンク→ロッテ)[32]、浅村栄斗(西武→楽天)[33])。

所属球団を失う恐れ

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現行制度では、FA権を行使した選手が新たな球団と契約を締結できず、さらに元の球団との再契約にも至らなかった場合、所属球団を失う可能性がある。この状況はしばしば「セルフ戦力外」と揶揄される[34][35]。特に移籍先が国内12球団に限定される国内FAの場合、その問題はより顕著である。

国内FA権を行使した選手は、11月末の時点で移籍先が見つからなかった(別の球団からオファーがなかった)場合、FA宣言時に所属していた球団(元の球団)の保留選手名簿に名前が記載される[注 2]。この場合、FA宣言した選手は元の球団を含むNPB所属球団と引き続き交渉を続けることができるが、いずれとも契約できなかった場合はプレーする球団を失う。一方、球団は選手枠を1つ費やさなければならないうえ[注 3]、翌年1月10日以降は保留手当を支払う義務を負う[注 4]。

この状態が解消されるには、FA宣言した選手がいずれかの球団と契約を結んで支配下選手登録されるか、元の球団が当該選手を自由契約にしなくてはならない。ただ、保留選手名簿に記載された時期は、すでにそのシーズンの戦力外通告の期間が経過した後であり、その時期に選手の同意なしに自由契約にすることは選手会からの反発を受けるため、NPB所属球団は翌シーズンの10月1日に事実上の戦力外通告を行い、自由契約として公示される前日の11月30日まで保留手当を支払わなければならなくなる。また、選手の同意が得られたとしても、自由契約となった場合はFA移籍のような契約金が得られず、大幅減俸での契約も可能となるため、選手は不利な内容での契約を強いられる恐れがある。

藤井秀悟の例

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これらの問題が現実化したものとして、2009年に国内FA権を行使した北海道日本ハムファイターズの藤井秀悟の事例が挙げられる。藤井は、他球団への移籍を希望して11月9日にFA権を行使した。なお、この行使について藤井は後に写真週刊誌のインタビューで「事実上の戦力外通告だったが、球団の配慮で表向きはFA宣言ということになった」と、自ら進んで権利を行使したわけではないことを明かしている[36]。同月末の時点で国内球団からオファーはなく、日本ハムにも再契約の意思がなかったが、戦力外通告を受けた選手ではない為、保留者名簿に藤井の名前が記載された[37]。一時はプロ野球選手会が懸念を表する事態にもなったが[38]、12月8日に読売ジャイアンツへの移籍が合意に至ったため、最終的に「所属球団なし」の状態は免れることになった。

木村昇吾の例

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2015年11月15日には広島東洋カープの木村昇吾がFA権を行使したが、当時広島はFA宣言後の残留を基本的に認めておらず、他球団の動きも報じられることがなかった。その後木村は埼玉西武ライオンズの入団テストを受け、2016年2月5日に西武と1年契約を結んだ。なお、この場合でもNPBの規定上FA権の行使による移籍となる。

FA権の取得を口実に用いた「事実上の構想外通告」

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選手がFA権を取得した場合、それを口実とし、球団側が「事実上の構想外」として退団へと追いやり、選手にとって不本意なFA権行使になるケースが少なからず発生している。背景としては選手がFA権を取得する場合、年俸が高騰することが多いので、球団の財政的に高騰する(と思われる)年俸に対応できないと判断された場合、あるいは高騰する(と思われる)年俸に見合う成績を見込めるとは言いがたいと判断された場合が挙げられる[39]。

これに該当し得る事例として先述の藤井の他、仲田幸司(1995年:阪神→ロッテ)、西崎幸広(1997年:日本ハム→西武)、小宮山悟(1999年:ロッテ→横浜)、今江敏晃(2015年:ロッテ→楽天)、陽岱鋼(2016年:日本ハム→巨人)が挙げられる。仲田、今江及び陽はFA権行使に当たって必ずしも移籍を望んでいるわけではなかったが、所属球団との下交渉の過程で「(翌年以後の)戦力構想に入っていないと感じた」などとのことで、FA権行使を表明する会見は結果として事実上の「退団会見」となってしまった[40][41][42]。西崎と小宮山は、FA権を行使することなく西武、横浜へとそれぞれ移籍している。これらは球団の主力選手でありながら、球団に対する物言いの多さからFA権取得と成績低下が重なった時期に、トレードや自由契約で「事実上の構想外」とされた例である[43][44]。

2017年のシーズン中に巨人で国内FA権を取得していた村田修一も、この年のシーズン終了後に、NPB他球団への移籍を視野に入れていながら球団から自由契約を通告されている。国内FA権の行使によって横浜から2011年末に巨人へ入団していた村田は、出番が減っていた2017年のシーズン中にこの権利を再び取得。2018年以降にNPB他球団で現役生活を続けることを前提にFA権の再行使を検討していたところ、NPBが定める行使の申請期間を前に、当時の鹿取義隆GMから自由契約を言い渡された。鹿取によれば、「巨人へ大いに貢献した功労者」である村田が国内FA権の再行使を通じてNPBの他球団へ移籍した場合に、その球団から巨人に対する補償の義務が生じることを避けるための通告だったという[45]。もっとも、実際には自由契約の公示後も村田の獲得に乗り出す球団がNPBから現れなかったため、村田は翌2018年にベースボール・チャレンジ・リーグ(独立リーグ)の栃木ゴールデンブレーブスに移籍している。

日本ハムによる「ノンテンダー」通告をめぐる騒動

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MLBでは、メジャー40人枠に登録されていた選手に対して契約を延長する意思の有無を示す期限をシーズン終了後(例年はウインターミーティングが始まる12月初旬まで)に設定しており、通算の登録年数が6年に達した選手にはFA権を自動的に付与している。また、登録が3年未満の選手に対しては球団側が年俸決定権を有する一方で、3年以上6年未満の選手と球団側には年俸調停制度(1973年から導入)へ申請する権利(年俸調停権)を認めている。

もっとも実際には、年俸調停権を取得済みで所属球団との契約延長の意思を示していた選手に対して、球団側が故障、不振、チーム総年俸の抑制などを理由に翌シーズンの契約を提示しなかった結果、保留権の喪失によって当該選手が自由契約選手として扱われる事例が2008年頃から続出。このような事例は、(球団側が)契約を提示しないことを意味する英語(Non-tender)にちなんで、前述したFAと区別する意味で「ノンテンダー(または『ノンテンダーFA』)」と呼ばれている。ただし、ボストン・レッドソックス時代の岡島秀樹のように契約条件の再交渉を経て再契約(残留)に至ることもあるため、MLB球団における「ノンテンダー」の通告は必ずしも戦力外通告に当たらない[46]。

2021年オフに日本ハムは、シーズン中に国内FA権を取得していた秋吉亮・大田泰示と、海外FA権を取得した西川遥輝に「ノンテンダー」を通告し、自由契約とした。球団側の発表では「取得したばかりのFA権を尊重することによって、(再契約や海外のプロリーグへの移籍を含めて)翌年の所属先を選択できる余地を広げることが重要」「選手との間でプレーの環境について協議した結果」としていた[47]ほか、2020年に村田透を保留選手名簿から一旦外した後に再契約した事例についても遡って「ノンテンダー」であったとした。結局この3人とは再契約せず、大田はDeNA、西川は楽天へ2021年内に移籍。秋吉は当初NPB球団入りはできず、2022年1月に日本海オセアンリーグ(独立リーグ)の福井ネクサスエレファンツへ入団した[48][注 5]。

しかし、この通告について日本プロ野球選手会が、秋吉がNPB他球団への移籍に至らなかったことや、西川・大田が移籍に際して野球協約で定められた減額制限(2021年の年俸が1億円以上だった両選手の場合には最大で40%)を上回る減俸扱いでの契約を余儀なくされたことを問題視。「日本ハム球団から保有選手に対するノンテンダーの通告は、当該選手の価値を一方的に下げるだけに過ぎない。球団側には、このような態様で保有選手を取り扱うことや、『ノンテンダー』などと称して選手、ファン、社会一般に誤解を与えることを控えて欲しい」という趣旨の抗議文を、2022年3月7日付で球団側に提出した[49]。選手会によれば、実際には球団側が発表した選手との協議や通告の予告もないまま選手契約を更新しない旨を一方的に伝えられていたことを(上記3選手へのヒアリングを通じて)把握し、「事実と異なる経緯を発表したことも、(西川・大田・秋吉)選手本人や日本ハム球団に(2022年)現在所属する選手との信頼関係を損ねるだけでなく、ファンや社会一般を裏切る行為である」として、抗議文の提出に踏み切ったとしている。

球団側は、上記の抗議文を2022年3月7日に受領したうえで、球団社長兼オーナー代行の川村浩二がコメントを発表。抗議文が送られたことについて「過去に選手会との対話(のチャンネル)を閉ざしたことがないにもかかわらず、選手会から何の事前の話し合いの申し入れもなく、突如として当球団宛てに送られてきたことは誠に残念」、抗議文で指摘された問題点について「(日本プロ野球選手会側に)誤解や誤認が複数あるように思われる」との見解を示した。その一方で、「球団とはそもそも立場の相違がある」という選手会との間で3月第3週に話し合いの場を設けた[50]うえで、話し合いの結果を同月18日付で公表。西川・大田・秋吉に対する「ノンテンダー」の通告において「選手の価値を一方的に下げる」といった意図が一切なかったことや、野球協約に基づくルールを遵守していることを日本プロ野球選手会に説明したうえで、今後は「ノンテンダー」という表現を使用しない旨を伝えたことを明かしている[51]。

FA権を行使し日本の他球団へ移籍した選手

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表の年は、該当選手がFA権を行使した年のことであり、移籍先が翌年1月1日以降に決まった選手も同年扱いとする。

1993年 - 2007年

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年選手移籍元移籍先補償備考
1993年松永浩美阪神タイガース福岡ダイエーホークス金銭初の権利を行使して移籍した選手
駒田徳広読売ジャイアンツ横浜ベイスターズ金銭
落合博満中日ドラゴンズ読売ジャイアンツ金銭
石嶺和彦オリックス・ブルーウェーブ阪神タイガース金銭
1994年工藤公康西武ライオンズ福岡ダイエーホークス金銭
川口和久広島東洋カープ読売ジャイアンツ金銭
山沖之彦オリックス・ブルーウェーブ阪神タイガース金銭
広沢克己ヤクルトスワローズ読売ジャイアンツ金銭
石毛宏典西武ライオンズ福岡ダイエーホークス金銭
金村義明近鉄バファローズ中日ドラゴンズ金銭
1995年河野博文日本ハムファイターズ読売ジャイアンツ川邉忠義初の人的補償
仲田幸司阪神タイガース千葉ロッテマリーンズ金銭
1996年田村藤夫千葉ロッテマリーンズ福岡ダイエーホークス金銭
清原和博西武ライオンズ読売ジャイアンツ金銭
1997年中嶋聡オリックス・ブルーウェーブ西武ライオンズ金銭
山崎慎太郎近鉄バファローズ福岡ダイエーホークス金銭
1998年武田一浩福岡ダイエーホークス中日ドラゴンズ金銭
1999年工藤公康福岡ダイエーホークス読売ジャイアンツ金銭初の2度目のFA移籍
星野伸之オリックス・ブルーウェーブ阪神タイガース金銭
江藤智広島東洋カープ読売ジャイアンツ金銭
2000年川崎憲次郎ヤクルトスワローズ中日ドラゴンズ金銭
2001年前田幸長中日ドラゴンズ読売ジャイアンツ平松一宏
加藤伸一オリックス・ブルーウェーブ大阪近鉄バファローズユウキ
谷繁元信横浜ベイスターズ中日ドラゴンズ金銭
片岡篤史日本ハムファイターズ阪神タイガース金銭
2002年若田部健一福岡ダイエーホークス横浜ベイスターズ金銭
金本知憲広島東洋カープ阪神タイガース金銭
2003年村松有人福岡ダイエーホークスオリックス・ブルーウェーブ金銭
2004年大村直之大阪近鉄バファローズ[注 6]福岡ソフトバンクホークス[注 7]金銭補償を受ける権利はオリックス[注 6]
稲葉篤紀ヤクルトスワローズ北海道日本ハムファイターズ金銭
2005年野口茂樹中日ドラゴンズ読売ジャイアンツ小田幸平
豊田清西武ライオンズ読売ジャイアンツ江藤智人的補償が初の過去FA移籍入団選手
2006年小久保裕紀読売ジャイアンツ福岡ソフトバンクホークス吉武真太郎過去所属球団へ復帰した初のFA移籍
小笠原道大北海道日本ハムファイターズ読売ジャイアンツ金銭
門倉健横浜ベイスターズ読売ジャイアンツ工藤公康FA補償選手が過去FA移籍入団選手
2007年新井貴浩広島東洋カープ阪神タイガース赤松真人
和田一浩西武ライオンズ[注 8]中日ドラゴンズ岡本真也
石井一久東京ヤクルトスワローズ埼玉西武ライオンズ[注 8]福地寿樹MLBからNPBへ復帰した後、NPBの他球団へFA移籍した初の選手

2008年 -

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  • 「種」とは行使したFA権の種類を意味し、「国」は国内FA権、「外」は海外FA権を表す。
  • 「俸」とは年俸ランクを意味する。年俸は推定。
年選手移籍元移籍先種俸補償備考
2008年中村紀洋中日ドラゴンズ東北楽天ゴールデンイーグルス外C無前球団への補償がない初の移籍
野口寿浩阪神タイガース横浜ベイスターズ外C無
相川亮二横浜ベイスターズ東京ヤクルトスワローズ外B金銭
2009年藤本敦士阪神タイガース東京ヤクルトスワローズ国C無国内FA権で移籍した初の選手
橋本将千葉ロッテマリーンズ横浜ベイスターズ外C無
藤井秀悟北海道日本ハムファイターズ読売ジャイアンツ国C無
2010年藤井彰人東北楽天ゴールデンイーグルス阪神タイガース外C無
細川亨埼玉西武ライオンズ福岡ソフトバンクホークス国B金銭逆指名でプロ入りした球団をFAで退団し国内移籍した初の選手
森本稀哲北海道日本ハムファイターズ横浜ベイスターズ外B金銭
内川聖一横浜ベイスターズ福岡ソフトバンクホークス国B金銭
小林宏之千葉ロッテマリーンズ阪神タイガース外A髙濱卓也
2011年村田修一横浜ベイスターズ[注 9]読売ジャイアンツ外A藤井秀悟FA補償選手が過去FA移籍入団選手
鶴岡一成読売ジャイアンツ横浜DeNAベイスターズ[注 9]国C無過去に所属していた球団への復帰
許銘傑埼玉西武ライオンズオリックス・バファローズ国C無外国人選手初のFA権による移籍
帆足和幸埼玉西武ライオンズ福岡ソフトバンクホークス国B金銭
杉内俊哉福岡ソフトバンクホークス読売ジャイアンツ国A金銭
小池正晃中日ドラゴンズ横浜DeNAベイスターズ[注 9]国C無過去に所属していた球団への復帰
大村三郎[注 10]読売ジャイアンツ千葉ロッテマリーンズ外B高口隆行過去に所属していた球団への復帰
2012年日高剛オリックス・バファローズ阪神タイガース外C無
寺原隼人オリックス・バファローズ福岡ソフトバンクホークス国B馬原孝浩過去に所属していた球団への復帰
平野恵一阪神タイガースオリックス・バファローズ国B高宮和也過去に所属していた球団への復帰
2013年小笠原道大読売ジャイアンツ中日ドラゴンズ外C無2度目のFA移籍
山崎勝己福岡ソフトバンクホークスオリックス・バファローズ国C無
久保康友阪神タイガース横浜DeNAベイスターズ国B鶴岡一成FA補償選手が過去FA移籍入団選手
大竹寛広島東洋カープ読売ジャイアンツ国A一岡竜司
中田賢一中日ドラゴンズ福岡ソフトバンクホークス国C無
鶴岡慎也北海道日本ハムファイターズ福岡ソフトバンクホークス国B藤岡好明
片岡治大埼玉西武ライオンズ読売ジャイアンツ国B脇谷亮太
涌井秀章埼玉西武ライオンズ千葉ロッテマリーンズ国A中郷大樹
2014年大引啓次北海道日本ハムファイターズ東京ヤクルトスワローズ国B金銭
成瀬善久千葉ロッテマリーンズ東京ヤクルトスワローズ国B金銭
小谷野栄一北海道日本ハムファイターズオリックス・バファローズ外C無
相川亮二東京ヤクルトスワローズ読売ジャイアンツ外B奥村展征2度目のFA移籍
金城龍彦横浜DeNAベイスターズ読売ジャイアンツ外C無
2015年髙橋聡文中日ドラゴンズ阪神タイガース国C無
脇谷亮太埼玉西武ライオンズ読売ジャイアンツ国C無過去に所属していた球団への復帰、人的補償による移籍を先に経験した選手の初のFA移籍
今江敏晃千葉ロッテマリーンズ東北楽天ゴールデンイーグルス外A金銭
木村昇吾広島東洋カープ埼玉西武ライオンズ外C無入団テストを経た初の移籍[52]
2016年 岸孝之埼玉西武ライオンズ東北楽天ゴールデンイーグルス外A金銭
糸井嘉男オリックス・バファローズ阪神タイガース国B金田和之
山口俊横浜DeNAベイスターズ読売ジャイアンツ国B平良拳太郎FA移籍後、ポスティングでメジャー移籍
森福允彦福岡ソフトバンクホークス読売ジャイアンツ国C無
陽岱鋼北海道日本ハムファイターズ読売ジャイアンツ国B金銭 初となる1球団で同一年3人目のFA獲得[53]
2017年 増井浩俊北海道日本ハムファイターズオリックス・バファローズ国A金銭累計7年[注 11]経過で取得したFA権で移籍した初の選手
大和阪神タイガース横浜DeNAベイスターズ国B尾仲祐哉
野上亮磨埼玉西武ライオンズ読売ジャイアンツ国B高木勇人
大野奨太北海道日本ハムファイターズ中日ドラゴンズ外B金銭
鶴岡慎也福岡ソフトバンクホークス北海道日本ハムファイターズ外C無2度目のFA移籍、過去にFA移籍で退団した球団に復帰した初の選手
2018年 炭谷銀仁朗埼玉西武ライオンズ読売ジャイアンツ外B内海哲也
浅村栄斗埼玉西武ライオンズ東北楽天ゴールデンイーグルス国B金銭
丸佳浩広島東洋カープ読売ジャイアンツ国A長野久義
西勇輝オリックス・バファローズ阪神タイガース国B竹安大知
2019年 美馬学東北楽天ゴールデンイーグルス千葉ロッテマリーンズ国B酒居知史
鈴木大地千葉ロッテマリーンズ東北楽天ゴールデンイーグルス国B小野郁
福田秀平福岡ソフトバンクホークス千葉ロッテマリーンズ国C無
2020年 梶谷隆幸横浜DeNAベイスターズ読売ジャイアンツ国B田中俊太
井納翔一横浜DeNAベイスターズ読売ジャイアンツ国C無
2021年 又吉克樹中日ドラゴンズ福岡ソフトバンクホークス国B岩嵜翔独立リーグ出身者初のFA移籍
2022年 森友哉埼玉西武ライオンズオリックス・バファローズ国A張奕人的補償が初の外国籍の選手[注 12]
伏見寅威オリックス・バファローズ北海道日本ハムファイターズ国C無
嶺井博希横浜DeNAベイスターズ福岡ソフトバンクホークス国C無
近藤健介北海道日本ハムファイターズ福岡ソフトバンクホークス外A田中正義
2023年 西川龍馬広島東洋カープオリックス・バファローズ国B日髙暖己
山﨑福也オリックス・バファローズ北海道日本ハムファイターズ国C無
山川穂高埼玉西武ライオンズ福岡ソフトバンクホークス国A甲斐野央
2024年 茂木栄五郎東北楽天ゴールデンイーグルス東京ヤクルトスワローズ国B小森航大郎
石川柊太福岡ソフトバンクホークス千葉ロッテマリーンズ国C無育成出身者初の国内FA移籍
九里亜蓮広島東洋カープオリックス・バファローズ外B金銭
甲斐拓也福岡ソフトバンクホークス読売ジャイアンツ国B伊藤優輔
福谷浩司中日ドラゴンズ北海道日本ハムファイターズ国C無
2025年 伊藤光横浜DeNAベイスターズ東北楽天ゴールデンイーグルス外C無
桑原将志横浜DeNAベイスターズ埼玉西武ライオンズ外B古市尊
松本剛北海道日本ハムファイターズ読売ジャイアンツ国B金銭
石井一成北海道日本ハムファイターズ埼玉西武ライオンズ国C無
則本昂大東北楽天ゴールデンイーグルス読売ジャイアンツ外A田中千晴

FA権を行使し日本国外の球団へ移籍した選手

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  • 表の年は、選手がFA権を行使した年のことであり、移籍先が翌年1月1日以降に決まった選手も同年扱いとする。
  • 原則として人的補償、金銭補償はないため省略。
  • 移籍先の球団名の(マ)はマイナー契約。
年選手移籍元移籍先備考
1997年吉井理人ヤクルトスワローズニューヨーク・メッツ初のFA権行使によるメジャーリーグへの移籍
1998年木田優夫オリックス・ブルーウェーブデトロイト・タイガース 
1999年佐々木主浩横浜ベイスターズシアトル・マリナーズ 
2000年新庄剛志阪神タイガースニューヨーク・メッツ野手で初のFA権行使によるメジャーリーグへの移籍
2001年小宮山悟横浜ベイスターズニューヨーク・メッツ補償発生期間中に退団となり、期間経過に至るまで所属球団なしとなった初の選手
田口壮オリックス・ブルーウェーブセントルイス・カージナルス 
2002年松井秀喜読売ジャイアンツニューヨーク・ヤンキース
2003年高津臣吾ヤクルトスワローズシカゴ・ホワイトソックス 
松井稼頭央西武ライオンズニューヨーク・メッツ内野手で初のFA権行使によるメジャーリーグへの移籍
2004年藪恵壹阪神タイガースオークランド・アスレチックス逆指名でプロ入りした球団をFAで退団した初の選手
2005年城島健司福岡ソフトバンクホークスシアトル・マリナーズ捕手で初のFA権行使によるメジャーリーグへの移籍
2006年岡島秀樹北海道日本ハムファイターズボストン・レッドソックス 
2007年黒田博樹広島東洋カープロサンゼルス・ドジャース 
小林雅英千葉ロッテマリーンズクリーブランド・インディアンス 
薮田安彦千葉ロッテマリーンズカンザスシティ・ロイヤルズ 
福盛和男東北楽天ゴールデンイーグルステキサス・レンジャーズ 
福留孝介中日ドラゴンズシカゴ・カブス初の故障者特例制度で取得したFA権で移籍した選手
2008年川上憲伸中日ドラゴンズアトランタ・ブレーブス 
上原浩治読売ジャイアンツボルチモア・オリオールズ 
高橋建広島東洋カープトロント・ブルージェイズ(マ)マイナー契約で入団した初のFA選手
2009年五十嵐亮太東京ヤクルトスワローズニューヨーク・メッツ 
高橋尚成読売ジャイアンツニューヨーク・メッツ(マ) 
2010年建山義紀北海道日本ハムファイターズテキサス・レンジャーズ 
土肥義弘埼玉西武ライオンズランカスター・バーンストーマーズ(米独立リーグ)移籍先が独立リーグのチームだった初のFA選手
2011年和田毅福岡ソフトバンクホークスボルチモア・オリオールズ
岩隈久志東北楽天ゴールデンイーグルスシアトル・マリナーズ 
川﨑宗則福岡ソフトバンクホークスシアトル・マリナーズ(マ) 
2012年藤川球児阪神タイガースシカゴ・カブス 
中島裕之埼玉西武ライオンズオークランド・アスレチックス 
田中賢介北海道日本ハムファイターズサンフランシスコ・ジャイアンツ(マ) 
2017年平野佳寿オリックス・バファローズアリゾナ・ダイヤモンドバックス5年ぶり、平成最後の海外FA移籍選手
2019年秋山翔吾埼玉西武ライオンズシンシナティ・レッズ令和初のFA権行使によるメジャーリーグへの移籍
2020年澤村拓一千葉ロッテマリーンズボストン・レッドソックス
2022年千賀滉大福岡ソフトバンクホークスニューヨーク・メッツ育成出身の初のFA移籍
2023年松井裕樹東北楽天ゴールデンイーグルスサンディエゴ・パドレス
2024年菅野智之読売ジャイアンツボルチモア・オリオールズ

10年選手制度

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FA制度の前身にあたる制度。1947年4月14日に連盟・経営者側と選手会の合意により導入。1952年12月24日発効の野球協約により抜本改正され、1975年限りで全廃された。

概要

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プロ入りから10シーズン以上現役選手として同一球団に在籍した者は「自由選手」として表彰され、所属球団を自由に移籍する権利が与えられた。

1952年の改正後は、10シーズン以上現役選手として球団に在籍した者に対しコミッショナーが10年選手に指名した。10年間フランチャイズ・プレイヤーだった「A級」と、単に10年間現役だった「B級」に大別された。A級は「ボーナス受給の権利」と「自由移籍の権利」、2つのうち任意の選択肢を与え、B級は「ボーナス受給の権利」を与えた。また、A・B級双方とも引退試合の主催権利が与えられた。再取得は3年後。

10年選手の権利

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1952年改正以前は表彰と移籍権利のみ。以下は1952年改正後の権利。

引退試合
現役時代に顕著な功績を残した10年選手は、所属球団との合意の下、希望する地域において毎年11月15日(オフシーズンに入る日)以降に引退試合を主催することができた。非公式試合であり、試合開催による収益金を得ることも認められた。引退選手複数人共同で催すこともできたが、その場合も1試合のみ。
トレード拒否
10年選手をトレードに出す場合は、事前に本人の書面による同意が無ければ不可とされた。
ボーナス受給
ボーナス(今で言う再契約金)を受け取ることができた。当初は無制限だったが、1959年3月の改定でA級選手のボーナスに限り、移籍なら1.5倍まで、残留なら2倍までと制限された。
A級選手の移籍
A級10年選手に指名された選手はその年の12月16日以降、自由に球団を移籍することができた。この権利は1度のみで再取得は不可。移籍した場合、新球団は旧球団に対し、新年俸の半額を譲渡金として支払った。

10年選手制度により他球団へ移籍した選手

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1947年オフ

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1949年オフ

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1956年オフ

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1958年オフ

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  • 田宮謙次郎 大阪タイガース→大毎オリオンズ
    • この年、A級10年選手の権利を得た田宮はボーナスを貰うつもりでいたが、当時のコミッショナー機関が「A級権利でボーナスを得て残留すればその選手はA級のままであり、移籍自由の権利は残る」との見解を示した。本来、A級権利のどちらを行使しても再取得時にはB級になり、権利もボーナス受給だけになるはずだったが、当時はこの部分が明文化されておらず、このコミッショナー見解が正式とされるようになった。近い将来移籍してしまう可能性のある選手にボーナスは出せないと考えたタイガースのフロントはボーナスの金額交渉に消極的になり、最終的に田宮側に契約意思が無いことを通知、田宮はやむなく移籍権利を行使して移籍した。
  • 内藤博文 読売ジャイアンツ→近鉄パールス
  • 杉山悟 中日ドラゴンズ→国鉄スワローズ
  • 青田昇 大洋ホエールズ→阪急ブレーブス
  • 阿部八郎 阪急ブレーブス→西鉄ライオンズ
  • 米川泰夫 東映フライヤーズ→西鉄ライオンズ

1959年オフ

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  • 大友工 読売ジャイアンツ→近鉄バファロー
  • 飯尾為男 東映フライヤーズ→大毎オリオンズ

1960年オフ

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  • 箱田淳 国鉄スワローズ→大洋ホエールズ

1964年オフ

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  • 金田正一 国鉄スワローズ→読売ジャイアンツ
    • 田宮の一件以後規約が一部改正され、「A級10年権利でボーナスを得た場合、3年後の再取得時にはB級となるが移籍権利は残る。ただし、移籍交渉の順番はシーズンの順位によるウェイバー方式。交渉拒否は2度まで」とされた。金田は1959年にA級10年選手の権利を行使してボーナスを貰っており、1963年にB級10年選手として移籍権利を含めて再取得した。この年は行使せず保留して迎えた1964年シーズンオフ、国鉄がサンケイに対して正式に球団を譲渡することが決定した(1962年には、既にサンケイが球団経営の主導権を握る形で業務提携していた)ため、金田は前年保留したB級選手制度の移籍権利を行使した。この年の順位は下から中日、国鉄、広島、巨人、大洋、阪神であり、金田は拒否権を2度使って巨人へ移籍した。

脚注

[編集]

注釈

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  1. ↑ 1993年のFA制度導入時にはプロテクト枠は40人あったが、1996年には35人、2003年に30人と徐々に削減され、2004年から28人となっている[4]。
  2. ↑ フリーエージェント規約6条6項
  3. ↑ プロ野球規約79条
  4. ↑ プロ野球規約71条
  5. ↑ その後シーズン途中に福岡ソフトバンクホークスに入団。
  6. 1 2 近鉄は2004年を以ってオリックスに合併したため。プロ野球再編問題 (2004年)を参考のこと。
  7. ↑ 2004年までの球団名は「福岡ダイエーホークス」、大村が移籍した2005年以降の球団名は「福岡ソフトバンクホークス」である。
  8. 1 2 和田が在籍していた2007年までの球団名は「西武ライオンズ」、石井一が移籍した2008年以降の球団名は「埼玉西武ライオンズ」である。
  9. 1 2 3 村田が在籍していた2011年までの球団名は「横浜ベイスターズ」、鶴岡・小池が移籍してきた2012年以降の球団名は、「横浜DeNAベイスターズ」である。
  10. ↑ 移籍後に登録名を「サブロー」に変更(復帰)。
  11. ↑ 2007年以降のドラフトで入団した大学生・社会人選手 -(通算1015日)
  12. ↑ 日本経済大学を卒業し、2016年の育成ドラフトによる指名を受けているため、NPBでの登録上は日本人選手扱いである。

出典

[編集]
  1. ↑ “WBC出場選手に故障者特例拡大を 選手会とNPBが話し合う”. 日刊スポーツ (2025年4月17日). 2026年4月27日閲覧。
  2. ↑ 今季は1軍登板ゼロも…松坂大輔、FA権取得の“なぜ” Full-Count 2015年10月23日
  3. ↑ “巨人・山口俊、罰金1億円超…今季出場停止「今後、酒は自粛。」”. サンスポ (2017年8月19日). 2021年9月6日閲覧。
  4. ↑ 長野と内海の移籍 巨人が犯したたった一つの過ち 文春オンライン(神田洋)、2019年2月17日(2019年3月23日閲覧)。
  5. ↑ FAの明るさ残すため、原監督「人的補償撤廃」提言、2019年11月19日閲覧。
  6. ↑ ソフトバンク・三笠GM 巨人・原監督の「FA人的補償撤廃」提言に一部賛成、2019年12月18日閲覧。
  7. ↑ 中日 原監督の「DH制導入&人的補償廃止」提言に断固反対、2019年11月19日閲覧。
  8. ↑ 中畑清氏 人的補償廃止しドラフト指名権譲渡を、2020年12月15日閲覧。
  9. ↑ 「【野球】大物選手のポスティング希望続々 藤浪は容認も、千賀はFAまで認められず」『デイリースポーツ online』株式会社デイリースポーツ、2022年11月16日。2022年12月15日閲覧。
  10. ↑ 里崎智也「4タイプに分けられるFA選手(上)/里崎コラム」『日刊スポーツ』2016年11月21日。2017年3月6日閲覧。
  11. ↑ 【FAについて】FAしている人の4つの理由を教えます!これを聞いてみんなもこの人はこの理由だなって考えてみてください! 2020年1月8日閲覧。
  12. ↑ “オリ増井浩俊が語る 「FA争奪戦」の真相と巨人蹴ったワケ|スペシャルインタビュー”. 日刊ゲンダイDIGITAL (2018年2月6日). 2022年11月10日閲覧。
  13. ↑ “和田FA交渉最速20分で中日と合意 - 野球ニュース : nikkansports.com”. 日刊スポーツ (2007年12月10日). 2022年11月10日閲覧。
  14. ↑ “西武からFA移籍の岸、新天地・楽天への思い激白 則本とは固い握手”. BASEBALL GATE (2016年11月18日). 2022年11月10日閲覧。
  15. ↑ “FA中田賢ソフトB入り 地元愛で決めた - プロ野球ニュース”. 日刊スポーツ (2013年11月29日). 2022年11月10日閲覧。
  16. ↑ “なぜ?大竹 巨人入り決断「最終的には条件ではなかった」”. スポニチ Sponichi Annex (2013年11月25日). 2022年11月10日閲覧。
  17. ↑ “「帰ってきてくれると信じていた」。北海道日本ハムが12年ぶりのFA補強で鶴岡選手を獲得”. パ・リーグ.com (2017年12月19日). 2022年11月10日閲覧。
  18. ↑ “西武・炭谷、FAで巨人入り表明 3年総額6億円”. 日本経済新聞 (2018年11月24日). 2022年11月10日閲覧。
  19. ↑ “FA流出続く西武であえて「宣言残留」 “元主将”の栗山が貫く熱いチーム愛”. Full-Count (2016年12月3日). 2022年11月10日閲覧。
  20. ↑ “西武、外崎修汰の“FA宣言残留”を発表 4年契約に「ライオンズで現役生活を全うする」”. Full-Count (2022年11月5日). 2022年11月10日閲覧。
  21. ↑ “西武・増田がFA権を行使して宣言残留「生涯ライオンズでやっていきたい」”. BASEBALL KING (2020年12月4日). 2022年11月10日閲覧。
  22. ↑ 日本人がFA宣言をしない理由は〇〇が原因です【プロ野球】 Satozaki Channel 2022年11月11日
  23. ↑ 読売新聞、1998年10月2日付朝刊、P.23
  24. ↑ 『週刊ベースボール』、1998年12月14日号、P.157
  25. ↑ “丸佳浩とカープ、必然の別れ。FAは忠誠心の踏み絵ではない。”. Number Web (2018年12月5日). 2022年12月8日閲覧。
  26. ↑ “ロッテ美馬が明かすFA宣言の真実 突き動かした愛息への想い「あのまま仙台にいたら…」”. Full-Count (2021年1月17日). 2022年11月10日閲覧。
  27. ↑ “小久保裕紀、サブロー、谷佳知...。「出戻り」選手たちの悲喜こもごも”. 集英社 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva (2020年10月13日). 2023年12月22日閲覧。
  28. ↑ “【トレード物語12】巨人への突然のトレードも176日でロッテに戻ったサブロー【2011年】 | 野球コラム”. 週刊ベースボールONLINE (2017年11月22日). 2022年11月10日閲覧。
  29. ↑ “巨人・脇谷 FAで巨人に復帰したのは、高橋監督への師弟愛から”. ニッポン放送 NEWS ONLINE (2018年9月19日). 2022年11月10日閲覧。
  30. ↑ “FA糸井、阪神移籍の理由は「金本監督の熱意に心を打たれた」”. サンスポ (2016年11月21日). 2022年11月10日閲覧。
  31. ↑ “細川ソフトB決断 4年5億超の大型条件”. 日刊スポーツ (2010年11月21日). 2023年12月24日閲覧。
  32. ↑ “【独占】ロッテ福田秀平が語ったFA移籍の真実と古巣ソフトB甲斐キャノンとの勝負の行方「だから僕は前へ出る」(THE PAGE)”. Yahoo!ニュース (2020年2月8日). 2022年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月10日閲覧。
  33. ↑ “浅村栄斗がFA宣言も「ライオンズを最優先」行使理由は「他球団の評価を聞きたい」”. Full-Count (2018年11月7日). 2022年11月10日閲覧。
  34. ↑ 広島のFA選手に“セルフ戦力外”の危機! 争奪戦どころかテスト入団の憂き目に、ロッテ・松永の二の舞に懸念? リアルライブ 2020年12月06日 11時00分 (2021年7月4日閲覧)
  35. ↑ 【プロ野球】もはや”戦力外通告”寸前…FAした元広島・木村昇吾はどうなる? デイリーニュースオンライン 2015年12月30日 (2021年7月4日閲覧)
  36. ↑ 藤井秀悟 ヤンチャで通した30年 フライデー、2016年8月24日閲覧
  37. ↑ ハムが改めてFA藤井と「再契約はない」 日刊スポーツ 2009年12月1日
  38. ↑ FA藤井“失職”問題、労組松原局長が私見 日刊スポーツ 2009年11月23日
  39. ↑ 、2015、「東尾修「今の選手はうらやましい。でも…」高騰する年俸に苦言」、『週刊朝日』(2016年1月1-8日号)、朝日新聞出版
  40. ↑ “【緊急事態の虎】仲田、激怒移籍「FAなんて紙切れや」”. SANSPO.COM(サンスポ) (2020年5月8日). 2020年9月10日閲覧。
  41. ↑ 重光 晋太郎「今江 涙のFA行使、新天地へ…球団条件は単年契約&年俸ダウン」『スポーツニッポン』2015年11月11日。2017年3月5日閲覧。
  42. ↑ 山田 忠範「陽岱鋼、涙のFA宣言「戦力構想に入ってないと感じた」」『スポーツニッポン』2016年11月8日。2017年3月5日閲覧。
  43. ↑ 【10月3日】1997年(平9) 西崎幸広 事実上の戦力外通告 ハム ベテラン大量解雇. スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球 2011年10月 2016年11月9日閲覧。
  44. ↑ 【1月4日】1999年(平11) 小宮山悟、ケンカ売る「球団改革しなけりゃ出て行く」 スポニチ Sponichi Annex 2011年1月1日
  45. ↑ “戦力外のG村田、現役続行望む 鹿取GM「苦渋の決断」”. 朝日新聞 (2017年10月13日). 2021年12月25日閲覧。
  46. ↑ 「本来のMLBノンテンダーとは? 斎藤隆、岡島秀樹も経験、最近では年50人ほどに適用」『日刊スポーツ』2022年3月8日。2022年3月8日閲覧。
  47. ↑ “日本ハムがFA取得の西川、秋吉、大田に来季契約提示せず 稲葉GM「権利を尊重」”. Full-Count (2021年11月16日). 2021年12月25日閲覧。
  48. ↑ 「ソフトバンクが緊急補強 元・日本ハム秋吉獲得発表 離脱又吉の代役として期待」『スポーツニッポン』2022年7月16日。2022年7月16日閲覧。
  49. ↑ 「「単に選手の価値を一方的に下げるもの」日本プロ野球選手会が日本ハムに抗議」『日刊スポーツ』2022年3月7日。2022年3月7日閲覧。
  50. ↑ 「日本ハム「ノンテンダー」選手会抗議文にコメント「誤解や誤認複数ある。一度話し合いの場を」」『日刊スポーツ』2022年3月7日。2022年3月7日閲覧。
  51. ↑ 「日本ハム「ノンテンダー」という用語は今後使用せず 選手会と認識を確認」『日刊スポーツ』2022年3月19日。2022年3月19日閲覧。
  52. ↑ “FA木村昇吾が西武テスト合格「ゼロからスタート」”. 日刊スポーツ (2016年2月5日). 2016年12月15日閲覧。
  53. ↑ “3人目のFA選手、陽獲得。大型補強を決断させた巨人の事情【死亡遊戯コラム】”. ベースボールチャンネル (2016年12月15日). 2017年11月9日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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