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2024年大韓民国非常戒厳令

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(12.3非常戒厳から転送)
2024年大韓民国非常戒厳令
宣布直後の国会前での抗議活動(上)。国会前で兵士と市民が衝突(左下)。解除要求決議案が190対0で可決されたことを発表する禹元植議長(右下)。
日時2024年12月3日午後10時28分 - 2024年12月4日午前4時30分
場所大韓民国の旗 大韓民国
原因
  • 野党が予算案に反対するなどして、国政が麻痺しているため(尹錫悦大統領による主張)
  • 「国政の麻痺」等々の主張は非常戒厳を布告するための口実に過ぎず、実際には尹錫悦大統領が政敵の排除による権力の独占・維持を企図して布告した(非常戒厳について捜査した特別検察官(朝鮮語版)による捜査結果)
現況
  • 国会による非常戒厳解除要求決議を受け解除。
  • 尹錫悦大統領の罷免・失職(弾劾訴追)
  • 内乱首謀・外患(一般利敵)容疑などで尹前大統領を起訴・公判中。(2025年12月現在)
参加集団
指導者
集団数

国会

  • 与野党国会議員
  • 国会職員

韓国国民

  • 民間のデモ参加者
人数
280人
-
死傷者数
なし
1人負傷(野党議員)[1]
2024年大韓民国非常戒厳令
各種表記
ハングル: 윤석열 정부 비상계엄
漢字: 尹錫悅 政府 非常戒嚴
RR式: Yun-seok-yeol jeong-bu bi-sang-gye-eom
MR式: Yunsŏgyŏl chŏngbu pisanggyeŏm
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2024年大韓民国非常戒厳令(2024ねんだいかんみんこくひじょうかいげんれい、ハングル: 2024년 대한민국 비상계엄; ハンチャ: 2024年大韓民國非常戒嚴)は、韓国大統領の尹錫悦が2024年12月3日午後10時28分に宣布した非常戒厳[2][3]。野党ならびに与党の一部の国会議員はただちに国会に集結し、戒厳解除要求決議案を可決[4]。これを受けて12月4日午前4時30分に国務会議は戒厳を解除した[5]。大統領側が自己クーデターを試みたものとされ[6]、2025年4月4日に憲法裁判所は尹を罷免する判決を言い渡した[7]。12・3内乱(ハングル: 12.3 내란 / 12・3 내란 / 십이삼 내란; ハンチャ: 十二三內亂:シビサムネラン)ともいう[8][9][10][注 1]。

概要

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2024年12月3日午後10時23分、韓国大統領の尹錫悦は緊急のテレビ演説を開始し[12][13]、10時28分に「非常戒厳(ピサンゲオム、ハングル: 비상계엄; ハンチャ: 非常戒嚴)」を宣言した[2][3]。演説の中で、尹は、韓国の主要野党の共に民主党が北朝鮮(韓国では「北韓」と呼称)に追従して「反国家活動」を行っていると非難した[14]。

12月4日午前1時2分、国会が非常戒厳令の解除を要求する決議を出席議員190人の全会一致で採択した[4]。これを受けて憲法の規定に従い、同日午前4時30分に尹大統領の主宰する国務会議(閣議)は「非常戒厳の解除」を決議した[5]。事態は約6時間で無血のまま収束した。しかし、実際には非常戒厳解除要求決議の採決を妨害するために国会の閉鎖や与野党の重要議員を対象とした逮捕命令が出されていたほか、2024年4月の韓国国会総選挙で「『不正が行われたとの疑惑』に関連する捜査の必要性を判断するため」と称して、戒厳軍の一部部隊が中央選挙管理委員会の庁舎に出動したこと(後述)などから、大統領側が自己クーデターを試み、それが失敗したものと受け止められた[6][15][16]。

同日14時40分に提出された尹の弾劾訴追案は定足数不足で採決が成立せず廃案となったが、12月14日に2回目の大統領弾劾決議案が可決され、尹の大統領職の職務停止が決定した[17][18]。

高位公職者犯罪捜査処(公捜処)は3度にわたって尹に出頭要請するが[19]、尹は公邸にとどまり、警護処を私兵のように扱い頑強な抵抗をつづけた[20]。2025年1月15日、公捜処と警察の合同捜査本部は、内乱容疑と職権乱用容疑で尹を逮捕した[21]。同月19日未明、尹に対する拘束令状発布のニュースが伝えられると、18日からソウル西部地方法院を取り囲んでいた尹の支持者が暴徒化し、同裁判所に乱入。警官官56人が負傷し、46人が現行犯として逮捕された[22]。

2025年1月26日、検察当局は尹を内乱首謀罪で起訴した[23][24][25]。

同年4月4日、弾劾訴追案が憲法裁判所で成立し、尹大統領は失職した[7]。大統領弾劾は2016年の朴槿恵大統領(当時)への弾劾議案以来3例目となる[18]。

背景

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2023年10月 - 2024年7月

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2023年10月29日、韓国政府は、国防部の軍首脳部7人をすべて交代する人事を発令をした。金明秀(キム・ミョンス)中将は抜擢され、合同参謀本部議長に就くことになった(11月25日就任[26])。中将が同議長に就くのは53年ぶり。朴安洙(パク・アンス)が陸軍参謀総長に就き(10月30日就任)、呂寅兄(朝鮮語版)(ヨ・インヒョン)が国軍防諜司令部司令官に就いた(11月6日就任)[27][28][29]。

同年11月29日、金明秀は大統領室の呼び出しを受けて官邸の会合に出席した。尹錫悦大統領が金に「私が命じることは何でもできるか」と問いかけると、金は「合法的かつ正当な命令であれば、忠誠を尽くす」という趣旨の原則的な回答をした。すると尹は机を叩いて激昂し、「ならば、私の頭に銃を撃て」と言って金を圧迫した[26][30]。11月29日は大韓仏教曹渓宗のチャスン僧侶が滞在先の京畿道安城市の寺に火をつけ、自殺した日でもあった。尹大統領は金明秀だけでなく、国防部長官の申源湜(シン・ウォンシク)、大統領警護処長の金龍顕(キム・ヨンヒョン)、国家安全保障室長の趙太庸(朝鮮語版)(チョ・テヨン)、国軍防諜司令部司令官の呂寅兄らも官邸に呼び出し、チャスン僧侶の死について「北朝鮮の工作員の関与の疑いがある」「左派たちの仕業かもしれない」と自身の考えを伝えた[26][30]。

尹錫悦弾劾後に発足したチョ・ウンソク特別検察官チームは、金龍顕は最側近である元情報司令部司令官の盧尚元(朝鮮語版)(ノ・サンウォン)の手帳に記載された軍幹部人事関連メモが前述の人事結果に反映されているとの根拠により、尹が非常戒厳を準備した時期を「2023年10月以前」と結論づけている[31][28][32][33]。また、クォン・チャンヨン特別検察官チームは、尹が軍関係の首脳部らに忠誠要求し、彼らを取り込もうとした情況をとらえ、「非常戒厳はすでに2023年11月から準備されていた」との結論を2016年6月1日に行われたブリーフィングで発表している[26][30][34]。ソウル中央地裁も2026年6月22日に朴性載に対して判決を言い渡した際、「12・3内乱は即興的に決定されたものではなく、少なくとも2023年から準備された」と明らかにしている[28]。

2024年初頭、国軍防諜司令部司令官の呂寅兄は、防諜司令部の「戦闘編成」案の策定を指示し、同年3月の韓米合同演習で戒厳令が宣布されたことを想定した捜査・逮捕・護送の訓練を自ら査閲(軍部隊の点検および検査)した。防諜司令部は、呂の指示で作成された戦闘編成計画にもとづき、韓米合同演習「フリーダムシールド(自由の盾)」で実際に任務遂行演習を行った[35]。同年1月16日、前述の趙太庸は国家情報院長に就任した。

同年3月末、尹錫悦は鐘路区三清洞にある大統領の秘密施設「安全家屋」(略称:安家)[注 2]に、金龍顕、申源湜、呂寅兄、趙太庸を呼んだ。尹は大統領就任後、出身校の沖岩高等学校の同窓生による派閥「沖岩(チュンアム)派」を形成したが、この4人のうち、金龍顕と呂寅兄は沖岩派の中核メンバーだった[注 3]。酒を飲みながら野党との関係に対する苦しみを述べたあと、「非常な措置が必要だ。軍が立ち上がって積極的な役割を担うより方法がない」と話し、戒厳の布石を打った[39][40][41]。

同年4月10日の国会議員総選挙を前にして、尹大統領の検察時代の後輩で元法務部長官の韓東勲は、与党の国民の力の勝利のためには、様々な疑惑にさらされている尹の妻の金建希の国民に対する謝罪が必要だと主張した。韓は、妻を守りたい尹とのあいだで激論になった。これがのちに韓が逮捕者リストに名を連ねる遠因となった[42]。総選挙で国民の力が共に民主党に大敗した後、尹は戒厳令布告の可能性について頻繁に言及するようになった[43]。

同年5~6月頃、尹、金龍顕、呂寅兄の3人は夕食を囲んだ。尹は「非常大権や非常措置をしなければ、国を正常化する方法がない」と語り、語気を強めて「戒厳令」を口にした。呂は「そんな話はしてはいけません。軍は昔のような軍ではありません」とたしなめた[43][44][45]。

同年5月2日、海兵隊第1師団の隊員死亡事故の捜査に対する尹錫悦の介入の有無を調査するための特別検察官法案が国会で可決された。5月21日、尹は同法案に対し拒否権を行使した。同日、野党、海兵隊予備役の団体、市民団体はソウル市内の各地で抗議活動を行った。法案はその後再び国会で可決されるが、尹錫悦は7月9日に重ねて拒否権を行使した[46][47][48]。また、海兵隊特検法や尹大統領弾劾聴聞会などをめぐる与野党の衝突は収まらず、7月5日に予定していた定期国会の開院式は延期された[49]。

同年6月27日、元国会議長の金振杓は回顧録『大韓民国は何を蓄積してきたのか』を出版。同書において、梨泰院雑踏事故をめぐり「尹大統領が『事故が特定勢力によって操作された可能性も排除することはできない』と話していた」と明かした[50][51]。これを受けて政界で「尹大統領が極右YouTubeチャンネルを好んで見ている」という話が出回り、共に民主党院内代表の朴贊大は「大統領が極右YouTuberが喧伝する根拠のない陰謀論を事実と固く信じて国政運営をしている」と述べた[50][51]。7月1日に開かれた国会運営委員会で野党側は「尹大統領に極右系YouTubeの視聴を減らすように提案するつもりはないか」と質問。大統領秘書室長の鄭鎮碩(朝鮮語版)(チョン・ジンソク)は「尹大統領は現在必要以上にYouTubeに依存していない」と釈明した[52][50]。

同年7月23日、韓東勲は国民の力の代表に選出された[53]。

2024年8月 - 2024年11月

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2024年8月12日、尹錫悦は新しい国防部長官に金龍顕を起用すると発表した[54]。これを受けて共に民主党は、金が長官になれば、「沖岩派」が軍の指揮権や実際の部隊の動員・統制に必要な情報陣容の要職を掌握することになるだろうと指摘。さらに、金の起用は金建希の投獄を防ぐための戒厳令戦略の一環だとの推測が党内で流れた[55]。9月1日、李在明が与野党代表会談の冒頭でこの臆測に言及すると、大統領室と国民の力は「捏造された根拠のない噂」を流布していると激しく非難した[55]。9月2日、共に民主党国会議員の朴善源(朝鮮語版)(パク・ソンウォン)は金龍顕の人事聴聞会で、「最近、李鎮雨(イ・ジンウ)首都防衛司令官、郭種根(クァク・ジョングン)[注 4]特殊戦司令官、呂寅兄防諜司令官を漢南の公館に呼びましたよね。何の話をしたんですか。戒厳の話をしたのではないですか」と質問した。また、金龍顕が軍の人事に介入し、軍の中に「龍顕派」をつくっていると指摘し、「龍顕派は第2のハナ会だ」と発言した。金龍顕は朴の質問と指摘をすべて否定した[56]。

同年9月2日、国会議員の任期開始から96日ぶりに国会が開会した。開院式に尹錫悦は出席しなかった。大統領の欠席は盧泰愚政権(第六共和国)が発足した1988年2月以来初めて[57][49]。

同年9月6日、金龍顕は国防部長官に就任した。警護処長の後任は警護処次長の朴鐘俊(パク・チョンジュン)が就いた。9月7日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)系の日刊紙『世界日報』はオピニオン欄で、金の起用に関する共に民主党の主張は「妄想に近い陰謀論」だと一蹴。戒厳令解除について定めた憲法77条5項を引用して、野党が国会の過半数を占める現状において尹が戒厳を宣布することは常識的に言ってありえないとし、「民主党指導部の水準はこの程度のものなのか。ため息が出てくる」と書いた[58]。

金は、国防部長官に就任した9月から、元情報司令部司令官の盧尚元(朝鮮語版)(ノ・サンウォン)と頻繁に会うようになった。盧尚元は同司令官時代の2018年に部下に対するセクハラ行為により不名誉除隊となり、その後安山市常緑区本五洞の集合住宅の半地下の一室で巫俗人(占い師)として活動していた[59][60][61][62]。盧は非常戒厳当日の12月3日までに金長官の公館を合計20回以上訪れたとされる[60]。

同年9月19日、尹大統領と金建希が世論調査会社「未来韓国研究所」の実質的運営者の明太均(朝鮮語版)(ミョン・テギュン)と連絡を取り、2022年6月1日に行われた国会議員再補選(朝鮮語版)の与党公認候補選定に介入したとの報道が出た[63][64]。10月に入ると、尹や金と明太均の直接通話とされる音声が、共に民主党を通じて暴露された[56]。

同年10月7日、『日曜時事(朝鮮語版)』は創刊1500号記念特集として、「一目でわかる金建希8つの疑惑総まとめ」と題する記事を8回連続で電子版に掲載。金建希と尹錫悦にまつわる様々な不正疑惑を詳細に報じた[65]。金建希は2022年6月の国会議員補欠選挙の与党候補公認についての不当介入、ブランドバッグなどの受領などの疑惑[注 5]が取りざたされた[66]。尹側には政権高官のスキャンダルもあった[67]。

同年10月11日、北朝鮮は、韓国が平壌の上空にドローン(無人機)を飛ばし、北朝鮮の体制を批判するビラをまいたと非難した。国営の朝鮮中央通信はビラの束を落とす機体の写真も公開した[68]。特別検察官は、尹が北朝鮮を軍事的に挑発して非常戒厳の口実をつくるために軍幹部に飛行を指示したととして、2025年11月に尹を一般利敵罪などで起訴している[69]。

同年10月17日、北朝鮮の国営メディアが、同国が韓国を「敵対国」と定義する憲法改正を行ったことを明らかにした[70]。

同日、共に民主党の全賢姫議員は、この年の2月にソウル警察庁101警備団長に任命されたファン・セヨン(황세영)が尹と同じ沖岩高校の出身者であると、国会で明らかにした。全賢姫は、軍および警察の要職が「沖岩派」で満たされているとして戒厳宣布の可能性を指摘した[38]。

同年10月、金龍顕は、情報司令部司令官の文相虎(朝鮮語版)(ムン・サンホ)に電話し、「盧尚元将軍がすることをよく助けろ」と言った。そして、不正選挙疑惑を捜査する非公式の組織「第2捜査団」を情報司令部の中につくるよう命じた[71]。11月17日、盧尚元は安山市の自宅の近くにあるロッテリア安山常緑樹店に、文相虎、情報司令部所属のチョン・ソンウク大佐、キム・ボンギュ大佐を呼んだ[72][73][74]。盧尚元は「準備はうまくやっているか」と尋ね、戒厳の準備状況を点検した。盧は同月9日頃にA4用紙10枚以上の指示文書をチョン・ソンウクにあらかじめ渡していた。中央選挙管理委員会を掌握する手はずは整えたかとチョンに尋ねるが、チョンは正しく答えられなかった。盧は「なぜこんなに愚かなのか、大佐にまでなった奴が仕事をしっかりできないのか」と罵倒した。文相虎は現職の情報司令官であるにもかかわらず、これを横から聞いても制止しなかった[72][73]。文相虎、チョン・ソンウク、キム・ボンギュはこの時期、前述の「第2捜査団」を構成する要員40人を直接選抜し、盧尚元に名簿を提出した[71]。

同年11月7日、尹は頭を下げて記者会見を始め、「私の周辺のことで国民に心配をかけた」と述べた[66]。同月8日、世論調査会社のギャラップは調査の結果を発表。尹の支持率は就任後最低となった前回調査より2ポイント下落した17%だったと発表した。不支持率は2ポイント上昇した74%となり、最高を更新した[75]。国民の58%が大統領の辞任もしくは弾劾を望んでいるとされた[76]。

同年11月15日、明太均と、当時公認候補に選ばれた前議員の金映宣(朝鮮語版)(キム・ヨンソン)が逮捕された[77][78]。明太均は2022年大統領選前から金健希と頻繁に連絡を取り合っており、その過程で数十回に上る非公開の独自世論調査の結果が尹大統領側に無償で提供された[63]。

同年11月26日、尹は「金建希株価操作事件などの真相究明のための特別検察官法」案に対し拒否権を行使した。金建希特検法に対する拒否権行使はこれで3度目だった[79]。尹は翌27日に行われた国民向け談話と記者会見で、当該特検法は憲法に反するものだと強調した。同月21日に公開された全国指標調査結果によると、金建希特検法について64%が賛成、26%が反対と回答していた[79]。尹の拒否権の行使回数は11月26日までに25回に及んだ[48]。

共に民主党は金建希特検法案が相次いで廃棄されたことを受け、「金建希常設特検法」を制定する作戦にシフトした。国会本会議の通過だけで特検捜査の可否を決定する常設特検法を制定すれば、大統領の拒否権行使を避け得るという意図だった[80]。11月28日、国会本会議で「特別検察官候補推薦委員会の構成および運営などに関する規則」改正案を含め、法案46件が可決された。これにより、大統領とその家族が関与した捜査の場合、7人で構成される常設特検候補者推薦委員会構成から与党推薦分2人が除かれることとなった。本会議閉会から5分後、金龍顕は、国防部から国会事務所に派遣される国会協力団長のヤン・ジェウンに通信アプリのシグナルで「大統領令夫人特検はどうなったか」「検察官3人を弾劾発議しなかったか?」とメッセージを送り、特検法の推進状況を事細かに確認した[80]。

特別検察官設置法案の採決は12月10日に迫っていた[81]。国会の3分の2の賛成で可決された場合、尹は拒否ができない状況に追い込まれる見通しだった。当時国民の力は108議席で、8人が造反すれば可決されることも分かっていた。尹と対立を深めていた韓東勲代表のグループは20人前後と言われていた[42]。

2024年12月1日 - 2日

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2024年12月1日、尹大統領は金龍顕国防部長官を呼び、「国会が22件もの弾劾を発議した。一線を越えた」「中断させなければ国の未来がない」と怒りを露わにした。「今もし非常戒厳をすることになったら、兵力動員をどうすることができるか」と尋ねると、金龍顕 は「首都圏にある部隊を2万~3万人程度を動員させなければならないが、少数だけ出動するなら特殊戦司令部と首都防衛司令部3千~5千人程度が可能だ」と答えた[82]。

金龍顕は「するなら週末の土曜日、日曜日夜明けがよい」と提案したが、尹は「崔載海(チェ・ジェヘ)監査院長を野党が弾劾すればそのままやろう」と言って拒否した[83]。共に民主党は、輸入車ディーラーの株価操作事件への関与が疑われていた金建希を検察が不起訴処分にしたことに関し、公正な捜査が行われなかったのは崔載海の責に帰するものと考えていた[84]。

同日、盧尚元はロッテリア安山常緑樹店に、現司令官の文相虎、情報司令部所属のキム・ボンギュ大佐、チョン・ソンウク大佐を再び呼び付けた。そして「間もなく戒厳令が下されるから準備しろ」「戒厳当日に中央選挙管理委員会のサーバーを確保せよ」と指示を出した[85][86][87]。

同年12月2日、共に民主党は崔載海監査院長に対する弾劾訴追案を提出した。前述の「監査院長を弾劾すればそのままやろう」という言葉どおりに戒厳は実行されることとなった。尹は、火曜日にあたる3日の22時過ぎの時間に国会議事堂本館の中に多数の国会関係者らが残り、夜勤などで業務を遂行している状況を予想できなかった[83]。

同日、金龍顕は大統領警護処をだまして秘話フォン(盗聴防止機能付き電話)を受け取り、これを盧尚元に渡した[88]。そして二人は夕方から真夜中までの約4時間、龍山区漢南洞の国防部長官公邸で話し合った[89]。金龍顕はのちに「布告令の草案を作成したのは自分だ」と供述したが、特別検察官チームは、むしろ盧尚元が中心人物だったと見て捜査を進めている[90][89]。

出来事

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宣言前の12月3日の出来事

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12月3日夜、CCTVに映った大統領府の映像。金龍顕国防部長官が立ち上がり、国務会議の定足数に達するにはあと何人の閣僚が必要かを身振りで示している。着席しているのは尹錫悦、韓悳洙、李祥敏など。

2024年12月3日13時から14時にかけての間、金龍顕国防部長官は陸軍特殊戦司令部の郭種根(クァク・ジョングン)司令官に電話をかけた。特殊戦司令部は京畿道利川市にあった。金龍顕は郭種根に「ヘリコプターを事前に特殊戦司令部に配置しておけ」と指示した。ところが郭種根はすぐにキム・セウン特殊作戦航空団長に連絡し、「私の指示なしにはヘリを飛ばすな」と言った。この決定が戒厳軍の動きを縛ることとなった[91]。

同日14時40分頃、元情報司令部司令官で占い師の盧尚元(ノ・サンウォン)は安山市のロッテリア安山常緑樹店に入った。15時8分までに国防部捜査本部長のキム・ヨングン、陸軍装甲旅団長のク・サムヒ、国防部准将のパン・ジョンファンが到着し、狭いテーブルで顔を突き合わせて内乱を謀議した。盧尚元は「民主党が監査院長、中央地検長、判事をすべて弾劾しようとしている。これが正しい世界なのか」と言い、選挙管理委員会のサーバーの確保に言及した[92]。

同日18時10分頃、尹錫悦大統領は執務室で朴鐘俊(パク・チョンジュン)警護処長に「警察庁長とソウル警察庁長を大統領の安家に呼べ」と指示した[93]。

18時50分頃に尹が執務室を出ると、キム・ソンフン警護処次長は金龍顕に電話をかけ、尹が執務室を出たことを伝えた。18時54分、金龍顕は盧尚元の秘話フォン(盗聴防止機能付き電話)に電話し、1分34秒間通話した[93]。

19時15分頃、趙志浩(朝鮮語版)(チョ・ジホ)警察庁長と金峰埴(キム・ボンシク)ソウル特別市警察庁長が鐘路区三清洞にある安全家屋1階の部屋に入ると、尹と金龍顕が待っていた[93]。尹は「最近、国がとても騒がしい。従北(北朝鮮に従う)左派勢力、反国家勢力が社会のあちこちで国を混乱させている」「だから私は今夜午後10時に非常戒厳を宣言しなければならない」と伝えた[82]。尹が熱弁を振るっている間に、金龍顕は趙志浩と金峰埴にそれぞれA4サイズの紙を手渡した[93]。紙には、戒厳令宣布後に拘束すべき人物の名前と、掌握すべき対象として、国会、京畿道果川市の中央選挙管理委員会、ソウル市内の世論調査会社、MBCテレビなど10か所が並んでいた[44]。尹は文在寅政権で検察総長の任にあった2020年に行われた国会議員総選挙で共に民主党が圧勝した選挙結果について、「不正選挙」によるものであるとの疑念を真剣に抱いていた[94][95]。また、0.73%の得票率の差で勝利した自身の2022年の大統領選についても、「実際はもっと勝っていた」と周囲に話していた[44]。

同日21時、金龍顕、国務総理(首相)の韓悳洙(ハン・ドクス)、行政安全部長官の李祥敏(イ・サンミン)、法務部長官の朴性載(パク・ソンジェ)、外交部長官の趙兌烈(チョ・テヨル)、統一部長官の金暎浩(キム・ヨンホ)ら6人の閣僚と、国家情報院長の趙太庸(チョ・テヨン)が龍山区の大統領室(朝鮮語版)庁舎(大統領府)の執務室に集まった[93][96]。李祥敏は「沖岩派」のメンバーで、尹の最側近の一人として知られる[97][98]。尹は趙兌烈に「非常戒厳を宣布しようと思う」と言った。趙が思いとどまるように進言すると、尹は怒り、「私個人のためにやると思うのか。法治主義を誰よりも信奉する私がこう考えたほどなのだ。従北左派をこのままにしておけば国が潰れ、経済であれ外交であれ、何もうまくいかなくなる」と言った[93]。

同日22時16分、尹ら計11人による国務会議(閣議)が始まった。出席者は以下のとおり[99]。

氏名よみがな役職備考
国務会議の出席者
1尹錫悦ユン・ソニョル大統領2025年1月15日に逮捕[21]。
2韓悳洙ハン・ドクス国務総理2025年8月29日に在宅起訴[100]。
3李祥敏イ・サンミン行政安全部長官2025年8月19日に拘束起訴[101]。
4金龍顕キム・ヨンヒョン国防部長官2024年12月10日に逮捕[102]。
5趙兌烈チョ・テヨル外交部長官
6金暎浩キム・ヨンホ統一部長官
7宋美玲ソン・ミリョン農林畜産食品部長官李在明政権(朝鮮語版)に政権交代した後も留任。
8曺圭鴻チョ・ギュホン保健福祉部長官
9呉姈姝オ・ヨンジュ中小ベンチャー企業部長官
10朴性載パク・ソンジェ法務部長官2025年12月11日に在宅起訴[103]。
11崔相穆チェ・サンモク経済副首相兼企画財政部長官

金龍顕は非常戒厳宣布文を出席者に配った。尹は冒頭で「今、この計画を変えればすべてがだめになる」「大統領の決断だ。国務会議の審議は済ませたし、発表しなければならないから、私は行く」と言い、22時18分に終了を宣言することもなく部屋を後にした。国務会議は2分で終わった[93][104][注 6]。

韓悳洙は「国務会議に出席した国務委員全員が戒厳令宣布に反対した」と聴聞会で証言していた[105]。ところが2025年10月13日に公開された宣布当日の大統領室のCCTVの映像により、一人の反対者もなく国務会議が終了したことが明らかとなった[106][107]。

尹の妻の金建希は戒厳宣布の直前、18時25分から21時30分まで3時間にわたりソウル市江南区の新沙駅近くの美容整形外科にいた[81][108]。

非常戒厳令の宣言

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12月3日22時23分、尹は緊急のテレビ演説を始め[12][13][109]、22時28分に非常戒厳(ハングル: 비상계엄、戒厳令)を宣言した[2][3]。

<前略>

親愛なる国民の皆様、私は北韓の共産勢力の脅威から自由大韓民国を守り、我が国民の自由と幸福を略奪する破廉恥な従北反国家勢力を一挙に排除し、自由憲政秩序を守り抜くため、非常戒厳を宣布します。

この非常戒厳を通じ、国家崩壊の淵にある自由大韓民国を再建し、守り抜きます。そして、これまで破壊行為を繰り返してきた亡国の元凶である反国家勢力を必ず排除します。これは体制転覆を企てる反国家勢力から国民の自由と安全、国家の持続可能性を守り、未来世代にふさわしい国を引き継ぐためにやむを得ない措置です。

私はできる限り迅速に反国家勢力を排除し、国家を正常化します。この戒厳の宣布によって、自由大韓民国の憲法価値を信じ従ってくださる善良な国民に多少の不便が生じるかもしれませんが、これを最小限に抑えるよう努めます。

このような措置は自由大韓民国の永続性を確保するためのやむを得ないものであり、大韓民国が国際社会で責任を果たし、貢献し続けるという外交方針には何ら変わりはありません。

私は大統領として国民の皆様に切に訴えます。私はただ国民の皆様を信じ、命を捧げて自由大韓民国を守り抜きます。どうか私を信じてください。

<後略>

—尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領,テレビ演説[110][111]

全国放送された演説で、尹は閣僚を弾劾し、予算案を阻止することで「自由民主主義体制の転覆を企てている」と野党を非難した。彼は国民に自分を信じ「多少の不便」を我慢するようにも求めた。韓国で戒厳令が宣言されたのは全斗煥軍事独裁政権下の1979年以来初めてであった[112][113][114]。尹は朴安洙陸軍参謀総長を戒厳司令官に任命した[115][116]。事態収拾後の12月5日に行われた国会国防委員会の審議では、国防部次官の金善鎬の答弁により、戒厳軍の国会への投入指示や戒厳司令官の任命など一連の措置を主導したのが国防部長官の金龍顕であることが明らかにされている[117]。金は軍指揮官に対し「命令に応じない場合は抗命罪とする」ことも明言したとされる[118]。

金龍顕は国軍防諜司令部司令官の呂寅兄(朝鮮語版)(ヨ・インヒョン)[119]に14人の逮捕者リストを渡した。尹大統領、金、呂の3人は沖岩高等学校の同窓生同士だった[43]。呂寅兄は、部下のキム・デウ捜査団長に「書き取れ」と言って名簿を一人一人読み上げたとされる[120][121][122][123]。逮捕した政治家や関係者を京畿道果川の収監施設に連行する計画もあったとされる[124]。呂が読み上げた14人の逮捕者リストは以下のとおり[120]。

氏名よみがな肩書き
逮捕者リスト
1禹元植ウ・ウォンシク国会議長
2李在明イ・ジェミョン共に民主党代表
3韓東勲ハン・ドンフン国民の力代表
4曺国チョ・グク祖国革新党代表
5朴贊大パク・チャンデ共に民主党院内代表
6鄭清来チョン・チョンネ国会法制司法委員長
7李学永イ・ハギョン国会副議長
8金民錫キム・ミンソク共に民主党首席最高委員
9曺海珠チョ・ヘジュ元中央選挙管理委員会常任委員
10梁慶洙ヤン・ギョンス全国民主労働組合総連盟委員長
11金於俊キム・オジュンジャーナリスト
12金民雄キム・ミヌンろうそく行動代表
13金命洙キム・ミョンス前大法院院長
14楊正哲ヤン・ジョンチョル元民主研究院長

戒厳宣布直後、国民の力の韓東勲代表、ナンバー2の秋慶鎬(チュ・ギョンホ)院内代表らは、国会議事堂そばの党本部の中に入った。韓は党最高委員会議を、秋は議員総会の予備会議にあたる戦略会議をそれぞれ開こうとした。韓はスマートフォンで盛んに対応にあたっていたが、ほどなく自身が逮捕者リストに名前が挙がっていることを知り、顔面蒼白の様子で「国会議事堂に行く」と話した[42]。22時49分、韓東勲は「大統領の非常戒厳の措置は間違っている。国民とともに阻止する」とのコメントを発表した[125][126]。

尹は国家情報院長の趙太庸(チョ・テヨン)に韓東勲らを逮捕するよう指示したが拒否された。次に国家情報院第1次長の洪章元(ホン・ジャンウォン)に逮捕を指示するも再び拒否された[127]。

布告令第1号

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韓国標準時2024年12月3日23時、戒厳司令官で陸軍参謀総長の朴安洙は、次の事項を韓国全域に布告した[128][129]:

戒厳司令部布告令(第1号)
自由大韓民国内部で暗躍する反国家勢力の大韓民国体制転覆の脅威から自由民主主義を守護し、国民の安全を守るため、2024年12月3日23:00をもって大韓民国全域に次の事項を布告する。

  1. 国会および地方議会、政党活動、政治的結社、集会、デモなど、すべての政治活動を禁止する。
  2. 自由民主主義体制を否定または転覆を企図するすべての行為を禁止し、フェイクニュース、世論操作、虚偽の扇動を禁止する。
  3. すべての報道および出版は戒厳司令部の統制を受けるものとする。
  4. 社会の混乱を助長するストライキ、怠業、集会行為を禁止する。
  5. 研修医を含むストライキ中または医療現場を離脱しているすべての医療従事者は48時間以内に本業に復帰し、誠実に業務に従事すること。これに違反した場合は戒厳法により処罰される。
  6. 反国家勢力などの体制転覆勢力を除く善良な一般国民が日常生活に支障をきたさないよう最大限の措置を取る。

本布告に違反した者は、大韓民国戒厳法第9条(戒厳司令官特別措置権)に基づき令状なしで逮捕、拘禁、押収・捜索を行うことができ、戒厳法第14条(罰則)により処罰されるものとする。

—2024年12月3日火曜日 戒厳司令官 陸軍大将 朴安洙(パク・アンス),[130][131]

中央選挙管理委員会庁舎への侵入・占拠

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中央選挙管理委員会に侵入した兵士の様子

戒厳宣言発表の終了(22時29分)から2分後の22時31分、戒厳軍は中央選挙管理委員会庁舎の電算室に侵入した[132]。そのほか、水原選挙研修院、ソウル冠岳庁舎にも出動した。戒厳軍は「2024年4月の韓国国会総選挙での『不正選挙疑惑[133][注 7]』関連捜査の必要性を判断するため」との名目で当直職員5人の携帯電話を押収するとともに、電算室で選挙人名簿を管理するデータベースを撮影した[135]。庁舎への立ち入りを制限するなど、計3時間20分にわたって占拠した[136]。

国会議事堂での攻防

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国会上空を飛行する戒厳軍のヘリコプター
国会議員と議員補佐官は国会議事堂の正面玄関を家具などで封鎖した。
戒厳軍の軍用車の侵入を阻もうとする市民

22時25分、金龍顕国防部長官は特殊戦司令官の郭種根に「一番早く移動できる部隊はどれだ」と電話をかけた。郭種根は「707特殊任務団です」と答えた。金は「ヘリで早く国会に移動させろ」と指示した。郭は22時30分になってようやく、忠清北道陰城郡の特殊作戦航空団などに配置されている12機のヘリコプターを、京畿道利川市の特殊戦司令部に展開するよう指示した[91][137]。

22時33分、金敏基(キム・ミンギ)国会事務総長は禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長に電話をかけ、尹錫悦が非常戒厳を宣布したと告げた。禹はキルギス大統領と晩餐会を行った後で、龍山区漢南洞の議長公館で休んでいた[138]。禹は知らせを聞くと、まず公館の外をチェックした。ぬかりがなければ自身を逮捕するための要員が埋伏しているはずだった。しかし外には誰もおらず、5分で服を着替えて公館を飛び出した。車のライトを消し、路地をかけぬけ、15分で国会に到着した[138][139]。車で通用門から入ろうとすると、警察の車の壁が立ちはだかった。禹は「非常戒厳解除のための本会議を率いるのは国会議長なので、ここで警察と言い合いになって捕まったら何の役にも立たない」と考え、引き返した。23時、自ら塀を乗り越えて国会議事堂に入った[138]。

22時38分、共に民主党院内代表の朴贊大は所属議員全員が参加するメッセンジャーで国会への集合を呼びかけた[140]。

22時46分、ソウル警察庁は国会の出入統制の指示を出した[125]。

22時50分、共に民主党代表の李在明は国会に自家用車で向かう途中、YouTubeでライブ放送を始め、「国会に来てください。遅い時間でありますが、国民たちがこの場を守ってください」と訴えた[140]。22時56分、李は「(尹は)もはや韓国の大統領ではない」と宣言した[125][141]。

韓国国会には事態を知った野党議員及び反尹派を主とする与党議員やその秘書らが、呼びかけに応じた支持者らとともにいち早く集まってきた。李學永(イ・ハギョン)国会副議長は、タクシーで呼ぶ際、アプリで呼ぶと追跡されるおそれがあるため、家を出て少し歩いたところで乗り国会へ向かった。妻と飼い犬もいっしょだった。共に民主党のある議員は地元の江原道から高速道路を時速190キロのスピードで車を走らせた[139]。抗議者は国会の外で警察と衝突した[142]。国会は韓国警察のバスによって閉鎖されたが、国会議員らは強硬に中に入り込み、中には封鎖されている門を避け塀を乗り越えて議会に入っていく者もいた[16]。国会の壁を乗り越えるときに手指を骨折した議員もいた[139]。

22時55分、忠清北道一帯にあった特殊作戦航空団のヘリコプターは離陸準備を開始した。しかし首都防衛司令部に対して飛行目的を明らかにしなかったため、22時59分、同司令部の空域管理担当官はソウル上空への進入を許可せず、上空で待機するよう指示した。担当官がソウル進入を許可する23時11分までの12分間、ヘリコプターは利川市の上空で足止めされた[91][137]。

23時6分、警察庁は、国会関係者に限って出入りを許可する措置をとった[125]。

23時30分頃から4日0時3分にかけて、尹大統領は趙志浩(朝鮮語版)警察庁長に6回電話し、「国会に入ろうとする国会議員を全員逮捕する。捕まえて。違法だよ。国会議員はみな布告令違反だ。逮捕しなさい」と指示した[143]。

23時48分、陸軍特殊戦司令部の第1陣のUH-60Pヘリコプター3機が国会内の運動場に着陸した[144]。また同じ時間に、兵士約50人が国会の周囲に設置された塀を乗り越えて侵入した[145][135]。

議員秘書官、議員補佐官らは机や椅子やソファを積み上げてバリケードを築いた[16]。陣頭指揮に当たったのは特殊部隊出身の金敏基国会事務総長だった。金敏基は国会議長の禹元植がどこにいるかわからなくするため、国会議事堂のすべての部屋の明かりを点灯させた。暗視ゴーグルを着用した戒厳軍兵士は必ずや国会内の電源を遮断すると判断し、発電機を集中的に守らせた[146]。国会正門前の道路には戒厳令に反発する市民が一時4000人近く集結し「戒厳令を解除しろ」「尹錫悦を逮捕せよ」とシュプレヒコールを上げ、一時兵士と揉みあいになる場面もあった[147]。

午前0時過ぎ、兵士50人あまりが国会に進入にしようとすると、国会職員らは出入り口に椅子でバリケードを設置し、消火栓の水を噴射するなどして抵抗した[148]。

午前0時21分、兵士は国会後門の進入失敗後、別の扉から再進入しようとした。共に民主党の広報官を務めていた安貴朎は「恥ずかしくないのか」と言って兵士のライフル銃をつかんだ。このときの様子はリアルタイムで報道され、安の行動は抵抗のシンボルのようになった[149][150]。

午前0時33分、兵士は国会本館の建物2階の事務室のガラスを割って議事堂内に突入した[138][145][148]。

国会会期中の国会議員であっても、その逮捕に国会の同意を必要とする不逮捕特権や国会の釈放要求権は、現行犯でない場合に限られる(韓国憲法第44条(朝鮮語版))。そのため、この戒厳令の場合もそうであったが、戒厳令と共に各種言論や集会活動の停止等がしばしば命じられ、その場合、国会議員であっても、戒厳令違反の現行犯として不逮捕特権の主張や国会による釈放要求自体が困難な形で逮捕される可能性も高い(本来は国会の活動には干渉できない)[151]。憲法上の規定では、戒厳令を発動する場合、大統領は遅滞なく国会に通告しなければならず、国会の在籍議員の過半数の賛成で戒厳の解除を要求した場合は、政府はこれを解除しなければならないことになっている(韓国憲法第77条(朝鮮語版))[152][153]。

解除要求決議案の可決

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12月4日午前0時49分、国会議長の禹元植(ウ・ウォンシク)は非常戒厳の宣布に対する解除要求決議案の投票に先立ち、憲法第77条第4項の「戒厳を宣布したときは、大統領は遅滞なく国会に通告しなければならない」との文言に言及。「国会は戒厳を事前にも事後にも通告された事実がない」と述べ、これを大統領側の帰責事由とした[154]。午前1時、禹議長は電子投票を実施すると議場で述べた。出席議員は定数300のうち、野党議員172人と、国民の力の韓東勲代表に近い与党議員18人の計190人だった[155]。改革新党の元代表の李俊錫は国会出入制限のため本会議に参加できなかった[156]。

午前1時2分、憲法第77条第5項の「国会議員の過半数が賛成して要求した場合、政府は戒厳令を解除しなくてはならない」とする規定に従い、解除要求決議案は出席議員190人全員の賛成投票で可決した[4][155][153][157]。これを受けて、禹議長は「戒厳の宣布が無効になった」と表明[158][159]し、大統領府と国防部に非常戒厳の解除要求決議が可決されたことを通告した[153]。

国会議員約190人は4日の採決後も政府が国会解散を宣言・強行することを懸念、しばらくそのまま議場にとどまった。韓国メディアによれば、国防部は尹大統領が自ら戒厳令を解除するまでは戒厳体制を維持すると表明したという。聯合ニュースによれば、議事堂に入っていた韓国軍の兵士らは決議案採決後に議事堂から撤収したことを禹議長は明らかにした[160]。

非常戒厳布告の解除

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国民の皆様へ、昨夜(3日)11時をもって、国家の本質的機能を麻痺させ、自由民主主義の憲政秩序を崩壊させようとする反国家勢力に立ち向かうため、私は断固たる救国の意志をもって非常戒厳を宣布いたしました。

しかし、先ほど国会から戒厳解除要求があり、戒厳業務に投入していた軍を撤収させました。直ちに国務会議を通じて国会の要求を受け入れ、戒厳を解除いたします。

<後略>

—尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領,国民向け談話[161]

12月4日午前4時27分ごろ、尹は国民向け談話で「国会の非常戒厳解除要求を受け、戒厳部隊は撤収した。国会の要求を受け入れ、閣議を通じて非常戒厳を解除する」と述べた[5][109][162][158]。午前4時30分、尹の主宰する国務会議は非常戒厳の解除を決議した[5]。

同日午前の首席秘書官会議で大統領室の室長と首席秘書官が一斉に辞意を表明した。尹の側近である大統領府秘書室長の鄭鎮碩(チョン・ジンソク)、国家安保室長の申源湜(シン・ウォンシク)も辞意を表明した[163]。混乱に伴う引責とみられる[164][165]。さらに全国務委員が辞意を示したとされる[166]。共に民主党は、尹や国防部長官の金らを内乱罪で告発すると発表し、辞任を要求した[167][168]。同日午後、野党6党は共同で尹大統領に対する大統領弾劾訴追案を国会に提出した[169]。

野党による弾劾訴追案の提出

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同月4日14時40分、最大野党である共に民主党と他の野党である祖国革新党・改革新党・進歩党・基本所得党・社会民主党および無所属議員1名の計191名により、尹の弾劾訴追案を国会に提出した[170][171][163][172][171]。

韓国の憲法では、弾劾には国会議員の過半数による発議と、3分の2以上の賛成が必要とされており、これを受けて憲法裁判所が判断を下し、判事9人のうち6人以上の賛成によって弾劾が成立する仕組みになっている[171][170]。弾劾の成否が決まるまでの間、尹の大統領権限は停止され、尹が辞任するか罷免された場合、新たな選挙が行われるまで国務総理(首相)である韓悳洙が職務を代行することとなる[171][170]。また、共に民主党は、尹を「反逆罪」で告発する方針であるとしている[163][172]。

同月4日、尹に非常戒厳を進言した国防部長官の金龍顕が引責辞任を表明し、翌5日に尹が金の辞任を認めた[173][174]。また、戒厳司令官を務めた陸軍参謀総長の朴安洙も5日に辞意を明らかにした。金に関しては内乱罪の疑いで告発されたため、韓国検察当局が出国禁止措置とした。尹は国防部長官の後任には駐サウジアラビア大使の崔秉赫の起用を決定した。国会での聴聞会を経て正式に就任することとなる[175]。

同月5日、与党・国民の力代表の韓東勲は「4日、大統領と面談したが、今回の事態に対する大統領の認識は、私や国民の認識と大きな違いがあり、共感するのが難しかった。党代表として、尹大統領の離党を求める」とコメントしたうえで、弾劾決議案については「混乱によって生じる被害を防ぐために、成立しないように努める」と述べ、党として反対する方針を改めて示した[174]。

同月6日、国民の力の韓代表は、尹が「戒厳宣布の当日に尹大統領が主要政治家などを反国家勢力であることを理由に、高校の後輩の防諜司令官に逮捕するよう指示したことや、大統領が政治家らを逮捕するため情報機関を動員したことなどを信頼できる根拠を通じ確認した」と明らかにし、そのうえで尹を続投させた場合、今回の非常戒厳のような極端な行動を再び起こす可能性があると指摘し「韓国と国民を大きな危険に陥れる恐れがある」として「大統領の早急な職務執行停止が必要」と発言した。同党は当初、国政の混乱を理由に弾劾案に反対の立場を示していたが、一転して弾劾案に賛成する方向に転じたとみられる[176]。

同月7日、この日の夕方に弾劾訴追案が採決されることとなった。これを前にした午前中に尹大統領が生中継による国民への向けての談話を発表した。尹は非常戒厳宣布について「国民に不安と不便をおかけし、心からおわびする」と述べ、進退には言及を行わなかったが、「法的、政治的責任問題を回避しない」として弾劾決議が可決された場合は受け入れる姿勢を示した。また「私の任期問題を含む政局安定に向けた方策については党に一任する」として、与党・国民の力が任期の短縮などを求めれば、従う意向を示唆した[177]。この談話を受けて、与党・国民の力内は一時傾いた弾劾案賛成から以前の弾劾案反対の方針を維持することとなった[178]。夕方から始まった採決では採決前に国民の力の議員の大半が退出する形で行われた[179]。禹元植国会議長は投票前に退出した与党議員が戻って投票を促すため、投票期限を翌8日0時48分まで延長したほか、野党議員が退出した与党議員の名前を1人ずつ読み上げたうえで投票に戻るよう促した[180]。

今回の弾劾訴追案には戒厳宣布の件に加え、尹自身と妻の金建希に対する様々な疑惑、2022年10月のソウル梨泰院雑踏事故での対応、さらには「いわゆる価値外交という名目で地政学的バランスを無視したまま、北朝鮮や中国、ロシアを敵視し、日本中心の奇妙な外交政策を主張し、日本に傾倒した人物を政府の要職に任命するなどの政策を展開することで、北東アジアで孤立を招き、戦争の危機を引き起こし、国家安全保障と国民保護義務を放棄してきた」という理由も含まれていた[181][182]。

弾劾訴追案可決には、訴追案を提出した野党のほかに国民の力から8名以上の造反者が出た場合、可決される見通しであった[183]。結局、与党側から安哲秀、金睿智、金相旭などの議員が投票に加わり、投票人数は300人中195人に達したが、同日21時半過ぎに定足数不足で採決が成立せず、弾劾案は自動的に廃案となった[184]。野党側は弾劾案を再度提出し、尹の弾劾議決を目指すこととなり、政治空白が長期化する懸念がある[185]。

採決が行われている国会前には尹の弾劾を求める市民デモが行われ、警察推計で約15万人が集結し、各地で抗議集会も開かれた。一方で尹を支持する保守派団体の集会も行われた[186]。

同月8日、内乱罪で告発されていた前国防部長官の金龍顕が、検察の特別捜査本部により拘束された[187]。また同日、尹の側近で、警察を所管する行政安全部長官の李祥敏(朝鮮語版)が引責辞任した[188]。

同日、与党・国民の力代表の韓東勲と国務総理の韓悳洙は共同で声明を出し「秩序ある大統領の早期退陣で、大韓民国と国民に与える混乱を最小化しながら安定的に政局を収拾し、自由民主主義を正す」と大統領の早期退陣へ向けて事態を収拾することを明言した。大統領の職務については「外交を含め国政に関与しない」としている[189]。

同月12日、共に民主党は尹に対する大統領弾劾決議案を再度提出し、同月14日に採決が行われる事が決定[190]。可決には引き続き与党から8名以上の賛成が必要となっていたが、前回から与党内からの造反者が増加しており、さらに国民の力代表の韓東勲が、尹が大統領の早期退陣に応じる様子を見せていない事を理由に弾劾案への賛成へ転ずる意思を表明したことで、弾劾案が可決される見通しとの報道が事前にあった[191]。その一方で、前回の弾劾決議案に賛成した祖国革新党代表の曺国が、同月12日に自身の娘の不正入学疑惑に関し、公文書偽造・同行使罪や業務妨害罪などにより大法院で懲役2年の実刑判決が確定し、議員失職となったことで野党陣営の勢いが弱まる可能性も指摘されていた[192]。

祖国革新党は同日、中央選挙管理委員会に欠員が生じた旨を通達した。先の総選挙で同党は比例代表にのみ候補者を擁立しており、韓国の公職選挙法では比例代表の議席に欠員が生じた場合、通達を受けてから10日以内に議席が充てられた政党の候補者名簿に沿って繰り上げ当選を行うよう定められていた。この規定により同月13日、同党所属の白仙姫氏が繰り上げ当選し弾劾訴追案の採決は300人全員の出席の下で行われる見通しとなった[193]。

弾劾訴追案の国会通過

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与野党の議員が共に出席した上で同月14日に開催された2回目の大統領弾劾訴追案の採決は300名のうち賛成204票、反対85票、棄権3票、無効8票で議席数の3分の2を超えた為弾劾訴追案が成立した事から尹の大統領職の職務停止が決定した[17][18]。弾劾案の可決により大統領の職務が停止されたのは2004年の盧武鉉、2016年の朴槿恵に続く史上3例目となった。これにより憲法の規定に基づき、国務総理である韓悳洙が大統領代行を務める事となった[194]。二度目の弾劾訴追案では、最初の弾劾訴追案に含まれていた価値外交に関する内容が削除されたほか、戒厳をめぐる新たな証言を元にした内容が追加された[195]。

弾劾訴追案の国会可決を受け、尹大統領は談話を発表し、以下の様に述べた[196][197][198][199][200]。談話の中で、今後の政権運営の意欲を示した[199][200]。

尊敬する国民の皆様、本日(14日)、国会で弾劾訴追案が可決される様子を見ながら、私が初めて参政を宣言した2021年6月29日のことを思い出しました。

当時、この国の自由民主主義と法治は崩れ、国中に自営業者の絶望と若者たちの挫折が満ちていました。その熱い国民の切実な願いを胸に、政治の世界に飛び込みました。それ以来、一瞬たりとも休むことなく、全力で取り組んでまいりました。

<中略>

韓米日協力を復元し、グローバル外交の地平を広げるため、昼夜を問わず奔走しました。「大韓民国1号営業マン」として世界を駆け回り成果を上げるたびに、言葉では表せない大きな誇りを感じました。大韓民国の国際的な地位が高まり、安全保障と経済が強固になっていく姿に、疲れを忘れるほどでした。そして今、その辛くも幸福で、苦しくもやりがいのあった旅路を、一旦止めざるを得なくなりました。これまでの努力が無駄になってしまうのではないかという不安を感じています。

私は一旦立ち止まりますが、国民の皆様と共に歩んできた未来への旅路が、決して止まってはならないと信じています。そして、私は決して諦めません。私への叱責、励まし、応援のすべてを胸に刻み、最後の瞬間まで国家のために最善を尽くします。

公職者の皆様にお願い申し上げます。困難な時期ですが、揺るぎなく各自の役割を守り、責任を全うしてください。大統領権限代行を中心に力を合わせ、国民の安全と幸福を守るために全力を尽くしてくださるようお願いします。

そして、政界にお願い申し上げます。これ以上の暴走と対立の政治から脱却し、熟議と配慮の政治へと変わるよう、政治文化と制度の改善に力を注いでください。

愛する国民の皆様、私は国民の皆様の底力を信じています。私たち全員が力を合わせ、大韓民国の自由民主主義と繁栄のために努力しましょう。

<後略>

—尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領,国民向け談話[196][197][198][199][200]

憲法裁判所による審議

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韓国憲法裁判所(法定定数9、ただし「非常戒厳」の宣布当時は国会指名の判事3名が欠員)は12月16日に裁判官会議を開き、主審裁判官(裁判長)を尹錫悦が2023年に任命した鄭亨植(朝鮮語版)(チョン・ヒョンシク)憲法裁判所判事(朝鮮語版)に決め、最初の弁論準備期日を12月27日午後2時に指定すると発表した[201][202]。

2025年1月3日の憲法裁判所で行われた弾劾裁判の第2回弁論準備手続きで、野党議員で構成する国会の訴追団が一転して訴追事由から内乱罪を撤回し、戒厳令の違憲・違法性の審理に絞ると表明した。内乱罪での訴追の場合、多くの証言と証拠が必要で立証の負担も大きくなるうえに、単純に違憲性のみを問うより審理期間が数倍長くなることあり得る。訴追団の中心となっている共に民主党の思惑としては弾劾審議が長期化した場合、同党代表である李在明が自身の公職選挙法違反など複数の訴訟を抱えている事から、特に2月に予定される公職選挙法違反の控訴審判決で有罪となった場合に大統領選挙も含めて公職選挙への立候補が出来なくなる可能性があることから、尹を大統領職からできるだけ早く罷免したうえで大統領選挙に突入し、李の司法リスクを回避する目論見もあると見られている[203][204][205]。

これに対し大統領・与党側は野党側訴追団の内乱罪の訴追除外に対し「内乱罪を除いてしまえば訴追事由の中身がなくなる。内乱罪が成立しないのならば弾劾訴追は間違っていたということになる」と反発しており、また法学者も「弾劾要件を緩和したら、いつでも大統領を弾劾できる」と危惧する意見もあるなど、尹の弾劾審議についても、両党の党利党略も絡むなど混迷を極めている[206]。

野党による韓悳洙への弾劾応酬と国政の混乱

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前出の通り、弾劾案可決により尹の大統領職務が停止され、国務総理の韓悳洙が大統領代行の職務に就いたが、尹の弾劾を審理する憲法裁判所の裁判官の欠員について韓が補充の任命を阻止したことから、共に民主党などの野党が反発し、12月26日に共に民主党が韓に対する弾劾決議案を提出した。翌27日に韓の弾劾決議の採決がが行われたが、大統領権限を代行する首相の弾劾訴追は前例がなく、明確な規定が存在しないことから、野党は可決ラインを過半数、与党は3分の2以上と主張したことで、基準を巡って与野党が激しく対立した。最終的に禹元植議長は採決前に「過半数の可決基準を採る」と表明したことで、与党側が抗議する混乱の中で賛成192票で韓の弾劾決議が可決され、韓についても大統領代行職務が停止される異常な事態に陥った。韓の職務代行者(尹の職務代行者の代行者)には崔相穆経済副首相兼企画財政部長官が就いた。与党は国会による弾劾訴追が無効だと訴え、憲法裁に効力停止の仮処分を申請した。共に民主党はさらに崔に対する弾劾決議も検討しているとされ、国政の混乱が続く最中、同月27日には韓国ウォンが対ドルで2008年の世界金融危機以来の最安値を記録。さらに同月29日にはチェジュ航空2216便事故が発生し、崔代行が事態収拾に追われるなど、韓国国内の混乱に拍車がかかる事態に陥った[207][208][209]。特に危機管理体制に関しては政府の体制に対する批判もある一方で、国難を無視して党利党略によりひたすら弾劾を繰り返して政治空白を招き、行政機能の低下をもたらしている野党(特に共に民主党)に対しても世論の批判が起こった[210][211]。

検察

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内乱容疑による関係者捜査へ

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12月8日、検察の特別捜査本部は尹を内乱罪と職権乱用罪の被疑者として捜査すると表明した[212]。同月9日、法務部は高位公職者犯罪捜査処による要請を受け、尹に対する出国禁止措置を決めた[213][214]。尹については検察が内乱罪の「首魁」として見做し捜査を行う方向であるとみられる。大韓民国刑法で内乱罪は「首謀者(首魁)は死刑、無期懲役、または無期禁固に処する」とされており、特に減刑が認められれば10年以上50年以下の有期刑とされる[215]。

同月11日、検察の特別捜査本部により身柄を拘束されていた金龍顕に対し、「証拠隠滅の恐れがある」としてソウル中央地方法院が逮捕状を発布し、検察により内乱重要任務従事と職権乱用権利行使妨害の容疑で金は逮捕された[216]。同日、警察は趙志浩警察庁長と金峰埴ソウル地方警察庁長を内乱容疑で緊急逮捕した[217][218]。その後、金龍顕が同日深夜に拘置所内で自殺を図り、未遂に終わったことが明らかになった[219]。同月13日、趙庁長と金庁長に対しソウル中央地際が逮捕状を発布し、警察は2人を内乱容疑で逮捕した[220]。同月14日、検察は呂寅兄国軍防諜司令官を内乱重要任務従事の疑いなどで逮捕した[221]。同月16日、検察は第707特殊任務団など指揮下の部隊を国会に投入した郭種根、陸軍特殊戦司令官を内乱重要任務従事などの容疑で逮捕した[222]。同日、検察は国会に兵力を送ったとして首都防衛司令部の李鎮雨司令官を逮捕した[223]。同月17日、検察は戒厳司令官であった朴安洙を内乱の重要任務従事と職権乱用の容疑で逮捕した[224]。また、中央選挙管理委員会の資料確保を謀議したとして、18日には情報司令官の文相虎(ムン・サンホ)と元司令官で占い師の盧尚元(朝鮮語版)(ノ・サンウォン)を逮捕した。

合同捜査本部は尹に対して出頭要請を出したが、尹は応じない姿勢を見せた[225]。

憲政史上初の現職大統領の身柄拘束へ

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12月に尹が3度の出頭要請を拒否したことで、同月30日、高位公職者犯罪捜査処、警察、国防省の合同捜査本部は内乱容疑と職権乱用容疑でソウル西部地方裁判所に尹の逮捕状を請求した[226]。翌31日、ソウル西部地裁は尹に対する逮捕状を発布した[227]。現職大統領に対する拘束令状発布は韓国憲政史上初[228]。捜査当局が尹の身柄拘束に踏み切った場合、大統領警護処との衝突がこのとき想定された[229]。

2025年1月3日午前、高位公職者犯罪捜査処は令状執行のため大統領公邸の敷地内へ踏み込んだが、大統領警護処長が大統領警護法を根拠に捜索と尹の拘束拒否を通告。令状執行を図る高位公職者犯罪捜査処に対し、執行阻止を図る大統領警護処とその指揮下にある陸軍首都防衛司令部第55警備団が対峙しており、令状が執行できない状態が続いた[230]ため、約5時間半後の同日13時半頃、高位公職者犯罪捜査処は令状執行を断念した[231]。

同月12日、警察が大統領警護庁の金声勲次長に対し、尹の逮捕状執行を妨害した容疑で逮捕状発行を検察に申請した[232]。また、高位公職者犯罪捜査処は尹の逮捕状を執行する際に協力を求める文書を同月12日大統領警護処と国防省に発送したと発表した。この文書には警護処職員や将兵が逮捕状執行を妨害した場合、特殊公務執行妨害、特殊公務執行妨害致傷、職権乱用権利行使妨害などの容疑を適用すると警告し、公務員資格喪失、再任用制限、公務員年金の受領を制限する可能性などを示唆し、牽制する内容となっている[233]。一方で警護処内でも逮捕状の執行阻止の方針を巡り、幹部内で対立が見られると報じられている[234]。

同月15日、高位公職者犯罪捜査処・警察の合同捜査本部は大統領公邸に入り、尹に対する拘束令状を執行した。一時尹の支持者や与党議員などと警察との小競り合いも生じたが、尹は大統領警護処の車両でソウル市内の公捜処庁舎に出頭した。尹は出頭前に国民向けのビデオメッセージで「韓国の憲法と法体系を守らなければならない大統領として、このように違法で無効な手続きに応じるのは、これを認めるのではなく望ましくない流血事態を防ごうという思いに過ぎない」と話した[21][235][236]。また、同月3日の執行を阻んだ特殊公務執行妨害などの疑いで、警護部隊を指揮する警護処長代行の金声勲の身柄も拘束した[237]。

同月19日午前2時50分、尹に対する拘束令状発布のニュースが伝えられると、18日からソウル西部地方法院を取り囲んでいた尹の支持者が暴徒化し、同裁判所に乱入した。警官官56人が負傷し、そのうち11人は重傷だった。裁判所には約7千億ウォン(約7千万円)の被害が出た[20][22]。襲撃の一部始終は現場にいたYouTuberによりライブ配信されていた。そのため襲撃犯の特定に早くつながり、最終的に128人が起訴された[20]。

同月26日、検察は尹を内乱罪で起訴した[238]。

2025年4月4日の尹錫悦罷免以後

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2025年

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2025年4月4日、憲法裁判所は、弾劾訴追された尹の罷免を8人の判事の全員一致で決定。尹は大統領を失職した[7]。5月1日、検察は尹の不訴追特権が失われたことを受け、尹を職権乱用罪で追起訴した[239]。

6月3日、尹の失職に伴う大統領選挙の投開票が行われた。同日、法務部長官の朴性載(パク・ソンジェ)と国家情報院長の趙太庸(チョ・テヨン)は辞表を提出した[240][241]。

6月4日、共に民主党の李在明の当選が確定し、同日付で大統領に就任した[242]。李在明は朴性載と趙太庸の辞表を受理した[240][241]。

6月12日、非常戒厳宣言を巡る内乱事件を捜査する特別検察官チームが発足した[243]。特別検察官チームは8月19日に行政安全部長官の李祥敏(イ・サンミン)を拘束起訴し[101]、8月29日に前首相の韓悳洙を在宅起訴した[100]。

11月12日、趙太庸が職務放棄などの容疑で逮捕された。同日、特別検察官チームは、朴槿恵政権で首相を務めた黄教安の身柄を拘束した。黄教安は非常戒厳当時、自身のフェイスブックに戒厳令を支持する投稿を繰り返し、内乱を扇動したとされる[244][245]。

12月3日、李在明大統領は戒厳宣布から1年となるこの日に特別声明を発表。国民が非常戒厳の脅威から韓国の民主主義を守ったとして「偉大な勇気と行動をたたえる」と述べた上で、「12月3日を『国民主権の日』と定める」と語った[246]。

12月15日、趙垠奭(朝鮮語版)(チョ・ウンソク)特別検察官は最終捜査結果を発表し、尹錫悦が非常戒厳を宣布した目的について、「武力によって権力を独占・維持するためだった」と結論づけた。権力独占を目的に、尹が2023年10月に戒厳準備を担う軍人事を断行したと述べた。また特別検察官チームは、戒厳の直接的な引き金として、金建希夫人の司法リスクが一定部分作用した可能性についても排除しなかった[32][33]。

同日、ソウル中央地裁は、個人情報保護法違反や特定犯罪加重処罰法違反などの罪に問われた情報司令部の元司令官の盧尚元(朝鮮語版)(ノ・サンウォン)に対し、懲役2年、追徴金2490万ウォンの有罪判決を言い渡した[247]。

12月18日、憲法裁判所は、弾劾訴追された全国警察組織トップの趙志浩(チョ・ジホ)警察庁長の罷免を、裁判官の全員一致で決定した。趙志浩は即日、失職した[248]。

2026年

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2026年1月16日、ソウル中央地裁は、非常戒厳宣布を巡る捜査を妨害したとして特殊公務執行妨害罪などに問われた尹錫悦に対し、懲役5年(求刑10年)の判決を言い渡した[249]。

1月21日、ソウル中央地裁は、内乱首謀ほう助罪などに問われた韓悳洙に対し、求刑より8年多い懲役23年の判決を言い渡した[11]。

2月12日、ソウル中央地裁は、内乱重要任務従事罪などに問われた李祥敏に対し、懲役7年(求刑15年)の有罪判決を言い渡した。李祥敏は非常戒厳宣布の際に、報道機関の電気・水道を止めるよう警察庁と消防庁に指示したとされる[250]。

2月19日、ソウル中央地裁は、内乱を首謀した罪などに問われた尹錫悦に対し、非常戒厳の宣布や国会への軍投入などを刑法上の「内乱」に当たると判断し、無期懲役の判決を言い渡した [251]。地裁は同公判で、内乱重要任務従事罪などで金龍顕元国防部長官に懲役30年、盧尚元(ノ・サンウォン)元情報司令官に懲役18年、趙志浩(チョ・ジホ)元警察庁長に懲役12年をそれぞれ言い渡した[252]。

3月3日、禹元植国会議長の決定に基づき、国会本館の地下通路に展示されていた尹錫悦の写真が撤去された。禹は「立法府の長であり被害機関でもある国会の代表として、内乱の首謀者の写真が国会の空間に展示されることは憲法精神に合致しないと判断した」と述べた[253]。

4月29日、ソウル高裁は特殊公務執行妨害罪などでの尹錫悦の控訴審で、一審を上回る懲役7年を言い渡した[254]。

5月12日、ソウル高裁は李祥敏に対し、一審の懲役7年を上回る懲役9年の実刑判決を言い渡した[255]。

5月21日、ソウル中央地裁は趙太庸に対し、国会での証言・鑑定に関する法律違反などの罪で懲役1年6月の判決を言い渡した。最大の争点であった職務放棄と国家情報院法違反については無罪とした[256]。

6月6日、第2次総合特別検察官チームは尹錫悦を職権乱用権利行使妨害の疑いの被疑者として初めて召喚した。6時間半におよぶ調査のなかで、尹は「私は今も戒厳は適法だと思っている」と供述した[257]。

6月10日、安圭伯国防部長官は、非常戒厳において中核的な役割を担った国軍防諜司令部を解体する方針を発表した。防諜司令部が軍内の権力機関として君臨するにあたり基盤とされてきた動向調査、人事諜報、世論の収集機能は全面的に廃止されることとなった[258]。

6月12日、ソウル中央地裁は、非常戒厳宣言の口実をつくるため平壌へ無人機を飛ばすよう韓国軍に指示したとして、一般利敵罪などに問われた尹錫悦に対し、求刑通り懲役30年の判決を言い渡した。同様の罪に問われ金龍顕に対しては、求刑(懲役25年)を上回る懲役30年を言い渡した。呂寅兄には懲役15年を言い渡した[259]。

6月22日、ソウル中央地裁は、内乱重要任務従事および職権乱用、不正請託禁止法違反の罪に問われていた元法務部長官の朴性載に対し、求刑より5年多い懲役25年の判決を言い渡した[260]。

6月26日、ソウル中央地裁は、軍事機密漏洩および個人情報保護法違反の罪に問われていた元情報司令部司令官の文相虎に対し、懲役2年の判決を言い渡した。同じ罪に問われていた元情報司令部所属のキム・ボンギュ、チョン・ソンウクにはそれぞれ懲役1年6か月、懲役1年の判決を言い渡した[71]。3人は金龍顕に命じられ、不正選挙疑惑を操作する要員40人を情報司令部の中から直接選抜し、2024年秋頃に占い師の盧尚元にその名簿を提出した。被告人側は公判で「軍人として、金龍顕国防部長官(当時)の指示に服従するしかなく、違法性が阻却される」と主張。裁判所は「違法な指示に従う理由はない」として、文相虎らの主張をしりぞけた[71]。

7月9日、大法院は特殊公務執行妨害罪などでの尹錫悦の上告審で、特別検察官と被告側双方の上告を棄却した。懲役7年とした二審判決が確定する。尹の一連の公判で有罪が確定するのは初めて[261]。

戒厳宣布時の反応

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韓国国内

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抗議集会を主催する李在明(中央)と曹国(右)
戒厳令翌日、国会の破壊状況を確認する禹元植国会議長

国民の力代表の韓東勲は「非常戒厳令は間違っている。国民と共に阻止する」と述べ、この戒厳令に反対した[262][263]。共に民主党傘下の仁川広域市党は、この戒厳令を「尹独裁時代」の始まりだと批判した[264]。また野党・共に民主党は声明で非常戒厳の宣布は「いかなる要件も守っておらず、明白な憲法違反だ」「国民を愚弄し、民主主義を踏みにじった」と糾弾し[265]、尹に辞任を要求。応じなければ国防部長官の金龍顕、行政安全部長官の李祥敏(朝鮮語版)らと共に内乱罪で告発し、弾劾手続きを開始すると表明した[266][267]。

12月3日、大韓民国ウォンの価値は1ドルあたり1,423ウォンまで下落し、2年1ヶ月ぶりの安値となった[268]。

同月4日、韓国最大の労働組合「全国民主労働組合総連盟(KCTU)」は、尹が退陣するまで無期限のストライキを行うと宣言した[163][172]。

2024年のノーベル文学賞を受賞した作家の韓江は12月6日、スウェーデンのストックホルムで開かれた受賞者による記者会見で、「2024年に再び戒厳の状況が繰り広げられたことに大きな衝撃を受けた」と話した[269]。

世論調査機関・韓国ギャラップ(朝鮮語版)によれば、同月3~5日に実施した調査結果を同月6日に公表した。国内の18歳以上の有権者1001人を対象に調査し、期間全体の尹大統領の支持率は就任後で過去最低の16%であったが、戒厳令を宣布して以降の4、5日の調査では支持率は13%、不支持率80%となった[270][271]。

しかし、約1か月後の韓国ギャラップの世論調査(2025年1月7~9日実施)の調査結果では、野党・共に民主党の支持率が12ポイント減の36%にまで急落し、与党・国民の力の支持率が10ポイント増の34%と尹大統領の戒厳連宣布前の水準に回復している。共に民主党が数の力を利用して韓悳洙大統領代行など政府高官の弾劾を繰り返すなど強引な対応を続けたことで、与野党間の対立を一層激しくさせ、「与党支持者の政権交代への危機感が高まった一方、共に民主党に対する中道、進歩層の期待が薄れた」と分析している[272]。

1月から3月にかけて韓国の国内世論を激しく二分する世論闘争が起きた。デモやインターネットの書き込みやYouTubeの動画投稿が多くたたかわされた。

国際社会

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題材とした作品

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  • 『非常戒厳前夜』 - 2025年4月23日に公開されたドキュメンタリー映画[290]。原題は『압수수색: 내란의 시작』。尹錫悦元大統領が行ったメディア弾圧と非常戒厳令が描かれている。製作はニュース打破。日本では同年9月6日に公開された[291]。
  • 『非常戒厳(비상계엄)』 - 2025年12月3日に公開されたドキュメンタリー映画。監督はキム・シウ。共に民主党議員の徐瑛教(朝鮮語版)がナレーションを務めた[292]。
  • 『大韓民国は国民がします(대한민국은 국민이 합니다)』 - 2026年1月22日に公開されたドキュメンタリー映画。監督はチョ・ウンソン[292]。
  • 2026年2月25日、映画製作会社アイビーボックスメディア1は、非常戒厳をモチーフにした初の劇映画『非常戒厳12.3(副題:PM10時24分)』を製作すると発表した。検事総長出身の大統領をコン・ヒョンジンが演じ、妻役をイ・ガリョンが演じ、大統領の高校の先輩をイ・サンフンが演じる。同社代表のパク・ギョンスが直接脚本と製作総指揮を務める予定[293]。

脚注

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注釈

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  1. ↑ 2026年1月21日、ソウル中央地裁は、内乱首謀ほう助罪などに問われた韓悳洙に対し、求刑(懲役15年)を上回る懲役23年の有罪判決を言い渡した[11]。裁判長は法廷で「(尹が宣布した戒厳は)刑法87条で定めた内乱行為に該当します。以下では『12・3内乱』と言います」と述べた[8]。
  2. ↑ 「安全家屋」は諜報機関の隠れ家を示す英語の「safe house」に由来する言葉[36][37]。
  3. ↑ 沖岩派のそのほかの主なメンバーは以下のとおり。
    • 李祥敏(イ・サンミン) - 2022年5月12日に行政安全部長官に就任。
    • ファン・セヨン(황세영) - 2024年2月にソウル警察庁101警備団長に就任[38]。
    • パク・ジョンソン(박종선) - 2024年4月に777司令部司令官に就任。
  4. ↑ 漢字表記について、朝鮮日報および聯合ニュース、日本国内メディアは「郭種根」、KBSと毎日経済新聞は「郭鍾根」としている
  5. ↑ こうした金品は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)側から提供されたとされ、2025年7月には提供に関わったとされる旧統一教会の元世界本部長、ユン・ヨンホが特別検察官チームによって逮捕された。また、同年9月には一連の金品提供などの政界工作の実行を指示したとして、旧統一教会総裁の韓鶴子が逮捕された。
  6. ↑ 事件発生当初、大統領室はこの国務会議の所要時間について「40分間」と説明していた。その後ほどなくして大統領室付属室長によって「22時17分から22分までの5分間」と訂正された。ところがそれから半年以上経ったのち、CCTV(監視カメラ)の分析により、「22時16分から18分までの2分間」であることが判明した[104][44]。
  7. ↑ この「不正選挙疑惑」は2024年4月の韓国国会総選挙の直後からYouTube上で拡散しており、与党「国民の力」の前身政党(自由韓国党)で代表を務め、保守派に一定の影響力を持つ黄教安元国務総理らが主張していた[133][134]。黄は朴槿恵政権下で法務部長官や国務総理を歴任し、2016年に当時の朴槿恵大統領が弾劾訴追されたのを受けて大統領の職務を代行していた。

出典

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