公図
この記事は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。 |
公図(こうず)とは、登記所が保管している「旧土地台帳附属地図」である[1]。土地(筆)の境界や位置、地番などを示しており、「地図に準ずる図面」(不動産登記法第14条第4項、同法第24条の3)として扱われている。
概要
[編集]公図は、土地の字(あざ、小字)とその形状を記したもので、各字には地番が表記されている。また、字の形状を表している完結線が筆界を表す。地租を課すための資料として作成されたもので、現代的な視点から見ると、精度が低く信頼性に欠けている。とはいえ、土地の地番や位置関係と形状や筆界、そしておおまかな面積や境界線などを確認する有力な資料の一つとなる[2]。
登記所に備え付ける土地の図面は本来、現代の測量技術に基づく精度の高い図面であることが求められる。不動産登記法第14条第1項にいう「地図」(法14条1項地図、登記所備付地図)は、地籍調査(国土調査)により作成される精度の高い図面である。しかしながら、全国的に地籍調査を実施するには多大な時間がかかるため、従来の「土地台帳」[3]にて使用されてきた精度の低い「土地台帳附属地図」[4]を「地図に準ずる図面」として扱っている。これがいわゆる「公図」である。
「公図」という言葉は法令に定義されている訳ではないが、改租図や地押図などを指して古くから使われてきた用語である[2]。
多くは、明治時代の地租改正の際に作成された「字限図」(改租図)やそれを更正した「地押図」(じおしず)が元になっている。
なお、広義で「法第14条1項地図」と「地図に準ずる図面」を総称して、「公図」としていることもある。
字限図、土地台帳附属地図
[編集]明治時代初期の地租改正により、収税を作物の生産高ではなく、土地自体に課すことになり、全国的に土地調査、測量、地価の確定が行われた。まず一筆ごとの図面を作成し、これをつなぎ合わせ、字単位にまとめた字限図(あざきりず、あざかぎりず)が作成された。
字限図はこのとき、村の人々が作成し、これを政府の官吏が検査した[5]。ただし、こうした図面の作成目的が租税の徴収であることが知られていたため、実際の面積より小さく測って記載される、いわゆる縄伸びなど、正確さに欠けるものであった。
当時の測量は、地元村民が1間ごとに印を付けた測量用の縄を用いて行われた。また、生産性の乏しい山林や原野については(税収もあまり期待できないため)、ほとんど実測されることなく、歩測や目測に頼ったと言われる。このため、現代の測量技術で土地の測量を行うと、大きな違いが出てくるのである[6]。地籍調査をすると、実際と字限図の広さとでは、2割程度違う場合があるという[7]。
登記法(明治19年8月11日法律第1号)の制定前後、1885年(明治18年)から1889年(明治22年)にわたって、全国の約3分の1の土地について絵図の更正がなされた(全国地押調査事業)。新たに作成された地図を更正図または地押調査図(じおしちょうさず)と称した[8]。さらに、土地台帳規則(明治22年3月22日勅令第39号)制定により、新たに作成された「土地台帳」が課税台帳となった[9]。
前記の更正図(更正されなかった地域は、旧来の字限図)が「土地台帳附属地図」とされた。当初、土地台帳と附属地図は戸長が管理していたが、後に府県庁(市部)や郡役所(町村部)に移され、1896年(明治29年)に税務署が創設されると、税務署に移された[10]。
それ以降、分筆や合筆等の変更があるたびに、和紙(裏打ちされた美濃紙)の土地台帳付属地図に貼り紙や加筆訂正が行われてきた。地域によっても事情は異なるが、図面が破損したため再製したり、耕地整理や土地区画整理等が行われ、より精度の高い図面に差し替えられている場合もある。
なお、一部の都市では、土地台帳付属地図の内容が「地籍図」「土地宝典」等の名称で公刊されている[11]。
1950年(昭和25年)、地方税法の制定により地租が廃止されたことに伴い、土地台帳及び附属地図は税務署から法務局(登記所)に移管された[12]。
1960年(昭和35年)、不動産登記法の改正により、登記簿と台帳の一元化を図る。同法により、土地の表示は土地台帳ではなく、登記簿の表題部に記載(表題登記)されることになった[13]が、これにより登記簿に台帳の機能をも果たされることになり、土地台帳はその存在意義を失った。しかし、これまでの公図も、地籍調査を通じて、不動産登記法第17条、2004年の全面改正からも不動産登記法第14条第1項に規定する地図が整備されるまで、「地図に準ずる図面」として扱うことになった。
法務局では、昭和40年代に和紙の公図をマイラーに転記し(マイラー公図)、昭和60年代まで使用していた。そして、1993年の不動産登記法改正(同年10月1日施行)により、同法24条の3第3項と登記手続き料令2条5項と3条3項にて、その閲覧と写しの交付制度も設けられる[14][15]。
その後、登記情報のコンピュータ化に伴い、法14条地図や公図の内容がデジタルデータ化され、2010年代からは地図、公図のデータは「登記情報提供サービス」[16]により、インターネットで閲覧することもできる。
現在データで閲覧可能な公図のもととなったマイラー公図や和紙の公図も、旧公図や旧々公図[17]と呼ばれ、引き続き登記所で保管されており、分筆、合筆の経緯などを調べる必要があるときは、各登記所にて利用することができる。
法14条地図と公図
[編集]法14条地図あるいは法14条1項地図とは、不動産登記法第14条第1項に規定する地図のことである(2005年3月施行の全面改正された不動産登記法までは第17条に規定されていたため、法17条地図と呼んだ)。法14条地図が備え付けられるまでの間、地図に準ずる図面が備え付けられる。
法14条地図は、一筆又は二筆以上の土地ごとに作成し、各土地の区画を明確にし、地番を表示するものとされる。法14条地図の縮尺は250分の1、500分の1、1000分の1、2500分の1であり、地図に準ずる図面は300分の1又は600分の1のものがある。
阪神・淡路大震災(1995年)後の復興に際して、公図と現況が大きく相違しているため(地図混乱地域)、境界問題で紛糾し、復興事業の支障になる問題が起きていた。被災地以外でも公図と現況のズレが解消できず、マンション建設事業が進まないケースが生じた。
1997年の調査によると、不動産登記法17条(当時)に規定する地図は1,800枚しかなく、地籍図、土地所在図が185万枚、公図は250万枚であった。登記所備付地図の整備が遅れていることが、都市再生を阻害する要因の一つとされ、2003年には内閣に設置された都市再生本部が、全国の都市部における登記所備付地図の整備事業を推進する方針を決定した。
2005年10月時点における、法務局(登記所)にある地図・公図の総数は約646万5千枚。うち、地図に準ずる図面は287万枚で、その大半(約207万枚)は、公図(旧土地台帳付属地図)であった(清水他2006 p8)。2018年4月1日時点では全国の登記所にある地図・公図の総数は約722万枚で、登記所備付地図は約407万枚(56.4%)、公図は約315万枚(43.6%)である。(登記所備付地図のうち、地籍調査による地籍図が約301万枚、土地改良事業による土地所在図等が約104万枚、法務局等作成地図が約2.4 万枚)[18]
地図、公図の機能・役割
[編集]この節には複数の問題があります。 |
地図、公図の役割は、ある一定の範囲を俯瞰して土地の位置・形状・大きさ等を見ることができることであり、精度の低い図面であったとしても、重用されてきたことはいうまでもない。
地積測量図が一筆もしくは数筆ごとの部分的な図面であるのに対し、地図は、あるまとまった地域での各筆の位置・形状・大きさ等を一覧するための図面である。また、図面上で地番の位置を検索する機能も有する。
然るに、地図の機能・役割を果たす上で、少なくとも以下の点が要求されることになる。
- 国公有地を含め、範囲内の登記されている土地は全て作図し図化され、登記されていない土地は、その旨が明示されていること。
- 可能な限り広い範囲で連続性のある地図が作成されること。または、隣接地区との地図の接続・隣接の関係が明らかであること。
しばしば、地籍調査による地籍図もしくは法第14条地図があれば、現地境界を復元[19]できるとの説明があるが、地図には境界点間の距離や座標が示されていない。精度の高い境界復元には、筆界点の座標等を記載した面積計算書や地積測量図、場合によっては道路台帳図などが必要である。この法第14条地図は、土地の区画及び地番を明確にするものであるが、地図によって現地を復元できる制度の高いものを予定されているのである。
従前から登記所に備えられていた公図は、前述の歴史的経緯等からみて法第14条に規定された地図とはいえないことは明らかであるが、明治に地租改正が実施され、地番が定められた当時に数年かかって作成されたものが引き継がれたものであり、区画と地番を明らかにしたものであるから、境界確定(筆界確認[20])の本質が通説として、明治初年に制定された地番と地番との境界を発見することにあるとすれば、公図はその資料として重要な意義を有することも明らかである[21][22]。
文献
[編集]- 新井克美『登記手続における公図の沿革と境界』(テイハン、1984)
- 佐藤甚次郎『公図:読図の基礎』(古今書院、1996 ISBN 4772216626)
- 藤原勇喜『公図の研究〔五訂版〕』(株式会社朝陽会、2007 ISBN 4903059065)
- 森下秀吉『地図の蘇生【公図混乱解消の記録】』(毎日新聞社、1995年 ISBN 4-620-31077-8)
- 清水規廣、松岡直武、佐瀬正俊、出井直樹『Q&A 新しい筆界特定制度』(三省堂、2006年 ISBN 4-385-32274-0)
脚注
[編集]- ↑ 藤原勇喜『公図の研究 四訂版』財務省印刷局、2002年)p3。土地台帳は土地台帳規則(明治22年3月22日勅令第39号) に基づいて作成された。戦後は土地台帳法になった。
- 1 2 渡辺晋(山下・渡辺法律事務所):公図(『月刊不動産』2011年7月号)
- ↑ 土地台帳について 東京公共嘱託登記司法書士協会
- ↑ ○登記所の地図には どのようなことが記載されているのですか? 法務局
- ↑ 藤原勇喜『公図の研究 四訂版』p19。
- ↑ 森下1995 pp.59-62
- ↑ (毎日新聞 1993年5月31日夕刊、平成14年度土地家屋調査士試験 第4問)。
- ↑ 土地の重複や脱落を防ぐために、一筆の土地ごとに押さえながら調査したことに由来する。「ちおうちょうさず」と読ませている例もある“地籍調査の必要性”. 川越市. 2011年5月2日閲覧。。さらに、明治時代初期から作成された字限図、更正図等を総称して「談合絵図」(だんごうえず)、「談子図」(だんごず)、「野取絵図」(のとりえず)などともいわれる(森下1995 p.60。平成14年度土地家屋調査士試験 第4問)。
- ↑ 明治初年以降、土地ごとに地券を交付し、地券台帳を作成していた。“3.壬申地券から改正地券へ”. 平成15年度特別展示 地券の世界. 国税庁. 2011年5月10日閲覧。
- ↑
- 新井克美『登記手続における公図の沿革と境界』(テイハン、1984)pp50-51。台帳、地図の写しが市町村に置かれた。
- ↑ 『神戸市地籍図』(1910年)、『大阪地籍地図』(1911年)、『京都市及接続町村地籍図』(1912年)、『東京市及接続郡部地籍地図』(1912年)など。
- ↑ 藤原勇喜『公図の研究 四訂版』pp3-4。
- ↑ 従来、土地の表示は土地台帳に、土地の権利は登記簿に記載していたのを、登記簿に一元化した。
- ↑ 藤下健:不動産登記法の一部を改正する法律の解説(『民事月報』48巻6号50ページ
- ↑ 中村巽:地図に準ずる図面(公図)の閲覧制度の新設(平成5年度不動産登記法一部改正)について(『民事月報』48巻8号6ページ)
- ↑ [登記情報提供サービス https://www1.touki.or.jp](一般財団法人民事法務協会が運用、会員登録が必要)。
- ↑ 古関 大樹:法務局に複数の種類の地籍図が残る事例 2022年度日本地理学会秋季学術大会
- ↑ 総務省「地籍整備の推進に関する政策評価 政策評価書」より「法務局・地方法務局との連携状況」。
- ↑ 法務局地図作成事業について(お知らせ) 東京法務局
- ↑ 「よくある質問について」 法務局
- ↑ “境界紛争のとき、公図はどれだけ信用できるのか|土地の境界・筆界アドバイス|三井住友トラスト不動産”. smtrc.jp. 2026年3月10日閲覧。
- ↑ “公図と現況のずれQ&A”. 都市再生街区基本調査成果. 国土交通省. 2026年3月10日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 公図を調べる 建築・都市・不動産 企画開発マニュアル入門版 2014-15 エクスナレッジ
- 国土調査のページ
- 公図のはなし - ウェイバックマシン(2004年9月2日アーカイブ分)
- 公図マッピングシステム