コンテンツにスキップ

1883年のメジャーリーグベースボール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(1883年の野球から転送)
1883年 > 1883年のスポーツ > 1883年のメジャーリーグベースボール

以下は、メジャーリーグベースボール(MLB)における1883年のできごとを記す。

アメリカン・アソシエーションではフィラデルフィア・アスレチックスが、ナショナルリーグではボストン・ビーンイーターズが優勝。ナショナルリーグは、弱体だったトロイ・トロージャンズ、ウースター・ルビーレッグスを除名して、この年からニューヨーク・ゴッサムズ(後のジャイアンツ)とフィラデルフィア・クエイカーズ(後のフィリーズ)を復帰させた。

1882年のメジャーリーグベースボール - 1883年のメジャーリーグベースボール - 1884年のメジャーリーグベースボール

できごと

[編集]
  • ナショナルリーグは、アメリカン・アソシエーションの出現で二重の痛手を受けた。アメリカン・アソシエーションが25セントという安い入場料で1年目から大成功を収め、そしてアソシエーションがこれに気をよくして ナショナルリーグの選手の引き抜きを始めたことであった。
  • この年の秋に、ナショナルリーグ会長とアメリカン・アソシエーション代表、そして当時マイナーリーグであったノースウエスタンリーグ(後にウェスタンリーグを経て1900年のアメリカンリーグの起源となったリーグ)代表を交えて、三者会談が開かれて、次のような協定が結ばれた。第1にナショナルリーグはアメリカン・アソシエーションを対等の資格を持つメジャーリーグと認める。第2にノースウエスタンリーグを含めて3つの連盟は他の連盟の地域権を尊重する。第3に他の連盟の選手の引き抜きは行わない。また裁定委員会を設けてトラブルの解決をはかる。この協定の締結で野球界が落ち着くと思われたが、年末にまた混乱が起きた。
  • 1883年12月12日に、セントルイスの資産家のヘンリー・ルーカスがユニオン・アソシエーションを設立し、第3のメジャーリーグを宣言した。もともとセントルイスでナショナルリーグに所属するチームの結成に動いていたが、アメリカン・アソシエーションのセントルイス・ブラウンズ(現在のカージナルスの源流)がいて、ナショナルリーグが拒否したため、新しいリーグの結成に動いた。ナショナルリーグは、これに対抗するためアメリカン・アソシエーションに加盟チームを8球団から12球団に拡大するように勧め、アソシエーションはその提案を受け入れて、翌年のシーズンからワシントン・インディアナポリス・トレド・ブルックリンの4都市を新たに加えることを決定した。
  • ニューヨーク・ゴッサムズ(後のジャイアンツ)のバック・ユーイングは、トロイ・トロージャンズからゴッサムズに移って来たこの年に本塁打10本を打ち、これはメジャーリーグとしては初めて10本以上のシーズン記録となった。後にプレーヤーズリーグのニューヨーク・ジャイアンツに1年のみ選手兼監督でプレーして、すぐにナショナルリーグのジャイアンツに戻り、その後クリーブランド・スパイダース(1899年に解散)を経てシンシナティ・レッズに移り、1897年まで選手として活躍し(1895年から監督兼任)、1900年にジャイアンツの監督となってシーズン途中で辞任した。生涯打率.303(.311とする資料もある)で、ポジションは捕手で屈んだまま送球して走者を刺したという強肩の持ち主で「19世紀最大の捕手」とされている。(1939年殿堂入り)

規則の改訂

[編集]
  • 投手は肩までの高さならどこから投球してよい、となった。(下手投げ制限の廃止)

最終成績

[編集]
アメリカン・アソシエーション
順チーム勝敗率差
1 フィラデルフィア・アスレチックス 6632 .673-
2 セントルイス・ブラウンズ 6533 .6631.0
3 シンシナティ・レッドストッキングス 6137 .6225.0
4 ニューヨーク・メトロポリタンズ 5442 .56311.0
5 ルイビル・エクリプス 5245 .53613.5
6 コロンバス・バックアイズ 3265 .33033.5
7 ピッツバーグ・アレゲニーズ 3167 .31635.0
8 ボルチモア・オリオールズ 2868 .29237.0
ナショナルリーグ
順チーム勝敗率差
1 ボストン・ビーンイーターズ 6335 .643-
2 シカゴ・ホワイトストッキングス 5939 .6024.0
3 プロビデンス・グレイズ 5840 .5925.0
4 クリーブランド・ブルース 5542 .5677.5
5 バッファロー・バイソンズ 5245 .53610.5
6 ニューヨーク・ゴッサムズ 4650 .47916.0
7 デトロイト・ウルバリンズ 4058 .40823.0
8 フィラデルフィア・クエイカーズ 1781 .17346.0

個人タイトル

[編集]

アメリカン・アソシエーション

[編集]

打者成績

[編集]
項目 選手 記録
打率エド・スワートウッド (PIT).357
本塁打ハリー・ストービー (PHA)14
打点チャーレイ・ジョーンズ (CIN)80
得点ハリー・ストービー (PHA)110
安打エド・スワートウッド (PIT)147

投手成績

[編集]
項目 選手 記録
勝利ウィル・ホワイト (CIN)43
防御率ウィル・ホワイト (CIN)2.09
奪三振ティム・キーフ (NYP)359
投球回ティム・キーフ (NYP)619.0
セーブ ボブ・バー (PIT) 1
トニー・マレーン (STL)


ナショナルリーグ

[編集]

打者成績

[編集]
項目 選手 記録
打率ダン・ブローザース (BUF).374
本塁打バック・ユーイング (NYG)10
打点ダン・ブローザース (BUF)97
得点ジョー・ホーナング (BSN)120
安打ダン・ブローザース (BUF)162

投手成績

[編集]
項目 選手 記録
勝利チャールズ・ラドボーン (PRO)48
防御率ジム・マコーミック (CLV)1.84
奪三振ジム・ホイットニー (BSN)345
投球回パッド・ガルヴィン (BUF)656.1
セーブ ジム・ホイットニー (BSN) 2
スタンプ・ウィードマン (DTN)

出典

[編集]
  • 『アメリカ・プロ野球史』≪第1章ナショナルリーグの確立≫ 46-48P参照  鈴木武樹 著  1971年9月発行  三一書房
  • 『米大リーグ 輝ける1世紀 ~その歴史とスター選手~』≪バック・ユウイング≫ 36P参照  週刊ベースボール 1978年6月25日増刊号 ベースボールマガジン社
  • 『大リーグへの招待』≪野球規則の変遷≫ 88P参照  池井優 著  1977年4月発行  平凡社

参考

[編集]


📡 IPFS Mirror CID: bafkreibxpdisrqu257x… 🔄 P2P起動待機