1953年のラジオ (日本)
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主な番組関連の出来事
[編集]- 1月
- 1日 - ラジオ東京(後のTBSラジオ)、『ラジオ年賀状』で小説家 永井荷風の声を放送[1]。
- 2日 - NHKラジオ第1、『第3回NHK紅白歌合戦』を、NHK東京放送会館第1スタジオから生放送。テレビの実験放送(翌2月1日に開局)でも同時放送を実施した。[1]
- 4日・5日 - NHKラジオ第2、2日間に渡り、『第29回東京・箱根間往復大学駅伝競走(通称:「箱根駅伝」)』の模様を、ラジオカーによるマラソン実況にて中継放送。箱根駅伝の実況生中継の始まりとなる[1]。
- 5日
- 6日・24日 - NHKラジオ第1、『荷風よもやま話』を2回に渡り放送(出演:永井荷風・嶋中鵬二)[1]。
- 8日 - NHKラジオ第1、『お姉さんと一緒』が放送開始( - 1955年7月28日。作:筒井敬介、出演:中村メイ子) [1]。
- 9日 - 北海道放送、FEN(後のAFN)札幌局と提携して、『日米交換音楽会』を、モノラル2波による立体(ステレオ)で放送。[1]
- 2月
- 7日 - 『総評の時間』第1回を、中部日本放送(CBCラジオ)・新日本放送(後の毎日放送(MBSラジオ))・日本文化放送協会(後の文化放送)・ラジオ九州(後のRKB毎日放送(RKBラジオ))・北海道放送の5社で放送[1]。
- 10日~19日 - NHKラジオ第1、フィリピン・モンテンルパ戦犯服役者72人の声を放送[1] 。
- 28日 - NHKラジオ第1・第2、『土曜コンサート』にて、全国ネットでは初めて、ラジオ第1(左チャンネル)と第2(右チャンネル)のモノラル2波を使ったステレオ放送(当時は「立体放送」と呼んでいた)を行う[2]。
- 3月
- 22日 - NHKラジオ第1・第2、立体(ステレオ)放送『明治座新派劇「太郎の青春」』(原作:林房雄)を東京・明治座からNHKでは初のスタジオ外立体中継放送[1][3]。
- 23日 - NHKラジオ第1・新日本放送・朝日放送(ABCラジオ)、第2次世界大戦敗戦での中国からの引揚再開に伴う第1便(興安丸・高砂丸)入港実況を、舞鶴港から中継[1][4][5]。
- 30日 - ラジオ東京、皇太子殿下渡英出発の模様を、航空機から中継[1]。
- 4月
- 5月
- 6月
- 2日 - NHKラジオ第1・朝日放送、「エリザベス2世の戴冠式」の模様を、英BBCの日本向け日本語短波放送を通じて中継。朝日放送ではそこから特集を組んだ[1][6]。
- 6月5日 - 新日本放送、自社とアルゼンチンのブエノスアイレスにあるベルグラーノ局との交換放送を、この日から翌月(7月)10日まで5回に渡って実施[4]。
- 7月
- 5日 - ラジオ東京、『ホーム子供コンクール』(後の『こども音楽コンクール』)が放送開始[7][8]。
- 8日 - NHKラジオ第1・第2、普段はラジオ第1にて放送している『NHKシンフォニーホール』が、この日特別に、ラジオ第2と共に立体(ステレオ)放送を実施[注 1][9][10]。
- 8月
- 23日 - NHKラジオ第1・第2、立体(ステレオ)放送 ドラマ「死んだにわとり」を放送(作:内村直也、作曲及び音楽指揮:芥川也寸志、演奏:NHKサロン・アンサンブル、演出:山口淳、出演:尾崎勝子・須永宏・佐藤美恵子・名古屋章 ほか)。NHKでは初めてステレオ・テープ・レコーダーを使って録音再生した番組である[1][11][12]。
- 9月
- 10月
- 11月
- 12月
- 1日 - NHKラジオ第1・朝日放送、第2次世界大戦の敗戦に伴うソ連からの引揚再開第1陣を、舞鶴港から実況中継。朝日放送では、陸海空からリレー中継放送を実施[1][6]。
- 24日 - 朝日放送、クリスマス特別編成で終夜(オールナイト)放送を実施[6]。
- 31日 - ラジオ東京系、民放ラジオ6局による6元ネット中継『ゆく年くる年』放送[7]。
- 詳細期日不明
主なその他ラジオ関連の出来事
[編集]開局
[編集]商号変更
[編集]- 1月1日 - 仙台放送→東北放送
- 12月25日 - ラジオ四国→ラジオ香川
節目
[編集]番組周年・記念回
[編集]開局周年
[編集]開始番組
[編集]1953年1月放送開始
[編集]NHKラジオ第1放送
NHKラジオ第2放送
- 4日 - 東京・箱根間往復大学駅伝競走(通称:「箱根駅伝」)[1](以後毎年放送(途中からラジオ第1放送に変更))
- 5日 - おかめ八目[1][15]
四国放送
- 開始日不明 - 日乃出ミュージックグラフ
1953年4月放送開始
[編集]NHKラジオ第1放送
NHKラジオ第2放送
1953年6月放送開始
[編集]NHKラジオ第1放送
1953年10月放送開始
[編集]NHKラジオ第2放送
ラジオ東京
- 25日 - 北から南から
ラジオ熊本
- 1日 - 午後2時5分一寸一服
ラジオ南日本
1953年11月放送開始
[編集]NHKラジオ第1放送
NHKラジオ第2放送
ラジオ四国
- 17日 - タンゴアルバム
1953年12月放送開始
[編集]ラジオ福島
- 1日 - 昼の希望音楽会
放送開始月不明
[編集]日本文化放送協会
終了番組
[編集]特別番組
[編集]3月放送
[編集]5月放送
[編集]8月放送
[編集]9月放送
[編集]11月放送
[編集]参考文献
[編集]- 日本放送協会 編『NHK年鑑1954』ラジオサービスセンター、1953年12月1日。
- 日本放送協会 編『NHK年鑑1955』ラジオサービスセンター、1954年12月1日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史 資料編』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- NHK 編『放送の五十年 昭和とともに』日本放送出版協会、1977年3月30日。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 内容は、クルト・ヴェス指揮、NHK交響楽団による演奏で、曲目は、サン=サーンス作曲 ヴァイオリン協奏曲第3番(ヴァイオリン:諏訪根自子)と、ワーグナー作曲 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より、第1幕への前奏曲が放送された。
- ↑ NHKでは初めての軽音楽(ポピュラー音楽)でのステレオ放送。演奏は、東京キューバン・ボーイズ、NHKシンフォニック・タンゴ楽団 ほか。曲目は、「エル・クンバチェロ」、「クマーナ」(マリンバ独奏:清水繁雄)、「マイ・ショール」、「アイ・アイ・アイ」(歌:黒田美治)、「ドラム・クレイジー」(タップダンス:萩野幸久)、「カミニト」、「ジェラシー」、「黒い瞳」の以上8曲。「ドラム・クレイジー」では、タップダンサーが移動していく音が聞ける演出を行っている。
- ↑ バリトン:ゲルハルト・ヒュッシュ、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団、指揮:マンフレート・グルリット。帝国劇場にて収録。
出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 「放送史年表 -詳細版- 1953年」(NHK放送文化研究所)(2026年7月8日閲覧)
- ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'54』日本放送出版協会、1954年、192頁。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'54』日本放送出版協会、1954年、28,31頁。
- 1 2 毎日放送50年史編纂委員会事務局『毎日放送50年史』株式会社 毎日放送、2001年9月1日、472頁。
- 1 2 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、67,272頁。
- 1 2 3 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、272頁。
- 1 2 3 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、325頁。
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、63、64頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'55』日本放送出版協会、1955年、118,203頁。
- ↑ 朝日新聞 1953年7月8日 朝刊 P.5 ラジオ・プログラム 番組表 及び「ききもの『諏訪根自子の出演 立体放送 シンフォニーホール』」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'55』日本放送出版協会、1955年、204,235頁。
- 1 2 朝日新聞 1953年8月23日 朝刊 P.5 ラジオ・プログラム 番組表 及び「ききもの『音のロケに大苦労 立体放送 内村作の「死んだにわとり」』」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 3 4 5 6 7 『放送五十年史 資料編』, pp. 726.
- ↑ 東京放送 社史編集室『東京放送のあゆみ』東京放送、1965年5月10日、274, 580頁。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 『放送五十年史 資料編』, pp. 724.
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'55』日本放送出版協会、1955年、203頁。
- ↑ 朝日新聞 1953年5月22日 朝刊 P.5 ラジオ・プログラム 番組表 及び「ききもの『今夜の軽音楽は立体放送』」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'55』日本放送出版協会、1955年、235頁。
- ↑ 朝日新聞 1953年11月3日 東京版朝刊 P.5、大阪版朝刊 P.5、及び西部版朝刊 P.6 各ラジオ・プログラム 番組表(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 昭和音楽大学オペラ研究所 オペラ情報センター 公演情報 「グルリット・オペラ協會特別公演 《ドン・ジョヴァンニ》 ゲルハルト・ヒュツシュ來日記念」(1953年10月24~28日、帝国劇場)(2024年1月25日閲覧)