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1954年のラジオ (日本)

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1954年のラジオ (日本)では、1954年の日本のラジオ番組、その他ラジオ界の動向について記す。

主な番組関連の出来事

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1月
2月
  • 7日 - NHKラジオ第1、第1回国民討論会『紀元節は復活すべきか』を、東京・中野文化会館から放送。しかし、翌1955年の9月11日の第4回の放送を以って中止となる[2]。
3月
4月
5月
  • 1日~9日 - NHKラジオ第2・民放3社(ラジオ東京・中部日本放送(CBCラジオ)・朝日放送)、「第2回アジア競技大会」の模様を、フィリピンの首都マニラから中継。民放3社は共同で特派員を派遣し、民放初の海外中継を行う[2][7]。
  • 10日 - NHKラジオ第1、北海道地区ローカルで『へき地教育放送講座』が放送開始。 以後、東北・九州・四国各地区のローカルでも『通信教育講座』が放送開始。[2]
  • 22日~25日 - NHKラジオ第2、東京体育館から『1954年レスリング・フリースタイル世界選手権大会』を、テレビと同時に中継放送[2]。
6月
  • 7日 - NHKラジオ第1、音楽番組『リズムパレイド』が、この日から東京地方(JOAK)のみ、毎週、高音質の広帯域放送(高忠実度放送=ハイファイ音声放送)の試験放送を開始する(同年11月17日の放送から、正式に開始)[注 1][2][8]。
7月
8月
  • 6日 - ラジオ中国、原爆関連特別番組15本を終日放送[2]。
    • その中の一番組で、「第9回広島平和式典」は全国ネット中継で放送[1]。
  • 7日~23日 - 北海道放送、『天皇・皇后両陛下北海道ご巡幸』を、スポンサー付帯番組として放送[2]。
9月
10月
11月
  • 3日 - NHK、ラジオ第1(左)と第2放送(右)のモノラル音声2波を使ったステレオ放送(当時は「立体放送」と呼んでいた)の、日本初のレギュラー番組『立体音楽堂』が同月13日に放送を開始するのにあたり、そのお目見得番組として、前述の方法にて、放送芸能祭特集「あなたは聞こえませんか」を放送[11]。
  • 13日 - NHKラジオ第1・第2、モノラル音声2波を使った立体(ステレオ)放送の、日本初のレギュラー番組『立体音楽堂』が放送開始[11]。
  • 11月中旬から12月上旬(詳細不明) - NHKの東京ラジオ第1放送(JOAK)が、放送マスターから送信所までの回線(STL)の音声の広帯域化工事[注 3]が完了したのに伴い、同放送の広帯域放送が本格的に始まる。これに伴い、従来行っていた『リズムパレイド」に加え、『NHKシンフォニーホール』、『土曜コンサート』、『歌の花ごよみ』、『今週の明星』『なつかしのメロディ』、『虹のしらべ』等、多くの番組が広帯域化された[注 4][8]。
  • 27日 - ラジオ東京・文化放送・ニッポン放送が共同で、この日開催中の「第3回全日本オーディオフェア」にて、15時30分から1時間半に渡り、最初の聴取者向けの三元立体放送(=モノラル3波を使った、3チャンネルステレオ放送)による特別番組を実施。各局30分制作で、番組毎に、各局の放送の定位が入れ替わるという演出をした(詳細は特別番組の項を参照)[12][13]。
12月

主なその他ラジオ関連の出来事

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開局

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節目

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番組周年・記念回

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開局周年

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開始番組

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1954年1月放送開始

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NHKラジオ第1放送

朝日放送

1954年3月放送開始

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ラジオ山陰

1954年4月放送開始

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NHKラジオ第1放送

NHKラジオ第2放送

ラジオ東京

1954年5月放送開始

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NHKラジオ第2放送

1954年10月放送開始

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ラジオ東京

1954年11月放送開始

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NHKラジオ第1放送

NHKラジオ第2放送

1954年12月放送開始

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NHKラジオ第1放送

文化放送

終了番組

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1954年3月放送終了

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NHKラジオ第1
  • 終了日不明 - アチャコ青春手帖

1954年4月放送終了

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NHKラジオ第1

1954年6月放送終了

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NHKラジオ第1
  • 13日 - ユーモア劇場

特別番組

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3月放送

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4月放送

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  • 21日 - 法務大臣の指揮権をめぐって(NHKラジオ第1放送)[17]

5月放送

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  • 3日 - 立体(ステレオ)放送 「ダイナミック・ジャズ・コンサート」(NHKラジオ第1放送・第2放送)[注 7][19][20]

11月放送

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  • 3日 - 放送芸能祭特集 立体(ステレオ)放送「あなたは聞こえませんか」(NHKラジオ第1放送・第2放送)[11]
  • 27日
    • 三元立体放送(ラジオ東京(KR)、文化放送(QR)、ニッポン放送(LF)3局共同。3部構成(各30分、計90分))[13]
      • 第1部:「音楽劇ボードビル『鶏郎トリオ』」(ニッポン放送制作。定位 左:KR、中央:LF、右:QR)
      • 第2部:「ドラマ『われを呼ぶわが唄』」(ラジオ東京制作。定位 左:LF、中央:KR、右:QR)
      • 第3部:「これがスウィング」(文化放送制作。定位 左:LF、中央:QR、右:KR)

注釈

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  1. ↑ 同年12月上旬に、STLの高音質化が整備されるまでは、送信所のテープ再生機を使って放送を行った。
  2. ↑ 両局へは事前に放送用のパッケージテープを送って、放送と同時刻にローカル送出にてテープを再生して試験放送を行った
  3. ↑ 音声周波数特性が、従来の50Hzから12000Hz位の高音域の特性を、15000Hz位まで広げたもの。
  4. ↑ NHK年鑑1956(日本放送出版協会 著)では、「トピックス」内の「登場した広帯域放送」の45ページには、12月上旬と明記されているのに対し、「ラジオ」の「技術」内の「調整技術の現状」においての「広帯域放送の実施」(240ページ)には、11月中旬から随時、会館のスタジオから放送するように改めたということが明記されている。
  5. ↑ ラジオ第1を左、同第2を右、テレビを中央の定位にして放送。
  6. ↑ 当時、従来の中波放送の音声帯域は50~9000Hz位で、この特性を現在のFM放送と同じ50~15000Hzまで広げて、高音質化を図ったもの。当時、放送マスターから送信所までの回線(STL)の高域特性が12000Hz位までだったので、送信所にテープ再生機を導入して試験放送を行った。
  7. ↑ 演奏:NHKオールスターズ。曲目は、「リズムに乗って」、「ブルー・キャナリー」、「ラプソディー・イン・ブルー」、「エブ・タイト」の全4曲。

脚注

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  1. 1 2 3 4 株式会社中国放送『RCC20年のあゆみ』株式会社中国放送、1972年、66頁。NDLJP:12239213/66。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 「放送史年表 -詳細版- 1954年」(NHK放送文化研究所)(2026年7月11日閲覧)
  3. ↑ 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、70,274頁。
  4. ↑ 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、70頁。
  5. 1 2 ラジオドラマ資源:1954年 放送記録(2026年7月11日閲覧)
  6. ↑ NHKアーカイブス 放送史『由起子』(2026年7月11日閲覧)
  7. 1 2 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、274頁。
  8. 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'56』日本放送出版協会、1956年、44,45,46,240頁。
  9. 1 2 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、173頁。
  10. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'56』日本放送出版協会、1956年、46頁。
  11. 1 2 3 4 5 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'56』日本放送出版協会、1956年、131,132頁。
  12. ↑ 東京放送 社史編集室『東京放送のあゆみ』東京放送、1965年5月10日、583頁。
  13. 1 2 朝日新聞 1954年11月27日 朝刊P.5 ラジオ・プログラム 番組表、「聴きもの見もの」番組紹介欄 及び 文化放送(JOQR)番組広告「三元立体放送」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  14. 1 2 朝日新聞 1954年12月23日 朝刊P.5 ラジオ・プログラム 番組表、「聴きもの見もの」番組紹介欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  15. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'56』日本放送出版協会、1956年、131,132,274,275頁。
  16. ↑ 山形放送三十三年誌66頁・山形放送株式会社編
  17. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 『放送五十年史 資料編』, pp. 730.
  18. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 『放送五十年史 資料編』, pp. 732.
  19. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'56』日本放送出版協会、1956年、221頁。
  20. ↑ 朝日新聞 1954年5月3日 朝刊P.5 ラジオ・プログラム 番組表 及び「聴きもの見もの」番組紹介欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)

参考文献

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