1958年のテレビ (日本)
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1958年のテレビ(1958ねんのテレビ)では、1958年(昭和33年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。
主なできごと
[編集]- 地方にテレビ局の開局ラッシュが始まる。
- テレビ、冷蔵庫、洗濯機の3つからなる当時の新世代電化製品を指す「三種の神器」という用語も生まれたこの年、前年に予備免許を交付されたVHF(アナログ)を親局とするテレビジョン放送局の開局ラッシュが始まる。
- NHKはこの年、熊本県・鹿児島県を皮切りに、富山県、高知県、新潟県、長崎県、岩手県でテレビ放送が開始。長野県は、従来長野市の善光寺平中継局にて、東京のテレビ(JOAK-TV)を中継していたのを替え、新たに美ヶ原送信所から長野県域放送を開始、同中継局も美ヶ原送信所の中継局に切り替えた。
- 民放では、3月1日に6局目となるラジオ九州(後のRKB毎日放送)[注 1]を皮切りに、大阪で読売テレビ放送と関西テレビ放送、名古屋では東海テレビ放送、福岡では前述のラジオ九州の他にテレビ西日本等と、全国各地で12局が開局することになる。その内8局はテレビ放送開局により、テレビ・ラジオ兼営局となった。(「#開局・放送開始」等の項を参照)
- 日本で初めてVTR(モノクロ)が導入。
- 1956年に世界で初めてVTRの実用化に成功した、米アンペックス社の放送用2インチVTRが、米以外では日本で初めて輸入。4月27日に当時の大阪テレビ放送(後の朝日放送テレビ)で日本で初納入、6月1日に稼働を開始したを皮切りに、ラジオ東京(KR)テレビ(後のTBSテレビ)やNHK等でも納入され、稼働を開始[1]。11月30日にはNHK放送技術研究所にて同所初の同VTRの試作品を完成、翌12月にはNHKの放送での使用を開始した。
- 東京タワーが完成。
- 12月23日、東京・芝に高さ332.6メートルを誇る電波塔、東京タワーが完成。これに伴い、NHKとKRテレビ(後のTBSテレビ)は既存の自社テレビ電波塔(NHK:千代田区紀尾井町 KRT:港区赤坂)から東京タワーに送信所を移し、そして翌年開局の日本教育テレビ(NET、後のテレビ朝日)とフジテレビを含め、4局5波(NHKは総合・教育の2波)が東京タワーから関東一円に電波を発信することになった。
- なお、日本テレビも東京タワーから送信を要請されていたものの、自前の電波塔として計画していた正力タワーの建設を目指していたため要請を断り、当時の本社である麹町から送信し続けた(1970年まで)[注 2]。
- 会社の合併
- 8月、ラジオ九州(RKB)が西部毎日テレビジョン放送と合併、RKB毎日放送に社名変更。
- 12月23日、大阪テレビが、朝日放送(ABC)[注 3]との合併契約で調印(翌年6月1日に正式合併)。
- テレビ番組
- KRテレビが、歴史に残る文化庁芸術祭参加の単発ドラマ2作品放送。
- 12月8日、NHK『歌の広場』がNHK高知放送局のテレビ開局記念で高知から放送。その際、ペギー葉山が「南国土佐を後にして」(作詞・曲 : 武政英策)を歌い大ヒット、彼女の代表曲の1つとなる。
- レギュラーでは、以下の番組が放送を開始。
- NHK:『事件記者』、『バス通り裏』
- 日本テレビ:『三菱ダイヤモンド・アワー』
- KRテレビ:『月光仮面』、『ロッテ 歌のアルバム』
- 大阪テレビ:『やりくりアパート』、『部長刑事』
- カラーテレビ実験放送(NHKと日本テレビのみ)
- 同実験放送では、日本テレビが1月27日から毎日、定時のレギュラー枠(編成上、時間移動の場合有)としての放送となる。更に、自社初のカラー番組制作を開始し、7月14日にはそれとしては初の、カラーフィルム番組『七色のメロディー』と、日本初のカラーアニメーションテレビ映画『もぐらのアバンチュール』を放送。12月12日には、自社初のスタジオカラーカメラを使用した番組『手品教室』を生放送。又、1月13日からは『NTVニュースフラッシュ』の中で随時、カラーフィルムで取材したニュースをカラーで放送した。
番組関係のできごと
[編集]1月
[編集]2月
[編集]3月
[編集]4月
[編集]5月
[編集]6月
[編集]7月
[編集]- 6日 - KRテレビ、『大相撲名古屋場所』のテレビ中継で、VTRによる取組の再生を開始[2][22]。
- 7日 - 大阪テレビ、テレビでは日本初の富士山頂からの生中継に成功[注 8][2][11]。
- 14日 - 日本テレビが、この日のカラーテレビ実験放送枠内にて、日本初のテレビ用カラーフィルム制作による番組『七色のメロディー』と、日本初のカラーアニメーションテレビ映画『もぐらのアバンチュール』を放送(後者は同年10月15日に同枠内にて再放送)[4][23]。
- 17日 - NHK初のビデオテープレコーダ(VTR)収録による番組「学校放送『中学校 - 英語教室』」が放送[2][24]。
- 28日 - NHK、『乗鞍山頂から』を放送。乗鞍山頂から名古屋まで125kmのマイクロ波中継に成功[2][25]。
8月
[編集]- 6日 - NHK、この年からテレビにて『広島平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)』の模様を、広島平和記念公園から中継[注 9][2]。
- 10日 - NHK、納涼特集『華厳の滝壺から』を、日光市の華厳滝から、携帯用カメラ(ウオーキールッキー)と水中カメラを併用して放送[2][27]。
- 28日 - 日本テレビ開局5周年、読売テレビ(YTV)・テレビ西日本(TNC)開局。
- 29日 - 日本テレビにて三菱電機一社提供番組である『三菱ダイヤモンド・アワー』放送開始。当初は『ディズニーランド』と『日本プロレス中継』との隔週放送であった( - 1972年7月14日)[注 10]。
- 30日 - NHK、『鳴門のうず潮』を、鳴門市展望台から携帯用カメラ(ウォーキールッキー)を使用して中継放送[2][30]。
9月
[編集]10月
[編集]- 13日 - NHK、連続バラエティー『お父さんの季節』放送開始( - 1961年3月27日。作:西澤實、出演:榎本健一・楠トシエ ほか)[2][32]。
- 30日 - NHK、特別番組『“こだま”東海道をゆく』を、2時間55分に渡り放送[33]。平均時速100kmの特急「こだま号」にカメラを乗せ、沿線各駅のカメラをまじえてリレー中継を行った[2]。
- 31日 - KRテレビ系、『サンヨーテレビ劇場』にて、通常の時間枠を拡大し、ドラマ『私は貝になりたい』を放送(加藤哲太郎原作・橋本忍脚本・フランキー堺主演。芸術祭参加作品。)[2][21][34][35]。前半がVTRによる録って出し、後半は生放送。放送は大反響を呼び、この年の芸術祭大賞を受賞(番組全編はTBSテレビに現存する最古のビデオテープ録画による番組として社内に保存されている)。
11月
[編集]- 3日 - いずれもNHK
- 9日 - 在京・在阪の民放テレビ局各社が、この日から開催の大相撲九州場所のテレビ中継にて映像を共用し、アナウンスは各社別で放送を実施[2]。
- 16日 - KRテレビ系、『東芝日曜劇場』にて、同番組初のVTRを使用したドラマ『マンモスタワー』を放送。この年の芸術祭奨励賞を受賞した(これも前述の『私は貝になりたい』に続き、番組は全編ビデオテープ録画にて社内に保存されている。)[21][39]。
- 20日 - NHK、日本バレエ協会17団体参加による「NHKバレエの夕べ」が東京・産経ホールで開催。その際に行われた公演『レ・シルフィード』(ショパン作曲)が放送[2][40]。
- 27日 - NHK、皇太子妃が決まったことを受け、臨時ニュース番組『皇太子妃決まる』[41]、『皇太子妃記者会見』[42]ほか関連の特別番組を編成・放送[2]。
12月
[編集]- 7日 - NHK、『第12回金栗賞朝日国際マラソン栃木大会実況』を、無線中継移動車を使って放送[2][43]。
- 8日 - NHK、『歌の広場』が、NHK高知放送局のテレビ開局記念として高知から放送。ここで、歌手のペギー葉山が「南国土佐を後にして」(作詞・曲:武政英策)を歌い大反響を呼び、後にシングルEP化され大ヒット。彼女の代表曲の1つとなる[注 12][2]。
- 12日 - 日本テレビ、カラーテレビ実験放送で、自社初のスタジオカラーカメラによる番組『手品教室』を生放送[注 13][45]。
- 25日 - 日本テレビ、ドラマ『雑草の歌』のこの日の放送回「聞えない葦」で、自社初のVTRを使用した番組を放送[46]。
- 31日 - 『第9回NHK紅白歌合戦』放送。
その他テレビに関する話題
[編集]1月
[編集]2月
[編集]3月
[編集]- 1日 - 福岡県初の民放テレビ局、ラジオ九州(後のRKB毎日放送)[注 1]テレビジョン放送開始(JOFR-TV)[2]。これにより、同社はテレビ・ラジオ兼営局となる。
- 3日 - 日本海テレビジョン放送(NKT)設立[49][注 15]。
- 10日 - 日本テレビ、日本民間放送連盟(民放連)に加盟[2][17]。
4月
[編集]5月
[編集]6月
[編集]7月
[編集]8月
[編集]9月
[編集]10月
[編集]11月
[編集]12月
[編集]- 1日 - NHK新潟放送局(JOQK-TV)[55]、北陸放送(MRO、呼出符号:JOMR-TV)、南海放送(RNB、呼出符号:JOAF-TV)テレビジョン放送開始[2]。MROとRNBはこれにより、共に民放のテレビ・ラジオ兼営局となる。
- 18日 - 日本テレビ、米アンペックス社からモノクロ2インチVTR(VR-1000)を初購入。月内にはもう1台を追加購入[46]。
- 23日
- 25日
- 28日 - NHK盛岡放送局テレビジョン放送開始(JOQG-TV)。
- 月内 - 電電公社、テレビ中継用のマイクロ波回線で、東京 - 静岡 - 浜松 - 名古屋 - 大阪 - 福井 - 金沢(⇔富山) - 薬師(⇔新潟) - 横手山(⇔長野) - 東京ルート(途中省略有)の東日本ループ回線が完成、開通[2]。
開局・放送開始
[編集]- 2月22日
- 3月1日 - ラジオ九州(※8月「西部毎日テレビジョン放送」と合併、「RKB毎日放送」と改称)[2][注 1][注 19]
- 6月1日 - 山陽放送(後のRSK山陽放送)[2][注 19]
- 7月1日 - 西日本放送[2][注 19]
- 8月28日
- 10月15日 - NHK富山放送局
- 10月25日 - 信越放送[注 20][2][54][注 19]
- 11月1日 - 静岡放送[2][51][注 19]
- 11月15日 - NHK長野放送局[2][53]
- 11月22日 - 関西テレビ放送[2]
- 11月28日 - NHK高知放送局
- 12月1日
- 12月23日 - NHK長崎放送局(長崎・佐世保)
- 12月25日
- 12月28日 - NHK盛岡放送局
テレビ番組
[編集]テレビドラマ
[編集]バラエティなど諸分野
[編集]- 上方お笑い劇場(NHK)
- 日本テレニュース(日本テレビ)
- 光子の窓(日本テレビ)
- 二十世紀(日本テレビ)
- 加美乃素日曜劇場(日本テレビ、読売テレビ)
- (東芝)サンデープレゼント(日本テレビ)
- 三菱ダイヤモンド・アワー(日本テレビ)
- ロッテ 歌のアルバム(KR→TBS)
- ナショナル日曜観劇会(KR→TBS)
子供向けドラマ
[編集]特撮番組
[編集]テレビアニメ
[編集]- もぐらのアバンチュール(カラー)(日本テレビ)- 7月14日、カラー放送実験枠。日本初のカラーテレビアニメ[4]。
教育・教養番組
[編集]- 手品教室(カラー)(日本テレビ)- 12月12,19日、カラー放送実験枠。日本テレビ初のスタジオカラーカメラによる生放送[45]。
その他
[編集]- 七色のメロディー(カラー)(日本テレビ)- 7月14日、カラー放送実験枠。日本テレビの自社制作のテレビ番組としては初のカラーフィルムでの制作[4]。
特別番組
[編集]- 日本テレビ開局5周年、読売テレビ(YTV)開局記念番組
- 8月28日
- 8月29日
- 8月30日~9月3日
- 5局リレー「お国自慢芸能大会」- HBC、NTV、CBC、YTV、TNCの5局日替わりによる放送[28]。
- 8月31日
既存番組のカラー化
[編集]- NTVニュースフラッシュ(日本テレビ)- 1月13日から随時(19時前後の時間帯のみ、1959年初め頃まで)[3][5]
脚注
[編集]注釈
[編集]- 1 2 3 4 法人は2016年に放送持株会社「RKB毎日ホールディングス」となり、放送免許は後のRKB毎日放送に承継された。
- ↑ 正力タワーの建設予定地だった場所はその後「日本テレビゴルフガーデン」となり、閉鎖後は売却された。
- 1 2 法人は2018年に放送持株会社「朝日放送グループホールディングス」となり、テレビ放送免許は新法人の朝日放送テレビに承継された。
- ↑ 一例として、同年4月19日に起こった『金環日食』のニュースがこれに該当する[4]。
- ↑ 解説には、当時札幌医科大学教授の和田寿郎医師が担当した。
- ↑ 国立天文台の前身。
- ↑ NHK放送文化研究所の「放送史年表 -詳細版- 1958年」では6月22日放送開始と記している[2]が、ここでは出典にある制作局TBS(東京放送、番組開始時はラジオ東京(KR))による書籍「TBS50年史 資料編」(東京放送 2002年1月発行)の記述によっている。
- ↑ その時の模様の写真が、2000年朝日放送が発刊した書籍「朝日放送の50年 Ⅲ 資料集」の282ページに掲載されている。
- ↑ ちなみに同式典は、前年(1957年)に大阪テレビがテレビ初中継を行っている[26]。
- ↑ 隔週放送は1968年2月16日を以って終了し、同年2月23日以降は『日本プロレス中継』のみとなる。
- ↑ 同楽団は来日中、東京ほか9都市で17回公演を行った[2]。
- ↑ NHKクロニクルのこの日の当番組の項目には「南国土佐を後にして」の曲目はないが[44]、ここでは、出典にある「放送史年表 -詳細版- 1958年」(NHK放送文化研究所)の記載に従って記しておく。
- ↑ 同日17時20分からの20分間、当時の同社第4スタジオからの放送。翌週の19日にも同番組が生放送された。
- ↑ 同開始時の放送スケジュールは、月:「産業」、火:「世界観光旅行」、水:「技術」、木:「生活知識」、金:「観光・行楽案内」、土:「漫画・娯楽物」、日:「芸能(民謡)紹介」で、毎日原則25分の放送だった。尚、番組開始前の10分間は、カラーのテスト・スライドが放送された。
- ↑ 翌1959年の同日に開局。
- ↑ 開局当初の通称は「ラジオ山陽テレビ」だった。
- ↑ 法人は2019年に放送持株会社「RSKホールディングス」となり、放送免許は新法人のRSK山陽放送に承継された。
- ↑ テレビ西日本は1964年よりフジテレビ系列へネットチェンジ、1974年に本社を福岡市に移転した。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 民放でテレビ開局に伴い、テレビ・ラジオ兼営局となった放送局。
- ↑ 11月15日本放送開始だが、ここでは放送局の公式記録にて記載。
出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 特撮全史 1950-60年代 2017, p. 147, 「テレビ放送の黎明と発展」
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 「放送史年表 -詳細版- 1958年」(NHK放送文化研究所)(2025年4月4日閲覧)
- 1 2 読売新聞 1958年1月13日 朝刊 P.5 及び同日夕刊 P.3 共にラジオ・テレビ欄(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 3 4 5 6 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、109頁。NDLJP:11954641/67。
- 1 2 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、434-437頁。NDLJP:11954641/233,NDLJP:11954641/234。
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、203, 329頁。
- ↑ NHKクロニクル『第十三回国民体育大会冬季大会スキー競技会 第四日「純ジャンプ」 ―札幌市郊外大倉山シャンツェ―』アナログ総合 1958年03月02日(日) 午前11:00 〜 午前11:50
- ↑ NHKクロニクル『日本列島の春』アナログ総合 1958年03月02日(日) 午後01:00 〜 午後02:00
- ↑ NHKクロニクル『ここに鐘は鳴る ―NHKホール―』アナログ総合 1958年03月23日(日) 午後07:30 〜 午後08:00
- ↑ NHKアーカイブス 放送史『ここに鐘は鳴る 澤田美喜』(2025年6月7日閲覧)
- 1 2 3 4 5 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、282頁。
- ↑ 日本の新聞に見る昔の日食報道 (PDF)
- ↑ NHKクロニクル『金環食をみる』アナログ総合 1958年04月19日(土) 午後00:40 〜 午後01:30
- ↑ NHKクロニクル『南極観測船宗谷帰国実況―東京港―』アナログ総合 1958年04月28日(月) 午前10:30 〜 午前11:00
- ↑ NHKクロニクル『両党主立会演説会―九段会館― 「総選挙にあたり国民に訴える」』アナログ総合 1958年04月28日(月) 午後05:00 〜 午後05:55
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、213, 329頁。
- 1 2 日本テレビ放送網(株)『大衆とともに25年. 沿革史』(1978.08) 22ページ (渋沢社史データベース)(2025年6月11日閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『第五十四次IOC(国際オリンピック委員会)総会開会式実況 天皇陛下着御 天皇陛下開会宣言 NOC会長挨拶 IOC会長挨拶 他』アナログ総合 1958年05月14日(水) 午前10:30 〜 午後00:00
- ↑ NHKクロニクル『海底の科学 ―静岡県熱海市初島沖―』アナログ総合 1958年06月08日(日) 午後01:00 〜 午後01:50
- 1 2 3 東京放送 社史編集室『東京放送のあゆみ』東京放送、1965年5月10日、280~2、591頁。
- 1 2 3 4 5 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、330頁。
- 1 2 3 4 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、122頁。
- ↑ “ぐるぐるナインティナイン 【大人気TV欄クイズ激レア映像SPピコ太郎14年前の(秘)映像!?に赤面】の番組概要ページ - gooテレビ番組(関東版)”. 2019年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年10月9日閲覧。
- ↑ NHKクロニクル『学校放送「中学校」 「英語教室」(13)』アナログ総合 1958年07月17日(木) 午前11:15 〜 午前11:35
- ↑ NHKクロニクル『乗鞍山頂から―乗鞍山頂―』アナログ総合 1958年07月28日(月) 午後01:00 〜 午後01:30
- ↑ 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、280頁。
- ↑ NHKクロニクル『特集「華厳の滝壺から」~日光華厳の滝から~』アナログ総合 1958年08月10日(日) 午後00:15 〜 午後01:00
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、116頁。NDLJP:11954641/71。
- ↑ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、116-117頁。NDLJP:11954641/71。
- ↑ NHKクロニクル『鳴門のうず潮 ~鳴門市展望台から~』アナログ総合 1958年08月30日(土) 午後00:30 〜 午後01:00
- ↑ NHKクロニクル『日本の素顔 「風の中の先生」』アナログ総合 1958年09月14日(日) 午後10:25 〜 午後10:55
- ↑ NHKクロニクル『連続ヴァラエティー 「お父さんの季節」(1)―文化センター誕生―』アナログ総合 1958年10月13日(月) 午後09:00 〜 午後09:30
- ↑ NHKクロニクル『“こだま”東海道をゆく』アナログ総合 1958年10月30日(木) 午前08:05 〜 午前11:00
- ↑ 東京放送 社史編集室『東京放送のあゆみ』東京放送、1965年5月10日、591頁。
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、125〜7頁。
- ↑ NHKクロニクル『正倉院展中継』アナログ総合 1958年11月03日(月) 午前08:20 〜 午前09:00
- ↑ NHKクロニクル『リカルドサントス管弦楽団特別演奏会 ~NHKホールから~』アナログ総合 1958年11月03日(月) 午後08:00 〜 午後09:00
- ↑ NHKクロニクル『リカルド・サントス告別演奏会 ~東京都体育館から~』アナログ総合 1958年11月20日(木) 午後07:30 〜 午後08:30
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史』株式会社東京放送、2002年1月、127頁。
- ↑ NHKクロニクル『バレエ 「レ・シルフィード」 ~NHKバレエの夕から~』アナログ総合 1958年11月20日(木) 午後10:32 〜 午後11:02
- ↑ NHKクロニクル『臨時ニュース「皇太子妃決まる」 宮内庁長官発表~宮内庁から~ 宮内庁長官記者会見』アナログ総合 1958年11月27日(木) 午前11:30 〜 午前11:49
- ↑ NHKクロニクル『皇太子妃記者会見~宮内庁から~』アナログ総合 1958年11月27日(木) 午後02:34 〜 午後02:45
- ↑ NHKクロニクル『第12回金栗賞朝日国際マラソン栃木大会実況』アナログ総合 1958年12月07日(日) 午後01:45 〜 午後02:45 ~宇都宮市県営競技場から~ ~宇都宮市不動前附近から~
- ↑ NHKクロニクル『歌の広場』アナログ総合 1958年12月08日(月) 午後08:00 〜 午後08:30
- 1 2 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、111頁。NDLJP:11954641/68。
- 1 2 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、115頁。NDLJP:11954641/70。
- ↑ 日本テレビ放送網(株)『大衆とともに25年. 沿革史』(1978.08) 21ページ (渋沢社史データベース)(2025年6月11日閲覧)
- ↑ 読売新聞 1958年1月18日 朝刊 P.6 ラジオ・テレビ欄 記事「局だより」内の文面に記載(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- ↑ 日本海テレビ「会社案内」
- ↑ 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 III 資料集』朝日放送、2000年3月31日、282-283頁。
- 1 2 株式会社 静岡新聞・静岡放送 株式会社 社史(静岡新聞 SBS公式ホームページ)(2025年4月5日閲覧)
- ↑ 静岡放送『静岡放送20年史』静岡放送、1973年2月8日、91, 276頁。NDLJP:12274613/52,NDLJP:12274613/145。
- 1 2 NHK長野放送局編『あなたとともに70年 -長野五輪・城山から稲葉へ-』柳田雅之、2001年3月8日、41,42頁。
- 1 2 信越放送の歩み(SBC信越放送のサイト)(2024年7月17日閲覧)
- 1 2 NHK新潟放送局『みなさんとともに五十年JOQK』NHK新潟放送局、1982年3月22日、210頁。
- 1 2 新潟放送『新潟放送40年のあゆみ』新潟放送、1992年10月15日、543頁。
参考文献
[編集]- 日本放送協会 編『NHK年鑑1959』日本放送出版協会、1958年12月1日。
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- 日本放送協会 編『放送五十年史』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史 資料編』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- NHK 編『放送の五十年 昭和とともに』日本放送出版協会、1977年3月30日。
- 「NHK大河ドラマ大全」(NHK出版、2011年)
- 講談社 編『特撮全史 1950-60年代ヒーロー大全』講談社〈キャラクター大全〉、2017年11月29日。ISBN 978-4-06-220358-6。
- NHKは何を伝えてきたか-NHKテレビ番組の50年
- NHKアーカイブスカタログ―テレビ番組放送記録+番組小史 1953〜2008
- 日本テレビ50周年の物語[リンク切れ]
など