1959年のラジオ (日本)
表示
| 1959年 こちらも御覧下さい |
|---|
| 社会 |
| 政治 経済 法 労働 教育 交通 |
| 文化と芸術 |
|
映画 日本公開映画 音楽 ラジオ 日本のテレビ 芸術 文学 出版 |
| スポーツ |
| スポーツ 日本競馬 サッカー 自転車競技 バスケ バレー 野球 相撲 |
| 科学と技術 |
| 科学 気象・地象・天象 台風 道路 鉄道 航空 |
| 地域 |
| 日本 日本の女性史 |
| 各年のテレビ (日本) |
| 1957 1958 1959 1960 1961 |
| 各年のラジオ (日本) |
| 1957 1958 1959 1960 1961 |
| ■ヘルプ |
主な番組関連の出来事
[編集]2月
[編集]- 16日 - 朝日放送(ABCラジオ、左チャンネル)・毎日放送(MBSラジオ、右チャンネル)、近畿地区民放では初となる、中波(モノラル)2波を使ったステレオ(立体)放送による音楽番組『ナショナルステレオアワー』が放送開始(同年7月27日から『ナショナルステレオホール』に改題、 - 1961年4月3日)[1][2][3][4][5]。
- 23日 - ラジオ東京(後のTBSラジオ)、録音構成『現代の表情 三重苦の少女闇にまさぐる』を放送。生まれながら目・耳・口が不自由な少女を一人の人間として教育していく、山梨県立盲学校校長夫妻と保母たちの苦闘の記録[1]。後に第7回日本民間放送連盟賞の社会教養番組部門で優秀賞を受賞[6] 。
3月
[編集]4月
[編集]5月
[編集]6月
[編集]8月
[編集]9月
[編集]10月
[編集]- 5日 - ニッポン放送、クイズ番組『オリンピック基金百万円クイズ トップ・ライト・ショウ』が放送開始( - 1964年10月9日)[1]。
- 10日 - ニッポン放送、平日の終日放送を開始。日本初の24時間放送[1][11]。
- 12~14日 - NHKラジオ第2、東京大学教授(当時) 林茂の解説による特別教養番組『日本政党史』を3日間に渡り放送[1]。
- 27日・11月6日 - NHKラジオ第1、NHKが招へいし10月26日に来日した、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(当時NHKでは「交響楽団」と表記)の特別演奏会を、翌27日にNHKホール(内幸町)から総合テレビと同時に生中継[12]。この放送で、ラジオ・テレビによるモノラル2波を使ったステレオ放送を実施[13][14]。又、11月6日には再度別プログラムで特別演奏会が総合テレビと同時に放送された(但し、前述のモノラル2波のステレオ放送は行わなかった)[15]。尚、同メンバーによる公演は東京・大阪・名古屋で9回行われ、内2回は「伊勢湾台風 NHKたすけあい」協賛演奏会として開催された[1]。
11月
[編集]主なその他ラジオ関連の出来事
[編集]開局
[編集]- 4月1日 - 和歌山放送
節目
[編集]番組周年・記念回
[編集]開局周年
[編集]特別番組
[編集]開始番組
[編集]1959年1月放送開始
[編集]- NHKラジオ第1放送
1959年2月放送開始
[編集]- 朝日放送・毎日放送(モノラル2波による立体(ステレオ)放送)
1959年3月放送開始
[編集]- 毎日放送
- 開始日不明 - トリスナイトキャップ
1959年4月放送開始
[編集]- NHKラジオ第1放送
- NHKラジオ第2放送
- 文化放送
- ニッポン放送
- 大阪放送
- 1日 - アナウンサーコーナー
1959年5月放送開始
[編集]- NHK-FM放送
- 3日 - FMリクエストアワー
- 文化放送
- 1日 - ニュースパレード
1959年6月放送開始
[編集]- 毎日放送
- 6日 - エンリッチアワー リクエスト歌謡パレード
1959年7月放送開始
[編集]- ラジオ東京
- 24日 - ミッドナイト・ストリート
- ラジオ関東
- 6日 - 昨日のつづき
1959年10月放送開始
[編集]- ニッポン放送
1959年11月放送開始
[編集]- ニッポン放送・朝日放送
- 文化放送・ニッポン放送(モノラル2波による立体(ステレオ)放送)
1959年12月放送開始
[編集]- 毎日放送・大阪放送(モノラル2波による立体(ステレオ)放送)
- 21日 - ステレオ・アワー
終了番組
[編集]1959年2月放送終了
[編集]- ラジオ東京
- 14日 - 赤胴鈴之助
1959年6月放送終了
[編集]- 毎日放送
1959年12月放送終了
[編集]- ラジオ東京
- 26日 - 東京ダイヤル
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 「放送史年表 -詳細版- 1959年」(NHK放送文化研究所)(2026年8月1日閲覧)
- 1 2 3 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、89頁。
- 1 2 朝日放送株式会社 十周年記念誌編集委員会 編『ABC十年』朝日放送株式会社、1961年3月15日、194頁。NDLJP:2494225/198。
- 1 2 毎日放送50年史編纂委員会事務局『毎日放送50年史』株式会社 毎日放送、2001年9月1日、476頁。
- 1 2 毎日放送 編『毎日放送十年史』毎日放送、1961年12月15日、155頁。NDLJP:2496354/193。
- 1 2 放送番組センター 放送ライブラリー『現代の表情 三重苦の少女闇にまさぐる』TBSラジオ 1959年02月23日(月)23:15~23:45(2026年8月1日閲覧)
- ↑ 日本放送協会 編『NHK年鑑1960』日本放送出版協会、1959年12月1日、351~2頁。NDLJP:2474356/252,NDLJP:2474356/253。
- ↑ 朝日新聞 1959年4月10日 朝刊 P.5 ラジオ・テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 日本放送協会 編『NHK年鑑1961』日本放送出版協会、1960年12月25日、44頁。NDLJP:2474357/104。
- ↑ 日本放送協会 編『NHK年鑑1961』日本放送出版協会、1960年12月25日、44〜5頁。NDLJP:2474357/104。
- ↑ 『放送の五十年 昭和とともに』, pp. 338.
- ↑ NHKクロニクル『ウィーン・フィルハーモニー交響楽団特別演奏会』アナログ総合 1959年10月27日(火) 午後07:30 〜 午後08:45
- ↑ 日本放送協会 編『NHK年鑑1961』日本放送出版協会、1960年12月25日、387頁。NDLJP:2474357/275。
- ↑ 朝日新聞 1959年10月27日 朝刊P.5 ラジオ・テレビ欄 番組紹介記事「ウイーン・フィル特別演奏会」に記載(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『ウィーン・フィルハーモニー交響楽団特別演奏会 1.交響曲 第4番 ホ短調 作品98 ブラームス作曲 2.交響曲 第8番 ロ短調「未完成」シューベルト作曲』アナログ総合 1959年11月06日(金) 午後07:30 〜 午後08:45
- 1 2 朝日新聞 1959年11月3日 朝刊 P.5 ラジオ・テレビ欄 番組紹介「立体放送の帯番組 文化とニッポン 月一回、ナマ演奏も」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 朝日新聞 1959年11月9日 朝刊P.5 ラジオ・テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ 朝日放送株式会社 十周年記念誌編集委員会 編『ABC十年』朝日放送株式会社、1961年3月15日、195頁。NDLJP:2494225/199。
- ↑ 民放ステレオ事始め - ウェイバックマシン(2020年1月9日アーカイブ分)(上田博章公式サイト 2007年2月)
- ↑ 毎日放送50年史編纂委員会事務局『毎日放送50年史』株式会社 毎日放送、2001年9月1日、476頁。
- ↑ 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、284頁。
- ↑ ラジオドラマ資源:1959年 放送記録(2026年9月6日閲覧)
- 1 2 3 4 5 6 7 『放送五十年史 資料編』, pp. 752.
- ↑ 朝日新聞 1959年4月5日 朝刊P.5 ラジオ・テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ↑ スイングジャーナル編集部 編『スイングジャーナル 1959年11月号』スイングジャーナル社、1959年11月1日、68,69頁。NDLJP:2299961/35。
- ↑ 毎日放送 編『毎日放送十年史』毎日放送、1961年12月15日、70頁。NDLJP:2496354/96。
参考文献
[編集]- 日本放送協会 編『NHK年鑑1960』日本放送出版協会、1959年12月1日。
- 日本放送協会 編『NHK年鑑1961』日本放送出版協会、1960年12月25日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史 資料編』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- NHK 編『放送の五十年 昭和とともに』日本放送出版協会、1977年3月30日。