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1960年のテレビ (日本)

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1960年のテレビ(1960ねんのテレビ)では、1960年(昭和35年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

主なできごと

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11月29日、ラジオ東京が社名を「東京放送」(略称:TBS)に変更。
これに伴い、表記も「KRテレビ」から「東京テレビ」に変更。翌年からは「TBSテレビ」に変更される。
これが契機で翌年、地方にて「ラジオ〇〇」から「〇〇放送」への社名変更が相次ぐ様になる。
9月10日、カラーテレビが実験放送から本放送となり開始[1]。
NHKでは東京・大阪の総合及び教育テレビにて、民放では日本テレビ、ラジオ東京テレビ(KR-TV、当時、後のTBSテレビ)、読売テレビ、朝日放送テレビにて本放送を開始した。
前年12月に郵政省カラーテレビジョン調査会にて決定した米と同じNTSC方式を、この年4月の聴聞会等を経て、6月に正式決定。
これを受け本放送開始前の同年7月(実験放送実施中)から、東芝を皮切りに、各社でカラーテレビ受像機の発売を開始[1]。
地方でNHK総合1局・同教育7局、民放で5局(当時米領の沖縄を含む)のテレビ局が開局。
NHKでは総合テレビが宮崎で開局、教育テレビが函館(北海道地方初)・室蘭・浜松(中部地方初)・旭川・福島(東北地方初)・仙台・盛岡の7局で開局。
民放では秋田・山形・福井・宮崎の各県で開局。又、当時米領の沖縄で、2局目の琉球放送も開局。
テレビ番組
日本テレビ以外の在京民放が、東京タワーに送信所を移転。在京テレビ全局が出力を増力。
1月17日、KR-TV( → TBS)の送信所が、東京タワーに移転。更に同日これに加え、NHK東京の総合テレビ、フジテレビ、日本教育テレビ(NET)が共に、映像50kW、音声12.5kWへと出力を増力した。日本テレビは送信所の移転は行わなかったものの、3月12日に前者と同じ出力へ増力した。5月16日には、NHK教育テレビが送信所を同タワーに移転、同時に出力も他局と同じ出力へ増力した。

番組関係のできごと

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1月

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2月

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  • 1日 - NHK総合、教養情報番組『生活の知恵』の第127回「トランジスター」[8]にて、ヘリコプター用トランジスターカメラにより機上から銀座の夜景を放送[2]。
  • 19日~29日 - NHK総合、同月17日開催された「スコーバレー冬季オリンピック」の模様を、番組『冬季オリンピックだより』として放送[2]。
  • 27日 - NHK東京教育テレビ、この日のカラーテレビ実験放送枠にて、自局初のカラーVTR収録による番組「ミュージカルショー『春夏秋冬』」を放映[2][9][10]。

3月

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4月

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  • 4日 - NHK総合、番組改定。土・日曜が全日放送になる[2]。
    • 夜10時台に『きょうのニュース』を新設・放送開始( - 1972年4月2日)。政治・経済・国際問題など幅広く取り上げ、当事者・記者のコメントなどテレビニュース独自の表現を追求[2]
  • 8日 - NHK総合、レギュラードラマ初のカラー制作『ママと私たち』放送開始( - 1961年3月31日、全48回)[16][17]。NHK総合テレビでの放送は、カラー本放送が開始する同年9月10日以前はモノクロであったが、それまでの期間は、東京教育テレビのカラーテレビ実験放送枠で、2日遅れでカラーで放送していた(初回から第19回放送分まで)[18]。
  • 9日 - NHK総合、自然をテーマとした教養ドキュメンタリー番組『自然のアルバム』が放送開始( - 1985年3月31日)[2][19]。
  • 10日 - いずれもNHK総合
    • カラー制作のミュージカル・バラエティーショー『パノラマ劇場』放送開始( - 1961年3月26日、全44回)[2][17][20]。これも前述の『ママと私たち』と同様、NHK総合テレビでの放送は、カラー本放送が開始する同年9月10日以前はモノクロであったが、それまでの期間は、東京教育テレビのカラーテレビ実験放送枠で、3日遅れでカラーで放送していた(初回から第21回放送分まで)[21]。
    • 1956年に直木賞を受賞した南條範夫の書き下ろし時代劇『月下の美剣士』放送開始( - 6月26日、全12回。出演:加藤博司・桂小金治・南利明 ほか)。しかし、テレビの暴力シーンが青少年の非行につながると問題化したことを受け、同年7月4日にNHKがテレビの娯楽番組から暴力場面を追放する施策を実施した(後述)のに伴い、番組は打ち切られた[22]。
  • 25日 - NHK総合、『海外特派員だより』放送開始( - 1962年3月24日。その後同年4月6日~1969年の4月6日まで、『NHK特派員だより』として放送)[2]。

5月

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  • 2日
  • 8日 - 毎日放送にて、公開演芸番組『素人名人会』放送開始。2002年3月17日まで40年以上続く長寿番組となる[28]。
  • 24日 - チリ地震による津波が東北・北海道地方の太平洋沿岸で発生したのを受け、NHK総合・民放共に臨時特別編成を実施[2]。
    • NHK総合では、14時から臨時特別番組『太平洋沿岸をおそった津波 ~チリ地震津波~』をフィルムニュースを交えて放送[2][29]、17時50分からは同津波関連のニュース特報を[30]、21時半からは特別番組『津波』を放送[31]。
    • 民放でも、岩手放送を始め、発生した地域の民放が非常時態勢で報道、特別編成を行い、キー局へニュースを中継した[2]。

6月

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  • 3~12日 - NHK総合、ラジオ第1と共に、ゴールデンタイムの定時番組を大幅に休止し、議会制民主主義擁護で政治キャンペーン特別番組を編成[2]。
    • 同月3~5日には『私はこう思う』、『議会政治のありかた』がラジオ第1と同時に放送[2]。
  • 4日 - フジテレビ、バラエティーショー『東は東』放送開始( -1962年5月26日。司会:滝田裕介・富士真奈美 ほか)[2]。
  • 6~10日 - 同月3日開始のNHKに続き、民放各局も政治キャンペーン番組を放送[2]。
    • 日本テレビはこの期間中、『日本の空白をどうする』を連続5回シリーズで放送[2]。
  • 10~11日 - NHK総合、安保闘争に於いて「ハガチー事件」発生に関連し、ラジオ第1と同時に、『この事態をどうみるか』(10日)[32]、『ハガチー事件の波紋』(11日)[33]の特別番組を放送[2]。
  • 15~16日 - 安保闘争で死者を出した国会乱入デモとアイゼンハワー米大統領(当時)の来日延期問題等で、NHK・民放各社が特別編成[2]。
    • NHK総合では16日、朝7時25分から特別番組『国会デモ乱闘事件に思う』が放送[2][34]、16時半からは臨時に『ニュース特報』となり、その中で17時23分に「アイゼンハワー米大統領訪日延期」の臨時ニュースが放送[35]、17時半からは岸信介首相(当時)の記者会見が首相官邸からラジオ第1と同時に生中継され[36]、19時半からは特別番組『アイク(アイゼンハワー大統領のニックネーム)訪日延期をめぐって』[37]が各々放送された[38]。
  • 17日 - NHK、「暴力の排除と議会政治の擁護」に関する新聞7紙の共同宣言に合わせて、「暴力と政治」キャンペーン開始[2]。
    • これを受け総合テレビで、『左右の暴力と議会政治』(ラジオ第1と同時)[39]、『学生運動をめぐって』[40]の特別番組を放送[2]。
  • 23日
    • 日米安保条約の批准書交換と岸首相の引退表明で、NHK・民放各社が特別番組を編成[2]。
    • NET系、米NBCテレビ映画『ララミー牧場』放送開始( - 1963年7月11日。出演:ロバート・フラー ほか)[2][41]。解説者には後に同局の『日曜洋画劇場』でも活躍した淀川長治を起用[2]。前年同局で放送を開始した『ローハイド』を凌ぐ大人気番組となり、翌年2月には最高視聴率43.7%を記録[42]、NET初期の看板番組の1つとなった。

7月

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  • 3日 - NET系、視聴者参加型の歌合戦番組『象印歌のタイトルマッチ』放送開始( - 1967年1月1日。象印マホービンの一社提供)[43]。この番組からスポンサーの象印マホービンは、『象印ニュースクイズ パンドラタイムス』が終了する1995年3月19日まで34年9か月に渡り、NET → テレビ朝日の日曜19時台後半の番組枠を一社で提供し続けることとなる。
  • 4日
  • 3日 - NHK総合、『海外取材番組』で「中南米を行く」が放送開始( - 9月29日、全12回)[2]。
  • 9日 - NHK総合、1960年イタリア賞参加作品の2時間ドラマ『敦煌』放送(作:井上靖、出演:仲谷昇・八千草薫 ほか)[2][44]。
  • 14日 - NHK総合、歴史的出来事の現場を再現しその模様を実況で送る、歴史架空実況番組『あの時をここに』放送。第1回は「桶狭間前夜」が放送された[2][45]。
  • 21日 - NHK教育、この年の夏のテレビ・クラブにて、特設番組『テレビろう学校』を放送( - 8月9日、全14回)[46]。翌年の4月15日からは、教育テレビのレギュラー番組となる[2]。
  • 24日 - NHK総合、『国会討論会』の放送がないときの不定期放送として、日本各地のローカル色豊かな話題を軽いタッチでつづる、各局リレーのフィルム番組『日本ところどころ』放送開始。1961度からレギュラー放送となり、同年4月9日から1965年4月4日まで放送され、その後2年間の中断を経て再開し、1967年4月7日から1978年4月2日まで放送された[注 3][2][48]。

8月

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9月

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  • 5日 - NHK、テレビ番組改定。総合・教育併設局での学校放送番組は、すべて教育テレビに移行。 総合テレビは、家庭対象の番組を拡充。平日の放送時間も、総合で50分、教育で30分増加する[2]。
    • 以下、全てNHK総合。
      • 幼児向け番組『おかあさんといっしょ』にて、豚を題材とした着ぐるみ人形劇『ブーフーウー』が放送開始。ブー役は本野摩耶(後に大山のぶ代)、フー役は三輪勝恵、ウー役は黒柳徹子がそれぞれ声を務めた( - 1967年3月28日)[2]。
      • 科学や歴史、その他日常の様々な疑問を子供にわかりやすく解説する、テレビ百科事典とも言うべき子供向け教養番組『ものしりカレンダー』放送開始( - 1961年3月31日)。翌年の4月6日からは番組名を『ものしり博士』に変更( - 1969年4月5日)[2]。
      • SF人形劇『宇宙船シリカ』放送開始( - 1962年3月27日、全227回)[2]。
      • 今迄の『あすへの健康』、『暮らしの科学』など統合し、『茶の間の科学』(第2期)として放送開始( - 1966年4月2日)[2]。
  • 10日 - カラーテレビ本放送開始。各局にて、同開始記念番組が放送される(詳細は、「特別番組『カラー本放送開始記念番組』」を参照)[2][50][51]。但しこの当時、電電公社の同時ネット回線は未だカラー化されていなかったので[注 5]、大阪では回線がカラー化されるまでは、東京キー局のカラー番組はカラービデオテープ送りで対応した番組のみがカラー放送となった。
  • 20日 - KRテレビ(→TBS)系にて、6月19日まで放送された紀行番組『兼高かおる世界飛び歩き』の新シリーズとして、引き続き兼高かおる(ツーリストライター)を起用した『兼高かおる世界の旅』を放送開始。1990年9月30日まで30年続く長寿番組となる。

10月

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11月

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12月

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その他テレビに関する話題

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開局・放送開始(いずれも、カラー放送は未実施)

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琉球放送テレビ(KSAR-TV)放送開始(6月1日。写真は当時の本社屋)

既存局のカラー放送開始(本放送)

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テレビ番組

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テレビドラマ

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NHK
日本テレビ
KRテレビ→TBS
フジテレビ
NETテレビ

子供向けドラマ

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NHK
日本テレビ
KRテレビ→TBS
フジテレビ
NETテレビ

特撮番組

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バラエティ番組など

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ニュース番組

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教育・教養・ドキュメンタリー番組

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特別番組

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  • カラー本放送開始記念番組(全てカラー)
    • 9月10日
    • 12月13日
      • ユア・カラーショー(読売テレビ) - 西日本初のスタジオカラーカメラによる音楽番組[59]

既存番組のカラー化

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年内開始番組を除く

脚注

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注釈

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  1. ↑ 同社は当時ラジオ放送のみ。1969年4月1日からテレビ放送を開始し、テレビ・ラジオ兼営となる。
  2. ↑ 5月4日の特別演奏会の模様は、モノクロのキネレコ映像とステレオ音声テープに収録され、2006年にこれらをシンクロさせて作成した映像ソフトがDVDソフトとして発売された[27]。
  3. ↑ 尚この番組は、1971年10月10日に、NHKの総合テレビの全国番組で一番最後にカラー化された番組で、この番組と同日に『NHKのど自慢』が毎回(それまでは随時)カラー放送になったのを最後に、NHK総合テレビの全国番組の全時間カラー放送化を完了した[47]。
  4. ↑ 放送月日について、『「放送史年表 -詳細版- 1960年」(NHK放送文化研究所)』では8月6日(土曜日)とある[2]が、「NHKクロニクル」の過去番組検索では翌日の8月7日(日曜日)であり(出典を参照)、こちらは『日本の素顔』のレギュラー放送日(毎週日曜日)に合致するので、8月7日とする。
  5. ↑ 1962年6月10日に初めてNHK総合と日本テレビの東京・大阪間の下りのみが北陸廻りルートでカラー化。
  6. 1 2 東京放送が2002年に刊行した「TBS50年史」には、当番組がカラー本放送開始記念番組である旨の記載がある(本編:173~4ページ(モノクロ写真入り)、資料編:332ページ)。しかし、この放送日の新聞朝刊のテレビ欄では、読売新聞が当番組がカラー放送で尚且つ番組紹介記事を僅かに設けていた[50]のに対し、朝日新聞(5ページ)及び毎日新聞の番組表にはカラー表記は一切なく、番組紹介記事もない[51]。
  7. ↑ ちなみに佐々木と西本は後年、フジテレビ『プロ野球ニュース』でキャスター、解説者それぞれで出演することとなる。
  8. ↑ この事件の模様は2インチVTRにて収録されており、生々しい歴史的事件の瞬間であることから、NHKではその模様をビデオテープにて保存している。当時はビデオテープが余りにも高価であり、番組放送終了後は消去して使い回すのが普通であり、報道ニュースでもテレビカメラで撮影してビデオ録画したのは、後でキネレコを使ってフィルムにて保存するのが普通だった。
  9. ↑ VTRの同期信号を自動的に基準同期に合わせる装置。
  10. 1 2 3 4 5 民放でテレビ開局に伴い、テレビ・ラジオ兼営局となった放送局。
  11. ↑ 1967年3月まで放送。1967年4月より東京12チャンネル→テレビ東京へ移行し、2016年12月まで放送された。
  12. 1 2 カラーテレビ実験放送期は、通常の総合・教育の番組をカラーで制作した場合は、初めに通常のモノクロで放送した後で、東京の教育テレビでのカラー実験放送枠の時間帯内でカラーで放送した。
  13. ↑ この番組の場合、カラー本放送前の同実験放送期に於いては、モノクロ放送の翌日にその実験放送の枠内でカラー放送をしている。

出典

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  1. 1 2 3 4 特撮全史 1950-60年代 2017, p. 147, 「テレビ放送の黎明と発展」
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 「放送史年表 -詳細版- 1960年」(NHK放送文化研究所)(2025年4月30日閲覧)
  3. ↑ NHKクロニクル『青年の歩み 「明日をつくる世代」』アナログ教育 1960年01月04日(月) 午後08:30 〜 午後09:00
  4. ↑ NHKクロニクル 放送史『青年の歩み』(2025年6月20日閲覧)
  5. 1 2 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、57,393頁。NDLJP:12276014/139,NDLJP:12276014/475。
  6. ↑ 「山城新伍」『新撰 芸能人物事典 明治~平成』日外アソシエーツ。コトバンクより2025年6月21日閲覧。
  7. ↑ NHKクロニクル『NHK青年の主張コンクール全国大会から』アナログ総合 1960年01月15日(金) 午後02:00 〜 午後02:25
  8. ↑ NHKクロニクル『生活の知恵(127) 「トランジスター」』アナログ総合 1960年02月01日(月) 午後09:30 〜 午後10:00
  9. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'61』日本放送出版協会、1961年、421頁。
  10. ↑ NHKクロニクル カラーテレビ実験放送(東京ローカル) ミューシカル・ショー 「春夏秋冬」(NHKアーカイブスのサイト)
  11. ↑ テレビ「宗教の時間」(公益財団法人 全国青少年教化協議会のサイト)(2025年6月20日閲覧)
  12. ↑ NHKクロニクル『ラルフ・バンチ博士特別講演 ~産経ホールから~』アナログ総合 1960年03月22日(火) 午後02:00 〜 午後03:30
  13. ↑ NHKクロニクル『科学の話題 「テレビジョン」(4) ―光の魔術―(特殊効果)(2)』アナログ教育 1960年03月25日(金) 午後08:00 〜 午後08:30
  14. ↑ 関西テレビ放送株式会社総務局社史編集室 編『関西テレビ放送10年史』関西テレビ放送、1968年12月1日、33, 608頁。NDLJP:12274682/61,NDLJP:12274682/659。
  15. ↑ NHKクロニクル『カラーテレビ実験放送 「春の野外舞踊」~東京国立博物館庭園から~』アナログ教育 1960年03月29日(火) 午後02:30 〜 午後03:00
  16. 1 2 NHKクロニクル 放送史『ママと私たち』(2025年6月21日閲覧)
  17. 1 2 3 4 5 6 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'62』日本放送出版協会、1962年、232-233頁。
  18. ↑ NHKクロニクル「カラーテレビ実験放送 ママと私たち」検索結果
  19. ↑ NHKクロニクル 放送史『自然のアルバム』(2025年6月22日閲覧)
  20. 1 2 NHKクロニクル 放送史『パノラマ劇場』(2025年6月21日閲覧)
  21. ↑ NHKクロニクル「カラーテレビ実験放送 パノラマ劇場」検索結果
  22. ↑ NHKクロニクル 放送史『月下の美剣士』(2025年6月21日閲覧)
  23. ↑ NHKクロニクル『ボストン交響楽団を迎えて 交響曲 第六番 ヘ長調「田園」ベートーヴェン作曲』アナログ総合 1960年05月02日(月) 午後02:00 〜 午後02:45
  24. ↑ NHKクロニクル 検索結果
  25. ↑ NHKクロニクル『ボストン交響楽団特別演奏会 ~NHKホールから~』アナログ総合 1960年05月04日(水) 午後07:30 〜 午後08:40
  26. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'61』日本放送出版協会、1961年、387頁。
  27. ↑ DVD「NHKクラシカルシリーズ シャルル・ミュンシュ/ボストン交響楽団 1960年日本特別演奏会」(NHKエンタープライズ)(2025年6月21日閲覧)
  28. 1 2 毎日放送50年史編纂委員会事務局『毎日放送50年史』毎日放送、2001年9月1日、477頁。
  29. ↑ NHKクロニクル『太平洋沿岸をおそった津波 ~チリ地震津波~ (フィルムニュースほか)』アナログ総合 1960年05月24日(火) 午後02:00 〜 午後02:25
  30. ↑ NHKクロニクル『ニュース特報 (チリ地震津波関係のニュース)』アナログ総合 1960年05月24日(火) 午後05:50 〜 午後06:00
  31. ↑ NHKクロニクル『特別番組 「津波」』アナログ総合 1960年05月24日(火) 午後09:30 〜 午後10:00
  32. ↑ NHKクロニクル『特別番組「この事態をどうみるか」 外務大臣,官房長官,国家公安委員長にきく 浅沼委員長にきく 西尾委員長にきく 大衆行動と良識』アナログ総合 1960年06月10日(金) 午後07:15 〜 午後09:00
  33. ↑ NHKクロニクル『特別番組「ハガチー事件の波紋」―海外の反響―』アナログ総合 1960年06月11日(土) 午後08:30 〜 午後09:00
  34. ↑ NHKクロニクル『特別番組 「国会デモ乱闘事件におもう」』アナログ総合 1960年06月16日(木) 午前07:25 〜 午前07:40
  35. ↑ NHKクロニクル『ニュース特報』アナログ総合 1960年06月16日(木) 午後04:30 〜 午後05:25
  36. ↑ NHKクロニクル『岸首相記者会見 内閣総理大臣 岸信介 ~首相官邸から~』アナログ総合 1960年06月16日(木) 午後05:30 〜 午後06:30
  37. ↑ NHKクロニクル『特別番組 「アイク訪日延期をめぐって」』アナログ総合 1960年06月16日(木) 午後07:30 〜 午後08:15
  38. ↑ NHKクロニクル「1960年6月16日 総合 番組表」
  39. ↑ NHKクロニクル『特別番組 「左右の暴力と議会政治」』アナログ総合 1960年06月17日(金) 午後07:30 〜 午後08:00
  40. ↑ NHKクロニクル『特別番組 「学生運動をめぐって」』アナログ総合 1960年06月17日(金) 午後10:40 〜 午後11:00
  41. ↑ 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、55-56, 393頁。NDLJP:12276014/137,NDLJP:12276014/138,NDLJP:12276014/475。
  42. ↑ 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、56頁。NDLJP:12276014/138。
  43. ↑ 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、393頁。NDLJP:12276014/475。
  44. ↑ NHKクロニクル『ドラマ「敦煌」 ―1960年イタリア賞参加作品―』アナログ総合 1960年07月09日(土) 午後07:30 〜 午後09:30
  45. ↑ NHKクロニクル『あの時をここに 「桶狭間前夜」』アナログ総合 1960年07月14日(木) 午後09:00 〜 午後09:33
  46. ↑ NHKクロニクル「テレビろう学校 1960年」
  47. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'72』日本放送出版協会、1972年、2,38頁。
  48. ↑ NHKクロニクル 放送史『日本ところどころ』(2025年6月22日閲覧)
  49. ↑ NHKクロニクル『日本の素顔 「黄色い手帳」 ―原爆被災者の周辺―』アナログ総合 1960年08月07日(日) 午後10:40 〜 午後11:10
  50. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 読売新聞 1960年9月10日朝刊 P.5 テレビ欄 番組表 及び特集記事『カラー本放送記念プロ』(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
  51. 1 2 3 4 5 6 朝日新聞 1960年9月10日 東京版朝刊P.5 ラジオ・テレビ欄 及び 同日大阪版朝刊 ラジオ・テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  52. 1 2 NHKクロニクル『舞台劇 「京鹿子娘道成寺」』アナログ総合 1960年09月10日(土) 午後08:00 〜 午後08:55(東京・大阪 カラー)
  53. 1 2 3 東京放送『TBS50年史 資料編』東京放送、2002年1月、332頁。
  54. 1 2 東京放送『TBS50年史』東京放送、2002年1月、173-174頁。
  55. ↑ NHK教育テレビ『知るを楽しむ 「個性がプロ野球を救う」』(2005年4月 - 6月、佐々木信也が出演)より
  56. 1 2 関西テレビ放送株式会社総務局社史編集室 編『関西テレビ放送10年史』関西テレビ放送、1968年12月1日、36-37, 610, 612頁。NDLJP:12274682/64,NDLJP:12274682/65,NDLJP:12274682/661,NDLJP:12274682/663。
  57. 1 2 3 4 5 “昭和31年度(第11回)〜昭和40年度(第20回)” (PDF). 文化庁. p. 5. 2017年11月12日閲覧。
  58. 1 2 関西テレビ放送株式会社総務局社史編集室 編『関西テレビ放送10年史』関西テレビ放送、1968年12月1日、36-37, 612頁。NDLJP:12274682/64,NDLJP:12274682/65,NDLJP:12274682/663。
  59. 1 2 讀賣テレビ社史編集委員会 編『近畿の太陽 : 読売テレビ10年史』讀賣テレビ放送、1969年3月21日、284,404頁。NDLJP:12274683/332,NDLJP:12274683/457。
  60. ↑ NHKクロニクル『競馬「有馬記念」レース実況 ~中山競馬場から~』アナログ総合 1960年12月18日(日) 午後03:20 〜 午後03:50
  61. ↑ NHKクロニクル『日ソ男女バレーボール親善試合実況 (女子)全日本 対 全モスクワ ~東京体育館から~』アナログ総合 1960年12月25日(日) 午後01:30 〜 午後03:05
  62. ↑ 読売新聞 1960年11月15日朝刊及び同年12月25日朝刊 共にテレビ欄
  63. ↑ 東京放送 社史編集室『東京放送のあゆみ』東京放送、1965年5月10日、595頁。
  64. ↑ 東京放送『TBS50年史 資料編』東京放送、2002年1月、331頁。
  65. ↑ 日本テレビ放送網(株)『大衆とともに25年. 沿革史』(1978.08) 30ページ (渋沢社史データベース)(2024年11月7日閲覧)
  66. 1 2 秋田放送 会社概要(2025年4月30日閲覧)
  67. ↑ “昭和毎日 - カラーテレビ本放送開始”. 毎日新聞 (1960年9月10日). 2012年1月27日閲覧。
  68. ↑ テレビ朝日「社史」より
  69. ↑ 会社情報 山形放送(2025年4月30日閲覧)
  70. 1 2 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、443頁。NDLJP:11954641/237。
  71. 1 2 3 4 5 6 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、445頁。NDLJP:11954641/238。
  72. 1 2 3 4 5 6 7 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'62』日本放送出版協会、1962年、233頁。
  73. ↑ NHKクロニクル『幼児「できたできた」 「よいあそび・よくないあそび」』アナログ教育 1960年04月05日(火) 午前10:40 〜 午前11:00
  74. ↑ NHKクロニクル『幼児「できたできた」 「えのぐあそび」』アナログ教育 1960年09月13日(火) 午前10:40 〜 午前11:00(東京 カラー)
  75. ↑ NHKクロニクル『幼児「人形劇」 「スピードさるくん」(1)』アナログ教育 1960年04月07日(木) 午前10:40 〜 午前11:00
  76. ↑ NHKクロニクル『幼児「人形劇」 「スピードさるくん」 ―ボートきょうそう―』アナログ教育 1960年09月15日(木) 午前10:40 〜 午前11:00(東京 カラー)
  77. ↑ 幼児「カッちゃん」 「ゆうらんバス」 - NHKクロニクル
  78. ↑ NHKクロニクル「かっちゃん」「すいぞくかん」1960年9月10日放送(東京はカラーの予定)
  79. ↑ 読売新聞 1960年9月10日朝刊 P.5 テレビ欄(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
  80. ↑ 日本放送協会 編『学校放送25年の歩み』日本放送教育協会、1960年11月14日、400頁。NDLJP:2492944/204。
  81. 1 2 朝日新聞1960年9月8日朝刊5ページテレビ欄「カラー番組ご案内 10日からいよいよ本放送」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧) 及び 読売新聞 1960年9月10日朝刊 P.15 特集記事『カラー本放送を迎えたテレビ局の表情』内の「NHKとKR」(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)に記載。)
  82. 1 2 3 4 5 6 朝日放送株式会社 十周年記念誌編集委員会 編『ABC十年』朝日放送、1961年3月15日、88頁。NDLJP:2494225/92。
  83. 1 2 3 4 読売新聞 1960年9月2日朝刊 P.5 「カラー本放送 NTVで記念プロ 10日、午後に連続4時間」(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
  84. ↑ 朝日新聞 1960年1月10日 東京版朝刊P.5 ラジオ・テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  85. ↑ 朝日新聞 1960年1月11日 東京版朝刊P.5 ラジオ・テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  86. ↑ NHKアーカイブス NHKクロニクル「美術教室」
  87. 1 2 3 4 5 朝日新聞 1960年9月8日 東京版朝刊 P.5 ラジオ・テレビ欄記事「カラー番組のご案内」(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  88. ↑ NHKアーカイブス NHKクロニクル
  89. ↑ NHKアーカイブス NHKクロニクル 1960年9月12日「私の秘密」
  90. ↑ NHKアーカイブス NHKクロニクル 1960年9月12日「歌の広場」
  91. ↑ NHKアーカイブス NHKクロニクル 1960年9月13日「お笑い三人組『低姿勢の巻』」
  92. ↑ NHKアーカイブス NHKクロニクル 1960年10月03日放送 「バス通り裏(646)」

参考文献

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など

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