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1961年のラジオ (日本)

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1961年のラジオ (日本)では、1961年の日本のラジオ番組、その他ラジオ界の動向について記す。

主な番組関連の出来事

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1月

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2月

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  • 2日 - NHKラジオ第1、前日(1日)に発生した「嶋中事件」を受け、特別番組『襲われた嶋中中央公論社長邸』を放送[2]。
  • 7日 - NHKラジオ第1、『きょうの問題』で「特集 国会予算シリーズ」が開始( - 2月24日、全15回)[2]。
  • 20日~24日 - NHKラジオ第2、特別教養番組『能と現代』を5日間に渡り放送。[2]

3月

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  • 19日 - NHK、ラジオ第1・第2の立体(ステレオ)放送で、5局リレーによる立体(ステレオ)多元放送 『ステレオで結ぶ北から南まで』を放送。番組内では、東京・大阪・名古屋の3元立体による合唱を放送[2]。
  • 27日 - NHKラジオ第1、1月に米大統領に就任したばかりのケネディ大統領(当時)に、NHKが単独会見をした特別番組『ケネディ米大統領と会見』を放送。翌28日には総合テレビでも放送された[2][3]。
  • 詳細期日不明 - RKB毎日放送、北九州5市合併推進キャンペーン「100万人の都市づくり」の関連番組『あなたの意見は』が放送開始( - 1962年9月)[2]。

4月

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  • 3日 - NHKが番組改編[2]。
    • ラジオ第1
      • 昼間にディスクジョッキー形式によるワイド番組を強化[2]。
      • 5分間の音楽番組『みんなのうた』が、総合テレビと同日に放送開始(2026年7月現在も継続中)。
  • 7日 - NHKラジオ第1・第2、新たな立体(ステレオ)放送のレギュラー番組『夜のステレオ』が放送開始( - 1965年4月3日)[2]。

5月

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6月

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7月

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  • 3日・4日・6日 - NHKラジオ第2、現地報告と座談会による、特別教養番組『日本の消費革命』を3回に渡り放送[2]。

10月

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11月

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  • 2日 - NHKラジオ第2、『教養特集』で「ことばの誕生 うぶ声からことばへ」を放送。以後5年にわたり、対象者5人の音声言語の発達過程を放送した( - 1967年3月19日)[2]。

主なその他ラジオ関連の出来事

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  • 2月26日 - ラジオ新潟が前日(25日)の定時株主総会で、商号を現在の新潟放送(BSN)に変更することが承認され[7][8]、この日から変更された商号および略称の使用を開始[注 3][10]。これを皮切りに、地方のラジオ・テレビ兼営局の同様な商号変更が相次ぐ(#商号変更の項を参照)。
  • 3月10日~8月10日 - RKB毎日放送、毎日新聞社と共同で、北九州5市合併推進キャンペーン「100万人の都市づくり」をラジオ・テレビ双方にて実施[11]。

商号変更

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節目

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番組周年・記念回

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開局周年

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特別番組

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1月放送

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  • 1日 - 立体(ステレオ)放送 『新春ステレオホール』(NHKラジオ第1・第2)[注 1][1]

3月放送

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  • 19日 - 5局リレーによる立体(ステレオ)多元放送 『ステレオで結ぶ北から南まで』(NHKラジオ第1・第2)[2]

5月放送

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  • 3日 - 立体(ステレオ)放送 「ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団立体コンサート」ベートーヴェン作曲 交響曲第9番「合唱」(全曲)(NHKラジオ第1・第2)[注 2][4]

開始番組

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1961年2月放送開始

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TBS

1961年3月放送開始

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RKB毎日放送

1961年4月放送開始

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NHKラジオ第1放送
NHKラジオ第2放送

1961年6月放送開始

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TBS

1961年9月放送開始

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大阪放送(ラジオ大阪)

1961年10月放送開始

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NHKラジオ第1放送
  • 2日
    • 朝のおくりもの[15]
    • キャンデーの冒険[15]
RKB毎日放送・九州朝日放送(モノラル2波を使ったステレオ放送)
  • 1日 - これがステレオだ[5]

1961年11月放送開始

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NHK-FM放送
ニッポン放送

終了番組

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1961年2月放送終了

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文化放送

1961年3月放送終了

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NHKラジオ第1

1961年7月放送終了

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朝日放送

注釈

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  1. 1 2 3部構成となっており、第1部はクラシック音楽で、ヴィルヘルム・シュヒター指揮、NHK交響楽団の演奏による、レスピーギ作曲 交響詩「ローマの松」。第2部は、楠トシエの独演による、「ステレオ・マンガ」(作:保富康午、音楽:富田勲)。丑年にちなむ楽しい話題を基にコント風に構成し、珍しい音でつづる。 第3部はジャズで、三保敬太郎作曲「立体放送のための新作ジャズ組曲」。三拍子、五拍子、七拍子の変わった作品で、渡辺貞夫、宮沢昭を始めとするジャズ・メンや大小のジャズ楽団に、クラシックの弦楽四重奏も加わるという作品。
  2. 1 2 この公演は、同年5月5日に、NHK教育テレビでも放送された。ちなみに、この時の指揮は、フランツ・コンヴィチュニーであった。
  3. 1 2 NHKのホームページ「放送史年表 -詳細版- 1961年」[2]では、定時株主総会での変更の承認日の日付(2月25日)となっており、新潟放送の社史本「新潟放送40年のあゆみ」(1992年 新潟放送刊行)の本文75ページ及び年表の535ページの記述では3月1日となっている[9]が、ここでは新潟日報1961年2月26日朝刊に変更に関しての記事及び広告が明確に出ている(出典を参照)ことから、2月26日としている。この日の新潟日報の朝刊8ページのラジオ・テレビ欄の放送局名も、前日のラジオ新潟から新潟放送に変更されている(新潟日報マイクロフィルム版で閲覧)。

脚注

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  1. 1 2 朝日新聞 1962年1月1日 朝刊 P.5 1月1日ラジオ番組表 及び 番組紹介欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 「放送史年表 -詳細版- 1961年」(NHK放送文化研究所)(2025年6月30日閲覧)
  3. ↑ NHKクロニクル『ケネディ米大統領と会見』アナログ総合 1961年03月28日(火) 午後09:30 〜 午後10:00
  4. 1 2 朝日新聞 1961年5月3日 朝刊 P.5 番組表 及び 番組紹介欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  5. 1 2 RKB毎日放送株式会社社史編纂小委員会 編『放送この十年 RKB毎日放送創立30周年記念』RKB毎日放送、1981年12月15日、190~1頁。NDLJP:12275378/118。
  6. ↑ CD「ウィルヘルム・ケンプ1961年ベートーヴェン・ピアノソナタ全曲 連続演奏会ライヴ<初回限定生産盤>」(タワーレコードのサイト)(2026年9月25日閲覧)
  7. ↑ 新潟放送社史編纂委員会『新潟放送十五年のあゆみ』新潟放送、1967年、613頁。NDLJP:2518084/702。
  8. ↑ 新潟日報 1961年2月26日朝刊 P.7 記事「きょうから「新潟放送」と改称 ラジオ新潟」(新潟日報マイクロフィルム版で閲覧)
  9. ↑ 新潟放送『新潟放送40年のあゆみ』新潟放送、1992年10月15日、75, 535頁。
  10. 1 2 新潟日報 1961年2月26日朝刊 P.4 下部広告「創業10周年を迎えるラジオ新潟の社名がきょうから変わります 株式会社 新潟放送 BSN(Broadcasting System of Niigata)」 及び同P.7 記事「きょうから「新潟放送」と改称 ラジオ新潟」(新潟日報マイクロフィルム版で閲覧)
  11. ↑ RKB毎日放送株式会社社史編纂小委員会 編『放送この十年 RKB毎日放送創立30周年記念』RKB毎日放送、1981年12月15日、190頁。NDLJP:12275378/118。
  12. 1 2 3 『放送五十年史 資料編』, pp. 766.
  13. ↑ 朝日新聞 1961年4月7日 朝刊P.5 テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  14. ↑ 『NHK年鑑1962 No.2』, pp. 73.
  15. 1 2 「NHKニュース」『放送教育』第16巻第7号、日本放送教育協会、1961年10月1日、80頁、NDLJP:2341206/80。
  16. ↑ 朝日新聞 1961年2月26日 朝刊P.5 ラジオ・テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  17. ↑ 『NHK年鑑1962』, pp. 133.

参考文献

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