1963年のラジオ (日本)
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主な番組関連の出来事
[編集]1月
[編集]2月
[編集]- 3日 - TBSラジオ、AFM方式でのAM1波によるステレオ実験放送番組『ラテン・リズムをどうぞ』が放送開始( - 1964年6月28日)。[2]
- 4~8日 - NHKラジオ第2、5日間に渡り、特別教養番組『成人病特集』を放送。[1]
- 14日 - ラジオ関東(後のアール・エフ・ラジオ日本)、開局5周年特別記念番組として、麻薬追放キャンペーン『白い粉の恐怖』が放送開始(全18回)。[1]
- 20~24日 - NHKラジオ第2、『1963年スピードスケート世界選手権大会』を、軽井沢スケートセンターから中継。[1]
3月
[編集]4月
[編集]5月
[編集]- 21日 - ニッポン放送で、日立製作所1社提供の全国ネットの音楽番組『日立ミュージック・イン・ハイフォニック』が放送開始(後に『HITACHI MUSIC IN』に改題)、1986年4月4日まで続く長寿番組となった。
6月
[編集]7月
[編集]8月
[編集]9月
[編集]- 1日 - NHKワールド・ラジオ日本、ジェネラル・サービスを拡充し、全日放送方式確立(1日延べ36時間放送)。[1]
- 2日 - 日本短波放送(後の日経ラジオ社(ラジオNIKKEI))、第2放送を増設・放送開始[1]。これに伴い、大阪の株式市況の放送を開始。
- 12日 - NHKラジオ第1、「松川事件」に於ける検察庁の(再)上告審の判決公判が最高裁判所で行われ、最高裁は検察庁の上告を棄却、被告人全員の無罪が確定。これを受け、特別番組 『松川事件最高裁判決』を総合テレビと同時に、最高裁・松川現場から中継。[1]
- 23日 - 文化放送、池田勇人首相(当時)の東南アジア・大洋州4か国訪問を受け、『南に伸びる経済外交』が放送開始( - 10月5日、全5回)。[1]
10月
[編集]- 13日 - NHKラジオ第1(左)・第2(右)、AMモノラル2波を使った立体(ステレオ)放送で、この年の第18回文化庁芸術祭ラジオ部門参加の立体詩劇『東天紅幻想譜』を放送(作:中沢昭二、音楽:入野義郎、出演:神山繁・北村和夫・芦田伸介 ほか)。一羽の東天紅の死を戦国時代のイメージの中に詩情豊かに展開し、今も昔も変わることのない戦いの非情さを浮きぼりにした作品。同部門の芸術祭賞を受賞。[1][6][7][8]
- 29日 - ニッポン放送(右・制作局)・文化放送(左)、AMモノラル2波を使った立体(ステレオ)放送で、初来日中のベルリン・ドイツ・オペラ公演で、同月23日の東京・日生劇場の杮落し公演『モーツァルト作曲 歌劇「フィガロの結婚」』を放送(指揮:カール・ベーム)。北海道・大阪・名古屋・福岡地域でも2局の民放AMラジオにて同形態の立体放送を実施[1]。ニッポン放送が収録した同公演のステレオ全曲録音は後にCD化された[9]。
11月
[編集]12月
[編集]- 16日 - NHK-FM、東京局がステレオ実験放送を開始[1]、番組を拡充。これを受けレギュラー番組では、『クラシックコンサート』(毎週火・木曜日のみステレオ)、『立体音楽堂』、『魅惑のムード』(毎週土曜のみステレオ)、『午後のレコードコンサート』(毎週日曜日のみステレオ)が各々ステレオ放送となる(『立体音楽堂』は、翌年4月5日までラジオ第1・第2と同時放送、その後はFMステレオのみの放送)。[10]
主なその他ラジオ関連の出来事
[編集]- 5月17~19日 - NHKの東京FM実験局(JOAK-FMX)が、この期間中に行われるNHK放送技術研究所の技研公開にて、現在のFMステレオ方式である「パイロット・トーン方式(AM-FM方式)」によるステレオ試験放送を、毎日2時間半に渡って行う(翌6月の12日にも、当時の皇太子が同研究所を参観した際に、同じくステレオ試験放送を2時間半に渡って行った[11])。
- 6月25日 - FM東海が、現在のFMステレオ方式による、ステレオ実験放送を開始。
- 6月27日 - 電波技術審議会の臨時総会にて、日本のFMステレオ方式を、米と同じ「AM-FM方式」が妥当であると答申、正式決定となる[12]。
- 9月1日 - FM東海が、現在のFMステレオ方式による、ステレオ番組の放送を開始。
- 11月4日 - NHK-FM放送、モノラル放送回線が全国に開通。これを受け、放送時間が全国一斉18時間となる(それまでは東名阪以外は1日15時間だった)[10]。
- 12月16日 - 全国8つのNHK-FM放送実験局が実用化試験局に移行。そのうち東京では初の単一チャンネルによるステレオ放送の運用を開始[10][13]。
開局
[編集]- 4月1日
- ラジオ栃木(現在の栃木放送)[1]
- 茨城放送(現在のLuckyFM茨城放送)[1]
- 9月2日 - 日本短波放送(現在の日経ラジオ社)第2プログラム(現在の愛称は「ラジオNIKKEI第2放送」)
節目
[編集]番組周年・記念回
[編集]開局周年
[編集]特別番組
[編集]開始番組
[編集]1963年1月放送開始
[編集]- STVラジオ
- 6日 - サッポロ1460
- 21日 - おはよう8時です
1963年2月放送開始
[編集]- TBSラジオ
- 3日 - ラテン・リズムをどうぞ(AFM方式でのAM1波によるステレオ実験放送番組)[2]
- ラジオ関東
- 14日 - 白い粉の恐怖
- 琉球放送
- 4日 - 民謡で今日拝なびら
1963年3月放送開始
[編集]- ラジオ関東
- 27日 - 選挙に強くなろう
1963年4月放送開始
[編集]- NHKラジオ第1放送
- NHKラジオ第2放送
- NHKラジオ第1・第2(AMモノラル2波によるステレオ(立体)放送)
- NHK-FM放送
- 1日
- 2日 - クラシック歌曲集[24]
- 6日
- 7日
- 火曜会・文化放送
- 開始日不明 - 9500万人のポピュラーリクエスト
- ラジオ関東
1963年5月放送開始
[編集]- ニッポン放送
- 21日 - 日立ミュージック・イン・ハイフォニック
1963年6月放送開始
[編集]- 中部日本放送(CBCラジオ)
- 3日 - ハイ、今日は! CBCラジオです
- 大阪放送
- 1日 - 今日はふるさとさん
1963年10月放送開始
[編集]- NHK-FM放送
- STVラジオ
- 7日
- 朝のジュークボックス
- ハイ! ダイヤルリクエストです
- STVミッドナイトステーション
- 10日 - マイクドキュメント
- TBSラジオ
- 7日 - この子らに愛の手を
- 毎日放送
- 24日 - 米朝・ハンソン・洋子のリクエストで行こう
1963年11月放送開始
[編集]- NHK-FM放送
- 毎日放送
- 3日 - 私の選んだロシアの歌
1963年12月放送開始
[編集]- NHK-FM放送
終了番組
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 「放送史年表 -詳細版- 1963年」(NHK放送文化研究所)(2026年7月7日閲覧)
- 1 2 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、202,334頁。
- 1 2 3 4 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、176頁。NDLJP:2474361/104。
- 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'67』日本放送出版協会、1967年、142頁。NDLJP:2474364/92。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'75』日本放送出版協会、1975年、69, 122頁。NDLJP:12278194/46,NDLJP:12278194/82。
- 1 2 放送番組センター 放送ライブラリー『立体詩劇 東天紅幻想譜』NHK 1963年10月13日(日)(2026年8月5日閲覧)
- 1 2 “昭和31年度(第11回)〜昭和40年度(第20回)” (PDF). 文化庁. p. 8. 2026年8月5日閲覧。
- 1 2 ラジオドラマ資源:1963年 放送記録『立体詩劇 東天紅幻想譜』(2026年8月5日閲覧)
- ↑ 1989年12月15日発売 CD番号:PCCL-00059(3枚組) 発売元:ポニーキャニオン
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、175頁。NDLJP:2474361/103。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、206頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、173頁。
- ↑ 日本放送協会(編)『放送の五十年 昭和とともに』(日本放送出版協会、1977年)p.341
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 「NHKニュース」『放送教育』第18巻第1号、日本放送教育協会、1963年4月1日、78 - 79頁、NDLJP:2341224/40。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、141頁。NDLJP:2474361/86。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、153頁。NDLJP:2474361/92。
- 1 2 3 『放送五十年史 資料編』, pp. 776.
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、116頁。NDLJP:2474361/74。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、120頁。NDLJP:2474361/76。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、122頁。NDLJP:2474361/77。
- ↑ NHKアーカイブス 放送史『ディスクコンサート』(2026年6月26日閲覧)
- 1 2 3 4 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、174, 176頁。NDLJP:2474361/103,NDLJP:2474361/104。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'66』日本放送出版協会、1966年、139頁。NDLJP:2474363/91。
- 1 2 3 4 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、174頁。NDLJP:2474361/103。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、174~5頁。NDLJP:2474361/103。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'66』日本放送出版協会、1966年、141頁。NDLJP:2474363/92。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'66』日本放送出版協会、1966年、145頁。NDLJP:2474363/94。
- ↑ 「NHKニュース」『放送教育』第18巻第10号、日本放送教育協会、1964年1月1日、52 - 53頁、NDLJP:2341233/27。