1964年のラジオ (日本)
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主な番組関連の出来事
[編集]1月
[編集]2月
[編集]3月
[編集]4月
[編集]6月
[編集]7月
[編集]- 13日 - TBSラジオ系、平日13時から5時間連続のワイド帯番組『オーナー』が放送開始( - 1966年10月1日)。その中の1コーナーで同日から『子ども電話相談室』が設けられ、『オーナー』の終了に伴い単独番組『全国こども電話相談室』として独立、2008年9月28日まで続く、TBSラジオの看板番組の1つとなった[1][8]。
- 19日 - TBSラジオ、『バックグラウンド・ミュージック』が放送開始。2009年3月29日まで続く、TBSラジオの看板番組の1つとなった[9]。
- 25日 - ニッポン放送、ミュージカルファンタジー『星の牧場』を放送[1]。
- 28日 - NHKラジオ第2、『芸術劇場』で「ラジオのための叙事詩・山姥」を放送(作:寺山修司、音楽:杵屋正邦、出演:山本安英・北林谷栄・金内吉男 ほか)。後にこの番組はこの年のイタリア賞に参加、同賞を受賞[1]。
8月
[編集]- 1~25日 - NHKワールド・ラジオ日本、南米向けに『海外移住消息不明者たずね人』の第1回を連日放送[1]。
10月
[編集]- 1日 - 朝日放送(ABCラジオ)、この日、東京⇔新大阪間に東海道新幹線が開通するのに伴い、報道特別番組『「走れ!超特急」東海道新幹線処女列車実況中継』を放送[10]。
- 6日 - NHKラジオ第1、総合テレビと同時に、『第62回IOC総会開会式』を、東京・日生劇場から中継[1]。
- 10〜24日 - 東京オリンピックが開催。開会式・閉会式を含め、競技の模様をNHKと民放各局で連日実況中継[1]。
- 16日 - NHK及び民放各社、ソ連でニキータ・フルシチョフの首相解任で臨時ニュースを放送、特別番組を編成[1]。
- 17日 - NHK及び民放各社、この日の日本時間の午前0時に中国が北京放送を通じて、「中国の核実験(コードネーム「596」)が初めて成功した」という発表を伝えた[11]のを受け、臨時ニュースを放送、特別番組を編成[1]
11月
[編集]12月
[編集]- 31日 - NHKワールド・ラジオ日本、『第15回NHK紅白歌合戦』・『ゆく年くる年』を、ラジオ第1と同時放送。[1]
主なその他ラジオ関連の出来事
[編集]- 1月6日 - 文化放送、東京オリンピック開催の年を迎え、東京美化キャンペーンを実施[1]。
- 2月4日 - NHK-FM放送、大阪と名古屋で、全国放送でのステレオ放送を、事前にパッケージ・テープを送って再生する方法によって開始[注 1][15]。
- 4月1日 - NHKが静岡、岡山、山口、高知でFM放送を開始。さらに静岡と岡山では同時に同ステレオ放送も開始[注 2](山口と高知は5日後の同月6日にステレオ放送を開始[注 3][注 4])[16]。
- 4月6日 - NHK-FMが、札幌、仙台、広島、松山、福岡、熊本の各局にて、全国放送のパッケージ・テープ送りによるステレオ放送を開始。これにより、同テープ送出局(前述および東京・大阪・名古屋の各局)およびそれらからの放送波中継によって、今までステレオ放送が行われていなかった全てのFM局にて、同放送が開始される[注 4]。以降、NHK-FMの新規開局は、この形態を用いて、同時にステレオ放送も開始することとなる(沖縄および奄美地域を除く)[17]。
- 5月1日 - NHKが北九州、長崎でFM放送を開始[注 5][16]。
- 6月1日 - NHKが盛岡、秋田でFM放送を開始[注 6][16]。
- 6月25日 - NHKが旭川でFM放送を開始[注 7][16]。
- 6月28日 - TBSラジオが、AFM方式でのAM1波でのステレオ実験放送を終了[6][7]。
- 7月1日 - NHKが福島、長野、新潟、富山、金沢、松江、宮崎、鹿児島でFM放送を開始[注 8][16]。
- 7月8日 - 東京放送(TBSラジオ)、毎日放送(MBSラジオ)、RKB毎日放送(RKBラジオ)の3社が暫定ラジオネットワーク契約を締結[18]。翌年のJRN(Japan Radio Network)発足へと繋がる。
- 12月24日 - NHKが函館、室蘭、帯広、青森、山形、鳥取でFM放送を開始[注 9][16]。
商号変更
[編集]節目
[編集]番組周年・記念回
[編集]開局周年
[編集]主な放送番組
[編集]開始番組
[編集]1964年1月放送開始
[編集]- 文化放送
- 6日 - 勝ち抜きリクエスト合戦[1]
1964年2月放送開始
[編集]- 文化放送
- 1日 - 中国シリーズ特集[1]
- 10日 - Date with Tom & Dick
- 1日 - シャープと共に
1964年3月放送開始
[編集]- ニッポン放送
- 2日 - わたしはディスクジョッキー[1]
1964年4月放送開始
[編集]- NHKラジオ第1放送
- NHKラジオ第2放送
- NHK-FM放送
- NHKラジオ第2放送・同FM放送の双方
1964年5月放送開始
[編集]- STVラジオ
- 3日 - マイクレポート
- 朝日放送
- 4日 - 交通情報
- 大阪放送(ラジオ大阪)
- 1日 - OBCミュージックナイター
1964年6月放送開始
[編集]- STVラジオ
- 14日 - 家庭の医学
1964年7月放送開始
[編集]- TBSラジオ
- 13日
- 19日 - バックグラウンド・ミュージック[9]
1964年8月放送開始
[編集]- 文化放送
- 開始日不明 - 太陽のほほえみ
1964年10月放送開始
[編集]- NHKラジオ第1放送
- 開始日不明 - 落語百扇
- 近畿放送
- 7日 - 天壇ゴールデンリクエスト
1964年11月放送開始
[編集]- NHKラジオ第1放送
- 開始日不明 - 演芸独演会
- STVラジオ
- 8日 - J・B音楽を
- 大阪放送(ラジオ大阪)
- 1日 - この人と歌謡曲を
NHK番組の放送チャンネルの移行
[編集]終了番組
[編集]1964年3月放送終了
[編集]- NHKラジオ第1放送
- 31日 - 話の泉
1964年4月放送終了
[編集]- NHKラジオ第1放送
1964年6月放送終了
[編集]- TBSラジオ
- 文化放送・ニッポン放送(モノラル2波による立体(ステレオ)放送)
- 19日 - パイオニア・イブニング・ステレオ[5]
特別番組
[編集]- 1月29日~2月9日 - 第9回冬季オリンピック インスブルック大会(NHKラジオ第1放送)[1]
- 2月25日 - 社会報道番組「三原猿騒動始末記」(ラジオ中国)[1]
- 7月25日 - ミュージカルファンタジー「星の牧場」(ニッポン放送)[1]
- 10月1日 - 報道特別番組『「走れ!超特急」東海道新幹線処女列車実況中継』(ABCラジオ)[10]
- 10月6日 - 第62回IOC総会開会式(NHKラジオ第1放送)[1]
- 10月10〜24日 - 東京オリンピック実況中継(NHK・民放各社)[1]
- 11月24日 - ラジオのための幻想的コンポジション「虹の反映」(CBCラジオ。第19回文化庁芸術祭賞(音楽部門)受賞)[1][12]
- 11月26日 - ドラマ「シルバーグレイの空間」(ニッポン放送。第19回文化庁芸術祭賞(ラジオ部門)受賞)[1][12]
参考文献
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 当時はFM放送用のステレオ回線が実用化されていなかったために、両局でステレオ放送を開始するにあたり、それが1978年9月11日に実用化される[13][14]までは、東京から事前に番組のパッケージ・テープを送って放送していた。
- ↑ 静岡局では東京局から、岡山局では大阪局からの各放送波中継にて、ステレオ放送を開始。
- ↑ 山口局は広島局から放送波中継によってステレオ放送を行うため、同局がステレオ放送を開始した4月6日に同時開始。
- 1 2 高知局は当初、パッケージ・テープ送りで、4月6日にステレオ放送を開始。
- ↑ ステレオ放送は、北九州局は福岡局から、長崎局は熊本局からそれぞれ放送波中継により実施。
- ↑ ステレオ放送は、盛岡局は、仙台局からの放送波中継により実施。秋田局は当初、パッケージ・テープ送りでのステレオ放送だったが、山形県の鶴岡FM中継局が翌年(1965年)2月13日に開局したのに伴い、同月(2月)24日からそこからの放送波中継に変更し、仙台局→福島局→山形局→鶴岡中継局→秋田局という中継系統での実施となった。
- ↑ ステレオ放送は、札幌局からの放送波中継により実施。
- ↑ ステレオ放送は、放送波中継では、東京局→長野局(美ヶ原送信所)→新潟局(弥彦送信所)→富山局、熊本局→宮崎局→鹿児島局(翌年(1965年)4月1日に、鹿児島県の阿久根中継局開設に伴い、熊本局→阿久根中継局→鹿児島局→宮崎局にルートを変更)、仙台局→福島局の各中継系統を使って実施。金沢局は、パッケージ・テープ送りにてステレオ放送を開始。松江局は、当初パッケージ・テープ送りでのステレオ放送だったが、翌年(1965年)4月5日に、大阪局→岡山局→岩桶山固定局→松江局の放送波中継に変更。
- ↑ ステレオ放送は、札幌局→函館局→青森局、仙台局→福島局→山形局、松江局→鳥取局の各ルート、および室蘭・帯広の各局は各々直接札幌局からの各放送波中継によって実施。
出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 「放送史年表 -詳細版- 1964年」(NHK放送文化研究所)(2026年7月8日閲覧)
- ↑ 日本放送協会 編『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年10月25日、128頁。NDLJP:2474362/97。
- ↑ NHK新潟放送局『みなさんとともに五十年JOQK』NHK新潟放送局、1982年3月22日、159~168,213頁。
- ↑ 新潟放送『新潟放送40年のあゆみ』新潟放送、1992年10月15日、521頁。
- 1 2 朝日新聞 1964年6月19日 朝刊P.7 テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 3 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、202頁。
- 1 2 3 東京放送 社史編集室『東京放送のあゆみ』東京放送、1965年5月10日、606頁。
- 1 2 3 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、194–195, 336頁。
- 1 2 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、174, 336頁。
- 1 2 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、107,294頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、130, 344頁。NDLJP:2474362/98,NDLJP:2474362/219。
- 1 2 3 4 “昭和31年度(第11回)〜昭和40年度(第20回)” (PDF). 文化庁. p. 9. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ 「放送史年表 -詳細版- 1978年」(NHK放送文化研究所)(2026年7月8日閲覧)
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'79』日本放送出版協会、1979年9月25日、26,210頁。NDLJP:12277989/27,NDLJP:12277989/136。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'64』日本放送出版協会、1964年、54, 206頁。NDLJP:2474361/37NDLJP:2474361/125。
- 1 2 3 4 5 6 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、228頁。NDLJP:2474362/155。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、226,228頁。NDLJP:2474362/154,NDLJP:2474362/155。
- ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、336頁。
- 1 2 3 4 5 6 7 『放送五十年史 資料編』, p. 782.
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、176頁。NDLJP:2474362/121。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、172頁。NDLJP:2474362/119。
- 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、179頁。NDLJP:2474362/122。
- 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、177頁。NDLJP:2474362/121。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、173頁。NDLJP:2474362/119。
- 1 2 3 「NHKニュース」『放送教育』第19巻第1号、日本放送教育協会、1964年4月1日、34 - 35頁、NDLJP:2341236/18。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、173頁。NDLJP:2474362/123。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、190, 192頁。NDLJP:2474362/128,NDLJP:2474362/129。
- ↑ 朝日新聞 1964年4月6日 朝刊P.7 テレビ・ラジオ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- 1 2 3 4 5 6 7 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、191頁。NDLJP:2474362/128。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、192頁。NDLJP:2474362/129。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、190頁。NDLJP:2474362/128。
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'65』日本放送出版協会、1965年、193頁。NDLJP:2474362/129。
- ↑ NHK nenkan - Google Books
- ↑ NHK nenkan - Google Books