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1970年のテレビ (日本)

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1970年のテレビ(1970ねんのテレビ)では、1970年(昭和45年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

主なできごと

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地方の民放UHFテレビ局がこの年10局開局。(「#開局・放送開始」の項を参照)
  • 特に4月1日に開局した8局は全て、今まで民放テレビが1局しか視聴できなかった地方地域が、開局により2局の民放テレビが視聴できるようになった地域である。


NET(当時。後のテレビ朝日)のニュースネットワーク「ANN(オールニッポン・ニュースネットワーク)」が1月1日に結成・発足。
  • 発足当初、加盟局はNETを含め計12局。その後、UHF新局の開局により加盟局が増加する。
  • これに伴い、いままでNETで放映していた『NETニュース(朝日新聞制作)』は、全て『ANNニュース』に変更・統一する。


テレビ番組
この年からは、ほとんどの新番組・特別番組がカラー放送となる(特記がある以外は全部カラー)。
この年と翌年は全国番組の全面カラー化に向けて、モノクロ番組のカラー化が最も顕著な2年となる。
  • この年、4月に日本テレビが、10月にはTBS、フジテレビ、NETがゴールデンタイムの全国ネット番組を全面カラー化。[2]
  • この年から、民放の朝・昼の平日・土曜日の生ワイドショーのカラー化が相次ぐ。1月3日開始の毎日放送・NET系の新番組『八木治郎ショー』を皮切りに、3月にはNET系『奈良和モーニングショー』が、4月にはフジテレビ系の『小川宏ショー』『3時のあなた』が各々レギュラーでのカラー放送を開始、関西テレビ・フジテレビ系の『ハイ!土曜日です』もカラー化された。
  • 年末には、TBS系列『ベルトクイズQ&Q』がカラー放送となったのを契機に、翌年にかけて、民放の平日の正午の時間帯の帯番組のカラー放送化が進む様になる。
  • また、大都市を除く地方のNHKや民放のローカルニュース、ローカル番組のカラー放送開始や、スタジオカラーカメラ、カラー中継車の導入が、この年から相次ぐ様になる。
  • これに伴い、全国ニュース番組内での地方局取材によるモノクロフィルムの割合が(系列によっては大幅に)減り始める。
  • 4月になると、既存の番組に於いて、毎回全国各地域に於いて収録の全国ネット番組では、NHK総合『ふるさとの歌まつり』が4月9日から、TBS系『TWWAプロレス中継』が4月22日から(但し、同年9月30日放送分はモノクロ)、各々毎回カラー放送になった。又、TBS系『家族そろって歌合戦』は4月5日から、各地域の収録時点で、カラー中継車を所有している制作局の回に於いて同放送を開始している。
  • NHK教育テレビでは、4月の新年度から小学校全学年の理科教室のカラー化が完了、他にも『大きくなる子』『うたいましょうききましょう』『おとぎのへや』という幼稚園・小学生向けの番組もカラー化された。
  • 上記を除いては、以下の主なレギュラー番組が年内に毎回カラー放送となる(年内開始番組・特別番組等を除く)
  • 10月現在の在京民放キー局の1日平均のカラー放送時間及び全放送時間に対する比率(NHK年鑑'71 5ページに記載)
  • 日本テレビ:約14時間 約79% [2]
  • TBS:約11時間20分 約57% [2]
  • フジテレビ:約11時間30分 約62% [2]
  • NET:約10時間 約57% [2]
  • 東京12チャンネル:約8時間10分 約51% [2]


音声多重のステレオ実験放送が開始。
  • 8月9日、NHKが総合テレビのクラシック音楽番組『NHKコンサートホール』にて、東京地区のみ、日本初の音声多重ステレオ放送の実験放送を開始。同番組では、同月23日にも東京地区のみでステレオで放送した。


技術
  • NHKが、標準カラーカメラの約50倍の感度を持つ超高感度カラーカメラを導入。12月16日の総合テレビのニュースにて初使用。[5]


番組関係のできごと

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この年からはカラー放送の割合が半分を超える為、特記がない限り、原則カラー放送。

1月

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2月

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  • 4日 - TBS系、今まで『東芝日曜劇場』で単発シリーズドラマとして放送してきた『時間ですよ』が、この日から連続ドラマ番組として放送開始( - 8月26日、全30回。脚本:向田邦子 ほか、演出:久世光彦、出演:森光子・堺正章・悠木千帆(後の樹木希林) ほか)。後にシリーズ化され、高視聴率を維持し続けた[6]。尚、この第1シリーズはモノクロ放送だったが、1971年7月21日開始の第2シリーズからはカラー放送となっている。
  • 11日 - NHK総合がこの日、初の国産衛星「おおすみ」打ち上げの特別番組を4部構成で放送。第1部は『初の国産衛星めざして』[24]、第2部は『成るか初の国産衛星』[25]、第3部は『成功した国産衛星』で同成功の記者会見の模様を[26]、第4部は『成功した日本の人工衛星』[27]とそれぞれ題し放送。第1・2部は東京のNHKスタジオと鹿児島県内之浦・鹿島電波研・沖縄・NASA(ワシントン)を、第3部は内之浦と東京NHKスタジオをそれぞれ結んで放送。尚、番組は第1部がカラー放送、他は全てモノクロ放送だった。[6][28]
  • 16~18日 - NHK総合、朝の生活情報番組『こんにちは奥さん』で、3日間に渡り「母と子の性教育を考える」を放送。[6]
  • 16~20日 - NHK総合、『海外取材番組』で「EXPO '70への道」を5日間に渡って放送。[6]
  • 26日 - NHK総合、『海外取材番組』で「世界と安全保障」が放送開始( - 4月2日、全6回)。[6]

3月

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  • 1日 - NHK総合(及びラジオ第1)、ラジオ第1で1947年7月6日に放送開始した『のど自慢素人演芸会』が、この日を以って終了(モノクロ放送)。翌月12日から、『NHKのど自慢』(モノクロ放送)に改称し、内容・演出を歌中心などに改めて再出発する。[6]
  • 2~6日 - NHK総合、『海外取材番組』で「ひとつの世界」を5日間に渡り放送。[6]
  • 14日 - 日本万国博覧会(大阪万博)開会式をNHK総合・民放全局で生中継。[6]
    • NHK総合では、『世界はひとつ―日本万国博覧会開幕―』を3部構成で9時30分から2時間40分に渡り放送。第1部「オープニング」ではお祭り広場紹介、変り行く地元大阪の表情、万国博の歴史を放送、第2部「これが万国博だ」では各国展示館を紹介、 第3部「式典中継」では開会式の模様をお祭り広場から中継、この部のみ東京・大阪では音声多重2か国語放送を実施した。[6][29]
    • 民放では日本民間放送連盟の制作で、『幕開く日本万国博』(総合司会:黛敏郎)と題して、当時の民放テレビ局全78社(開局前のサービス放送・試験放送を行っている局も含む)が10時30分から3時間に渡り同時生放送を行った。民放テレビ局全局が全く同じ番組を生放送するのは史上初めてである(詳細は、番組の項を参照)。[6][30][31]
  • 16日 - TBS系ナショナル劇場(後のパナソニック ドラマシアター)枠で、加藤剛主演の時代劇『大岡越前』(第1作)がこの日から放送開始( - 9月21日)。『水戸黄門』と共に1999年に終了するまで同枠を代表するシリーズとして親しまれた。
  • 23日 - NET系、『奈良和モーニングショー』が、この日から毎回カラー放送となる[32]。これを機に、民放の平日帯ワイドショー番組のレギュラーでのカラー放送化が進む。
  • 30日
  • 31日 - よど号ハイジャック事件がこの日発生。翌月の5日まで、NHK・民放各局で通常番組を一部休止し、随時ニュース速報や関連の報道特別番組を放送。[6][31]

4月

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この月から、日本テレビ系のゴールデンタイムに於ける全国ネット番組が、原則全面カラー放送となる。[2]

  • 1日
  • 2日 - TBS系で、平岩弓枝脚本のテレビドラマ『ありがとう』の第1シリーズが放送開始( - 10月22日。水前寺清子主演)[6]。1975年まで全4シリーズが制作された。
  • 4日
  • 5日 - フジテレビ系で、独身の芸能人がお見合いをするトーク番組『ラブラブショー』が放送開始( - 1979年9月30日)。これがきっかけで、関口宏と西田佐知子が結婚したのを始め、実際に結婚した芸能人カップルもいた(番組の項目を参照)。
  • 6日 - NHKが番組改定。総合・教育合わせてのカラー放送の時間が1日平均13時間53分となる(前年度末よりも2時間10分増)。[6][40]
  • 8日
    • NHK総合で『日本史探訪』が放送開始[6][43]。歴史番組を定時放送するのはNHK・民放を通じて初となった[44]。
    • NHK教育、幼児向け工作番組『できるかな』が放送開始[45]。初年度は「これは…です」というタイトルで放映され(「…」の部分には、最終的に作るものの輪郭が切り抜きスーパーで表示された)、ゴーくん(原口剛)を中心とした5人のお兄さん・お姉さんが共同で絵や工作をする番組だった[46][47]。翌年度からリニューアルされ、出演者が「ノッポさん」こと高見映(後の高見のっぽ)とキャラクターのペアになる。初代キャラクターはロボットみたいなので1973年度まで活躍(毎回作る物に合わせて名前が変わっている)、1974年度から2代目キャラクターの「ゴン太くん」が登場して番組のスタイルが定着し、1990年3月9日まで放送される長寿番組となった。
  • 12日 - NHK総合(ラジオ第1同時放送)、日曜12時台に放送されていた視聴者参加番組『のど自慢素人演芸会』が、内容・演出を歌中心などに改めて再出発し、『NHKのど自慢』に改題して放送開始[6][48]。当初はモノクロ放送だったが、翌1971年4月から随時カラー放送となり、同年10月10日からは毎回カラー放送となる。以後、NHKの日曜昼の定番看板番組として定着、50年以上続く長寿番組となり、2025年8月現在も継続中。
  • 29日 - NHK総合、1970年代に予想されるさまざまな問題を世界的な視野で取り上げる、マンスリー番組『70年代われらの世界』が放送開始( - 1975年11月27日)。この日の第1回は「若ものたちの道」を放送。[6][49][50]

5月

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  • 1日 - NHK総合、ベトナム戦争で米がカンボジアに介入したことを受け(カンボジア作戦)、レギュラー番組『現代の映像』をこの日はお休みし、特別番組『アメリカのカンボジア介入』を放送(モノクロ)。[6][51][52]
  • 12日 - 瀬戸内海の広島県と愛媛県間で、旅客船を乗っ取った「瀬戸内シージャック事件」が発生。民放の広島テレビ放送・中国放送を中心に各社特別番組を編成。[6]
  • 13日 - NHK総合、関東ローカルの報道番組『カメラリポート』(モノクロ放送)[注 6]で、 車の排気ガスによる鉛公害を告発した「牛込柳町交差点」を放送。[6][54]
  • 27日 - NHK総合『70年代われらの世界』、この日の第2回では、公害問題を扱った『地球管理計画』を放送。ストックホルム(工場公害)・ニューヨーク(ごみ処理)・ロンドン(テムズ河の水質汚染)・富士市 (田子の浦のヘドロ)を結び、海外衛星中継を含んだ4元中継を行った。[6][55][56]
  • 31日 - 日本テレビ系、『NNNドキュメント'70』にて、「安保自動延長の周辺」シリーズが放送開始。[6]

6月

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7月

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8月

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9月

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  • 1日 - NHK総合、防災の日特集として、大地震の実験シミュレーションで巨大都市のぜい弱性を警告した特別番組『マグニチュード7.9』放送。[6][66]
  • 13日 - 日本万国博覧会(大阪万博)閉会式をNHK総合・民放各局で生中継。[6]
    • NHK総合では、『日本万国博閉会式』として生放送。式典部分は東京・大阪は2か国語放送。[6][67]
    • 民放では9時30分から2時間半に渡って、『さよなら日本万国博』を当時の民放テレビ全79社にて同時生放送。[6]
  • 15日 - NHK総合、敬老の日特集で番組『老人パワーは挑戦する』を放送。[6][68]
  • 26日 - NHK総合、『こんにちは奥さん』にて、公正取引委員会の依頼で実態調査を行った、全国地域婦人団体連絡協議会の報告による「カラーテレビと二重価格」を放送。[6]

10月

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この月から、TBS・フジテレビ・NETの民放3系列のゴールデンタイムに於ける全国ネット番組が、原則全面カラー放送となる。[2]

11月

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12月

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  • 1日 - NHK総合、『NHK特派員報告』にて、特集「マスコミと社会」が放送開始( - 12月29日、全5回)。[6]
  • 4日 - NHK総合、『現代の映像』で「チッソ株主総会」を放送。前月28日に開かれた同株主総会にて、弁護士の後藤孝典氏が提唱した「チッソ一株運動」により、水俣病患者と支援者がが株主として東京の株主総会会場に乗り込み、直接企業の責任を追及した歴史的局面で、白装束の患者らが「ご詠歌」を唱えたり、壇上に駆け登って攻め寄る等、企業と激しい対立を起こし、公害の責任を厳しく問う異様な雰囲気の中で、企業の責任が社会的に大きくクローズアップされた模様をドキュメンタリーとして放送。後にこの回は第7回カンヌ中継・ルポルタージュ番組コンクールに参加、特別賞を受賞。[6][75][76]
  • 4・5・11・12日 - NHK総合、『国会中継』で「公害関係法案連合審査」の模様を中継(衆議院が4・5日、参議院が11・12日)。[6]
  • 9〜20日 - NHK総合、第6回アジア競技大会の模様を連日放送。9日の開会式はタイテレビ局の協 力で同競技初の衛星中継を実施[77]。[6][78]
  • 16日 - NHK総合、ニュースの時間に、従来のカラーカメラの約50倍の感度を持つ超高感度カラーカメラを初使用[6]。年内では、同月31日の『ゆく年くる年』の洞海湾周辺と若戸大橋からの中継でも使用。[5]
  • 20日 - 日本テレビ系の演芸番組『笑点』、前田武彦に代わり3代目司会者として、てんぷくトリオの三波伸介が登場。三波は1982年12月に死去するまで12年間にわたって司会を務めた。
  • 28日 - TBS系、『ベルトクイズQ&Q』がこの日からカラー放送となる[79]。これを機に、民放の平日の正午の時間帯の帯番組のカラー放送化が進む。
  • 31日

その他テレビに関する話題

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静岡放送新社屋稼働開始
(5月5日)

開局

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*はこの開局により、今まで民放テレビが1局しか視聴できなかったのが2局になった地域。

周年

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番組

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開局・放送開始

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記念回

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視聴率

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(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

報道

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  1. ニュース(NHK総合、4月3日 7:00-8:12)46.2%
  2. スタジオ102(NHK総合、4月1日)44.6%
  3. ニュース(NHK総合、7月6日 7:00-7:20)43.1%
  4. 特番・よど号の乗客帰る(NHK総合、4月3日 19:30-21:30)43.0%
  5. 7時のニュース(NHK総合、4月3日)40.9%
  6. カメラリポート(NHK総合、4月1日)40.8%
  7. 特番・帰ってきたよど号(NHK総合、4月5日)40.2%
  8. ニュース(NHK総合、4月3日 8:30-8:45)39.6%
  9. JNNフラッシュニュース(TBS、12月5日)39.6%
  10. 第25回原爆慰霊平和祈念式典(NHK総合、8月6日)37.9%

スポーツ

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  1. プロボクシング世界フェザー級タイトルマッチ「西城正三×ゴトフリー・スチーブンス」(日本テレビ、2月8日)46.3%
  2. プロボクシング「小林弘×西城正三」(日本テレビ、12月3日)45.3%
  3. 世界フェザー級タイトルマッチ「ジョニー・ファメション×ファイティング原田」(フジテレビ、1月16日)41.6%
  4. サンデーワールドボクシング(日本テレビ、7月5日)38.6%

バラエティ・歌番組

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  1. 第21回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)77.0%
  2. 8時だョ!全員集合(TBS、12月26日)45.7%

テレビドラマ

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  1. 連続テレビ小説 信子とおばあちゃん(NHK総合、4月3日)46.8%
  2. 連続テレビ小説 虹(NHK総合、7月7日・12月18日)42.1%
  3. ザ・ガードマン(TBS、9月18日)39.9%
  4. サインはV(TBS、5月24日)39.3%
  5. 時間ですよ(TBS、8月19日)36.2%

テレビ番組

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この年からは、新番組のほとんどがカラーの為、モノクロの場合のみそれを記す。

テレビドラマ

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NHK

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日本テレビ

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TBS

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フジテレビ

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NET

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東京12チャンネル

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子供向けドラマ

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NHK

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日本テレビ

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TBS

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フジテレビ

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NET

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東京12チャンネル

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テレビアニメ

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特撮番組

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報道・情報番組

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バラエティ番組

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演芸番組

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クイズ番組

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音楽番組

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スポーツ番組

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旅・紀行番組

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教養・ドキュメンタリー番組

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特別番組

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  • 21世紀への挑戦 ―ボールディング教授にきく―(NHK総合、東京・大阪は2か国語放送)[104]
  • 公開座談会「情報と日常生活」(NHK総合、東京・大阪は2か国語放送)[105]

映画番組

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日本万国博覧会(大阪万博)関連番組

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「日本万国博覧会#テレビ・ラジオにおける大阪万博」の項も参照。

開会式(3月14日)

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  • 世界はひとつ ―日本万国博覧会開幕― (第3部の開会式典のみ東京・大阪は2か国語)(NHK総合)[6][29]
  • 幕開く日本万国博(当時の民放テレビ局全局)- 日本民間放送連盟制作。民放テレビ局全局史上初の同時生中継番組(詳細は、番組の項を参照)。[6][30]

開催中

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NHK総合
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  • 花ひらく万国博 - 万博の各パビリオンを紹介する番組。[106][107]。
  • ナショナルデーへの招待 - 参加国の催しを紹介する番組。[106][108][109]
  • 万国博アワー - 会場とスタジオを結び、ゲストのインタビューなどを織り込みながら万博の話題を伝えた番組。[106][109]
  • 万国博と結ぶ - 万博会場の電気通信館と日本各地を結ぶ二元中継番組。[106][110][109]
  • 万国博の話題 - 万博の1週間の出来事を伝えた番組[106][110]。日曜放送分は東京・大阪に限り2か国語放送が行われた[111]。
毎日放送(当時NET系)
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  • おはよう万国博[106]
  • 万国博情報[106]
  • 万国博トピックス[106]
  • 万国博ウィークリー[106]
  • 万国博ニュース[106]
朝日放送(当時TBS系)
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関西テレビ(フジテレビ系)
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よみうりテレビ(日本テレビ系)
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  • ミセスのエキスポ[106]
  • 万国博メモ[106]
  • EXPO招待席 - 日本テレビ系全国ネット番組[106]
  • 万国博だより[106]

閉会式(9月13日)

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  • 日本万国博閉会式(閉会式典のみ東京・大阪は2か国語)(NHK総合)[6][67]
  • さよなら日本万国博(当時の民放テレビ局全局)[6]

単発特別番組枠

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既存番組のカラー化

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年内開始番組を除く

ローカルニュースのカラー化

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兼カラーフィルムによる報道取材開始
フィルム取材を除くスタジオの顔出しや写真・テロップ等のみカラー化。

全てNHKの地方局

参考文献

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など

脚注

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注釈

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  1. 1 2 3 ちなみに日本テレビ制作版は、1968年4月1日からカラー化されている。[3][4]
  2. ↑ 日本テレビ系の『木曜スペシャル』とは無関係。なお厳密には、初期3回(1月15日まで)は正式タイトルがなかった。
  3. ↑ 1972年12月までは参天製薬の一社提供で、冠スポンサー名『サンテ』が着いていた。
  4. ↑ 出典にある1981年日本民間放送連盟刊行の「民間放送三十年史」の546ページでは、10人と記載されている。
  5. ↑ 但し、JNN協定適用外である『読売・朝日・毎日3社ニュース』は、引き続きモノクロ放送だった。
  6. ↑ 同番組は、翌1971年度(4月)からカラー放送となっている。[53]
  7. ↑ 「放送史年表 -詳細版- 1970年」(NHK放送文化研究所)では7月26日放送開始と明記されているが[6]、ここでは出典にある放送番組センターの放送ライブラリーの記載に従って明記しておく。
  8. ↑ ただし1978年は、フジテレビが結成した女子プロ野球チーム「ニューヤンキース」宣伝のため、ニューヤンキースの試合をメインにした単発枠『土曜グランドスペシャル』で放送された。
  9. ↑ これは当時としては同局の歴代最高視聴率でもあったが、その後、翌1971年2月28日の『プロボクシング 世界フェザー級タイトルマッチ 西城正三×フランキー・クロフォード』で34.9%を記録し更新、更に1993年10月28日の『ワールドカップサッカーアジア地区最終予選 日本×イラク』(俗称「ドーハの悲劇」)で48.1%に更新され、これが2026年2月時点で、同局の歴代最高視聴率となっている(「テレビ東京#視聴率」の項を参照)。
  10. ↑ 朝日放送(当時TBS系)・山陽放送・中国放送・RKB毎日放送・大分放送(以上TBS系)・南海放送(日本テレビ系)の計6社
  11. 1 2 スタート当初の正式タイトルは、『六輔さすらいの旅・遠くへ行きたい』だった。また、当初は日本国有鉄道(国鉄、後のJRグループ)の一社提供番組だった。
  12. ↑ 発足時の加盟局は以下の12局。NET、毎日放送、名古屋放送、北海道テレビ放送、九州朝日放送、青森テレビ、テレビ岩手、新潟総合テレビ、岡山放送、瀬戸内海放送、テレビ熊本、鹿児島テレビ放送。その後、新規のUHF局として開局した際に福島中央テレビ等が加盟した。
  13. 1 2 但し、公開番組でカラー中継車が導入されていない地方局からの中継の場合はモノクロ放送。
  14. ↑ 丹下健三による設計。
  15. ↑ 1975年10月の東日本放送開局にともない日本テレビ系フルネット局となる。
  16. ↑ 日付は局の公式発表による。この日は月曜日で、10月の改変編成の初日に当たる。ちなみに、9月末~10月初めの当時の朝日新聞朝刊テレビ欄番組表では、実際には、10月1日に全面カラー化している。(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  17. ↑ 当時の新聞を見ると、事実上の開局日の様な形で、一部番組の中国放送・広島テレビからの移行、新規放送開始や開局記念イベントを行っている上、本放送並みの全日編成を組んでいた。[88]
  18. ↑ NHK年鑑 '71で、146ページの『連続ドラマ(銀河ドラマ)』の放送表の同作品には大阪局制作の表示はなかったものの、352ページの大阪中央放送局・同管内局の活動報告の項目内の「テレビ・ラジオ番組」の「芸能」欄には同作品が大阪局の制作と明記されている。
  19. ↑ NHK年鑑 '71で、146ページの『連続ドラマ(銀河ドラマ)』の放送表の同作品には名古屋局制作の表示はなかったものの、362ページの名古屋中央放送局・同管内局の活動報告の項目内の「テレビ・ラジオ番組」の「芸能」欄には同作品が名古屋局の制作と明記されている。
  20. ↑ 翌1971年の第2シリーズからカラー放送。
  21. ↑ 前2作の『おとぎマンガカレンダー』と『ものしり大学 あしたのカレンダー』は、横山隆一主催の「おとぎプロ」で製作された。
  22. ↑ 4月12日、モノクロで開始。10月11日からカラー放送。
  23. ↑ 各地の公開収録にて、カラー中継車が未導入の局の地域での収録回はモノクロ放送。
  24. ↑ 4月4日、モノクロで開始。10月3日からカラー放送。[39]
  25. ↑ 放映された番組回の一部は、放送番組センターの放送ライブラリーにて閲覧できる。[103]
  26. ↑ 朝日新聞 1970年10月4日 朝刊では、当時同時ネット局である東京12チャンネルはカラー(東京版 P.13 テレビ欄)であるのに対し、制作局である毎日放送はモノクロ(大阪版 P.13 テレビ欄)。1970年10月11日 朝刊では、毎日放送及び東京12チャンネル共にカラーである(東京版 P.13 大阪版 P.11 いずれもテレビ欄)(以上、朝日新聞クロスサーチにて閲覧)。他紙の大阪版では、朝日新聞と同様に毎日新聞も、10月4日付朝刊テレビ欄ではカラー印が付いていない一方、同日付サンケイ新聞と読売新聞ではカラーと表記されている。

出典

[編集]
  1. 1 2 全局高世帯視聴率番組50(株式会社 ビデオリサーチのサイト)(2025年7月28日閲覧)
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、5頁。
  3. 1 2 3 キューピー3分クッキングの歴史(キューピーの番組公式サイト)(2024年4月16日閲覧)
  4. ↑ 朝日新聞東京版 1968年4月1日 朝刊 P.9 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチで閲覧)
  5. 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、42, 209頁。NDLJP:12277804/36.NDLJP:12277804/135。
  6. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 「放送史年表 -詳細版- 1970年」(NHK放送文化研究所)(2025年7月16日閲覧)
  7. ↑ NHKクロニクル『万国博の年明ける ~万国博会場,東京,名古屋,北海道,北九州,鹿児島を結んで~』アナログ総合 1970年01月01日(木) 午前08:00 〜 午前09:30
  8. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'70』日本放送出版協会、1970年、154頁。NDLJP:2525970/105。
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  147. 1 2 3 4 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、240, 358頁。
  148. ↑ 石川テレビ放送『石川テレビの50年 停波事故を乗り越えて』石川テレビ放送、2019年4月25日、82頁。
  149. 1 2 3 4 5 6 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、240, 395頁。
  150. 1 2 3 4 5 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、240, 386頁。
  151. 1 2 3 4 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、240, 371頁。
  152. 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、240, 403頁。
  153. 1 2 3 4 5 6 7 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、240頁。
  154. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'71』日本放送出版協会、1971年、240, 356頁。
  155. ↑ NHK nenkan - Google Books
  156. ↑ Nihon hōsō nenkan - Google Books
  157. ↑ Nihon hōsō nenkan - Google Books
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