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1973年のテレビ (日本)

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1973年のテレビ(1973ねんのテレビ)では、1973年(昭和48年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

主なできごと

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東京12チャンネル(後のテレビ東京)、被免許者及び運営会社が変更。

東京12チャンネルの運営が、10月31日付で「日本科学技術振興財団テレビ事業本部」の免許期限により閉局し、新たに11月1日付で「株式会社東京十二チャンネル」への新規免許により開局。それまで同社はの同局の番組を制作する会社「株式会社東京十二チャンネルプロダクション」として運営しており、運営変更に伴う新規免許に当り、10月24日に「株式会社東京十二チャンネル」に会社名を変更している。放送設備等は被免許者の変更に伴い、全て新会社が引き継いだ。


開局


中京地方、テレビ系列整理が完了。

4月1日、名古屋テレビ放送がNET=ANN系列、中京テレビ放送がNTV=NNN・NNS系列に各々一本化したことで、同地方に於いての「複合ネット」が解消され、東海地区の4系列4局によるフルネット化が完了(後述)。


12月、在京キー局と新聞社とがそれぞれ保有する株式の整理が実施

これにより、日本テレビ(NTV)=読売新聞、TBS=毎日新聞、フジテレビ=サンケイ新聞、日本教育テレビ(NET)=朝日新聞、東京12チャンネル=日本経済新聞の形による「新聞・放送」の株式単一化が進められた。これが契機で、後に大阪準キー局のネットチェンジへと発展する(当時TBS系の朝日放送とNET系の毎日放送が各々のキー局系列を交換、1975年3月31日に実施)。


6月20日、NHK放送センターの隣に新しいNHKホールが開場。

3601の総座席数を持ち、NHKのテレビ・ラジオ番組の公開放送等を始め、音楽コンサート、演劇舞台等の多目的ホールとして活用される。当ホールでは、ベルリンのカール・シュッケ社製のパイプオルガンも設置された(完成当時日本最大のパイプオルガンであった)。


第四次中東戦争勃発、それに伴う第1次オイルショック発生に伴い、各局ニュース報道・特集を始め、放送時間短縮の動きも始まる。


全面カラー化への動き

東京のキー局4局(日本テレビ、TBS、フジテレビ、NET(一部の学校放送番組を除く))が、番組の全面カラー化を完了(過去の再放送や、故意の場合等を除く)。


テレビ番組


その他

NHK、カラーテレビ受像機の普及を最優先方針としたこと等から、音声多重放送の実験放送を12月9日に終了(後述)。以後同放送は、1978年9月28日の日本テレビの実用化試験放送開始まで行われなかった。

番組関係のできごと

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1月

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  • 1~3日 - NHK総合、正月3が日に渡り、年始特集『新春討論 - 日本を考える』を放送。1日は「世界の中でどう生きるか」、2日は「東京中心 主義は変えられるか」、3日は「成人になるために何が必要か」をテーマに討論を繰り広げた。[1]
  • 2日 - 関東・関西・東海の広域圏内のUHFテレビ8社[注 1]と放送番組センターの共同企画によるドキュメンタリー番組『名作のふるさと』放送開始。[1]
  • 3日 - NHK総合、『海外取材番組』で「アジアの自然」が放送開始( - 2月14日、全4回)。[1]
  • 7日 - NHK総合、大河ドラマ第11作『国盗り物語』(主演:平幹二朗)放送開始( - 12月23日、全51回)。[1]
  • 14日 - 日本テレビ系、米NBC制作のエルビス・プレスリーのライブ中継『アロハ・フロム・ハワイ』を、ハワイのホノルル・インターナショナル・センター・アリーナ(後のブレイズデル・センター)からアジアとオセアニアの視聴者に向けて衛星生中継するに当り、その公演の模様を日本テレビ開局20周年記念特別番組『エルビス・プレスリー・ショー』として生放送[1]、視聴率37.8%を記録[2]。このコンサートは、後の録画での放送を含め、世界38カ国で放送、視聴者数は10億人以上と言われている[2](「アロハ・フロム・ハワイ」の項も参照)。[注 2]
  • 24~28日 - ベトナム戦争に於ける停戦合意・パリ協定締結に伴い、NHK総合・民放各社が特別番組を放送。
    • NHK総合では、24日に特別番組『ニクソン大統領演説』『ベトナム停戦合意』『レ・ドク・ト、キッシンジャー記者会見』、25日に『べトナム和平と日本』、27日に『べトナム和平協定調印式』、28日に『ベトナムリポート- 停戦・その時』を始め、この期間中に様々な関連番組を放送。[1]
    • 民放ではこの期間中、24日には東京12チャンネル『ベトナム和平なる』、日本テレビ系『11PM』では「ベトナム戦争終る」と題して放送、27日にはTBS系で『ベトナム和平正式調印』等、様々な関連番組を放送。[1]

2月

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3月

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  • 7日 - NHK総合、テレビ放送開始20周年記念番組として、吉永小百合のリポートによる『国境のない伝記』放送開始( - 3月28日、全4回)。[1]
  • 13日 - いずれもNHK総合
    • 夜7時のニュースで、上野駅からの中継にて、池上通信機製のSECカメラの10倍の感度を持つ超高感度「3SIT」カラーカメラを初めて使用。[1]
    • この日、「上尾事件」が発生したのを受け、特別番組『大混乱まねいた“ 順法”闘争』を放送。[1][4]
  • 19日 - NHK総合、放送記念祭特集として『巨大開発 ―ドキュメンタリー― ~青森県上北郡六ケ所村~』を放送。[1][5]
  • 20日 - NHK総合・民放各局、熊本水俣病第一次訴訟の第1審判決が9時30分から熊本地方裁判所で言い渡されるのを受け、特別番組や通常番組内での特別枠を設けるなどして放送。[1]
    • NHK総合では、9時から1時間半に渡り特別番組『水俣病裁判判決』を熊本地裁からラジオ第1と同時に中継[6]、21時15分からは特別番組『水俣判決と公害対策』を放送[7]。[1]
    • TBS・JNN系列は、9時30分からJNN報道特別番組『水俣病に判決下る』を53分間に渡り放送。同番組内では熊本地裁の他に水俣市からも中継した。尚、系列の熊本放送が当時1台しかないカラーテレビ中継車を熊本地裁に出していた為、水俣市からの中継は同系列の南日本放送が鹿児島から同中継車を出動させて協力した。[8]
    • 日本テレビ・フジテレビ・NETの各系列は、テレビ熊本を中心に制作体制を敷いて福岡の各系列のテレビ局が協力して放送した(日本テレビ系は福岡放送、フジテレビ系はテレビ西日本、NET系は九州朝日放送)。[9]
  • 22日 - NHK総合、『70年代われらの世界』で「放送と社会 ―情報化時代への動き―」を放送。[1][10]
  • 24日 - NHK総合、『テレビ討論』で「ひる休み2時間論」を、東京・広島・仙台・富山を結んで多元放送。[1][11]
  • 27日 - NHK総合、特別番組『大都市改造をどうする』を放送。田中角栄・黒川紀章・緒方彰が出演。[1][12]
  • 30・31日 - NHK教育、『教養特集』(モノクロ)で「性教育を考える」で2日間に渡り放送。30日は「日本人と性」[13]、31日は「学校教育の役割」[14]を放送。[1]

4月

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5月

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6月

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7月

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8月

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  • 3日 - NET系、平日正午のワイドショー『アフタヌーンショー』にて、1966年1月31日から司会を7年半務めた桂小金治がこの日の放送で卒業。翌週6日からは俳優・山田吾一が新司会となるも、10月26日の放送をもってわずか3ヶ月で降板してしまう。急遽、当時NETアナウンサーだった馬場雅夫を新司会に迎え、翌1974年3月1日に降板するまで務めた。
  • 4日 - NHK総合、夏恒例の『第5回思い出のメロディー』を、この年竣工したばかりのNHKホール(渋谷区神南)から初めて公開生放送。司会は宮田輝(当時:NHKアナウンサー、この年の紅白白組司会)。
  • 5〜12日 - NHK総合・民放各社が原爆・終戦関連番組を放送。
    • NHK総合では28年前(1945年)に広島に原爆が投下された6日に、原爆乙女25人の28年の軌跡を描いたドキュメンタリー『傷痕(きずあと)』を放送[27]。これは後に、モンテカルロ国際テレビ祭に於いてシルバーニンフ賞を受賞。[1]
    • 民放では、5・12の両日に日本テレビ系で『にっぽんレポート・いつ還る北方領土』を、6日は東京12チャンネルで『ヒロシマ・28 年目の再会』を、12日にはTBS系で『ドキュメンタリー・27年目のTOKYO』、フジテレビ系で『戦後28年・日本人は何をしたか』、NET系で『世界に生きる・ああ祖国・テキサスの戦争花嫁』をそれぞれ放送。[1]
  • 7・14・21・28日 - NHK総合、経済番組『1億人の経済』で「都市問題を考える」と題し、長野県軽井沢町で開設された緑陰講座の模様を4週に渡り放送[1]。7日は「都市は生きている」[28]、14日は「都市政策に科学を」[29]、21日は「地方都市のめざすもの」[30]、28日は「都市を経営する」[31]をそれぞれ放送。
  • 13日 - NHK総合、特別番組『星空の散歩』を放送。京都大学の飛騨天文台の天体望遠鏡がとらえた宇宙の姿を、この1月に開発されたばかりの、月明かりで撮像できる超高感度カラーテレビカメラ(池上通信機製 型番:SK-307 米RCA製SIT採用。後述)を使って放送。[1][32]
  • 25日 - NHK総合、朝鮮民主主義人民共和国の国立平壌マンスデ芸術団の東京文化会館での訪日公演を録画した特別番組『革命歌劇「花を売る乙女」』を放送。[1][33]
  • 27日 - この日、2つの地方民放局が青少年がテーマの海外取材番組を放送。山陽放送では『この目でみたアメリカ・派遣中学生の記録』を、高知放送では『豊かなる旅路・青年の船 (マニラ・香港)』をそれぞれ放送。[1]
  • 27〜29日 - NHK総合、3日間に渡り緊急海外取材特別番組『食糧危機と日本』を放送。27日はセネガル・インド・インドネシアで取材をした「飢える世界」を[34]、28日はアメリカで取材した「輸出規制の背景 ―アメリカの悩み―」を[35]、29日はオーストラリア,セネガル,インドネシアで取材した「安定確保への道」[36]をそれぞれ放送。[1]

9月

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10月

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11月

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12月

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  • 3日 - 日本テレビ系、『月曜スター劇場』枠で宇津井健主演のテレビドラマ『たんぽぽ』(第1シリーズ) [注 10]が放送開始( - 1974年5月6日。全22回)。1978年10月まで全5シリーズ制作された同局の看板ドラマとなった。
  • 10日 - NHK総合、『ニュース特集』で「「中東和平と石油」―シリア外相・アブダビ国務相にきく―」を放送。[1][50]
  • 10・11日 - NHK総合、特別番組『史上最強のゴルファー ジャック・ニクラウス』を2夜に渡って放送[1]。10日は「勝利への道」[51]、11日は「私のゴルフ」[52]と題して放送。
  • 31日
    • TBS系、『第15回日本レコード大賞』放送。大賞は五木ひろしの「夜空」。
    • NHK総合、『第24回NHK紅白歌合戦』放送。紅白歌合戦はこの年からNHKホールにて行われるようになる[1]。なお、白組司会の宮田輝は翌年NHKを退局したため、この回が最後の『紅白』出演となった。
    • 一方でこの年『紅白』を出場辞退した美空ひばりが、『紅白』の裏番組として、NET系で放送の冠特番『美空ひばりワンマンショー』(23:00 - 23:45[注 11])に出演。以来1977年まで5年間にわたりNET(→テレビ朝日)のひばりの大晦日恒例特番が放送されるようになる[53]。

その他テレビに関する話題

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奈良テレビ放送(4月1日開局)
奈良テレビ放送(4月1日開局)
NHKホール(6月20日竣工)
NHKホール(6月20日竣工)
NHK放送センター(8月稼働開始)
NHK放送センター(8月稼働開始)

開局・放送開始

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  • 2月17日 - NHK岐阜放送局の総合テレビ[1][54][55]
  • 3月3日 - NHK津放送局の総合テレビ[1][55][56]
  • 4月1日 - 奈良テレビ放送[57]
  • 11月1日 - 東京12チャンネル (株式会社運営の一般局として) 日本科学技術振興財団が運営していたテレビ事業本部「東京12チャンネル(科学テレビ)」を、これまで財団の番組を制作してきた「東京十二チャンネルプロダクション」(10月24日に「東京十二チャンネル」に社名変更)が、施設や資産を引き継いだ。しかし免許に関しては郵政省によるチャンネルプランの変更(10月19日。京浜地区の民放教育専門局用(第10と第12チャンネル)を廃止し、改めて民放総合局用(同一)を割り当てる)もあり財団が科学技術教育局として申請していたのを取り下げ、東京十二チャンネル側に一般局としての免許が付与された。よって「財団テレビ局が10月31日に廃局。11月1日に12チャンネル開局」という形である。

周年

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番組

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開局・放送開始

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記念回

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視聴率

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(関東地区、ビデオリサーチ調べ)

報道

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  1. スタジオ102(NHK総合、4月25日)44.4%
  2. 首都圏交通情報[注 21](NHK総合、4月27日 8:05-8:12)44.1%
  3. 首都圏交通情報[注 21](NHK総合、4月27日 7:20-7:35)44.0%
  4. 報道番組(ドバイ日航機ハイジャック事件、国会会期再延長)(NHK総合、7月24日)43.6%
  5. ニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)43.2%
  6. ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)43.0%
  7. カメラリポート(NHK総合、11月30日)42.6%
  8. ニュース(NHK総合、4月27日 7:00-7:35)41.7%
  9. JNNフラッシュニュース(TBS、4月7日)41.6%
  10. 報道番組(日航ジャンボ機乗っ取り事件他)(NHK総合、7月23日)41.5%

スポーツ

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  1. プロボクシング世界ジュニア・ミドル級タイトルマッチ「輪島功一×ミゲル・デ・オリベイラ」(フジテレビ、1月9日)42.0%

バラエティー

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  1. 第24回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)75.8%
  2. 8時だョ!全員集合(TBS、4月7日)50.5%
  3. 第4回輝け!日本歌謡大賞(日本テレビ、11月20日)47.4%
  4. '73新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月1日)44.1%
  5. 1973年度輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)44.1%

ドラマ

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  1. ありがとう・最終回(TBS、1月18日)55.2%
  2. 連続テレビ小説 北の家族(NHK総合、11月10日)51.7%
  3. 連続テレビ小説 藍より青く(NHK総合、3月5日)50.2%
  4. ゆびきり(TBS、1月25日)49.8%
  5. 水戸黄門 第4部(TBS、5月28日)35.4%
  6. 水戸黄門 第4部(TBS、6月4日)35.4%

テレビ番組

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テレビドラマ

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NHK

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日本テレビ系

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TBS系

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フジテレビ系

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NET系

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子供向けドラマ

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NHK

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日本テレビ系

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TBS系

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フジテレビ系

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NET系

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テレビアニメ

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特撮番組

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報道・情報番組

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バラエティ番組

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クイズ番組

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音楽番組

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教養・ドキュメンタリー番組

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料理番組

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単発特別番組枠

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特別番組

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既存番組のカラー化

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年内開始番組を除く

  • 中学生の数学(NHK教育)- (1972年度である)3月までは年間の約半分の回数がカラー放送[76]、1973年度に入る4月からは毎回カラー放送[77]。
  • たのしいきょうしつ(NHK教育)- 高学年向けが4月からカラー化[78]。これにより、既に1971年4月からカラー化した低学年向け[79]を含め、番組の全面カラー化が完了。
  • おはよう!フジテレビです(フジテレビ) - 10月14日から[43]。これにより、フジテレビの全番組のカラー化が完了(過去の再放送や故意の演出の場合等を除く)。

ローカルニュースのカラー化

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兼カラーフィルムによる報道取材開始

脚注

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注釈

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  1. ↑ 関東の千葉テレビ放送・テレビ神奈川(TVKテレビ)・群馬テレビ、関西の近畿放送(当時、後の京都放送)・サンテレビ・びわ湖放送、東海の岐阜放送と三重テレビ放送の計8社。
  2. ↑ このライブ公演の模様は、2日前の公開リハーサルを含め、後に音楽・映像ソフト化され、2023年には「50周年記念デラックス・エディション」と冠したCDとブルーレイによるコンプリート版も発売されている[3]。
  3. ↑ ただし1978年は女子プロ野球チーム「ニューヤンキース」宣伝のため、『土曜グランドスペシャル』で2回放送。また1980年は放送せず。
  4. ↑ OPクレジットは「曲亭馬琴」。
  5. ↑ 1973年10月から1975年9月の間は牛乳石鹸共進社一社提供のため、『シャボン玉歌まね合戦スターに挑戦!!』と改題。その後も牛乳石鹸はシリーズ終了まで筆頭スポンサーを務める。
  6. ↑ 1973年10月から1974年3月には『マチャアキのシャカリキ大放送!!』、1975年4月から9月には『カックラキン大放送!!(第1期)』をつなぎ番組として放送。
  7. ↑ 1986年10月より『ミュージックステーション』(2019年10月より21時枠へ移動)の放送開始にともない放送時間を移動、以後も度々枠移動を繰り返し2020年現在は30分枠に短縮、深夜に放送されている。なお、2020年4月よりBS朝日で『ワールドプロレスリングリターンズ』のタイトルで金曜20時枠で放送開始されている。
  8. ↑ この東京文化会館での来日公演の模様は、同時にFM放送用にもステレオで録音され、2000年にCDで初発売された[24]が、放送用ビデオ・マスターテープは残っていない。当時放送用VTRは2インチVTRの時代で、生テープも当時1時間10万円もする程高価な為、NHK・民放共にそれでの保存価値がない限り、放送終了後はマスターテープは消去して、他の番組に使い回すのが原則であった。
  9. ↑ 翌1974年4月1日より司会に復帰。
  10. ↑ 橋田壽賀子脚本によるテレビドラマ。1971年7月から1975年4月まで放映された池内淳子主演の『つくし誰の子』シリーズと同じく「月曜スター劇場」を支えたテレビドラマシリーズとなった。主演の宇津井健はこの作品が橋田壽賀子作品初出演であった。
  11. ↑ 『ゆく年くる年』(この年はNETが制作を担当)の前に放送。
  12. ↑ 初代はアニメーションを使用したもので、1975年まで放映された(実写となるのは1976年の2代目からであり、2021年現在は9代目である)。
  13. ↑ 同番組が日立グループ全社提供となったのにともなう(それまでは日立製作所による一社提供だった)。
  14. ↑ 2021年現在は『日立 世界・ふしぎ発見!』(TBS系)の番組内で放映されている。
  15. ↑ NHK年鑑'74の「年誌」の40ページでは、同年12月9日の項目に「テレビ音声多重実験放送おわる(大阪12月9日、東京12月10日)」と記載されている。又、NHKクロニクルでは、12月9日の19時のニュースでは「東京・大阪2ヶ国語実験放送」と明記されているのに対し、翌日の同番組及び同日の総合テレビの番組表の全番組共に2ヶ国語の明記がない。以上のことから、ここでは実験放送の終了を12月9日としている。
  16. ↑ ちなみに日本のテレビ放送は、1977年10月3日、NHK教育テレビ(Eテレ)を最後に、過去の再放送や故意の演出等の場合を除き、全面カラー化を完了している。[71]
  17. ↑ この年は第24回(ただしテレビ放送としては20周年)。なお、この年からNHKホールでの開催となる。
  18. ↑ 中部日本放送版はこれよりも早く1962年12月3日に開始したため、1972年で10周年となった。
  19. ↑ 『みんなの招待席』1コーナー時代からの通算。
  20. ↑ 前週開始したばかりの『仮面ライダーV3』第2話「ダブルライダーの遺言状」で達成。
  21. 1 2 当時発生した首都圏国電暴動の影響にともなう。
  22. ↑ 当初は関西ローカルでスタート。2年8ヵ月後にはNET→テレビ朝日系列の全国ネット番組となる。
  23. ↑ 前年10月、関西ローカルの深夜番組『ナイトパンチ』木曜日版の内包コーナーとしてスタートしたのが人気を得たため、30分番組として独立。1年後、フジテレビ系列の全国ネット番組となった。
  24. ↑ 同公演に於いては、9月23日で総合テレビで放送されたヴェルディ作曲 歌劇『椿姫』がステレオ対応のVTRで収録・放送された(ステレオ放送は東京地区のみ)[74]

出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 「放送史年表 -詳細版- 1973年」(NHK放送文化研究所)(2025年8月2日閲覧)
  2. 1 2 CDソフト「アロハ・フロム・ハワイ」(1999年1月8日、BMGビクター(当時、後にソニーミュージックへ移行)から発売。CD番号:BVCM-31011)のライナー・ノーツに記載。
  3. ↑ ソニーミュージック 2023年8月11日付「全世界で衛星TV中継されたエルヴィス・プレスリーの歴史的コンサートの模様を収録した『アロハ・フロム・ハワイ』の50周年記念デラックス・エディションが本日発売!」(2025年8月2日閲覧)
  4. ↑ NHKクロニクル『大混乱まねいた“順法”闘争』アナログ総合 1973年03月13日(火) 午後09:15 〜 午後09:59
  5. ↑ NHKクロニクル『巨大開発 ―ドキュメンタリー― ~青森県上北郡六ケ所村~』アナログ総合 1973年03月19日(月) 午後10:15 〜 午後11:00
  6. ↑ NHKクロニクル『水俣病裁判判決』アナログ総合 1973年03月20日(火) 午前09:00 〜 午前10:30
  7. ↑ NHKクロニクル『水俣判決と公害対策』アナログ総合 1973年03月20日(火) 午後09:15 〜 午後09:59
  8. ↑ 熊本放送『熊本放送20年史』株式会社 熊本放送、1973年10月1日、246, 269頁。NDLJP:12274611/151,NDLJP:12274611/162。
  9. ↑ 熊本放送『熊本放送20年史』株式会社 熊本放送、1973年10月1日、246頁。NDLJP:12274611/151。
  10. ↑ NHKクロニクル『70年代われらの世界 「放送と社会」 ―情報化時代への動き―』アナログ総合 1973年03月22日(木) 午後07:30 〜 午後08:59
  11. ↑ NHKクロニクル『テレビ討論 「ひる休み2時間論」 ~東京,広島,仙台,富山を結んで~』アナログ総合 1973年03月24日(土) 午後10:00 〜 午後10:45
  12. ↑ NHKクロニクル『特別番組「大都市改造をどうする」』アナログ総合 1973年03月27日(火) 午後07:30 〜 午後08:29
  13. ↑ NHKクロニクル『教養特集 「性教育を考える」(1) ―日本人と性―』アナログ教育 1973年03月30日(金) 午後08:00 〜 午後09:00
  14. ↑ NHKクロニクル『教養特集 「性教育を考える」(2) ―学校教育の役割―』アナログ教育 1973年03月31日(土) 午後08:00 〜 午後09:00
  15. 1 2 3 4 5 6 7 日本民間放送連盟(編)「試行と胎動と試練の年 テレビ」『月刊民放』第3巻第12号、日本民間放送連盟、1973年12月15日、18 - 21頁、NDLJP:3470893/10。
  16. ↑ JJサニー千葉『千葉流 サムライへの道』ぶんか社、2010年、20 - 29頁。ISBN 4821142694。
  17. ↑ NHKクロニクル『天平の甍』アナログ総合 1973年04月29日(日) 午前10:00 〜 午前10:29
  18. ↑ NHKクロニクル『友好の土俵 ―訪中大相撲の記録―』アナログ総合 1973年04月30日(月) 午後02:30 〜 午後03:15
  19. ↑ NHKクロニクル『平等の旗の下に ―松本治一郎の生涯―』アナログ総合 1973年05月03日(木) 午後09:30 〜 午後09:59
  20. ↑ NHKクロニクル『揺れるホワイトハウス ―ウォーターゲート事件公聴会の記録―』アナログ総合 1973年05月29日(火) 午後11:10 〜 1973年05月30日(水) 午前00:00
  21. ↑ 読売新聞 1973年5月30日 朝刊 P.11 テレビ欄 番組表(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
  22. ↑ NHKクロニクル『NHKコンサートホール 交響曲 第5番 ニ短調 作品47 ショスタコーヴィチ作曲 舞踊音楽「レイモンダ」から間奏曲 グラズノフ作曲』管弦楽:レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 指揮:エウゲニ・ムラヴィンスキー アナログ総合 1973年05月31日(木) 午後10:15 〜 午後11:10
  23. ↑ NHKクロニクル『NHKコンサートホール 1.交響曲 第4番 変ロ長調 作品60 ベートーベン作曲 2.交響詩「ババ・ヤガー」リャードフ作曲』管弦楽:レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 指揮:エウゲニ・ムラヴィンスキー アナログ総合 1973年09月20日(木) 午後10:15 〜 午後11:00
  24. ↑ 「ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル 73年来日公演 SACDシングルレイヤー2枚セット限定数発売!」(タワー・レコード・オンラインのサイト)(2026年2月25日閲覧)
  25. ↑ NHKクロニクル『選択の時代 ―第1回世界環境デー―』アナログ総合 1973年06月05日(火) 午後09:30 〜 午後10:14
  26. ↑ NHKクロニクル『あすへの記録 「空白の110秒」 ―日航機ニューデリー事故―』アナログ総合 1973年06月15日(金) 午後10:15 〜 午後10:45
  27. ↑ NHKクロニクル『傷痕』アナログ総合 1973年08月06日(月) 午後10:15 〜 午後11:14
  28. ↑ NHKクロニクル『1億人の経済 緑陰講座 「都市問題を考える」(1)―都市は生きている―』アナログ総合 1973年08月07日(火) 午後10:15 〜 午後10:50
  29. ↑ NHKクロニクル『1億人の経済 緑陰講座「都市問題を考える」(2)―都市政策に科学を―』アナログ総合 1973年08月14日(火) 午後10:15 〜 午後10:50
  30. ↑ NHKクロニクル『1億人の経済 緑陰講座 「都市問題を考える」(3)―地方都市のめざすもの―』アナログ総合 1973年08月21日(火) 午後10:15 〜 午後10:50
  31. ↑ NHKクロニクル『1億人の経済 緑陰講座 「都市問題を考える」(4)―都市を経営する―』アナログ総合 1973年08月28日(火) 午後10:15 〜 午後10:50
  32. ↑ NHKクロニクル『星空の散歩』アナログ総合 1973年08月13日(月) 午後07:30 〜 午後07:59
  33. ↑ NHKクロニクル『革命歌劇「花を売る乙女」 朝鮮民主主義人民共和国 国立平壌マンスデ芸術団 ~東京文化会館で録画~』アナログ総合 1973年08月25日(土) 午後02:10 〜 午後04:00
  34. ↑ NHKクロニクル『食糧危機と日本(1) 「飢える世界」 (セネガル・インド・インドネシア)』アナログ総合 1973年08月27日(月) 午後07:30 〜 午後07:59
  35. ↑ NHKクロニクル『食糧危機と日本(2) 「輸出規制の背景」 ―アメリカの悩み―』アナログ総合 1973年08月28日(火) 午後07:30 〜 午後07:59
  36. ↑ NHKクロニクル『食糧危機と日本(3) 「安定確保への道」 (オーストラリア,セネガル,インドネシア)』アナログ総合 1973年08月29日(水) 午後07:30 〜 午後07:59
  37. ↑ NHKクロニクル『ニュース特集「新段階を迎えた金大中氏事件」』アナログ総合 1973年09月06日(木) 午後09:30 〜 午後09:59
  38. ↑ NHKクロニクル『長沼ナイキ訴訟判決』アナログ総合 1973年09月07日(金) 午前09:40 〜 午前10:30
  39. ↑ NHKクロニクル『自衛隊に違憲判決 ―長沼ナイキ訴訟―』アナログ総合 1973年09月07日(金) 午後09:15 〜 午後09:59
  40. ↑ NHKクロニクル『ドキュメンタリー 「18年」 ―森永ミルク中毒被害者たち―』アナログ総合 1973年09月14日(金) 午後07:30 〜 午後07:59
  41. ↑ NHKクロニクル『第1回NHK新人浪曲コンクール』アナログ総合 1973年09月15日(土) 午後01:50 〜 午後03:20
  42. ↑ NHKクロニクル『「第4次中東戦争」「日ソ首脳会談始まる」』アナログ総合 1973年10月08日(月) 午後09:15 〜 午後09:59
  43. 1 2 読売新聞 1973年10月14日 朝刊 P.11 テレビ欄 番組表(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
  44. ↑ NHKクロニクル『全日本空手道選手権大会 「個人戦」―準決勝――決勝― 「団体戦」―決勝―』アナログ教育 1973年10月21日(日) 午後04:30 〜 午後05:30
  45. ↑ NHKクロニクル『こんにちは奥さん 「紙不足はどうなる」』アナログ総合 1973年10月31日(水) 午前08:45 〜 午前09:39
  46. ↑ 日本放送協会 (2023年4月30日). “トイレットペーパーはなぜ消えた? | NHK | WEB特集”. NHKニュース. 2026年2月25日閲覧。
  47. ↑ NHKクロニクル『森永ミルク中毒事件判決』アナログ総合 1973年11月28日(水) 午前09:30 〜 午前10:00
  48. ↑ NHKクロニクル『ニュースの窓 「森永ミルク中毒事件」判決~品質とは何か~』アナログ総合 1973年11月28日(水) 午後01:40 〜 午後01:54
  49. ↑ NHKクロニクル『ニュース特集「森永ミルク中毒事件に判決」』アナログ総合 1973年11月28日(水) 午後09:30 〜 午後09:59
  50. ↑ NHKクロニクル『ニュース特集 「中東和平と石油」―シリア外相・アブダビ国務相にきく―』アナログ総合 1973年12月10日(月) 午後09:30 〜 午後09:59
  51. ↑ NHKクロニクル『史上最強のゴルファー ジャック・ニクラウス(1) 「勝利への道」』アナログ総合 1973年12月10日(月) 午後10:15 〜 午後11:00
  52. ↑ NHKクロニクル『史上最強のゴルファージャック・ニクラウス(2) 「私のゴルフ」』アナログ総合 1973年12月11日(火) 午後10:15 〜 午後11:00
  53. 1 2 美空ひばり | BS朝日
  54. 1 2 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'73』日本放送出版協会、1973年、224~5頁。NDLJP:12278192/132。
  55. 1 2 3 4 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、81頁。NDLJP:12277285/52。
  56. 1 2 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'73』日本放送出版協会、1973年、46, 224~5頁。NDLJP:12278192/38,NDLJP:12278192/132。
  57. 1 2 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(1973年4月)」『月刊民放』第3巻1973年6月号(25)、日本民間放送連盟、コーケン出版、1973年6月15日、45頁、NDLJP:3470887/24。
  58. ↑ 日立の樹オンライン
  59. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、20, 81頁。NDLJP:12277285/22,NDLJP:12277285/52。
  60. ↑ 『NHK年鑑'74』, p. 7,26.
  61. ↑ 『NHK年鑑'74』, p. 28,52.
  62. ↑ 『NHK年鑑'74』, p. 28.
  63. ↑ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、211頁。NDLJP:11954641/118。
  64. ↑ 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(1973年10月)」『月刊民放』第3巻第12号、日本民間放送連盟、1973年12月15日、47頁、NDLJP:3470893/24。
  65. 1 2 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(1973年11月)」『月刊民放』第4巻第1号、日本民間放送連盟、1974年1月15日、55頁、NDLJP:3470894/28。
  66. 1 2 3 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、2,36頁。
  67. ↑ 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、201,410頁。NDLJP:12276014/283,NDLJP:12276014/492。
  68. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、37頁。
  69. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、40頁。
  70. ↑ NHKクロニクル「『ニュース<東京・大阪2ヶ国語実験放送>』 アナログ総合 1973年12月09日(日) 午後07:00 〜 午後07:20」
  71. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'78』日本放送出版協会、1978年、28頁。
  72. ↑ 「放送史年表 -詳細版- 1974年」(NHK放送文化研究所)(2026年7月20日閲覧)
  73. ↑ 番組表検索結果「スタジオからこんにちは」NHKクロニクル NHKアーカイブス、2020年12月11日閲覧
  74. ↑ NHKクロニクル「NHKイタリア歌劇公演 歌劇『椿姫』(ヴェルディ作曲) 1973年9月23日
  75. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'75』日本放送出版協会、1975年、66頁。
  76. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'73』日本放送出版協会、1973年、83~4頁。
  77. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、112頁。
  78. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、115頁。
  79. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'72』日本放送出版協会、1972年、119, 182頁。
  80. ↑ サガテレビ「会社案内」会社沿革(2025年9月25日閲覧)

参考文献

[編集]

など

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