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1974年のテレビ (日本)

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1974年のテレビ(1974ねんのテレビ)では、1974年(昭和49年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

主なできごと

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オイルショックにより、深夜の放送自粛や、NHKの平日昼間の放送休止が実施。

前年(1973年)暮れの第4次中東戦争をきっかけとした第1次オイルショックの結果、石油価格が暴騰し国全体で「資源節約」が大きなテーマとなった。このため年初めの1月16日に、電気事業法に基づき電力使用制限令が出されたことを受け、NHKの全テレビ放送では平日昼間を放送休止とし(9月6日(金曜日)まで。但し、甲子園球場での高校野球開催期間中は、雨天順延の場合を除き休止を行わず中継をした。)、更にNHK及び民放共に放送時間終了を早め、深夜放送を自粛することとなった。又、このオイルショックの影響で、前年NHK渋谷放送センターへの本部拠点集約を完了したNHKは、超緊縮予算によるリストラ決行という事態を招く程の打撃となった。


4月、在京民放5社に対する全国紙5社の資本系列化が完成。これを受け11月19日、朝日放送と毎日放送が系列キー局交換に合意。

4月、日本テレビ = 読売新聞、TBS = 毎日新聞、フジテレビ = 産経(サンケイ)新聞、日本教育テレビ(NETテレビ、後のテレビ朝日) = 朝日新聞、東京12チャンネル(後のテレビ東京)= 日本経済新聞の資本系列化が完成。これに伴い、テレビジョン放送開始以来の懸案事項となっていた、民放資本に関する東阪間の腸捻転状態解消に向け動き出し、遂に準キー局となる大阪にて、朝日放送と毎日放送が各々系列キー局を翌1975年の3月31日から交換、朝日放送 = NET(ANN系)、毎日放送 = TBS(JNN系)にすることを11月19日に、東阪の4社間で基本合意した。


4月1日、日本教育テレビ(NETテレビ、後のテレビ朝日)をキーステーションとするANNが正式発足。


「きちがい」「発狂」が放送禁止用語になる。

5月28日、NET系の時代劇『新・荒野の素浪人』で第22話「くノ一情話」が放送。この劇中の台詞の一部分にあった「きちがい」に対して、大阪府精神障害者家族連合会(大家連)が「家族は萎縮し、患者にショックを与える」等の医学的な根拠を理由に、この番組を大阪でネットしていた毎日放送に抗議(これをきっかけに大家連は、テレビ・ラジオを一日中モニターする体制を整え、NHK・民放を問わず大阪の各放送局に対し繰り返し抗議するなど激しい行動を行った)。その後毎日放送は謝罪、同年8月には自社のスタジオに「きちがいというコトバは禁句」の掲示板を常設することになった。この流れはその後在阪局は基より、日本の放送業界全体に及ぼす様になった(「精神障害者家族会#「きちがい」の用語使用抗議」の項目も参照)[注 1]。


番組


番組関係の出来事

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1月

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2月

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3月

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志村けん銅像
ザ・ドリフターズの荒井注が脱退、志村けんが加入(3月。写真は東村山駅前に建立された志村の銅像)

4月

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5月

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  • 1日 - NHK総合、『歴史ドキュメント「上野」』を放送[32]。第1回メーデー・関東大震災・戦災の3つの記録フィルムと現場中継で構成。[4]
  • 3日 - NHK総合、『長時間討論「日本の教育はどうあるべきか」』を放送。番組には文部政務次官・政党代表・日教組委員長 ほかが出演。[4][33]
  • 6日 - テレビ神奈川、ワイドショー番組『暮らしのワイド・リビングポート』で、手話通訳を取り入れた特別番組「ふれあいを求めて」を放送。[4]
  • 8日 - NHK総合、『海外取材番組』で「発展途上国の10代」が放送開始( - 6月12日、全6回)。[4]
  • 9日 - NHK総合・民放各社、「伊豆半島沖地震」発生を受け、速報を始めとするニュースや関連の特別番組を放送。[4]
  • 12日 - NHK総合、ドキュメンタリー特別番組『モナリザの旅 ―フィルム構成―』を放送。ルーブル美術館の至宝モナ・リザが、4月20日から6月10日まで東京国立博物館で公開されるのを受け、日本への輸送の苦心、1911年の盗難事件、大戦中の疎開エピソードなど、フランスのパリ、イタリアのフィレンツェとビンチ、及び国内の東京・伊丹・舞鶴を取材し、モナ・リザが現代の人々に問いかける意味を探った。[4][34][35]
  • 13・14日 - NHK総合、2日間に渡り、『政治の課題と野党の責務』をラジオ第1と同時放送。番組名の題目をテーマに草柳大蔵が、主要野党の委員長にインタビューをした。13日は日本社会党 成田知巳と日本共産党 宮本顕治[36]、14日は公明党 竹入義勝と民社党 春日一幸の各委員長(いずれも当時)が出演した[37]。[4]
  • 26日 - NHK総合、『芸術劇場』で、前日にNHKが主催して東京で行われた、ハネス・ケストナーのオルガン演奏会を放送。[4][38]
  • 28日 - NET系、時代劇『新・荒野の素浪人』で第22話「くノ一情話」が放送。この劇中の台詞の一部分にあった「きちがい」に対して、大阪府精神障害者家族連合会(大家連)が「家族は萎縮し、患者にショックを与える」等の医学的な根拠を理由に、この番組を大阪でネットしていた毎日放送に抗議(これをきっかけに大家連は、テレビ・ラジオを一日中モニターする体制を整え、NHK・民放を問わず大阪の各放送局に対し繰り返し抗議するなど激しい行動を行った)。その後毎日放送は謝罪し、同年8月には自社の千里丘放送センターのスタジオ内に「きちがいというコトバは禁句」の掲示板を常設することになった[39]。その後在阪局は基より、日本の放送業界全体で「きちがい」「発狂」が放送禁止用語になっていく様になる(「精神障害者家族会#「きちがい」の用語使用抗議」の項目も参照)[注 1]。
  • 30日 - NHK総合、特別番組『刑法と市民生活 ―法制審答申をめぐって―』を放送。[4][40]

6月

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  • 3日、東京12チャンネル、「月曜スポーツスペシャル」枠で、3月にTBSでの放送が打ち切られた国際プロレスの後楽園ホール大会を生中継。これが3ヶ月後のレギュラー放送再開につながる。
  • 18・28日 - 近畿放送(放送当時、後に京都放送に局名を変更)、『あなたの時間です』で、日本のテレビとして初の中国西安市の取材記録を2回に分けて放送。[4]
  • 19日 - NHK総合、『海外取材番組』で「民族と音楽 - 地中海編」が放送開始( - 8月14日、全8回)。[4]
  • 29日 - 東海テレビ、ドキュメンタリー番組『昭和49年春 大澤村』を放送。後にこの年の第29回芸術祭のテレビ・ドキュメンタリー部門に参加、同部門の大賞を受賞。[4][41][42]

7月

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8月

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9月

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10月

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11月

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12月

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その他テレビに関する話題

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テレビ和歌山(4月1日開局)
1月
  • 10日 - NHK教育テレビ、放送開始から15周年を迎えた。
  • 16日 - 電気事業法に基づき電力使用制限令が出されたことから、NHKは総合・教育に加えて、当時東阪で行っていたUHF実験局で、平日昼間と全日深夜(23時から翌6時まで)の放送休止に踏み切り、テレビ放送時間の臨時短縮を実施(第1次臨時編成措置)[4][47]。民放各社もこれに準じて前後の時期に深夜の終了時間を早めた[48]。
3月
  • 5日 - フジテレビ系・FNSに加盟している九州・沖縄地区8社[注 16](クロスネットも含む)による共同事業体「FNS九州」が発足する。[4]
4月
8月
  • 26日 - 日本テレビ・TBS・NETの3社が、北京常駐特派員に関する覚書を交換。各社が1年交代で3社代表の資格で記者を派遣。[4]
9月
  • 9日(月曜日) - NHK、平日昼間の放送休止を取りやめ、テレビ放送時間の臨時短縮措置を緩和[4][49](尚、夜の放送終了時刻は引き続き同じ)。
10月
  • 唯一夜のスポットタイムが4分だった東京12チャンネルが、この月より5分に拡大、全在京広域局の夜のスポットタイムが5分となる。
11月
12月

開局

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周年

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番組

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放送開始20周年
放送開始15周年
放送開始10周年
放送開始5周年

放送局・放送開始

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1月1日
放送開始15周年 - 長崎放送テレビジョン
1月10日
放送開始15周年 - NHK東京教育テレビジョン (JOAB-TV)
2月1日
開局15周年 - 日本教育テレビ
3月1日
3月3日
開局15周年 - 日本海テレビジョン放送
4月1日
4月12日
開局10周年 - 東京12チャンネル
5月1日
開局5周年 - サンテレビジョン
9月1日
放送開始15周年 - 岩手放送テレビジョン
10月1日
11月1日
開局15周年 - 沖縄テレビ放送
12月1日
開局5周年 - 青森テレビ、テレビ岩手、三重テレビ放送
12月10日
開局5周年 - テレビ愛媛
12月15日
放送開始15周年 - 山陰放送テレビジョン
12月20日
放送開始15周年 - 山梨放送テレビジョン

記念回

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視聴率

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(関東地区、ビデオリサーチ調べ)

ニュース・報道

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  1. ニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)- 46.6%
  2. ニュース(NHK総合、9月2日 7:00-7:20)- 46.1%
  3. 小野田さん帰国(NHK総合、3月12日 16:15-17:21)- 45.4%
  4. ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)- 45.4%
  5. ニュース(NHK総合、7月8日 8:30-8:35)- 44.3%
  6. 首都圏交通スト情報(NHK総合、11月19日 8:01-8:11)- 44.0%
  7. カメラリポート(NHK総合、3月11日)- 43.5%
  8. 首都圏交通スト情報(NHK総合、4月10日 7:15-7:35)- 42.3%
  9. 日航機ハイジャック事件関連(NHK総合、3月12日 17:21-17:28)- 42.0%

スポーツ

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  1. 火曜ワイドスペシャル 世界J・ミドル級タイトルマッチ「輪島功一×ミゲル・デ・オリベイラ」(フジテレビ、2月5日)- 47.5%
  2. ダイヤモンドグローブ プロボクシング世界J・ミドル級タイトルマッチ「輪島功一×ショットガン・アルバラード」(フジテレビ、6月4日)- 43.4%

バラエティ・歌番組

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  1. 第25回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)- 74.8%
  2. '74新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月1日)- 46.9%
  3. 1974年度輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)- 45.7%
  4. '74輝け!日本歌謡大賞(NETテレビ、11月26日)- 45.3%
  5. 8時だョ!全員集合(TBS、1月12日)- 44.7%

ドラマ

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  1. 連続テレビ小説 鳩子の海(NHK総合、11月30日)- 52.8%
  2. 連続テレビ小説 北の家族(NHK総合、3月1日)- 51.8%
  3. ありがとう・最終回(TBS、4月25日)- 40.7%
  4. 時間ですよ(TBS、10月16日)- 32.4%
  5. 太陽にほえろ!(日本テレビ、8月30日)- 32.1%

テレビ番組

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テレビドラマ

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NHK

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日本テレビ

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TBS系

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フジテレビ系

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NET系

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東京12チャンネル

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子供向けドラマ

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TBS系

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フジテレビ系

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NET系

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東京12チャンネル

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テレビアニメ

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日本テレビ
TBS
フジテレビ
NET
東京12チャンネル
その他

特撮番組

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日本テレビ
TBS
フジテレビ
NET

報道・情報番組

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バラエティ番組

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クイズ番組

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音楽番組

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トーク番組

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教養・ドキュメンタリー番組

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料理番組

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スポーツ番組

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単発特別番組枠

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特別番組

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既存番組のカラー化

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全てNHK教育テレビで、全て4月からカラー化

参考文献

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脚注

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注釈

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  1. 1 2 同言葉が放送禁止用語になった後では、それ以前にそれらが使われた過去のドラマや番組等の放送や回想等の際には、「現在では不適切な表現がありますが、当時のまま放送します。」とのお断りを入れている。例として、TBS系の特撮ドラマ『ウルトラセブン』第8話「狙われた街」(1967年11月19日初放送)、同第38話「勇気ある戦い」(1968年6月23日初放送)等がある。
  2. ↑ やらせリンチ事件による番組打ち切り。
  3. ↑ それから1年半後、1987年3月 - 10月に放送された『新・アフタヌーンショー』の司会も務めた。
  4. ↑ 志村はそれまでドリフの付き人を務めていた他マックボンボンとして活動した時期もあり、当時のオープニングのクレジットには「見習い 志村けん」と記載されていた。
  5. ↑ ただしフジテレビの火曜日は、20:00 - 21:25に『火曜ワイドスペシャル』を編成している関係上、19:30 - 21:25となる。
  6. ↑ 朝丘は舞台公演の関係で出演できない日も多く、大抵は三波・芳村体制であった。
  7. ↑ 番組終了から34年後の2015年4月18日よりBS-TBSで『Seiko presents Sound Inn "S"』として放送開始。
  8. ↑ 番組終了後の腸捻転解消とともに毎日放送から朝日放送(ABC、後の朝日放送テレビ)へ系列局が変わり、ABC制作且つ『イエス・ノー』と同じ東リ一社提供・児玉清司会で放送開始、その後提供スポンサーの増減(末期は複数社提供)や児玉の死去による司会交代(浦川泰幸→谷原章介)を経て2021年まで続く長寿番組となる『パネルクイズ アタック25』へ継承。
  9. ↑ 実写版では1980年度の『ウルトラマン80』まで5年ということになる。
  10. ↑ 2015年より年末版は2回に分けて放送。また2010年代以降はバリエーション番組(例:夏期は『FNSうたの夏まつり』)も放送されている。
  11. ↑ レギュラー放送開始前にも1974年6月・7月に不定期放送していた。1980年10月に土曜20時へ移動し、1981年4月以降は再度不定期放送となり、不定期放送も同年9月24日終了。
  12. ↑ TBS系での放送期間は半年間のみ。腸捻転解消により1975年4月から9月の間は関西ローカルに降格。同年10月よりNET→テレビ朝日系列の水曜19時枠に移動し、ローカルセールスながら全国ネットを再開。
  13. ↑ 1975年4月5日から最終回までは、腸捻転解消に伴いNET系列で放送。
  14. ↑ 『欽ドン』は『オールスター90分』開始2週間前の9月21日に、テストケースとして土曜20時で『欽ちゃんのドンと行ってみよう! ドバドバ60分』を放送していた。
  15. ↑ 以後1979年、1984年に担当した。
  16. ↑ テレビ西日本・サガテレビ・テレビ長崎・テレビ熊本・テレビ大分・テレビ宮崎・鹿児島テレビ放送・沖縄テレビ放送の8社。
  17. ↑ 北九州市の旧TNC本社社屋は同市に本社を置く釣具の量販店を運営する高宮諦商店(後のタカミヤ)が購入、同社の本社として使用されていた。2020年現在は跡地にタカミヤが運営するスポーツクラブ「さわらびF&Cクラブ」が所在する。
  18. ↑ 1996年8月に福岡市早良区百道浜の社屋に移転。
  19. ↑ 北九州局のコールサインは2011年7月24日の地上アナログ放送終了まで使われた。地上デジタル放送では、総務省の取り決めにより中継局には独自のコールサインは付与されない。
  20. ↑ 渡が急病で降板したため、松方に交代した。
  21. ↑ 日本初の立体テレビ番組。
  22. ↑ 勝の引退後(1995年没)、次男で料理研究家の善晴が講師兼MCとして『おかずのクッキング』のタイトルで2022年3月26日まで放送した。

出典

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  1. ↑ NHKクロニクル『新春討論「欠乏の時代を考える」(1) 「日本人の得たもの失ったもの」』アナログ総合 1974年01月01日(火) 午後04:00 〜 午後05:30
  2. ↑ NHKクロニクル『新春討論「欠乏の時代を考える」(2) 「いま,政治に求めるもの」』アナログ総合 1974年01月02日(水) 午後04:00 〜 午後05:30
  3. ↑ NHKクロニクル『新春討論「欠乏の時代を考える」(3) 「国際社会に生きる道」』アナログ総合 1974年01月03日(木) 午後04:00 〜 午後05:30
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 「放送史年表 -詳細版- 1974年」(NHK放送文化研究所)(2025年8月1日閲覧)
  5. ↑ NHKクロニクル『秋田竿灯小若連 ―祭りの町のこどもたち―』~フィルム構成~ アナログ総合 1974年01月04日(金) 午後10:00 〜 午後10:45
  6. ↑ NHKクロニクル『石油電力第2次消費規制』アナログ総合 1974年01月11日(金) 午後09:15 〜 午後09:59
  7. ↑ NHKクロニクル『“反日”の中の東南アジア訪問』アナログ総合 1974年01月16日(水) 午後09:15 〜 午後09:54
  8. ↑ 放送ライブラリー 番組ID:001042
  9. ↑ 1974年のテレビ - テレビドラマデータベース
  10. ↑ NHKクロニクル『ニュース特集「アラブの石油政策」―アブデッサラムOAPEC議長,ヤマニ石油相にきく―』アナログ総合 1974年01月28日(月) 午後09:30 〜 午後09:54
  11. ↑ NHKクロニクル『ニュース速報・字幕スーパー 10:05.20 - 10:07.35 ニュース速報「外務省秘密漏えい事件,東京地裁判決西山記者無罪,蓬見元事務官有罪」』(全中,スーパー)アナログ総合 1974年01月31日(木)
  12. ↑ NHKクロニクル『ニュース(全中) (外務省機密漏えい事件判決)』アナログ総合 1974年01月31日(木) 午前10:30 〜 午前10:32
  13. ↑ NHKクロニクル『ニュース特集』アナログ総合 1974年01月31日(木) 午後09:30 〜 午後10:10
  14. ↑ NHKクロニクル『ドキュメンタリー「白鳳再現」』アナログ総合 1974年02月11日(月) 午後09:30 〜 午後10:14
  15. ↑ NHKクロニクル『人間に光あれ 「ある未解放部落からの報告」 ~フィルム構成~』アナログ総合 1974年03月02日(土) 午後10:00 〜 午後10:45
  16. 1 2 伊予田康弘[ほか]著『テレビ史ハンドブック』自由国民社、1998年、82頁。ISBN 978-4426747015。
  17. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、49頁。
  18. ↑ NHKクロニクル『小野田さん無事救出』アナログ総合 1974年03月10日(日) 午後06:00 〜 午後06:40
  19. ↑ NHKクロニクル『江崎玲於奈博士と語る』アナログ総合 1974年03月20日(水) 午後10:10 〜 午後10:50
  20. ↑ NHKクロニクル『東西若手漫才競演会』アナログ総合 1974年03月21日(木) 午後00:15 〜 午後01:14
  21. 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、100頁。
  22. ↑ 日本放送協会(編)『20世紀放送史 下』日本放送出版協会、2001年、61頁。ISBN 4-14-007199-0。
  23. ↑ NHKクロニクル『NHKリポート 「物価高騰とゆれる生活意識」 ―NHK世論調査から―』アナログ総合 1974年03月23日(土) 午後09:30 〜 午後10:30
  24. ↑ 『NHK年鑑'74』, p. 134.
  25. ↑ 日本民間放送連盟(編)『日本放送年鑑'75』千秋社、1975年、29頁。
  26. ↑ 伊予田康弘[ほか]著『テレビ史ハンドブック』自由国民社、1998年、85頁。ISBN 978-4426747015。
  27. ↑ 『NHK年鑑'75』, p. 15.
  28. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 日本民間放送連盟(編)「きびしい営業環境下に報道編成を漸増 テレビ」『月刊民放』第4巻第12号、日本民間放送連盟、1974年12月1日、24 - 26頁、NDLJP:3470904/13。
  29. ↑ NHKクロニクル『できるかな(幼稚園・保育所) 「らくがきしよう」』アナログ教育 1974年04月09日(火) 午前10:30 〜 午前10:45
  30. ↑ NHKアーカイブス 放送史『できるかな』(2025年8月1日閲覧)
  31. ↑ NHKクロニクル『あすへの記録 「噴火と地震予知」』アナログ総合 1974年04月12日(金) 午後10:15 〜 午後10:45
  32. ↑ NHKクロニクル『歴史ドキュメント「上野」』アナログ総合 1974年05月01日(水) 午後10:15 〜 午後11:00
  33. ↑ NHKクロニクル『長時間討論 「日本の教育はどうあるべきか」』アナログ総合 1974年05月03日(金) 午前09:00 〜 午前11:20
  34. ↑ NHKクロニクル『モナリザの旅 ―フィルム構成― ~パリ,フィレンツェ,ビンチ,東京,伊丹,舞鶴で撮影~』アナログ総合 1974年05月12日(日) 午後08:45 〜 午後09:30
  35. ↑ NHKアーカイブス 放送100年史 1974年度 そのほかの特集番組(2026年6月19日閲覧)
  36. ↑ NHKクロニクル『政治の課題と野党の責務 ―社会党・共産党―』アナログ総合 1974年05月13日(月) 午後10:15 〜 午後11:00
  37. ↑ NHKクロニクル『政治の課題と野党の責務 ―公明党・民社党―』アナログ総合 1974年05月14日(火) 午後10:15 〜 午後11:00
  38. ↑ NHKクロニクル『芸術劇場 ―ハネス・ケストナー オルガン演奏会―』アナログ総合 1974年05月26日(日) 午後10:05 〜 午後11:00
  39. ↑ 「封印作品の謎」安藤健二 太田出版 ISBN 978-4872338874。医学的理由の出典は「続・差別用語」用語と差別を考えるシンポジウム実行委員会編 汐文社 ISBN 9784811300979
  40. ↑ NHKクロニクル『刑法と市民生活 ―法制審答申をめぐって―』アナログ総合 1974年05月30日(木) 午後10:15 〜 午後11:00
  41. ↑ 放送番組センター 放送ライブラリー『昭和49年春 大澤村』東海テレビ放送 1974年06月29日(土)15:00~15:55(2026年5月15日閲覧)
  42. 1 2 3 “昭和41年度(第21回)〜昭和50年度(第30回)芸術祭賞一覧” (PDF). 文化庁. p. 9. 2026年2月25日閲覧。
  43. ↑ 中部日本放送『中部日本放送50年のあゆみ』2000年、186頁。
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  45. 1 2 美空ひばり | BS朝日
  46. ↑ 日本民間放送連盟(編)『日本放送年鑑'75』千秋社、1975年、47頁。
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  49. 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'75』日本放送出版協会、1975年、6,67頁。
  50. 1 2 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(一九七四年四月)」『月刊民放』第4巻第7号、日本民間放送連盟、1974年7月1日、55頁、NDLJP:3470899/28。
  51. ↑ 民間放送教育協会(編)『民教協20年の歩み:テレビで結ぶみんなの輪』1987年、178頁。
  52. ↑ 「放送デスクメモ(′74・11月~′75・1月)」『マスコミ市民 : ジャーナリストと市民を結ぶ情報誌』第90号、日本マスコミ市民会議、1975年3月1日、54 - 57頁、NDLJP:3463751/29。
  53. ↑ 読売新聞 1974年2月25日 朝刊P.4 広告「ライオン奥様劇場 新シリーズ 『徳川の夫人たち』 フジテレビ開局15周年記念番組』フジテレビ(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
  54. 1 2 3 4 5 6 7 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'75』日本放送出版協会、1975年、66頁。
  55. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'76』日本放送出版協会、1976年、72頁。
  56. ↑ Nihon hōsō nenkan - Google Books


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