1974年のテレビ (日本)
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1974年のテレビ(1974ねんのテレビ)では、1974年(昭和49年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。
主なできごと
[編集]- オイルショックにより、深夜の放送自粛や、NHKの平日昼間の放送休止が実施。
前年(1973年)暮れの第4次中東戦争をきっかけとした第1次オイルショックの結果、石油価格が暴騰し国全体で「資源節約」が大きなテーマとなった。このため年初めの1月16日に、電気事業法に基づき電力使用制限令が出されたことを受け、NHKの全テレビ放送では平日昼間を放送休止とし(9月6日(金曜日)まで。但し、甲子園球場での高校野球開催期間中は、雨天順延の場合を除き休止を行わず中継をした。)、更にNHK及び民放共に放送時間終了を早め、深夜放送を自粛することとなった。又、このオイルショックの影響で、前年NHK渋谷放送センターへの本部拠点集約を完了したNHKは、超緊縮予算によるリストラ決行という事態を招く程の打撃となった。
4月、日本テレビ = 読売新聞、TBS = 毎日新聞、フジテレビ = 産経(サンケイ)新聞、日本教育テレビ(NETテレビ、後のテレビ朝日) = 朝日新聞、東京12チャンネル(後のテレビ東京)= 日本経済新聞の資本系列化が完成。これに伴い、テレビジョン放送開始以来の懸案事項となっていた、民放資本に関する東阪間の腸捻転状態解消に向け動き出し、遂に準キー局となる大阪にて、朝日放送と毎日放送が各々系列キー局を翌1975年の3月31日から交換、朝日放送 = NET(ANN系)、毎日放送 = TBS(JNN系)にすることを11月19日に、東阪の4社間で基本合意した。
- 「きちがい」「発狂」が放送禁止用語になる。
5月28日、NET系の時代劇『新・荒野の素浪人』で第22話「くノ一情話」が放送。この劇中の台詞の一部分にあった「きちがい」に対して、大阪府精神障害者家族連合会(大家連)が「家族は萎縮し、患者にショックを与える」等の医学的な根拠を理由に、この番組を大阪でネットしていた毎日放送に抗議(これをきっかけに大家連は、テレビ・ラジオを一日中モニターする体制を整え、NHK・民放を問わず大阪の各放送局に対し繰り返し抗議するなど激しい行動を行った)。その後毎日放送は謝罪、同年8月には自社のスタジオに「きちがいというコトバは禁句」の掲示板を常設することになった。この流れはその後在阪局は基より、日本の放送業界全体に及ぼす様になった(「精神障害者家族会#「きちがい」の用語使用抗議」の項目も参照)[注 1]。
- 番組
- 前述の在京民放5社に対する全国紙5社の資本系列化を受け、日本テレビとTBSが読売・朝日・毎日3社ニュースの放送を3月31日で取りやめ、翌4月1日から日本テレビは『読売新聞ニュース』、TBSは『毎日新聞ニュース』に一本化。
- TBS系
- 国際プロレスの中継番組が、3月30日のTBS系『TWWAプロレス中継』の終了を経て東京12チャンネルへ移動、6~7月の不定期放送を経て9月23日に『国際プロレスアワー』としてレギュラー放送が再開。
- NHK教育、幼稚園・保育園向けの工作・教育番組『できるかな』、2代目のキャラクター「ゴン太くん」が登場。ノッポさん(高見映(後の高見のっぽ))とゴン太くん、そして女性が裏で語りかける番組スタイルが定着、教育テレビの看板番組の1つとなる。
- NET系の学校放送番組が、一部を除き3月23日を以って終了。これに伴い、一部の学校放送番組のみで残っていたモノクロ番組が全て消滅し、NETの全番組のカラー化が完了(過去の再放送や、故意の場合等を除く)。
- その他、局の看板となる、以下の番組が放送開始又は終了。
番組関係の出来事
[編集]1月
[編集]- 1~3日 - NHK総合、年始特集として正月3ヶ日、長時間討論特番『新春討論「欠乏の時代を考える」』を放送。1日は「日本人の得たもの失ったもの」[1]、2日は「いま、政治に求めるもの」[2]、3日は「国際社会に生きる道」[3]と題して、各日1時間半に渡って討論を繰り広げた。[4]
- 2日 - テレビ神奈川(TVKテレビ)、7時間の電話リクエスト番組『フォーク&ロック』を放送。[4]
- 3日 - TBS系、1971年と1972年に「年1回・不定期」で放送されていた芸能人対抗運動会番組を、この年から正月番組に変更、タイトルも『新春オールスター大運動会』となる。
- 4日 - NHK総合、フィルム構成番組『秋田竿灯小若連 ―祭りの町のこどもたち―』を放送[5]。後に第8回ダブリン国際民族文化テレビ番組コンクールにて銀の竪琴賞を受賞。[4]
- 5日 - 東京12チャンネル、第二次世界大戦の最前線で撮影した、アメリカ軍記録班(モーパック)が撮影したカラーフィルム映像で構成したドキュメンタリー番組『カラー秘録 太平洋戦史』が放送開始( - 6月29日)。[4]
- 6日
- 8日 - フジテレビ系で正月特番『オールスターびっくり新年会』をこの年から開始。幹事(司会)はコント55号。1978年まで続いて一旦中断し、1981年から幹事の一人が萩本欽一から藤村俊二に交代(坂上二郎は継続)、1986年まで続く。なお中断前までは『火曜ワイドスペシャル』での放送だったが、再開後は放送枠が不定となり、更に提供がライオングループ単独提供となった。
- 11日 - NHK総合、オイルショックの影響による特別番組『石油電力第2次消費規制』を放送。[4][6]
- 16日
- 23日 - NHK総合、『海外取材番組』で「新しい模索 ―インドシナ半島―」が放送開始( - 2月20日、全5回)。[4]
- 28日 - NHK総合、『ニュース特集』で、「「アラブの石油政策」―アブデッサラムOAPEC議長,ヤマニ石油相にきく―」を放送。[4][10]
- 31日 - NHK総合、「外務省公電漏えい事件(西山事件)」の東京地方裁判所の午前10時からの判決を字幕にて速報[11]、10時30分から2分間臨時にニュース速報を放送[12]、同日の『ニュース特集』でもこの話題を取り上げて放送した[13]。[4]
2月
[編集]- 11日 - NHK総合、建国記念の日特集ドキュメンタリー『白鳳再現』を放送。[4][14]
- 16日 - 毎日放送・NET(後のテレビ朝日)系で仮面ライダーシリーズ第3弾『仮面ライダーX』が放送開始( - 10月12日)。
- 17・24・3月3日 - NET系、『日曜洋画劇場』にて、レフ・トルストイ原作による1967年のソ連映画『戦争と平和』を3週に渡り放送。[4]
- 19日 - フジテレビ系『火曜ワイドスペシャル』で、苗場スキー場を舞台に、ゲーム・コント・歌で構成したバラエティ番組『オールスター雪の祭典』をこの日から開始( - 1986年2月4日)
- 25~27日 - NHK総合、『国会中継』で、3日間に渡り物価問題集中審議を放送。[4]
- 27日 - NHK総合、『海外取材番組』で「アジアの自然」が放送開始( - 3月20日、全4回)。[4]
3月
[編集]- 2日 - NHK総合、フィルム構成による特別番組『人間に光あれ 「ある未解放部落からの報告」』を放送。[4][15]
- 4日 - NET(後のテレビ朝日)系、昼のワイドショー『アフタヌーンショー』の司会が、この日より馬場雅夫(当時NETアナウンサー)から川崎敬三(俳優)に交代。川崎は1985年10月18日の最終回[注 2] まで担当[注 3]。
- 7日 - 日本テレビ系、『木曜スペシャル』 において『驚異の超能力! 世紀の念力男ユリ・ゲラーが奇蹟を起こす!』を放送。同番組では4月4日にもユリ・ゲラーの特集が放送され、超能力ブームのきっかけとなった[16][17]。
- 9日 - TBS系、『8時だョ!全員集合』のエンディングにおいて、ザ・ドリフターズのリーダーいかりや長介が、同グループのメンバー荒井注の脱退ならびに志村けんが正式加入する旨を発表[注 4]。荒井は30日放送を最後に降板し、翌4月6日放送より志村が加入。
- 10日 - NHK総合・民放各社、第二次世界大戦に日本軍の情報将校として従軍し、終戦後行方不明だった小野田寛郎元少尉が、フィリピン・ルバング島で救出されたのを受け、関連特別番組を放送。[4]
- 18日 - NET系、単発特別番組枠『ビッグスペシャル』で、一般の子供が紅白に分かれて歌まねを披露する『ちびっこものまね紅白歌合戦』を初放送、12月30日には特別番組として独立放送、以後1984年まで続く。
- 20日 - NHK総合、1973年にノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈博士を迎え、特別番組『江崎玲於奈博士と語る』を放送。[4][19]
- 21日 - NHK総合、同月10日に上野・本牧亭で開催された、第1回「東京若手漫才競演」の模様を、番組『東西若手漫才競演会』として放送。番組には「第22回NHK漫才コンクール」「第4回NHK上方漫才コンテスト」で入賞した漫才師が出演した。[4][20]
- 22日 - NHK総合、NHKの放送開始50年を記念し、世界の文化遺産・史跡を取材して人類の過去・現在から未来を探ろうとするドキュメンタリー番組『未来への遺産』が放送開始( - 1975年10月30日、全15回)。[4][16][21][22]
- 23日
- NHK総合、放送記念祭特集として、『NHKリポート 「物価高騰とゆれる生活意識」 ―NHK世論調査から―』を放送。[4][23]
- NET(後のテレビ朝日)、MBSと瀬戸内海放送(香川)で放送してきた学校放送番組が終了。小学校4年生社会科の『みんなの東京』(NET、カラー)、『四年生の社会科→(1974年4月から)わたしたちの近畿』(MBS、カラー)を残し、1959年の開局以来15年にわたって続けてきた学校向け教育番組からは撤退する。これにより、一部の学校放送番組のみで残っていたモノクロ番組が全て消滅し、NETの全番組のカラー化が完了(過去の再放送や、故意の場合等を除く)。尚、民間放送教育協会制作の2番組(『親の目・子の目』ほか)は継続、2026年5月現在も1番組(『日本のチカラ』)が放送中。
- 27日 - NHK総合、『海外取材番組』で「世界の食品」が放送開始( - 5月1日、全6回)。[4]
- 30日
- 31日
4月
[編集]- 民放各社、前年のオイルショックの影響で、プロ野球のナイター開始時刻が19:00から18:30へ早まった事から、この月より始まるプロ野球ナイター中継の放送枠が、それまでの20:00 - 21:26(→21:25)から19:30 - 20:55と30分繰り上がる[25][注 5]。続く21時台、22時台には各局1時間ドラマを編成。[4]
- 1日
- NHK、新年度の番組編成開始。テレビ放送時間の臨時短縮措置を緩和(総合テレビ:23時15分終了、教育テレビ、23時30分終了)、語学講座の夜間の再放送復活など一部を変更。[4]
- 日本テレビとTBS、新聞と放送局の資本統一の一環として開局以来放送してきた読売・朝日・毎日の新聞3社による3社ニュースの放送を取りやめ、日本テレビは『読売新聞ニュース』、TBSは『毎日新聞ニュース』に一本化する[26][27]。
- 日本テレビ系、平日に2本の帯番組が放送開始。
- フジテレビ系、歌謡番組『夜のヒットスタジオ』が、前年秋から続いたゲスト輪番制司会を廃止。その間、番組から一旦外れていた芳村真理がこの日の放送より司会に復帰。さらにコメディアンの三波伸介と女優・歌手の朝丘雪路が2代目の芳村のパートナー役として司会に加わる[注 6]。
- 2日 - フジテレビ系、『火曜ワイドスペシャル』で『第8回芸能人オールスター夢の球宴』を放送(総合司会:石坂浩二、野間脩平(当時局アナ)、アシスタント:松島トモ子、始球式:浅田美代子)。この後10月29日には同枠で『第9回』(始球式:風吹ジュン)が放送されるが、この年をもって春秋開催は廃止される。
- 3日 - 日本テレビ系、『水曜ロードショー』の放送時間が、21:30 - 22:55から2025年現在の『金曜ロードショー』と同じ21:00 - 22:55と30分拡大した。
- 4日
- 6日 - NET系、土曜8時枠が2年9か月ぶりに1時間枠に復帰、この週よりドラマ枠とし、その第1弾として『めしはまだか!』を放送開始( - 9月28日)。
- 7日
- NHK総合、日曜18時台で、若者向け歌謡番組『レッツゴーヤング』が放送開始。1986年4月6日まで12年続いた。[4]
- TBS系、服部時計店(SEIKO、後のセイコーホールディングス)一社提供の音楽番組『サウンド・イン"S"』が放送開始( - 1981年3月)[注 7]。
- 毎日放送・NET系、東洋リノリューム(後の東リ)一社提供によるクイズ番組『東リクイズ・イエス・ノー』が放送開始。司会は俳優の児玉清( - 1975年3月30日)[注 8]。
- 9日 - NHK教育、幼稚園・保育園向けの工作・教育番組『できるかな』が、この日の年度初の放送「らくがきしよう」[29]から、2代目キャラクター「ゴン太くん」が登場[30]。ノッポさん(高見映(後の高見のっぽ))とゴン太くん、そして女性が裏で語りかける番組スタイルが定着、教育テレビの看板番組の1つとなる。
- 12日
- 13日 - 日本テレビ系、フィンガー5をレギュラーにした公開バラエティ番組『時間だヨ!アイドル登場』を開始、当初は土曜13:30だったが、半年後に土曜夕方(17:30。一時期日曜12:15の時もあり)に移動、フィンガー5渡米後はずうとるびが引継ぎ、1979年3月31日まで5年続いた。
- 28日 - 東京12チャンネル、料理研究家 グラハム・カーが披露する、カナダCBCで放送の娯楽化された料理番組『世界の料理ショー』が放送開始( - 1979年9月29日)。[4]
- 30日 - フジテレビ系、『火曜ワイドスペシャル』で『オールスター春のバレーボール大会』を放送、また10月15日には同枠で『第4回芸能人選抜! 秋の紅白バレーボール大会』を放送、この秋大会より冒頭のエキシビションとして、かつて名を轟かせた女子バレーチーム「元:東洋の魔女」と男子芸能人選抜チームのバレーボール勝負が行われる。なおこの大会も『大運動会』同様、1978年まで春秋開催は中断。
5月
[編集]- 1日 - NHK総合、『歴史ドキュメント「上野」』を放送[32]。第1回メーデー・関東大震災・戦災の3つの記録フィルムと現場中継で構成。[4]
- 3日 - NHK総合、『長時間討論「日本の教育はどうあるべきか」』を放送。番組には文部政務次官・政党代表・日教組委員長 ほかが出演。[4][33]
- 6日 - テレビ神奈川、ワイドショー番組『暮らしのワイド・リビングポート』で、手話通訳を取り入れた特別番組「ふれあいを求めて」を放送。[4]
- 8日 - NHK総合、『海外取材番組』で「発展途上国の10代」が放送開始( - 6月12日、全6回)。[4]
- 9日 - NHK総合・民放各社、「伊豆半島沖地震」発生を受け、速報を始めとするニュースや関連の特別番組を放送。[4]
- 12日 - NHK総合、ドキュメンタリー特別番組『モナリザの旅 ―フィルム構成―』を放送。ルーブル美術館の至宝モナ・リザが、4月20日から6月10日まで東京国立博物館で公開されるのを受け、日本への輸送の苦心、1911年の盗難事件、大戦中の疎開エピソードなど、フランスのパリ、イタリアのフィレンツェとビンチ、及び国内の東京・伊丹・舞鶴を取材し、モナ・リザが現代の人々に問いかける意味を探った。[4][34][35]
- 13・14日 - NHK総合、2日間に渡り、『政治の課題と野党の責務』をラジオ第1と同時放送。番組名の題目をテーマに草柳大蔵が、主要野党の委員長にインタビューをした。13日は日本社会党 成田知巳と日本共産党 宮本顕治[36]、14日は公明党 竹入義勝と民社党 春日一幸の各委員長(いずれも当時)が出演した[37]。[4]
- 26日 - NHK総合、『芸術劇場』で、前日にNHKが主催して東京で行われた、ハネス・ケストナーのオルガン演奏会を放送。[4][38]
- 28日 - NET系、時代劇『新・荒野の素浪人』で第22話「くノ一情話」が放送。この劇中の台詞の一部分にあった「きちがい」に対して、大阪府精神障害者家族連合会(大家連)が「家族は萎縮し、患者にショックを与える」等の医学的な根拠を理由に、この番組を大阪でネットしていた毎日放送に抗議(これをきっかけに大家連は、テレビ・ラジオを一日中モニターする体制を整え、NHK・民放を問わず大阪の各放送局に対し繰り返し抗議するなど激しい行動を行った)。その後毎日放送は謝罪し、同年8月には自社の千里丘放送センターのスタジオ内に「きちがいというコトバは禁句」の掲示板を常設することになった[39]。その後在阪局は基より、日本の放送業界全体で「きちがい」「発狂」が放送禁止用語になっていく様になる(「精神障害者家族会#「きちがい」の用語使用抗議」の項目も参照)[注 1]。
- 30日 - NHK総合、特別番組『刑法と市民生活 ―法制審答申をめぐって―』を放送。[4][40]
6月
[編集]- 3日、東京12チャンネル、「月曜スポーツスペシャル」枠で、3月にTBSでの放送が打ち切られた国際プロレスの後楽園ホール大会を生中継。これが3ヶ月後のレギュラー放送再開につながる。
- 18・28日 - 近畿放送(放送当時、後に京都放送に局名を変更)、『あなたの時間です』で、日本のテレビとして初の中国西安市の取材記録を2回に分けて放送。[4]
- 19日 - NHK総合、『海外取材番組』で「民族と音楽 - 地中海編」が放送開始( - 8月14日、全8回)。[4]
- 29日 - 東海テレビ、ドキュメンタリー番組『昭和49年春 大澤村』を放送。後にこの年の第29回芸術祭のテレビ・ドキュメンタリー部門に参加、同部門の大賞を受賞。[4][41][42]
7月
[編集]- 4日 - フジテレビ系でコンテスト音楽祭番組『FNS歌謡祭』がこの日より開催。初代司会は小川宏と吉永小百合。この年と翌1975年は上下期制で、1976年より年1回に変更、1990年をもってコンテスト形式を廃止し、翌1991年よりステージショー形式に変更、2025年現在も継続中[注 10]。
- 21日(日曜日) - 日本テレビ系で前日20日に放送予定だった『オールスターゲーム・第1戦』(後楽園球場、日本テレビ制作)が雨天中止に伴いこの日の18:30 - 20:55に変更、これに伴い、TBS系でこの日放送予定だった『同・第2戦』(阪急西宮球場。朝日放送制作)は、翌22日(月曜日)の19:00 - 20:55に変更した。この結果、21日は18:30の『NOWヒットパレード』を始め、『全日本歌謡選手権』(よみうりテレビ制作)・『侍ジャイアンツ』(同)・『われら青春!』の計4本、22日は『YKKアワー キックボクシング中継』・『ブラザー劇場 若い!先生』・『水戸黄門・第5部』の計3本がそれぞれ休止、日本テレビ日曜18:30枠番組と『水戸黄門』はいずれも初の休止となった。なお朝日放送は、翌1975年3月31日からの腸捻転解消でNET系列に変更されるため、これがTBS系列での最後のオールスター中継となった。
8月
[編集]9月
[編集]10月
[編集]- 1日 - 中部日本放送(後のCBCテレビ)で中京ローカル初のローカルワイドニュース番組『CBCニュースワイド』放送開始( - 1999年3月27日)[28][43]。
- 2日 - TBS系で大映テレビ制作・坂上二郎主演による刑事ドラマ『夜明けの刑事』が放送開始。以後『新・夜明けの刑事』→『明日の刑事』とタイトルを変えながら1979年10月まで続いた「日の出署シリーズ」が始まる。
- 4日
- 5日
- 朝日放送・TBS系土曜19時台前半枠で、園山俊二原作の原始時代を舞台としたギャグアニメ『はじめ人間ギャートルズ』が放送開始[注 13]( - 1976年3月27日)。
- フジテレビ系でこの日より、19時30分台の帯番組『クイズグランプリ』と『スター千一夜』の土曜放送を廃止し、20時枠と統合した90分バラエティ番組『オールスター90分』放送開始( - 1975年3月29日)。以後『欽ちゃんのドンとやってみよう!』[注 14] といったヒット番組を生み出す。1980年9月終了の単発学園ドラマ『土曜ナナハン学園危機一髪』まで90分番組が継続した。
- 6日
- フジテレビ系日曜18時台前半枠で、川崎のぼる原作・タツノコプロ製作のホームギャグアニメ『てんとう虫の歌』が放送開始( - 1976年9月26日、全104話)。
- よみうりテレビ・日本テレビ系でテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』第1シリーズ放送開始(全26回、- 1975年3月)。当時は26話で打ち切りとなったが、その後再放送や映画化などで人気となり、テレビアニメも第3シリーズまで制作された。
- 19日 - 毎日放送・NET系で仮面ライダーシリーズ第4弾『仮面ライダーアマゾン』放送開始。仮面ライダーシリーズでは腸捻転時代では最後の作品となる( - 1975年3月29日)。
11月
[編集]12月
[編集]- 30日 - NHK総合、年末特別番組の1つで、宝塚歌劇団・月組による『劇場中継 宝塚グランド・ロマン「ベルサイユのばら」』をNHKで初放送[44]。同歌劇団の経営危機脱出の目玉演目の1つとしてこの年の8月29日に初演、その後満員札止めが続き、翌年以降他の組に於いても上演となり、遂には「ベルばらブーム」を起こし社会現象にまで膨らみ、最終的には同歌劇団の人気定番となった(「ベルサイユのばら (宝塚歌劇)」の項目を参照)。この初回放送後もNHKでは総合テレビを中心に同歌劇団の同歌劇の別公演による中継を数多く行っている。
- 31日
- TBS系で『第16回日本レコード大賞』放送(19:00〜20:55)。大賞は森進一の「襟裳岬」。
- NHK総合、『第25回NHK紅白歌合戦』放送(21:00〜23:45)。ザ・ピーナッツ最後の紅白出演となった。
- NET系では『レコ大』の対抗番組として、美空ひばりのワンマンショー『さよなら'74 にっぽんの歌大全集 美空ひばりオンステージ』を新宿コマ劇場から生中継した[45]。
- 日本テレビ系で上記の『第25回紅白』の対抗番組として、バラエティ番組『コント55号の紅白歌合戦をぶっ飛ばせ!なんてことするの!?』を放送、1977年まで計3回続く。
- 31日 - 1975年1月1日未明 - 民放各社恒例による服部時計店(後のセイコーホールディングス)一社提供の年越し特番『ゆく年くる年』を放送。この年は東京12チャンネル(後のテレビ東京)が初めて製作を担当[46][注 15]。
その他テレビに関する話題
[編集]- 1月
- 10日 - NHK教育テレビ、放送開始から15周年を迎えた。
- 16日 - 電気事業法に基づき電力使用制限令が出されたことから、NHKは総合・教育に加えて、当時東阪で行っていたUHF実験局で、平日昼間と全日深夜(23時から翌6時まで)の放送休止に踏み切り、テレビ放送時間の臨時短縮を実施(第1次臨時編成措置)[4][47]。民放各社もこれに準じて前後の時期に深夜の終了時間を早めた[48]。
- 3月
- 4月
- 在京民放5社に対する全国紙5社の資本系列化完成。日本テレビ = 読売新聞、TBS = 毎日新聞、フジテレビ = 産経(サンケイ)新聞、NET(後のテレビ朝日) = 朝日新聞、東京12チャンネル(後のテレビ東京)= 日本経済新聞となる[4]。これを契機に、大阪の朝日放送・毎日放送のネットチェンジが動き出す様になる。
- 1日
- 8月
- 9月
- 10月
- 唯一夜のスポットタイムが4分だった東京12チャンネルが、この月より5分に拡大、全在京広域局の夜のスポットタイムが5分となる。
- 11月
- 12日 - NHKテレビで放送休止中に午前0時49分に「新宿で高層ビルが倒れた」・「津波警報が出た」という非常時の想定のニュースを誤って流す。原因は東京タワーの放送機器の誤動作[52]。
- 19日 - 大阪の朝日放送(ABC)(当時、後の朝日放送テレビ)が朝日新聞社の方針により東京キー局をTBSからNETに、毎日放送(MBS)もキー局をNETからTBSにそれぞれ1975年3月31日付でネットチェンジすることを4社間で基本合意した。[4]
- 12月
開局
[編集]周年
[編集]番組
[編集]- 放送開始20周年
- 放送開始15周年
- おかあさんといっしょ(NHK)
- スター千一夜(フジテレビ)
- 放送開始10周年
- 新春スターかくし芸大会(フジテレビ)
- モーニングショー(NETテレビ)
- ミュージックフェア(フジテレビ)
- 放送開始5周年
- クイズタイムショック(NETテレビ)
- 唄子・啓助のおもろい夫婦(フジテレビ)
- 8時だョ!全員集合(TBS)
- サザエさん(フジテレビ)
- NTV紅白歌のベストテン(日本テレビ)
- 水戸黄門(TBS)
- 月曜ロードショー(TBS)
- ヤングおー!おー!(毎日放送)
放送局・放送開始
[編集]- 1月1日
- 放送開始15周年 - 長崎放送テレビジョン
- 1月10日
- 放送開始15周年 - NHK東京教育テレビジョン (JOAB-TV)
- 2月1日
- 開局15周年 - 日本教育テレビ
- 3月1日
- 3月3日
- 開局15周年 - 日本海テレビジョン放送
- 4月1日
- 4月12日
- 開局10周年 - 東京12チャンネル
- 5月1日
- 開局5周年 - サンテレビジョン
- 9月1日
- 放送開始15周年 - 岩手放送テレビジョン
- 10月1日
- 放送開始15周年 - 青森放送テレビジョン、山口放送テレビジョン、大分放送テレビジョン
- 開局5周年 - 秋田テレビ、福井テレビジョン放送
- 11月1日
- 開局15周年 - 沖縄テレビ放送
- 12月1日
- 開局5周年 - 青森テレビ、テレビ岩手、三重テレビ放送
- 12月10日
- 開局5周年 - テレビ愛媛
- 12月15日
- 放送開始15周年 - 山陰放送テレビジョン
- 12月20日
- 放送開始15周年 - 山梨放送テレビジョン
記念回
[編集]- 夜のヒットスタジオ(フジテレビ)300回 - 8月5日
- クイズタイムショック(NETテレビ)300回
- 太陽にほえろ!(日本テレビ)100回
視聴率
[編集](関東地区、ビデオリサーチ調べ)
ニュース・報道
[編集]- ニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)- 46.6%
- ニュース(NHK総合、9月2日 7:00-7:20)- 46.1%
- 小野田さん帰国(NHK総合、3月12日 16:15-17:21)- 45.4%
- ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)- 45.4%
- ニュース(NHK総合、7月8日 8:30-8:35)- 44.3%
- 首都圏交通スト情報(NHK総合、11月19日 8:01-8:11)- 44.0%
- カメラリポート(NHK総合、3月11日)- 43.5%
- 首都圏交通スト情報(NHK総合、4月10日 7:15-7:35)- 42.3%
- 日航機ハイジャック事件関連(NHK総合、3月12日 17:21-17:28)- 42.0%
スポーツ
[編集]- 火曜ワイドスペシャル 世界J・ミドル級タイトルマッチ「輪島功一×ミゲル・デ・オリベイラ」(フジテレビ、2月5日)- 47.5%
- ダイヤモンドグローブ プロボクシング世界J・ミドル級タイトルマッチ「輪島功一×ショットガン・アルバラード」(フジテレビ、6月4日)- 43.4%
バラエティ・歌番組
[編集]- 第25回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)- 74.8%
- '74新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月1日)- 46.9%
- 1974年度輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)- 45.7%
- '74輝け!日本歌謡大賞(NETテレビ、11月26日)- 45.3%
- 8時だョ!全員集合(TBS、1月12日)- 44.7%
ドラマ
[編集]テレビ番組
[編集]テレビドラマ
[編集]NHK
[編集]日本テレビ
[編集]TBS系
[編集]フジテレビ系
[編集]NET系
[編集]東京12チャンネル
[編集]- 高校教師(主演:加山雄三)
子供向けドラマ
[編集]TBS系
[編集]フジテレビ系
[編集]NET系
[編集]東京12チャンネル
[編集]テレビアニメ
[編集]- 日本テレビ
- 柔道讃歌
- たまげ太くん - 『おはよう!こどもショー』内で放送
- 宇宙戦艦ヤマト(よみうりテレビ制作)
- TBS
- チャージマン研!
- 星の子チョビン
- はじめ人間ギャートルズ(朝日放送制作、半年後にNETに移行)
- フジテレビ
- NET
- 魔女っ子メグちゃん
- 昆虫物語 新みなしごハッチ(毎日放送制作)
- ジムボタン(毎日放送制作)
- 破裏拳ポリマー
- カリメロ
- 東京12チャンネル
- その他
特撮番組
[編集]- 日本テレビ
- オズの魔法使い→立体テレビ オズの魔法使い(主演:シェリー)[注 21]
- スーパーロボット マッハバロン
- 行け!牛若小太郎 - 『おはよう!こどもショー』内で放送
- TBS
- ウルトラマンレオ - 『第2期ウルトラシリーズ』最終作。
- SFドラマ 猿の軍団
- 出演:潮哲也 他
- 日本沈没
- フジテレビ
- NET
報道・情報番組
[編集]- ニュースセンター9時(NHK総合)
- 奥さまあなたの11時(NETテレビ)[28]
- TOKYO午後3時(NETテレビ)[28]
- 土曜ショー(NETテレビ)※第2期
- でんわ相談10時半(東京12チャンネル)[28]
- スタジオ9(東京12チャンネル)[28]
- TBCニュースワイド(東北放送)[28]
- CBCニュースワイド(中部日本放送)[28]
- MRTニュースワイド(宮崎放送)[28]
バラエティ番組
[編集]- お国自慢にしひがし(NHK総合)
- 喜びも悲しみも(フジテレビ)
- おしゃれ(日本テレビ)
- 三波伸介の家族そろって三つの歌(日本テレビ)
- スターむりむりショー(日本テレビ)
- ブチャバカ大爆笑!!(読売テレビ)
- 挑戦!!(日本テレビ)
- 時間だヨ!アイドル登場(日本テレビ)
- 新・底ぬけ脱線ゲーム(日本テレビ)
- マチャアキのガンバレ9時まで!!(日本テレビ)
- 親子集まれ!土曜12時(TBS)
- 真理ちゃんシリーズ(TBS)
- アタック!真理ちゃん
- はばたけ!真理ちゃん※シリーズ最終作。
- 進め!フィンガー5(TBS)
- 学校そば屋テレビ局(TBS)
- オールスター90分(フジテレビ)
- お茶の間寄席(第2期)(フジテレビ)
- Oh!カップルスター(NETテレビ)
- スタジオ23(NETテレビ)
- GO!GO!ジャボン(東京12チャンネル)
- 男のスタジオ(東京12チャンネル)
クイズ番組
[編集]- 東リクイズ・イエス・ノー(毎日放送)
- 霊感ヤマカン第六感(朝日放送)
- クイズ・チェック!NOW(NETテレビ)
- ジャンボクイズ100対100(フジテレビ)
音楽番組
[編集]- レッツゴーヤング(NHK総合)
- NOWヒットパレード(日本テレビ)
- サウンド・イン"S"(TBS)
- 歌謡最前線(TBS)
- せんみつ・湯原ドット30(TBS)
- 決定版あなたをスターに!(NET)
- ヤングヒット歌謡曲(NET)
- 歌うトップスター(毎日放送) - つなぎ番組。
- ちびっこアベック歌合戦(毎日放送)
- 第1回広島平和音楽祭(広島テレビ)
- 第1回FNS歌謡祭(フジテレビ)
トーク番組
[編集]- トークロータリー おとなの学校(毎日放送)
教養・ドキュメンタリー番組
[編集]料理番組
[編集]スポーツ番組
[編集]- 国際プロレスアワー(東京12チャンネル)
単発特別番組枠
[編集]- (キリン)日曜スペシャル(日本テレビ)
- 日曜ワイドスペシャル(TBS)
- 木曜大特集(フジテレビ)
- 【正式枠名無し】→日曜スペシャル(フジテレビ)
- ビッグワイド60分(NETテレビ)
特別番組
[編集]- 1月1日
- '74新春スターかくし芸大会(フジテレビ)
- 1月8日 - オールスターびっくり新年会(フジテレビ)
- 3月18日 - ちびっこものまね紅白歌合戦(NETテレビ) - 第1回。12月30日には第2回にして初の2時間として放送。
- 7月4日 - '74FNS歌謡祭(フジテレビ)
- 11月26日 - '74輝け!日本歌謡大賞(NETテレビ)
- 12月31日
- 第25回NHK紅白歌合戦(NHK総合)
- コント55号の紅白歌合戦をぶっ飛ばせ!なんてことするの!?(日本テレビ)
- 1974年度輝く!日本レコード大賞(TBS)
- さよなら'74 にっぽんの歌大全集 美空ひばりオンステージ(NETテレビ)[45]
- 12月31日 - 1975年1月1日未明
既存番組のカラー化
[編集]全てNHK教育テレビで、全て4月からカラー化
参考文献
[編集]- 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年9月25日。
- 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'75』日本放送出版協会、1975年9月25日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史 資料編』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- NHK 編『放送の五十年 昭和とともに』日本放送出版協会、1977年3月30日。
- 日本民間放送連盟(編) 『日本放送年鑑'74』 千秋社、1974年。
- 日本民間放送連盟(編) 『日本放送年鑑'75』 千秋社、1975年12月[56]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- 1 2 同言葉が放送禁止用語になった後では、それ以前にそれらが使われた過去のドラマや番組等の放送や回想等の際には、「現在では不適切な表現がありますが、当時のまま放送します。」とのお断りを入れている。例として、TBS系の特撮ドラマ『ウルトラセブン』第8話「狙われた街」(1967年11月19日初放送)、同第38話「勇気ある戦い」(1968年6月23日初放送)等がある。
- ↑ やらせリンチ事件による番組打ち切り。
- ↑ それから1年半後、1987年3月 - 10月に放送された『新・アフタヌーンショー』の司会も務めた。
- ↑ 志村はそれまでドリフの付き人を務めていた他マックボンボンとして活動した時期もあり、当時のオープニングのクレジットには「見習い 志村けん」と記載されていた。
- ↑ ただしフジテレビの火曜日は、20:00 - 21:25に『火曜ワイドスペシャル』を編成している関係上、19:30 - 21:25となる。
- ↑ 朝丘は舞台公演の関係で出演できない日も多く、大抵は三波・芳村体制であった。
- ↑ 番組終了から34年後の2015年4月18日よりBS-TBSで『Seiko presents Sound Inn "S"』として放送開始。
- ↑ 番組終了後の腸捻転解消とともに毎日放送から朝日放送(ABC、後の朝日放送テレビ)へ系列局が変わり、ABC制作且つ『イエス・ノー』と同じ東リ一社提供・児玉清司会で放送開始、その後提供スポンサーの増減(末期は複数社提供)や児玉の死去による司会交代(浦川泰幸→谷原章介)を経て2021年まで続く長寿番組となる『パネルクイズ アタック25』へ継承。
- ↑ 実写版では1980年度の『ウルトラマン80』まで5年ということになる。
- ↑ 2015年より年末版は2回に分けて放送。また2010年代以降はバリエーション番組(例:夏期は『FNSうたの夏まつり』)も放送されている。
- ↑ レギュラー放送開始前にも1974年6月・7月に不定期放送していた。1980年10月に土曜20時へ移動し、1981年4月以降は再度不定期放送となり、不定期放送も同年9月24日終了。
- ↑ TBS系での放送期間は半年間のみ。腸捻転解消により1975年4月から9月の間は関西ローカルに降格。同年10月よりNET→テレビ朝日系列の水曜19時枠に移動し、ローカルセールスながら全国ネットを再開。
- ↑ 1975年4月5日から最終回までは、腸捻転解消に伴いNET系列で放送。
- ↑ 『欽ドン』は『オールスター90分』開始2週間前の9月21日に、テストケースとして土曜20時で『欽ちゃんのドンと行ってみよう! ドバドバ60分』を放送していた。
- ↑ 以後1979年、1984年に担当した。
- ↑ テレビ西日本・サガテレビ・テレビ長崎・テレビ熊本・テレビ大分・テレビ宮崎・鹿児島テレビ放送・沖縄テレビ放送の8社。
- ↑ 北九州市の旧TNC本社社屋は同市に本社を置く釣具の量販店を運営する高宮諦商店(後のタカミヤ)が購入、同社の本社として使用されていた。2020年現在は跡地にタカミヤが運営するスポーツクラブ「さわらびF&Cクラブ」が所在する。
- ↑ 1996年8月に福岡市早良区百道浜の社屋に移転。
- ↑ 北九州局のコールサインは2011年7月24日の地上アナログ放送終了まで使われた。地上デジタル放送では、総務省の取り決めにより中継局には独自のコールサインは付与されない。
- ↑ 渡が急病で降板したため、松方に交代した。
- ↑ 日本初の立体テレビ番組。
- ↑ 勝の引退後(1995年没)、次男で料理研究家の善晴が講師兼MCとして『おかずのクッキング』のタイトルで2022年3月26日まで放送した。
出典
[編集]- ↑ NHKクロニクル『新春討論「欠乏の時代を考える」(1) 「日本人の得たもの失ったもの」』アナログ総合 1974年01月01日(火) 午後04:00 〜 午後05:30
- ↑ NHKクロニクル『新春討論「欠乏の時代を考える」(2) 「いま,政治に求めるもの」』アナログ総合 1974年01月02日(水) 午後04:00 〜 午後05:30
- ↑ NHKクロニクル『新春討論「欠乏の時代を考える」(3) 「国際社会に生きる道」』アナログ総合 1974年01月03日(木) 午後04:00 〜 午後05:30
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 「放送史年表 -詳細版- 1974年」(NHK放送文化研究所)(2025年8月1日閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『秋田竿灯小若連 ―祭りの町のこどもたち―』~フィルム構成~ アナログ総合 1974年01月04日(金) 午後10:00 〜 午後10:45
- ↑ NHKクロニクル『石油電力第2次消費規制』アナログ総合 1974年01月11日(金) 午後09:15 〜 午後09:59
- ↑ NHKクロニクル『“反日”の中の東南アジア訪問』アナログ総合 1974年01月16日(水) 午後09:15 〜 午後09:54
- ↑ 放送ライブラリー 番組ID:001042
- ↑ 1974年のテレビ - テレビドラマデータベース
- ↑ NHKクロニクル『ニュース特集「アラブの石油政策」―アブデッサラムOAPEC議長,ヤマニ石油相にきく―』アナログ総合 1974年01月28日(月) 午後09:30 〜 午後09:54
- ↑ NHKクロニクル『ニュース速報・字幕スーパー 10:05.20 - 10:07.35 ニュース速報「外務省秘密漏えい事件,東京地裁判決西山記者無罪,蓬見元事務官有罪」』(全中,スーパー)アナログ総合 1974年01月31日(木)
- ↑ NHKクロニクル『ニュース(全中) (外務省機密漏えい事件判決)』アナログ総合 1974年01月31日(木) 午前10:30 〜 午前10:32
- ↑ NHKクロニクル『ニュース特集』アナログ総合 1974年01月31日(木) 午後09:30 〜 午後10:10
- ↑ NHKクロニクル『ドキュメンタリー「白鳳再現」』アナログ総合 1974年02月11日(月) 午後09:30 〜 午後10:14
- ↑ NHKクロニクル『人間に光あれ 「ある未解放部落からの報告」 ~フィルム構成~』アナログ総合 1974年03月02日(土) 午後10:00 〜 午後10:45
- 1 2 伊予田康弘[ほか]著『テレビ史ハンドブック』自由国民社、1998年、82頁。ISBN 978-4426747015。
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- ↑ NHKクロニクル『江崎玲於奈博士と語る』アナログ総合 1974年03月20日(水) 午後10:10 〜 午後10:50
- ↑ NHKクロニクル『東西若手漫才競演会』アナログ総合 1974年03月21日(木) 午後00:15 〜 午後01:14
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'74』日本放送出版協会、1974年、100頁。
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- ↑ 『NHK年鑑'74』, p. 134.
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- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 日本民間放送連盟(編)「きびしい営業環境下に報道編成を漸増 テレビ」『月刊民放』第4巻第12号、日本民間放送連盟、1974年12月1日、24 - 26頁、NDLJP:3470904/13。
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- ↑ NHKクロニクル『モナリザの旅 ―フィルム構成― ~パリ,フィレンツェ,ビンチ,東京,伊丹,舞鶴で撮影~』アナログ総合 1974年05月12日(日) 午後08:45 〜 午後09:30
- ↑ NHKアーカイブス 放送100年史 1974年度 そのほかの特集番組(2026年6月19日閲覧)
- ↑ NHKクロニクル『政治の課題と野党の責務 ―社会党・共産党―』アナログ総合 1974年05月13日(月) 午後10:15 〜 午後11:00
- ↑ NHKクロニクル『政治の課題と野党の責務 ―公明党・民社党―』アナログ総合 1974年05月14日(火) 午後10:15 〜 午後11:00
- ↑ NHKクロニクル『芸術劇場 ―ハネス・ケストナー オルガン演奏会―』アナログ総合 1974年05月26日(日) 午後10:05 〜 午後11:00
- ↑ 「封印作品の謎」安藤健二 太田出版 ISBN 978-4872338874。医学的理由の出典は「続・差別用語」用語と差別を考えるシンポジウム実行委員会編 汐文社 ISBN 9784811300979
- ↑ NHKクロニクル『刑法と市民生活 ―法制審答申をめぐって―』アナログ総合 1974年05月30日(木) 午後10:15 〜 午後11:00
- ↑ 放送番組センター 放送ライブラリー『昭和49年春 大澤村』東海テレビ放送 1974年06月29日(土)15:00~15:55(2026年5月15日閲覧)
- 1 2 3 “昭和41年度(第21回)〜昭和50年度(第30回)芸術祭賞一覧” (PDF). 文化庁. p. 9. 2026年2月25日閲覧。
- ↑ 中部日本放送『中部日本放送50年のあゆみ』2000年、186頁。
- ↑ NHKクロニクル『劇場中継 宝塚グランド・ロマン 「ベルサイユのばら」』アナログ総合 1974年12月30日(月) 午後00:40 〜 午後02:09
- 1 2 美空ひばり | BS朝日
- ↑ 日本民間放送連盟(編)『日本放送年鑑'75』千秋社、1975年、47頁。
- ↑ 『NHK年鑑'74』, p. 8-9,81-83.
- ↑ 『NHK年鑑'74』, p. 9.
- 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'75』日本放送出版協会、1975年、6,67頁。
- 1 2 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(一九七四年四月)」『月刊民放』第4巻第7号、日本民間放送連盟、1974年7月1日、55頁、NDLJP:3470899/28。
- ↑ 民間放送教育協会(編)『民教協20年の歩み:テレビで結ぶみんなの輪』1987年、178頁。
- ↑ 「放送デスクメモ(′74・11月~′75・1月)」『マスコミ市民 : ジャーナリストと市民を結ぶ情報誌』第90号、日本マスコミ市民会議、1975年3月1日、54 - 57頁、NDLJP:3463751/29。
- ↑ 読売新聞 1974年2月25日 朝刊P.4 広告「ライオン奥様劇場 新シリーズ 『徳川の夫人たち』 フジテレビ開局15周年記念番組』フジテレビ(読売新聞「ヨミダス歴史館」にて閲覧)
- 1 2 3 4 5 6 7 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'75』日本放送出版協会、1975年、66頁。
- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'76』日本放送出版協会、1976年、72頁。
- ↑ Nihon hōsō nenkan - Google Books