1975年のテレビ (日本)
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1975年のテレビ(1975ねんのテレビ)では、1975年(昭和50年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。
主なできごと
[編集]- 準キー局の毎日放送(MBS)と朝日放送がネットチェンジ(腸捻転解消)。
3月31日、毎日放送(MBS)と朝日放送(ABC、後の朝日放送テレビ)による東京→大阪間ネットワークチェンジ(いわゆる腸捻転解消)を挙行。これにより、毎日放送はTBS系列となりJNNに、朝日放送はNET系列となりANNに各々加盟する。
両局共10月1日に開局。これにより、両県の日本テレビ系列局(ミヤギテレビ、広島テレビ)がそれぞれクロスネット解消。さらに広島ホームテレビ(NETテレビ系)でネットしていた一部の日本テレビ系・フジテレビ系の番組が姿を消す。以上から、宮城・広島両県での民放4系列4局によるフルネット化が完了、7大都市圏全てで同体制が確立する。
- NHKのカラー受信契約数が1月31日に2000万を突破する。
- 番組
- NHK総合テレビ、『第47回選抜高等学校野球大会』、『第57回全国高等学校野球選手権大会』の高校野球中継から、NHK教育テレビとのリレー中継を開始(2026年現在も継続)。
- 10月1日、日本民間放送連盟のCM基準改正により、プライムタイムなどにおけるスポットニュースなどのミニ番組の放送枠が、これまでの5分から6分に拡大。
- カラーテレビが一般的に普及してきたことから、カラーで視ることを前提にした番組制作が一般的になり、朝日放送『パネルクイズ アタック25』やTBS『七つの文字』等、判別するのに赤・青・緑等の色が使われ、モノクロで視るとそれらが判別不能又はし難い番組が登場する様になる[注 1]。
- フジテレビ系の子供向け番組『ひらけ!ポンキッキ』にて、10月から番組のオリジナル・ソングの1つとして、『およげ!たいやきくん』が放送開始。フジテレビへリクエストやレコード発売の問い合わせが殺到、12月25日に子門真人の歌によるオリジナルのシングル盤が発売した途端、オリコン史上初のシングルチャート初登場1位・11週連続1位という歴史的大ヒットを記録、翌年2月時点で370万枚以上、最終的には450万枚以上を売り上げ、2025年現在でも、オリコン調べにおけるシングル盤としての史上最大の売上記録となっている(同曲の項目を参照)。この歌の歴史的大ヒットにより、番組も一躍社会的に一般に知られる様になる。
- 局の看板となる、以下の番組が放送開始又は終了。
- 開始
- 日本テレビ:『NNNジャストニュース』、『カックラキン大放送!!』、『テレビ三面記事 ウィークエンダー』、『トヨタ日曜ドキュメンタリー(→TOYOTA)知られざる世界』、『それは秘密です!!』
- TBS:『Gメン'75』、『シャボン玉こんにちは』、『料理天国』、『ぴったし カン・カン』、『テレポートTBS6』(関東ローカル)
- フジテレビ:『欽ちゃんのドンとやってみよう!』、『タイムボカンシリーズ』
- NET:『独占!女の60分』、『一休さん』
- 朝日放送:『おはようワイド・土曜の朝に』、『パネルクイズ アタック25』、『ラブアタック!』(いずれもネットチェンジ後に開始)
- 読売テレビ:『びっくり日本新記録』
- 終了
- TBS:『ありがとう』、『お笑い頭の体操』
- 毎日放送:『がっちり買いまショウ』(TBSへのネットチェンジ後に終了)
- 朝日放送:『夫婦善哉』(NETへのネットチェンジ後に終了)
- 開始
- 5月10日にはTVチューナーやRFユニット(RFコンバーター)が内蔵されていないSL-6300が(定価:22万8000円)、7月10日には一般家庭のカラーテレビに接続可能なRFユニットを付属し、TVチューナー内蔵で裏番組録画可能なSL-7300が発売(定価:29万8000円)。後者の登場により、漸く家庭で手軽にテレビ放送を録画でき始める様になった(「ベータマックス」の項目も参照)。翌1976年10月31日になると、日本ビクター(後のJVCケンウッド)が「VHS」の第1号機HR-3300を発売(定価:25万6000円(TVチューナー、RFユニット内蔵、裏番組録画可能。留守番録画ができるタイマーはオプションで定価1万円))、家庭用VTRが本格的に普及し始める様になる。
- これらの家庭用VTRは、テープのランニングコストが放送用VTR(2インチVTR、1インチVTR等)に比べて非常に安いこともあり、放送局等でも平日の生放送等の番組保存用等にも使われる様になり(後に放送局用機も発売)、局の番組アーカイブの充実化や、過去の場面を回顧したりするコーナーや番組(「NG大賞」「ハプニング大賞」など)等でも使われた。
- 又、ベータやVHSの普及は、1981年に日本で初登場した「レーザーディスク」を始めとするビデオ・ディスクの登場も手伝い、過去のテレビ番組等のビデオ・ソフトでの発売の新たな市場への開拓に繋がった。
- 更にこのベータ方式のメカニズムは、後に放送用のカメラ一体型ビデオ「ベータカム」を生み出し、1982年に発売、最終的には放送局の取材収録システムのスタンダードとなる。
- 新機材、新技術導入など
- 日本テレビが1月20日に、日本のテレビ業界初の1インチVTRを導入(日本電気製 型番:TT-3000。翌年にはソニーが発売(型番:BVH-1000))。月内に、同VTRを使用した深夜放送での番組送出及びCMパッケージ送出を開始。同VTRは2インチVTRに比べ、機器が小型、初期コスト・維持コスト(保守およびテープコスト)が安価であり、かつ、タイムコードを除く通常音声が2トラック備えられていることから、1978年9月28日に同局で音声多重放送の実用化試験放送開始を機に各局それに替わって行き、最終的には日本はもとより、世界のアナログVTRの標準送出用となる。
- この年、小型カラーテレビカメラと携帯型ビデオデッキ(当時は携帯用小型2インチVTRかカセット式のUマチック方式)を組み合わせた「ENG (Electronic News Gathering)」が日本で導入され始める。先ずNHKが昭和天皇の訪米取材報道がきっかけで導入を開始。民放では朝日放送が、NET系の海外取材のドキュメンタリー番組『世界の学校』の取材にて使用開始。翌1976年には、地方局でもテレビ高知や福井テレビジョン放送で導入され始める。カラーフィルムの様な現像を必要とせず、撮って出しが直ぐにできたり、ダビング編集もできることから、フィルムに代わり、報道取材や番組ロケに於いての収録システムとして定着。最終的には全テレビ局で導入され、取材収録システムのスタンダードとなる。1982年にはカメラとビデオデッキを一体化したシステム「BETACAM(ベータカム)」も登場する。
番組関係の出来事
[編集]1月
[編集]- 1~3日 - NHK総合、新春特番『新春討論「転換期の日本」』を3日間に渡り放送。1日は「いま、政治は何をなすべきか」[1]、2日は「インフレは克服できるか」[2]、3日は「国際社会と日本の課題」[3]と題し、各回1時間半に渡り放送[4]。
- 5日
- 6日
- NHK総合、『銀河テレビ小説』で「ドラマでつづる昭和シリーズ」が放送開始。同年3月28日まで、「風雨強かるべし」「青春~戦中派不戦日記より~」「夜の王様」「斜陽」「永すぎた春」「江分利満氏の優雅な生活」の計6作品が放送された(『銀河テレビ小説』の項目も参照)[4]。
- 日本テレビ・NNN系、日曜を除く夕方の時間帯に、夕方の『NNNニュースフラッシュ』の時間枠を拡大し、かつキャスターニュースとしての性格を強めたワイドニュース『NNNジャストニュース』が放送開始( - 1984年3月31日)。[注 2]
- 7日 - 毎日放送・NET(後のテレビ朝日)系(当時)、テレビアニメ番組『まんが日本昔ばなし』放送開始(声:市原悦子・常田富士男)。3月31日から毎日放送がTBS系列にネットチェンジすることもあり、3月25日に一旦終了。翌1976年1月3日からTBS系に移行して放送を再開する[4]。中央児童福祉審議会推薦番組。
- 18日 - 関西テレビ、関西ローカルで、元漫画トリオメンバーの横山ノックと上岡龍太郎の司会によるトーク番組『ノックは無用!』がこの日放送開始。1997年9月27日まで22年9ヶ月続く長寿番組となった。
- 29日 - NHK総合、『海外取材番組』で「職人の世界」が放送開始( - 2月19日、全4回)[4]。
2月
[編集]- 2日 - フジテレビ系、アニメ『サザエさん』でこの日から3月2日までの5週にわたって「サザエさん放送6周年傑作選」と銘打ち、これまでに放送された作品から厳選して再放送した。その後レギュラー放送と並行して、4月1日より火曜19:00枠で再放送『まんが名作劇場 サザエさん』を開始。レギュラー版と異なるオープニング・エンディングを採用し、1997年11月18日まで放送される人気番組となる。
- 25日 - NHK総合、特別番組『三木政治に問う「社会的公正の確保について」』を放送。当時の内閣総理大臣 三木武夫と評論家 秋山ちえ子、そして当時専修大学教授の正村公宏が出演した[4][6]。
- 26日 - NHK総合、『海外取材番組』で「環太平洋の自然 オーストラリア」が放送開始( - 3月19日、全4回)[4]。
3月
[編集]- 18日 - NHK総合、東京都知事選関連特別番組『「東京をどうする」―石原慎太郎・松下正寿・美濃部亮吉三氏にきく―』をラジオ第1と同時放送[4][7]。
- 20日 - NHK総合、『放送開始50周年記念式典』をラジオ第1と同時放送[4][8]。
- 21日 - NHK総合、米NBC放映のテレビドラマ映画『大草原の小さな家』(原作:ローラ・インガルス・ワイルダー、出演:マイケル・ランドン ほか)を日本初放送。1978年からは定時放送となる。[4]
- 21・22日 - 近畿放送テレビ(KBS。後の京都放送=KBS京都テレビ)で、女優で、ねむの木学園園長の宮城まり子がメインパーソナリティを務めた日本初の長時間チャリティーテレビ番組『宮城まり子のチャリティーテレソン』が25時間に渡って放送[4]。
- 22日 - NHK総合、放送開始50周年記念番組として、『あの歌・この人・半世紀』[9]、『放送とあなた』[10]を放送[4]。
- 27日 - TBS[注 3]系、木曜19時枠で、天地真理の冠バラエティ番組シリーズ『真理ちゃんシリーズ』が、この日終了の『はばたけ!真理ちゃん』をもって、2年半・計5作の幕を降ろす。
- 28日
- NHK総合・教育、それまでNHKのテレビ放送では総合テレビでのみ中継していた阪神甲子園球場での春夏の高校野球中継に於いて、NHK教育テレビとのリレー中継をこの日から開始(2026年現在も継続。この日は、『選抜高等学校野球大会』の第47回大会の開催初日であった( - 4月6日))。
- NHK総合、平日18時30分 - 45分の人形劇『新八犬伝』(原作:曲亭馬琴、1973年4月2日 - )が、2年間(全464回)の放送に幕を降ろす。
- TBS系、金曜19時枠で、円谷プロダクション制作の特撮シリーズ、第2期ウルトラシリーズ第4作『ウルトラマンレオ』がこの日終了、これにより、1971年開始の『帰ってきたウルトラマン』以来続いた第2期ウルトラシリーズは幕を降ろす。なお2日後の30日には同じTBS・円谷プロ作品『SFドラマ 猿の軍団』も終了し、円谷作品は1本もなくなる。
- 31日
- この日よりTBS・NET(後のテレビ朝日)両局のネットチェンジが行われ、朝日放送(ABC、後の朝日放送テレビ)[注 4]はTBS系からNET=ANN系に、毎日放送(MBS)はNET系からTBS=JNN系にそれぞれ変更[4]。これに伴い、ABC、MBS発の全国ネット番組の放映局が、近畿及び一部地方以外一斉に変更。
- TBS=JNN系
- 『JNNニュースコープ』『JNNニュースデスク』を始めとする、JNNのニュース番組関係全部のオープニング・エンディング共通のテーマ曲が、中村八大作曲の新しいのに一斉に変更。更に、同映像も一斉に変更された。
- 平日朝のワイドショー『モーニングジャンボ奥さま8時半です』では、男性アシスタントが、それまで当時ABCから派遣されていた同局アナウンサー 玉井孝に替わり、当時TBSアナウンサーの藤田和弘に変更。
- 『ポーラテレビ小説』で、同枠のヒロインで当時高校3年生の最年少だった岡江久美子のデビュー作『お美津』が放送開始( - 9月26日、全130回。脚本:北村篤子、出演:浜田光夫・荻島眞一・月丘夢路 ほか)。[11]
- NET=ANN系
- TBS=JNN系
- 日本テレビ系、平日お昼のドラマ枠『愛のサスペンス劇場』が放送開始。1977年3月4日終了の『薪能』まで、23作品が放送された。最初の作品は、森村誠一原作の『霧の神話』( - 4月25日。脚本:西澤裕子、演出:井上芳夫、出演:島かおり ほか)。
- フジテレビ系、歌謡番組『夜のヒットスタジオ』の司会を前年春より務めていた朝丘雪路[注 5]と1972年よりナレーションなどで出演した声優の野沢那智が降板し、翌4月7日放送分より、残った三波伸介と芳村真理のコンビ司会体制で放送を継続した。なお同日の放送は、4月5日に日本初の引退興行を控えたザ・ピーナッツへの餞別として「さよならザ・ピーナッツ」と題した特別企画が編成された回である。以後、1976年のアグネス・チャン(留学に伴う芸能活動長期休止)、1978年の南沙織(学業専念に伴う芸能活動引退、翌年に写真家・篠山紀信と結婚)、1980年の山口百恵(俳優・三浦友和との結婚に伴う芸能活動引退)、1981年のピンク・レディー(解散、1990年代以降に数回期間限定で再結成)、石野真子(歌手・長渕剛との結婚による芸能活動引退、のち離婚により芸能界復帰)、1985年の高田みづえ(大相撲大関・若嶋津(当時)との結婚に伴う芸能活動引退)など、歌手の引退・解散・長期休業時における「さよなら企画」が同番組の名物企画として定着した。
- 東京12チャンネル(後のテレビ東京)、平日19:00に帯歌謡バラエティ番組『7時のナマナマ歌謡曲』を開始、しかしわずか3か月強後の7月9日で打ち切り。その3ヶ月弱後の10月6日には、平日19:30に報道系帯情報番組『うわさの報告書』を開始するが、半年後の1976年3月で終了。
- この日よりTBS・NET(後のテレビ朝日)両局のネットチェンジが行われ、朝日放送(ABC、後の朝日放送テレビ)[注 4]はTBS系からNET=ANN系に、毎日放送(MBS)はNET系からTBS=JNN系にそれぞれ変更[4]。これに伴い、ABC、MBS発の全国ネット番組の放映局が、近畿及び一部地方以外一斉に変更。
4月
[編集]- 1日
- TBS系
- 平日午後のワイドショー『3時にあいましょう』の新司会者に元NHKアナウンサーの野村泰治、アシスタントに当時TBSアナウンサーの遠藤泰子がそれぞれ登板した。
- ザ・ドリフターズをメインにした初の改編時特別番組『20年だョ!全員集合』を東京・文京公会堂から公開生放送、これが9月30日開始の改編時特別番組『4・10月だョ!全員集合』へつながる。
- フジテレビ系、この日から平日正午枠の番組を変更。
- 12:00 - 12:30にはコント・ラッキー7らが司会の帯バラエティ番組『爆笑ゴールデンショー』を開始、12:45の『サンケイテレニュース』は12:30に繰り上げ、空いた12:45 - 13:00には帯演芸番組『おまたせしました演芸2題』を編成した。この半年後の10月1日には更に大幅に変更、『サンケイテレニュース』を12:00 - 12:15に拡大繰り上げして、『FNNニュース12:00』と改題、帯バラエティ番組は12:15 - 13:00に統一して、初代林家三平・海老名美どり父娘司会の『三平・美どりのドキドキ生放送』( - 1976年3月31日)を編成した。以後1977年3月までフジテレビ平日正午は『12:00』+バラエティ番組体制となるも、一挙に人気が低下する。
- 岡山放送、平日昼のローカル生活情報番組『デイリー2:30』放送開始[4]。
- 秋田放送、毎週火・金のローカル生活情報番組『くらしのワイド』放送開始[4]。
- TBS系
- 2日
- 4日
- 日本テレビ系、公開バラエティ番組『カックラキン大放送!!』が放送開始( - 1986年3月。途中中断あり)。
- フジテレビ系、子供番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』の2代目お姉さん(1971年10月 - )・石毛恭子が、この日をもってお姉さん役を卒業し、この日は7日から3代目お姉さんを務める酒井ゆきえが出演した(石毛・酒井両名とも当時局アナ)。なお石毛は翌1976年3月限りでフジテレビを退社してフリーに転身し、同局で4月より子供番組『あつまれ!ドレミッコ』の司会を担当したが、わずか3ヶ月で終了した。
- NET系、千葉真一主演ドラマが金曜9時枠に移動し『ザ★ゴリラ7』が放送開始( - 10月3日、全26話)。
- 5日
- 朝日放送・NET系、土曜8時半枠で、トークをメインとしたワイドショー番組『おはようワイド・土曜の朝に』放送開始( - 1989年3月25日)。メイン司会はTBS系時代に『モーニングジャンボ奥さま8時半です』の司会者としてTBSに4年間出向し(前身の『モーニングジャンボ』時代から)、前述のネットチェンジを期に大阪へ戻ってきた朝日放送アナウンサー(当時)の玉井孝が務めた。
- 毎日放送・TBS系、土曜19時枠で、東映制作の特撮シリーズ、仮面ライダーシリーズ(石ノ森章太郎原作)第5作『仮面ライダーストロンガー』放映開始(主演:荒木しげる。 - 12月27日、全39話)。しかし、1971年に第1作『仮面ライダー』から開始したシリーズも一応の区切りを迎える。また、第1作から立花藤兵衛役を演じた小林昭二が同作品を最後に卒業した。
- フジテレビ系、土曜19時30分枠で、萩本欽一司会の90分バラエティ番組『欽ちゃんのドンとやってみよう!』が放送開始( - 1980年3月)[4]。後に、TBS系の裏番組の視聴率を時には上回る人気番組となる。
- NET系、土曜19時30分枠で、東映制作の特撮シリーズで2021年現在も続く『スーパー戦隊シリーズ』[注 7][注 8]の1作目となる『秘密戦隊ゴレンジャー』が放送開始( - 1977年3月26日、全84話。石ノ森章太郎原作)。
- 日本テレビ系、土曜22時枠で、ワイドショー仕立ての情報バラエティ番組『テレビ三面記事 ウィークエンダー』が放送開始[4]。司会は漫画家の加藤芳郎( - 1984年5月)。なお大晦日には、この年起こった事件を集めた『大晦日スペシャル イヤーエンダー'75』を放送した。
- 東京12チャンネル、山城新伍司会の深夜バラエティ『独占!男の時間』放送開始( - 1977年3月26日)[注 9][4]。
- 6日
- よみうりテレビ、関西ローカルの日曜朝枠で、医療情報番組『テレビドクター』(武田薬品工業一社提供)放送開始。2009年10月11日まで34年半続く長寿番組となった。
- 日本テレビ系、日曜昼枠で、ゲームバラエティ番組『目方でドーン!』が放送開始。司会はレツゴー三匹。その後内容や司会を変更しながら、1984年まで継続する。同じく日本テレビ系で、それまで日曜21時→同22時で放送されていたドキュメンタリー番組『日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行』(日立一社提供)が、この日より日曜19:30に移動( - 1990年9月16日)、開いた日曜22時には、新たなドキュメンタリー番組『トヨタ日曜ドキュメンタリー(→TOYOTA)知られざる世界』(トヨタグループ単独提供)を開始( - 1986年12月26日)する。
- 朝日放送・NET系、日曜午後枠で、東洋リノリューム(後の東リ)一社提供[注 10]のクイズ番組『パネルクイズ アタック25』放送開始( - 2021年9月26日[注 11])。初代司会は児玉清(俳優)[注 12][注 13]。なお、『アタック25』の開始により、1961年以来14年間日曜13時台(それ以外の時も有り)に放送された演芸番組『日曜演芸会』は16時台に移動、更に10月4日には土曜14時台に移動して『末廣演芸会』と改題し、枠移動を繰り返しながら1981年まで続く。
- 7日 - NHK、新年度の番組編成開始。
- 9日 - NHK総合、クイズ番組『ゲーム ホントにホント?』が放送開始( - 1981年3月13日)[4]。
- 15日 - フジテレビ系、『火曜ワイドスペシャル』で『第5回芸能人選抜! 春の紅白バレーボール大会』を放送、また10月28日には同枠で『オールスター夢の球宴』(始球式:山口百恵・桜田淳子)、10月21日には同枠で『第15回オールスター紅白大運動会』をそれぞれ放送。『大運動会』は1970年、『夢の球宴』は初回の1971年」、『バレーボール大会』は初回の1973年より、それぞれ春秋開催だったが、この年より『バレーボール大会』は春限定開催[注 14]、『大運動会』と『夢の球宴』は秋限定開催[注 15]に、それぞれ変更した。
- 21日 - 日本テレビ系、「月曜スター劇場」枠で、宇津井健主演のテレビドラマ『たんぽぽ』(第2シリーズ)[注 16]が放送開始( - 11月3日。全29回)。
- 24日 - TBS系、テレビドラマ『ありがとう(第4シリーズ)』が終了。1970年のスタート以来、5年間、シリーズ全4作が制作された。
- 30日 - NHK総合・民放各局、サイゴン政権全面降伏(「サイゴン陥落」)で一斉にニュース速報等で報道[4]。
5月
[編集]- 2日 - フジテレビ系、『小川宏ショー』司会の小川宏がフジテレビの全番組に出演する企画『5・2小川宏のテレビアタック24時間!!』が行われる[4]。
- 3日 - NHK総合、全盲児が普通小学校に入学するまでの過程を追ったドキュメンタリー特別番組『友だち100人できるかな』放送。後に第11回ABU賞のテレビドキュメンタリー部門を受賞[4][18][19]。
- 4日 - 日本テレビ・NNN系、『NNNドキュメント '75』で、ベトナム戦争終結を受け、「サイゴン陥落前夜」を放送。[4]
- 5日 - NHK総合、若手アイドル歌手専門の歌謡特別番組『ヤング歌の祭典』をこの年から開始( - 1978年)。司会は山川静夫アナウンサー(当時)[4]。
- 7~12日 - NHK総合・在京民放5社、エリザベス英女王来日を受け、国内では初の共同取材・同一素材によって放送。期間中、NHK総合と民放で同一画像にて公式行事を中継[4]。
- 13日 - NET系、『サントリー対談ドキュメント』で、ベトナム戦争終結を受け、「サイゴン陥落」を放送。[4]
- 24日 - TBS系、土曜21時枠で、東映制作・丹波哲郎主演の刑事ドラマ『Gメン'75』が放送開始( - 1982年4月3日)。[4][20]
- 25日 - 日本テレビ・NNN系、ニュース番組で、女性初のエベレスト登頂の8ミリフィルムを放送。[4]
- 27日 - TBS系、ベトナム戦争終結を受け、特別番組『サイゴン・陥落と変革の30日 特派員の帰国報告』を放送。[4]
6月
[編集]- 5日 - NET系、報道スペシャル番組『ザ・スペシャル』放送開始。この日の第1回は「きょうスエズ開く」と題し、エジプトのスエズ現地から衛星中継を行った[4][21]。
- 13日 - NHK総合、『仏法僧 ―コノハズク―』を放送[22]。山梨県精進湖畔で超高感度テレビカメラが初めてコノハズクの姿をとらえた[4]。
- 15日 - NHK総合、米パラマウント映画『5つの銅貨』(字幕スーパー)の放送[23]にて、新開発の外国映画字幕自動挿入装置を初使用[4]。
- 17日 - NHK総合、『NHK特派員報告』でこの日「サイゴン陥落の記録」を放送[24]。この回は後にライプチヒ国際フィルム祭に参加、エゴン・エルウィン・キッシュ賞を受賞[4]。
- 27日 - 山口放送、山口県議会の録画中継に於いて、日本社会党議員の質問で同社アナウンサー解雇問題等に関する部分をカットして放送。放送時間1人40分との取り決めに反し放送を私物化したとして、県議会審議が翌28日から30日まで3日間中断する[4]。
- 29日 - 日本テレビ系、サリドマイド児 貴くんの誕生から中学入学までの13年間の生活記録を追ったドキュメンタリー『明日をつかめ! 貴くん』を放送[4]。
- 30日 - フジテレビ、日本各地から一品料理を紹介するミニ番組・グルメ番組『くいしん坊!万才』(キッコーマン醤油(後のキッコーマン)一社提供)にて、今まで各界の著名人が週替わりでリポーターを務めていたのが、この日からリポーターが固定化され、同初代として渡辺文雄が担当。1977年7月3日放送回まで515回務め、2代目の竜崎勝にバトンタッチする(番組の項目を参照)。
7月
[編集]- 5日
- 13日 - テレビ神奈川(TVKテレビ)、日本テレビの後楽園球場巨人戦ナイター中継が時間切れで試合終了まで放送できない場合のリレー中継を実施、試合終了まで中継する「リレーナイター」が放送開始[4]。これは後に千葉テレビ放送や群馬テレビの関東独立U局でも行われる様になる。
- 16日 - NHK総合、『海外取材番組』で沖縄海洋博開催に関連し「海と人間」が放送開始( - 9月24日、全10回)[4]。
- 18日 - NHK総合・民放各局、日本時間のこの日、米ソの「アポロ・ソユーズテスト計画」に於いて、米の宇宙船アポロ18号とソ連のソユーズ19号の宇宙での初のドッキングの模様を放送。
- 19日 - 「沖縄国際海洋博覧会」がこの日開幕。同開会式の模様や関連番組等を、NHK総合・民放各局で放送[4]。
- 27日 - NHK教育、『NHK劇場』の第1部で、テレビ音楽作品「魚が消えたとき愛はよみがえる」を放送(作:木村嘉長、作曲:佐藤真、振付:石井かほる、出演:佐野浅夫・西村晃 ほか)[26]。後に同番組はイタリア賞に参加、同賞を受賞[4]。
- 28日 - NET系、特別番組『ちびっこものまね紅白歌合戦』を放送。この年は春大会を一旦中断し、新たに夏大会を開催、そしてこの回から総合司会が土居まさるから玉置宏に変更、玉置は1984年の最終放送まで続く。また12月29日には冬大会も放送された。
- 29日 - NHK総合、単発番組『沖縄の海と空』を放送[27]。この撮影で、NHK開発の1型プリンプ水中カメラを初使用[4]。
8月
[編集]- 8日 - NHK総合、夏の高校野球中継である『全国高等学校野球選手権大会』の第57回大会を開催( - 8月24日)。この大会からNHK教育テレビとのリレー中継を開始(2025年現在も継続)。[4]
- 11日 - フジテレビ系、歌謡番組『夜のヒットスタジオ』において、当時開催中の沖縄国際海洋博覧会の会場から生放送。出演歌手は五木ひろし・山口百恵・黒木真由美・和田アキ子・森進一、そして沖縄出身の南沙織と、翌年から新たに司会に就任する井上順。だが当日は台風の影響で特設ステージが使えず、会場近くのブース内での放送となった。かくして、同番組が野外放送の時は天候不順になるのが連発する。
- 30日 - NET系、土曜昼の『土曜ショー』のこの日の放送で、赤塚不二夫(漫画家)を迎え「マンガ大行進 赤塚不二夫ショー」と題した企画を放送。この回で、当時福岡県から上京し赤塚宅に居候していた森田一義(タモリ)が出演。これがタモリ自身初のテレビ出演、かつ芸能界デビューとなった[28][29][注 18]。
- 31日 - TBS系、『サンデースペシャル』で、JNN加盟全社企画の共同取材ドキュメンタリー「追跡リポート・天ざる一家(日本食糧考)」を放送。司会は『JNNニュースコープ』でキャスターをしている古谷綱正。[4]
9月
[編集]10月
[編集]- 1日
- フジテレビ
- 系列の子供番組『ひらけ!ポンキッキ』が、この日より14:00から8:15に移動、昼の番組から朝の番組へと変更する。同時に関東地区では17:30より、当日放送分の再放送を開始した。なお枠移動に伴い、それまで月 - 土8:00 - 8:40で放送されていた『ママとあそぼう!ピンポンパン』は、平日放送が7:45 - 8:15に短縮繰り上げしたのに対し、土曜放送は8:00 - 8:30と短縮したのみ[注 22]、初めて平日と土曜の放送枠が異なった。この体制は1978年3月まで続く。
- 関東ローカルで、71 年10月開始の平日の生活情報番組『リビング4』を改編、放送時間を午後2時からに変更して『リビング2』として放送開始。[4]
- 東京12チャンネル(後のテレビ東京)
- フジテレビ
- 4日
- TBS系、土曜18時台前半枠で、料理バラエティ番組『料理天国』が放送開始(サントリー一社提供[注 23])。芳村真理と西川きよしの司会で長年親しまれ、後に司会者の交代もありながら、1992年9月26日まで17年間放送された。[4]
- フジテレビ系
- 土曜18時30分枠で、タツノコプロ制作のアニメ『タイムボカン』が開始。一連の『タイムボカンシリーズ』が同作から7作品、約8年に亘って続く。
- 土曜19時枠で、かつて1961年から1972年まで放送された『ズバリ!当てましょう』が復活する(松下電器(後のパナソニック)一社提供)。
- NET系、土曜正午枠でバラエティ番組『独占!女の60分』が放送開始。初代司会は水の江瀧子。番組のレギュラーには女性出演者と女性リポーターしか登場しない構成で[31]、「女のための、女による、女の60分」をキャッチフレーズに掲げていた。しかしながら、企画内容は一般的な内容の物から、時にはラブホテルの紹介、夜の日比谷公園の取材、日活ロマンポルノの撮影現場潜入など、土曜正午のテレビ番組としては異例のエッチ系の過激なものもあった。後に80年代になると司会者も交代し、この頃から内容も柔和なもの(例えば、トライアスロンなどのスポーツに挑戦した企画など)が多くなっていき、土曜の放送としては1992年3月28日まで続いた(番組の項を参照)。その後番組改編により平日昼の帯番組に昇格して2日後の3月30日からは『お昼の独占!女の60分』として放送したものの、半年後の同年9月25日で終了した。
- 5日
- よみうりテレビ・日本テレビ系、日曜19時台前半枠で、視聴者参加スポーツアトラクションバラエティ番組『びっくり日本新記録』が放送開始( - 1985年10月。途中中断あり)。
- 毎日放送・TBS系、20世紀の映像を見るドキュメンタリー番組『20世紀の映像』が放送開始( - 1976年9月26日)。この日の第 1 回は「太平洋のシーザー ダグラス・マッカーサー」を放送。[4]
- 朝日放送・NET系
- 6日
- NHK総合、連続テレビ小説第16作『おはようさん』(NHK大阪放送局制作)放送開始( - 1976年4月3日)[4]。これ以降、連続テレビ小説は東京(放送センター)と大阪で交互に制作する様になる。
- 日本テレビ系、朝の子供番組『おはよう!こどもショー』が、この日より大リニューアル。平日版は2部に分け、第2部は今までと同じ「こどもショー」であったが、第1部は前日(5日)まで日曜で放送していた「コンちゃんのトンカチうたじまん」をリニューアルした「こどものどじまん」の曜日別戦となり、その曜日別のチャンピオンを、土曜日の「チャンピオン戦」で戦わせる内容に変更、そして日曜日は、子供の観客から参加者を募って歌わせる「とびいりのどじまん」だった。これに伴い「のどじまん」の司会は、大村崑と石川牧子(当時:日本テレビアナウンサー)から横山やすし・西川きよし、審査員は山下毅雄(作曲家)から谷啓に、それぞれ変更[注 26]。
- TBS、関東ローカルの平日18時台前半で、キー局で初のローカルワイドニュース番組『テレポートTBS6』が放送開始( - 1990年3月30日)。
- 7日
- 日本テレビ系、火曜19時30分枠で、桂小金治の司会によるクイズ番組を兼ねた対面番組『それは秘密です!!』が放送開始( - 1987年9月29日)。
- TBS系、火曜19時30分枠で、クイズ番組『ぴったし カン・カン』が放送開始。司会は当時TBSアナウンサーだった久米宏[注 27]( - 1986年3月25日)。
- 8・15日 - 日本テレビ系、『水曜ロードショー』で2週に渡り、1939年に全編カラー製作された米国の映画の長編大作『風と共に去りぬ』が世界で初めてテレビ放映。8日の前編が32.2%、15日の後編が当時映画のテレビ放映に於いては歴代最高の38.9%の視聴率を記録した(いずれもニールセン調べ)[4][32]。
- 10日 - NET系、金曜9時枠の千葉真一主演ドラマ第二弾『燃える捜査網』が始まる。
- 15日 - NET系、水曜19時30分枠で、東映動画(後の東映アニメーション)制作・日本船舶振興会(後の日本財団)提供のアニメ『一休さん』放送開始[注 28]。1982年6月28日まで7年・全296回にわたって続く長寿アニメとなった。
- 17日 - 日本テレビ系、『金曜劇場』枠で、ドラマ『前略おふくろ様』第1シリーズが放送開始( - 1976年4月9日、全26回。脚本:倉本聰、出演:萩原健一・梅宮辰夫・坂口良子・北林谷栄 ほか)。[4]
- 21日 - フジテレビ系、子供向け番組『ひらけ!ポンキッキ』で、番組オリジナル・ソングとしてこの日『およげ!たいやきくん』が生田敬太郎の歌で放送開始[注 29][33][34]。その後フジテレビへリクエストやレコード発売の問い合わせが殺到[34]、これを受け、フジ系のレコード会社であるキャニオン・レコード(後のポニーキャニオン)からシングル・レコードとして発売する計画が出た処、生田がこの歌が放送開始時にレコード発売予定がなかったことからテイチク(現・テイチクエンタテインメント)と専属契約を結んでしまい、キャニオン・レコードからの発売ができなくなった[35]ため、生田の歌での放送は11月27日を最後に終了、翌12月9日から子門真人に交代して放送を再開する[36](同曲の項目も参照)。
- 29日 - NHK総合、『海外取材番組』で「環太平洋の自然 -アラスカ」が放送開始( - 11月19日、全4回)[4]。
11月
[編集]- 2日 - 朝日放送、恋愛バラエティ番組『ラブアタック! 7人のサムライ』がこの日関西ローカルで放送開始。司会は横山ノックとエバ[注 30]。当初は30分番組で、5か月後に『ラブアタック!』に改題し1時間番組に拡大。1977年4月3日よりテレビ朝日系列での全国ネット番組に昇格した( - 1984年10月14日)。
- 30日 - 毎日放送・TBS系(当時)、夢路いとし・喜味こいしの司会で親しまれたゲームバラエティ番組『がっちり買いまショウ』(1963年 - 1975年、江崎グリコ・グリコグループ単独提供[注 31])が12年の歴史に幕。腸捻転解消に伴うネットチェンジ後は視聴率が低迷していた。
12月
[編集]- 7日 - 毎日放送・TBS系、『がっちり買いまショウ』のリニューアル後継番組として、前番組と同様グリコ提供で、新たに三波伸介を司会に迎え『伸介のグリコがっちりショッピング』を放送開始( - 1977年3月27日)。
- 9日 - フジテレビ系、子供向け番組『ひらけ!ポンキッキ』の番組オリジナル・ソング『およげ!たいやきくん』が、この日から同月25日にキャニオン・レコードから発売されるシングル盤の子門真人の歌の音源に替えて放送を再開[36]。後にこのシングル盤が発売した途端、オリコン史上初のシングルチャート初登場1位・11週連続1位という歴史的大ヒットを記録、翌年2月時点で370万枚以上、最終的には450万枚以上を売り上げ、2025年現在でも、オリコン調べにおけるシングル盤としての史上最大の売上記録となっている(同曲の項目を参照)。
- 27日 - TBS系、ゲームバラエティ番組で、大橋巨泉司会・ロート製薬一社提供で親しまれた『お笑い頭の体操』(1968年 - 1975年)がこの日の放送をもって終了、8年の歴史に幕。翌週(年明け)から同じく巨泉司会・ロート提供の『クイズダービー』に引き継がれた。
- 31日
- TBS系、『1975年度(第17回)輝く!日本レコード大賞』を生放送(19:00〜20:55)。大賞は布施明の「シクラメンのかほり」。
- NHK総合、第26回NHK紅白歌合戦が生放送(21:00〜23:45)。視聴率72.0%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。
- 日本テレビ系では『NHK紅白歌合戦』の裏番組として『コント55号の紅白歌合戦をぶっ飛ばせ!なんてことするの!?』を放送。
- 一方、NET系では『さよなら昭和50年 美空ひばり 歌は我が命』を新宿コマ劇場から生放送、この年は戦後30年を記念し昭和歌謡の代表曲も披露[37]。ひばりのワンマンライブが大晦日に放送されたのはこれで3年連続となった。
その他テレビに関する話題
[編集]- 1月20日 - 日本テレビが、日本のテレビ業界で初の1インチVTRを導入(日本電気製 型番:TT-3000)。月内に、同VTRを使用した深夜放送での番組送出及びCMパッケージ送出を開始[38]。
- 1月31日 - カラー受信契約数がこの日2000万を突破する。[注 32][4]
- 3月31日 - 毎日放送(MBS)と朝日放送(ABC、後の朝日放送テレビ)による東京→大阪間ネットワークチェンジ(いわゆる腸捻転解消)を挙行。これにより、毎日放送はJNN、朝日放送はANNにそれぞれ当日をもってネットワーク加盟。また、ANN単独加盟ながらJNN系列の番組の大半(報道番組含む)を番組販売扱いでネットしていた青森テレビ(ATV)もANNを脱退してJNNに正式加盟。なお、青森県のANN系列はNNN・NNS系列の青森放送(RAB)に移行し、RABはクロスネット局に移行[注 33]。
- 4月7日 - NHKが東京と大阪で行っていたUHF試験放送を休止する(免許期限が切れる1976年2月6日に正式廃止)。[4][39]
- 5月10日・7月10日 - ソニーが、ベータ方式による家庭用VTR「ベータマックス」の第1号機を発売[4]。5月10日にはTVチューナーやRFユニット(RFコンバーター)が内蔵されていないSL-6300が(定価:22万8000円)、7月10日には一般家庭のカラーテレビに接続可能なRFユニットを付属し、TVチューナー内蔵で裏番組録画可能なSL-7300が発売された(定価:29万8000円)[40][41]。後者の登場により、漸く家庭で手軽にテレビ放送を録画でき始める様になった(「ベータマックス」の項目も参照)[42]。翌1976年10月31日になると、日本ビクター(後のJVCケンウッド)が「VHS」の第1号機HR-3300を発売(定価:25万6000円(TVチューナー、RFユニット内蔵、裏番組録画可能。留守番録画ができるタイマーはオプションで定価1万円))[43]、家庭用VTRが本格的に普及し始める様になる。
- 9月1日 - 宮城テレビ放送が開局5周年を機に、局の愛称を「宮城テレビ」から「ミヤギテレビ」に、略称も「MTB」から「mm34」に改める(略称は1985年10月に「MMT」、愛称は2010年1月に「ミヤテレ」にそれぞれ再変更)。
- 10月1日
- 東日本放送(宮城県、NETテレビ系)、テレビ新広島(広島県、フジテレビ系)がそれぞれ開局。これにより、両県の日本テレビ系列局(ミヤギテレビ、広島テレビ)がそれぞれクロスネット解消。さらに広島ホームテレビ(NETテレビ系)でネットしていた一部の日本テレビ系・フジテレビ系の番組が姿を消す。以上から、宮城・広島両県での民放4系列4局によるフルネット化が完了、7大都市圏全てで同体制が確立する。
- 日本民間放送連盟のCM基準改正により、プライムタイムなどにおけるスポットニュースなどのミニ番組の放送枠が、これまでの5分から6分に拡大。日本テレビ系列(NNN)、フジテレビ系列(FNN)、NETテレビ(後のテレビ朝日)系列(ANN)、東京12チャンネル(後のテレビ東京)が先行して実施。なお、TBS系列(JNN)は実施を見送った[注 34][44]。
開局
[編集]周年
[編集]番組
[編集]開局
[編集]記念回
[編集]視聴率
[編集](※関東地区、ビデオリサーチ調べ)
バラエティ・歌番組
[編集]- 第26回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)72.0%
- '75新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月1日)43.1%
- 1975年度輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)43.0%
ドラマ
[編集]スポーツ
[編集]ニュース・報道
[編集]テレビ番組
[編集]テレビドラマ
[編集]NHK
[編集]日本テレビ系
[編集]TBS系
[編集]- ポーラテレビ小説
- 妻そして女シリーズ(毎日放送制作)
- ナショナル劇場
- 火曜8時枠
- 火曜9時枠
- 水曜劇場
- 水曜10時枠(ここから毎日放送制作)
- 木曜8時枠
- 木曜9時枠(ここからTBS制作)
- 金曜8時枠
- 金曜9時枠
- 金曜ドラマ
- 土曜10時枠
- 日曜10時台前半枠(中部日本放送制作)
- Gメン'75(出演:丹波哲郎、原田大二郎、藤木悠、夏木陽介 他)
- 廃枠
- 枠新設
フジテレビ系
[編集]- ライオン奥様劇場
- 東海テレビ制作昼の帯ドラマ
- 月曜20時枠
- 野生のエルザ - 海外作品。
- 命がけの青春 ザ・ルーキーズ - 同上。
- たぬき先生奮戦記(主演:坂上二郎)
- 江戸の旋風(出演:加山雄三、露口茂、津坂まさあき 他)
- 月曜21時枠
- 火曜22時枠(関西テレビ制作)
- けんか安兵衛(出演:松方弘樹、有島一郎、松尾和子、仁科明子(後の仁科亜希子) 他) - 白雪劇場最終作。
- 宮本武蔵(出演:10代目市川海老蔵(後の十二世團十郎)、浜畑賢吉、目黒祐樹、小林由枝(後のかおり) 他)
- 水曜ホーム劇場
- 土曜劇場
- 新宿警察(原作:藤原審爾/出演:北大路欣也、藤竜也、財津一郎、小池朝雄 他)
- がんじがらめ(テレビ西日本制作。原作・脚本:花登筺/出演:香山美子、山口崇、小沢栄太郎 他)
- 枠移動
それまで火曜22時枠で放送されていた『どてらい男(ヤツ)』(関西テレビ制作。主演:西郷輝彦)が、4月改編で日曜21時枠へ移動した( - 1977年3月)。
NET系
[編集]- 水曜9時枠時代劇
- ナショナルゴールデン劇場
- 金曜9時枠(ここからNET制作)
- 日曜8時枠時代劇
- 賞金稼ぎ(出演:若山富三郎、睦五郎(後の睦五朗)、ジュディ・オング、大村崑、石田信之、瞳順子 他)
- マチャアキの森の石松(主演:堺正章)
- 必殺仕置屋稼業(朝日放送制作、必殺シリーズ第6作。出演:沖雅也、藤田まこと、新克利、渡辺篤史、中村玉緒 他)
- 遠山の金さん(出演:杉良太郎、小鹿ミキ、岡崎友紀、岸部シロー(後の岸部四郎)、伊東四朗 他)
- 霧の感情飛行(朝日放送制作。出演:石坂浩二、緒形拳、大谷直子、佐藤慶 他) - 当初26話の予定が21話で打ち切りとなった。
- TOKYO DETECTIVE 二人の事件簿(朝日放送制作。出演:篠田三郎、高岡健二(後の高岡建治)、植木等、ジュディ・オング 他)
子供向けドラマ
[編集]NHK
[編集]TBS系
[編集]- 廃枠
テレビアニメ
[編集]- キリンのものしり館(毎日放送)
- 世界名作劇場 フランダースの犬(フジテレビ)
- まんが日本昔ばなし(毎日放送 / NET) - 1月〜3月限定[注 37]
- まんが名作劇場 サザエさん(フジテレビ) - 再放送番組
- みつばちマーヤの冒険(朝日放送)
- 勇者ライディーン(NETテレビ)
- ラ・セーヌの星(フジテレビ)
- ドンチャック物語(東京12チャンネル)
- ガンバの冒険(日本テレビ)
- 少年徳川家康(NETテレビ)
- ゲッターロボG(フジテレビ)
- 宇宙の騎士テッカマン(NETテレビ)
- イルカと少年(TBS) - 日仏合作作品。
- アラビアンナイト シンドバットの冒険(フジテレビ)
- クムクム→まんが・わんぱく大昔クムクム(毎日放送)
- タイムボカン(フジテレビ) - タイムボカンシリーズ第1作
- 鋼鉄ジーグ(NETテレビ)
- UFOロボ グレンダイザー(フジテレビ)
- アンデス少年ペペロの冒険(NETテレビ)
- 元祖天才バカボン(日本テレビ)
- 草原の少女ローラ(TBS) - 火曜7時枠第1作
- 一休さん(NET→テレビ朝日)
- 手塚治虫まんがアワー(東京12チャンネル) - 『ジャングル大帝』(第1作)と『ふしぎなメルモ』を再放送。
特撮番組
[編集]- 冒険ロックバット(東海テレビ)
- 正義のシンボル コンドールマン(NETテレビ)
- 仮面ライダーストロンガー(毎日放送)- 昭和仮面ライダーシリーズ第1期最終作
- 秘密戦隊ゴレンジャー(NETテレビ)- スーパー戦隊シリーズ第1作
- アクマイザー3(NETテレビ)
- 少年探偵団 BD7(日本テレビ)
- それ行け!カッチン(TBS)
報道・情報番組
[編集]- テレビ三面記事 ウィークエンダー(日本テレビ)
- テレビドクター(よみうりテレビ)
- モーニングジャンボおはよう地球さん(TBS)
- おはよう720(TBS)
- テレポートTBS6(TBS)
- ANNニュースライナー(NET→テレビ朝日)
- ANNニュースセブン(NET→テレビ朝日)
- ANNニュースファイナル(NET→テレビ朝日)
- うわさの報告書(東京12チャンネル)
バラエティ番組
[編集]- バラエティー世界史漫遊(NHK総合)
- あの町この町評判家族(よみうりテレビ)
- びっくり日本新記録(よみうりテレビ)
- カックラキン大放送!!(日本テレビ)第1期(4月 - 9月)[注 38]
- それは秘密です!!(日本テレビ)
- ベスト3夢の顔合せ(日本テレビ)
- 目方でドーン!(日本テレビ)
- 笑って!笑って!!60分(TBS)
- シャボン玉こんにちは(TBS)
- 伸介のグリコがっちりショッピング(毎日放送)
- 爆笑ゴールデンショー(フジテレビ)
- おまたせしました演芸2題(フジテレビ)
- 三平・美どりのドキドキ生放送(フジテレビ)
- 欽ちゃんのドンとやってみよう!(フジテレビ)
- マチャアキ!するぞー(びっくり大喜劇)(フジテレビ)
- ノックは無用!(関西テレビ)
- 東西対抗お笑いルーレット(関西テレビ)[注 39]
- '75びっくり人間登場(NETテレビ)
- お笑い他流試合(NETテレビ)
- ドカドカ大爆笑(NETテレビ)
- ドカンと一発60分!(NETテレビ)
- 独占!女の60分(NET→テレビ朝日)
- 木曜スター対抗戦(NETテレビ)
- おはようワイド・土曜の朝に(朝日放送)
- 宮田輝の日本縦断 ふるさと(NETテレビ)
- 二郎さんのOh!マイおやじ(朝日放送)
- ラブアタック!(朝日放送)
- ザ・23(NETテレビ)
- 独占!男の時間(東京12チャンネル)
- カップル誕生(東京12チャンネル)
- 爆笑パニック!体当たり60分(東京12チャンネル)
- ビックリ大集合!(東京12チャンネル)
- きんきんギラギラ大放送(東京12チャンネル)
クイズ番組
[編集]- (ゲーム)ホントにホント?(NHK総合)
- ぼくらチャレンジャー(NHK総合)
- ぴったし カン・カン(TBS)
- 七つの文字(TBS)
- ズバリ!当てましょう(フジテレビ)※第2期
- (東リ/アルインコ/日興)パネルクイズ アタック25(朝日放送→朝日放送テレビ)
音楽番組
[編集]- ヒット'75(日本テレビ)
- 第1回日本テレビ音楽祭(日本テレビ)
- 一億人の歌謡曲(TBS)
- 歌のグランプリ(TBS)
- 歌だ!飛び出せ2万キロ(フジテレビ)
- 歌謡ヒットプラザ(フジテレビ)
- せんみつのJOYJOYスタジオ(NETテレビ)
- 7時のナマナマ歌謡曲(東京12チャンネル)
- とび出せ!歌謡ショー(東京12チャンネル)
教養・ドキュメンタリー番組
[編集]料理番組
[編集]スポーツ番組
[編集]- ハロー!スポーツ(日本テレビ)
- 素人勝ちぬき大相撲(東京12チャンネル)
- 小松原三夫のゴルフ道場(東京12チャンネル→テレビ東京)
紀行番組
[編集]- 世界あの店この店(NETテレビ→テレビ朝日)
単発特別番組枠
[編集]特別番組
[編集]- 3月21日 - 22日:宮城まり子のチャリティーテレソン(近畿放送) - 日本初のテレビ長時間特別番組。
- 3月31日:春だ!がんばれドリフターズ(NET) - 新ネットワーク記念番組。
- 4月1日:20年だョ!全員集合(TBS) - 開局20周年記念および新ネットワーク記念番組。
- 4月13日:さようならザ・ピーナッツ(TBS) - 『サンデースペシャル』初回。『ザ・ピーナッツ さよなら公演』東京公演(4月5日)の模様を放送。
- 5月2日:5・2小川宏のテレビアタック24時間!!(フジテレビ)
- 5月5日:ヤング歌の祭典(NHK総合) - 第1回。
- 7月28日:ちびっこものまね紅白歌合戦(NETテレビ) - 初の夏大会。12月29日にも冬大会を放送。
- 9月30日:テレビ祭り 10月だョ!全員集合(TBS) - 上記の番組を元にした番組の第1回。
大阪のネットチェンジに伴う大阪発全国番組の系列移行
[編集]年内開始番組を除く。全て3月31日を起点に移行。
毎日放送制作(NET系又は東京12チャンネル → TBS系)
[編集]表記のないのは全てNET系から移行。
- 野生の王国
- 八木治郎ショー
- 皇室アルバム
- 真珠の小箱
- 仮面ライダーシリーズ
- 生き物ばんざい
- がっちり買いまショウ
- ヤングおー!おー!(東京12チャンネルから移行)
- アップダウンクイズ
朝日放送制作(TBS系 → NET系)
[編集]ネットチェンジ後に全国放送となった番組(『プロポーズ大作戦』等)は除く。
既存番組のカラー化
[編集]全てNHK教育テレビで、特記以外は全て4月からカラー化
参考文献
[編集]- 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'75』日本放送出版協会、1975年9月25日。
- 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修室 編『NHK年鑑'76』日本放送出版協会、1976年9月25日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- 日本放送協会 編『放送五十年史 資料編』日本放送出版協会、1977年3月10日。
- NHK 編『放送の五十年 昭和とともに』日本放送出版協会、1977年3月30日。
- 日本民間放送連盟 編『日本放送年鑑'75』千秋社、1975年12月。[48]
- 日本民間放送連盟 編『日本放送年鑑'76』巴出版社、1976年12月。
- 「NHK大河ドラマ大全」(NHK出版、2011年)
- テレビドラマデータベース
- jump50-おかげさまで50年- 株式会社ビデオリサーチ
脚注
[編集]- ↑ 全面カラー化する以前のモノクロとカラーの混在期には、カラー番組でも、モノクロテレビの視聴者にも配慮した番組制作が行われるのが一般的だった。
- ↑ NHKのホームページ内の「放送史年表 -詳細版- 1975年」(NHK放送文化研究所)では1月1日開始と記されており[4]、日本テレビが1978年に発行した社史本「大衆とともに25年 沿革史」の544ページでは、1月1日に「『ニュース・フラッシュ』を『ジャストニュース』と変更」と記されている[5]。
- ↑ 当時は東京放送(後のTBSホールディングス)のテレビ放送事業だった(後のTBSテレビ)。
- ↑ 当時は朝日放送のテレビ放送事業であり、2018年4月の放送持株会社制移行により朝日放送グループホールディングスとなった。
- ↑ 舞台公演等により多忙となり、司会継続が困難となったため。
- ↑ その後の『SMAP×SMAP』はロート製薬を含む複数社提供となり、2016年12月26日に番組終了するまで続く。
- ↑ 1979年の第3作『バトルフィーバーJ』より八手三郎原作となる(ただし2011年の『海賊戦隊ゴーカイジャー』のみ石ノ森章太郎プロとの共同原作となった)。
- ↑ 2022年現在は『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』を放送中。
- ↑ 放送当時、笑福亭鶴瓶(落語家・タレント)が番組内でした行為により同局を出禁になった逸話が有名である(後年、出禁は解除され、『きらきらアフロTM』『チマタの噺』といった番組に出演のほか、2020年に開局55周年スペシャルドラマとして放送された『アメリカに負けなかった男〜バカヤロー総理 吉田茂〜』では吉田茂役で主演を務めた)。
- ↑ その後、協賛スポンサーの交代(アルインコ→日興証券を経て東リが復帰、その後も複数社の一社として提供したのち降板)や増減を繰り返し、後年は複数社提供となった。
- ↑ 番組終了半年後の2022年3月27日に開局したBS局・BSJapanextで『パネルクイズ アタック25 Next』として復活。
- ↑ 児玉は腸捻転解消直前まで毎日放送・NET系で放送されていた、事実上東洋リノリューム(後の東リ)一社提供の前番組である『東リクイズ・イエス・ノー』でも司会を務めていた。
- ↑ 児玉清は2011年に死去するまで約36年間司会を務め、彼の没後は朝日放送テレビアナウンサーの浦川泰幸→俳優の谷原章介が司会を務めた。
- ↑ 1978年には女子プロ野球チーム「ニューヤンキース」宣伝のために、『土曜グランドスペシャル』での4月15日と『火曜ワイスペ』での11月21日の2回開催、またこの間の8月5日には『土曜グランドSP』で、女子限定のスペシャル大会『激突!!女子スター選抜バレーボール大会』も開催した。
- ↑ 『夢の球宴』は1978年放送の第1期最終のみ3月で放送、一方の『大運動会』は、1978年にはニューヤンキースのため、春を特別開催、また1984年と1985年には春限定に変更した。その後1994年 - 1996年に復活した時は春秋開催を復活した(1996年は春のみ)。
- ↑ 橋田壽賀子脚本によるテレビドラマ。宇津井健の代表作品。
- ↑ いかりや長介の著書「だめだこりゃ」(新潮社)において、ドリフターズが合宿を行った当時のエピソードが記されている。
- ↑ なお、これがきっかけとなりタモリは翌月の『13時ショー』の「珍芸スターお笑い大行進」に出演し[30]、翌年から放送開始し2025年現在も続く『徹子の部屋』に1978年から36年間毎年年末の恒例ゲストとしての出演へとつながっていく[29]。
- ↑ 1年後の1976年9月27日より直前の『JNNニュース』(当時は『JNNニュースコール(第1期)』)と統合し、タイトルも『おはよう700』となった( - 1980年9月26日)。
- ↑ 末期は『キンキンのこんにちは』に改名(ただし正式タイトルは不変)。
- ↑ 後期は牛乳石鹸を含む複数社提供。
- ↑ 8:00 - 8:30にドキュメンタリー番組『世界の先生たち』を設置したため(『ポンキッキ』は土曜日未放送)。
- ↑ 末期はサントリーを含む複数社提供。
- ↑ 吸収された5分枠は、1963年10月より水曜12:40に設置された「ガイド」枠。その後日曜16:10→同15:10→同14:25と変遷し、『アタック25』開始時には13:40に移動していたが、同日に歌謡番組『せんみつのJOYJOYスタジオ』が13:45 - 14:55枠で開始したため、14:55に移動した。
- ↑ その後10分繰り下げとなり、13:25 - 13:55に変更。
- ↑ 後に司会は青空球児・好児、審査員はハナ肇に変更した。
- ↑ 久米降板後は小島一慶(当時TBSアナウンサー)→吉田照美(文化放送出身のフリーアナウンサー、最末期)と交代。同時にタイトル表記も『元祖・ぴったし カン・カン』となった(詳細は同番組の項を参照)。
- ↑ 途中からハウス食品に提供が変更された。
- ↑ 『毎日新聞』1976年1月11日付朝刊、19面の記事「たいやきくん 力泳中 毎日、まいにち十万枚 注文殺到、楽しいことばかり」では、同歌の放送開始日が「10月5日」と記されているが、同日は日曜日で番組の放送がない反面、出典で記されている「10月21日」は火曜日で放送がある日ということから、ここでは日付を「10月21日」としておく。
- ↑ 5か月後、エバに代わって上岡龍太郎が登場。1978年4月より和田アキ子が加入。
- ↑ オリエンタル一社提供で始まり、1972年から江崎グリコ・グリコグループの単独提供となった。
- ↑ ちなみにこの日に於いての正式な数は、2008万4552である。
- ↑ 青森朝日放送(ABA)が開局する前日の1991年9月30日まで。
- ↑ TBS系列は7年後の1982年10月改編で実施に踏み切った。
- ↑ 1973年10月に関西ローカルでスタートして以来の通算。
- ↑ 直前まで土曜22時枠で放送された『土曜劇場 6羽のかもめ』の後継作で、『月曜劇場』という枠名が付いていた。だが後継作『土曜劇場 赤ちゃんがいっぱい』とは2ヶ月間重複していた。
- ↑ 腸捻転解消、仮面ライダーシリーズのネット変更に伴う枠移動のため中断。1976年1月よりTBS系列で再開。
- ↑ 『コント55号のなんでそうなるの?』の2度目の一時中断に伴うつなぎ番組。
- ↑ つなぎ番組。1981年4月に同枠(水曜22:00)で『激突!お笑いルーレット』として復活。
出典
[編集]- ↑ NHKクロニクル『新春討論「転換期の日本」(1) 「いま,政治は何をなすべきか」』アナログ総合 1975年01月01日(水) 午後04:00 〜 午後05:30
- ↑ NHKクロニクル『新春討論「転換期の日本」(2) 「インフレは克服できるか」』アナログ総合 1975年01月02日(木) 午後04:00 〜 午後05:30
- ↑ NHKクロニクル『新春討論「転換期の日本」(3) 「国際社会と日本の課題」』アナログ総合 1975年01月03日(金) 午後04:00 〜 午後05:30
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- ↑ 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、544頁。NDLJP:11954641/288。
- ↑ NHKクロニクル『三木政治に問う 「社会的公正の確保について」』アナログ総合 1975年02月25日(火) 午後08:00 〜 午後08:54
- ↑ NHKクロニクル『特別番組「東京をどうする」 ―石原・松下・美濃部三氏にきく―』アナログ総合 1975年03月18日(火) 午後10:15 〜 午後11:15
- ↑ NHKクロニクル『放送開始50周年記念式典』アナログ総合 1975年03月20日(木) 午前10:30 〜 午前11:07
- ↑ NHKクロニクル『あの歌・この人・半世紀 第1景「昭和の幕開き」~ラジオ放送の開始と昭和初期の歌~ 第2景「ひとつの青春」~古賀メロディー物語~ほか』アナログ総合 1975年03月22日(土) 午後07:30 〜 午後09:30
- ↑ NHKクロニクル『放送とあなた』アナログ総合 1975年03月22日(土) 午後10:00 〜 午後11:00
- 1 2 “お美津”. テレビドラマデータベース. 2026年5月30日閲覧。
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- ↑ NHKクロニクル『ニュース速報・字幕スーパー』アナログ総合 1975年04月30日(水)11:32.05~45 ニュース速報「南ベトナム政府全面降伏を声明」(全中・スーパー)
- ↑ NHKクロニクル『ニュース(全中)』アナログ総合 1975年04月30日(水) 午前11:44 〜 午前11:45 番組内容「南ベトナム政府全面降伏声明」
- ↑ NHKクロニクル『サイゴン政権全面降伏』アナログ総合 1975年04月30日(水) 午後07:30 〜 午後07:59
- ↑ NHKクロニクル『ニュースセンター9時 「サイゴン降伏の日」』アナログ総合 1975年04月30日(水) 午後09:00 〜 午後09:40
- ↑ NHKクロニクル『ニュース解説 「サイゴン全面降伏」』アナログ総合 1975年04月30日(水) 午後10:00 〜 午後10:14
- ↑ NHKクロニクル『友だち100人できるかな』アナログ総合 1975年05月03日(土) 午後10:00 〜 午後10:29
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- ↑ NHKクロニクル『仏法僧 ―コノハズク―』アナログ総合 1975年06月13日(金) 午後10:15 〜 午後10:30
- ↑ NHKクロニクル『劇映画 「5つの銅貨」(字幕スーパー) ~アメリカパラマウント映画1959年作品~』アナログ総合 1975年06月15日(日) 午後10:05 〜 午後11:45
- ↑ NHKクロニクル『NHK特派員報告 「サイゴン陥落の記録」』アナログ総合 1975年06月17日(火) 午後07:30 〜 午後07:59
- ↑ NHKクロニクル『アポロ・ソユーズドッキング』アナログ総合 1975年07月18日(金) 午前00:00 〜 午前01:35 ~一部衛星中継~
- ↑ NHKクロニクル『NHK劇場 1.テレビ音楽作品“魚が消えたとき愛はよみがえる” 2.交響曲 第1番「巨人」 マーラー作曲』アナログ教育 1975年07月27日(日) 午後09:00 〜 午後10:30
- ↑ NHKクロニクル『沖縄の海と空』アナログ総合 1975年07月29日(火) 午後07:30 〜 午後07:59
- ↑ “『ギャグゲリラ』のテレビ番組があった?”. 赤塚不二夫保存会/フジオNo.1 - gooブログ (2017年11月5日). 2021年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月1日閲覧。
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- ↑ ソニー株式会社「商品のあゆみ レコーダー/プレーヤー」(2026年5月29日閲覧)
- ↑ 日本経済新聞 WEB版 「ニュースこんな日」2018年10月30日付「10月31日 VHSビデオレコーダー、日本ビクターが発売」(2026年6月3日閲覧)
- ↑ 参考資料:毎日新聞1975年7月7日付夕刊芸能面「民放ニュースは5分か6分か CMからみ“1分紛争”中」
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- ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'75』日本放送出版協会、1975年、66頁。
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- ↑ Nihon hōsō nenkan - Google Books