コンテンツにスキップ

1975年の野球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1975年 > 1975年のスポーツ > 1975年の野球

1975年の野球(1975ねんのやきゅう)では、1975年の野球界における動向をまとめる。

競技結果

[編集]

日本プロ野球

[編集]

ペナントレース

[編集]
セ・リーグ
[編集]
1975年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝広島東洋カープ724711.605---
2位中日ドラゴンズ69538.5664.5
3位阪神タイガース68557.5536.0
4位ヤクルトスワローズ57649.47116.0
5位大洋ホエールズ516910.42521.5
6位読売ジャイアンツ47767.38227.0
パ・リーグ
[編集]
1975年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝阪急ブレーブス64597.520---
2位近鉄バファローズ71509.587-8.0
3位太平洋クラブライオンズ586210.4834.5
4位ロッテオリオンズ59656.4765.5
5位南海ホークス57658.4676.5
6位日本ハムファイターズ556312.4666.5

*優勝はプレーオフで決定。2位以下はプレーオフの結果に関係なく勝率順で決定

パシフィック・リーグプレーオフ

[編集]
1975年 パシフィック・リーグプレーオフ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月15日(水)第1戦近鉄バファローズ11 - 7阪急ブレーブス阪急西宮球場
10月16日(木)第2戦近鉄バファローズ4 - 5阪急ブレーブス
10月17日(金)移動日
10月18日(土)第3戦雨天中止藤井寺球場
10月19日(日)阪急ブレーブス3 - 0近鉄バファローズ
10月20日(月)第4戦阪急ブレーブス5 - 3近鉄バファローズ
年間優勝:阪急ブレーブス

日本シリーズ

[編集]
1975年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月25日(土)第1戦広島東洋カープ3 - 3阪急ブレーブス阪急西宮球場
10月26日(日)第2戦広島東洋カープ1 - 5阪急ブレーブス
10月27日(月)移動日
10月28日(火)第3戦阪急ブレーブス7 - 4広島東洋カープ広島市民球場
10月29日(水)第4戦雨天中止
10月30日(木)阪急ブレーブス4 - 4広島東洋カープ
10月31日(金)第5戦阪急ブレーブス2 - 1広島東洋カープ
11月1日(土)移動日
11月2日(日)第6戦広島東洋カープ3 - 7阪急ブレーブス阪急西宮球場
優勝:阪急ブレーブス(初優勝)

個人タイトル

[編集]
 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
タイトル選手球団成績選手球団成績
最優秀選手山本浩二広島加藤秀司阪急
最優秀新人該当者なし山口高志阪急
最優秀投手外木場義郎広島
沢村栄治賞外木場義郎広島
首位打者山本浩二広島.319白仁天太平洋.319
最多本塁打田淵幸一阪神43本土井正博太平洋34本
最多打点王貞治巨人96打点加藤秀司阪急97打点
最多盗塁大下剛史広島44盗塁福本豊阪急63盗塁
最多安打[1]井上弘昭中日149安打弘田澄男ロッテ148安打
最多出塁数(セ)
最高出塁率(パ)
王貞治巨人236出塁小川亨近鉄.394
最優秀防御率安仁屋宗八阪神1.91村田兆治ロッテ2.20
最多勝利外木場義郎広島20勝東尾修太平洋23勝
最多奪三振[1]外木場義郎広島193奪三振東尾修太平洋154奪三振
最高勝率[2]星野仙一中日.773鈴木啓示近鉄.786
最多セーブ投手鈴木孝政中日21S村田兆治ロッテ13S

ベストナイン

[編集]
 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手 外木場義郎広島鈴木啓示近鉄
捕手 田淵幸一阪神野村克也南海
一塁手 王貞治巨人加藤秀司阪急
二塁手 大下剛史広島B.マルカーノ阪急
三塁手 衣笠祥雄広島有藤道世ロッテ
遊撃手 三村敏之広島大橋穣阪急
外野手 井上弘昭中日佐々木恭介近鉄
山本浩二広島白仁天太平洋
ロジャーヤクルト弘田澄男ロッテ
指名打者 長池徳二阪急

ダイヤモンドグラブ賞

[編集]
 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手 堀内恒夫巨人足立光宏阪急
捕手 大矢明彦ヤクルト有田修三近鉄
一塁手 王貞治巨人加藤秀司阪急
二塁手 大下剛史広島B.マルカーノ阪急
三塁手 島谷金二中日有藤道世ロッテ
遊撃手 藤田平阪神大橋穣阪急
外野手 高田繁巨人福本豊阪急
山本浩司広島島野育夫南海
ローン中日弘田澄男ロッテ

オールスターゲーム

[編集]

高校野球

[編集]

大学野球

[編集]

社会人野球

[編集]

メジャーリーグ

[編集]

できごと

[編集]

1月

[編集]
  • 1月20日 - パ・リーグは東京・銀座の連盟事務所にて理事会を開き、今季から実施する指名打者制度についてメジャー・リーグで指名打者制を採用しているアメリカン・リーグの方式を採用すると決定[3]。
  • 1月27日 - ニューヨーク・クーパーズタウンにあるアメリカ野球殿堂館にて、元巨人で現ロッテ監督の金田正一のプロ通算400勝目を達成した試合のウイニング・ボールとグラブのアメリカ野球殿堂入りの認証式が行われる[4]。

3月

[編集]

4月

[編集]

5月

[編集]
  • 5月3日
    • 広島は広島市内の球団事務所にて記者会見し、辞任したジョー・ルーツの後任監督として守備走塁コーチの古葉竹識が就任したと発表[25]。
    • 阪急の米田哲也が平和台球場での対太平洋4回戦に登板し、プロ野球史上2人目の通算900試合登板を達成[26]。
  • 5月11日
    • 西宮球場での阪急対南海6回戦で阪急がプロ野球史上3度目の毎回得点[27]。この試合で南海の門田博光が9回表に2号本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成。
    • ロッテがジミー・ロザリオの解雇を発表[28]。
  • 5月13日 - 南海の野村克也が後楽園球場での対ロッテ5回戦の5回表に安打を放ち、プロ野球史上初の通算2500安打を達成[29]。
  • 5月14日 - 阪急の福本豊が西宮球場での対太平洋9回戦の7回裏に二盗を決め、プロ通算450盗塁を達成[30]。
  • 5月17日
    • 巨人の堀内恒夫が後楽園球場での対阪神6回戦で2勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[31]。
    • 太平洋の基満男が大阪球場での対南海5回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[32]。
  • 5月18日
    • 日本ハムの張本勲が鳴門球場での対阪急ダブルヘッダー第1試合の9回戦の8回裏に二塁打を放ち、プロ通算4000塁打を達成[33]。
    • ヤクルトのロジャー・レポーズが中日球場での対中日7回戦の6回表に10号本塁打を放ち、セ・リーグ史上通算15000本塁打を記録[34]。
  • 5月20日 - 巨人の柴田勲が神宮球場での対ヤクルト10回戦に出場し、プロ通算1500試合出場を達成[35]。
  • 5月21日 - 大洋の江尻亮が川崎球場での対中日8回戦の2回裏に二塁打を放ち、プロ通算1000安打を達成[36]。
  • 5月22日 - 南海の野村克也が後楽園球場での対日本ハム8回戦の5回表に9号3点本塁打を放ち、プロ史上2人目の通算600本塁打を達成[37]。
  • 5月25日 - 広島の若生智男が広島市民球場での対大洋ダブルヘッダー第2試合の11回戦に2番手で救援登板し、プロ通算600試合登板を達成。史上13人目[38]。
  • 5月26日 - ロッテが新外国人選手としてビル・マクナルティの入団・支配下登録したことを発表[39]。
  • 5月27日 - ロッテがヒューストン・アストロズ傘下のAAA級アイオアのラファエル・バティスタの入団を発表[39]。
  • 5月30日

6月

[編集]
  • 6月1日
    • 太平洋の江藤慎一が川崎球場での対ロッテダブルヘッダー第1試合の12回戦の7回表に水谷則博から本塁打を放ち、プロ野球史上初の全球団から本塁打を達成[42]。また、太平洋の土井正博が同13回戦第2試合で16号本塁打を放ち、プロ通算3000塁打を達成[43]。
    • ロッテが川崎球場での対太平洋ダブルヘッダー第2試合の13回戦の試合後にジム・ラフィーバーの現役引退と守備走塁コーチの昇格を発表[44]。
  • 6月5日 - 南海の野村克也が大阪球場での対ロッテ10回戦に出場し、プロ野球史上初の通算2500試合出場を達成[45]。
  • 6月7日 - 阪急の高井保弘が西宮球場での対ロッテ9回戦の9回裏に代打で出場して3号本塁打を放ち、通算代打本塁打が18本となり、ピッツバーグ・パイレーツのジェリー・リンチ(英語版)のメジャー記録の代打本塁打18に並ぶ[46]。
  • 6月12日 - 静岡球場でヤクルト対広島9回戦が行われ、ヤクルトの船田和英が2回裏に二盗を決め、セ・リーグ15000個目の盗塁を記録[47]。また広島の大下剛史が通算1000試合出場を達成[48]。
  • 6月17日 - 大阪球場にて南海と阪急10回戦が行われ、延長10回の末引き分けとなり、阪急がパ・リーグ前期優勝を達成[49]。
  • 6月19日 - 阪神の田淵幸一が中日球場での対中日13回戦の7回表に23号本塁打を放ち、プロ通算200本塁打を達成[50]。
  • 6月21日 - 阪急の米田哲也の阪神入りが決定[51]。
  • 6月22日 - 阪急の長池徳士が平和台球場での対太平洋13回戦の7回表に16号本塁打を放ち、プロ通算300本塁打を達成[52]。
  • 6月30日 - 後楽園球場を運営する後楽園スタヂアムは、来年度より日本の球場で初めてとなる人工芝を全面的に導入すると発表[53]。

7月

[編集]
  • 7月6日 - 阪神のジョージ・アルトマンが甲子園球場での対中日ダブルヘッダー第2試合の15回戦の4回裏に7号本塁打を放ち、通算200本塁打を達成。外国人選手としてプロ野球史上初めての記録[54]。
  • 7月8日 - パ・リーグの後期が開幕[55]。
  • 7月11日 - 巨人の王貞治が後楽園球場での対阪神9回戦の8回裏に16号本塁打を放ち、プロ野球史上初の通算650本塁打を達成[56]。
  • 7月13日 - ロッテの山崎裕之が宮城球場での対太平洋後期1回戦で2回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[57]。
  • 7月17日 - 太平洋の土井正博が平和台球場での対近鉄後期三回戦に9回裏にサヨナラ18号2点本塁打を放ってプロ入り通算1001点とし、プロ野球史上10人目の1000打点を達成[58]。
  • 7月26日 - 中日球場の中日対広島18回戦において1回裏に球場の照明灯の1基が故障したため審判団は試合を中断。修理の見込みがないため1時間20分経過した20時5分、審判団と両チームの監督が協議してノーゲームとなる[59]。
  • 7月30日 - 岡山球場で阪神対中日17回戦が行われ阪神が中日に3-2で勝ち、公式戦2500勝を達成[60]。
  • 7月31日 - 阪急の加藤秀司が対太平洋後期3回戦の8回裏に18号3点本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成[61]。

8月

[編集]
  • 8月1日 - ロッテの成田文男が川崎球場での対阪急後期8回戦で完投勝ちして9勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[62]。
  • 8月3日 - 第46回都市対抗野球大会の決勝戦が後楽園球場で15時より行われ、電電関東の千葉市が大昭和製紙北海道の白老町を3-0で下し、2度目の優勝[63]。
  • 8月5日
    • 巨人の王貞治が川崎球場での対大洋14回戦の4回表に20号本塁打を放ち、プロ野球史上初の通算1500得点を達成[64]。
    • ロッテの鈴木皖武が宮城球場での対南海後期4回戦の2回表に2番手で救援登板し、プロ通算500試合登板を達成。史上32人目[65]。
  • 8月8日
    • 広島の外木場義郎が西京極球場での対阪神16回戦の5回表に遠井吾郎から三振を奪い、プロ通算1500奪三振を達成[66]。
    • 大洋のジョン・シピンが中日球場での対中日14回戦の8回表に20号本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成[67]。
    • 第57回全国高等学校野球選手権大会が阪神甲子園球場で開幕。
  • 8月14日 - 阪神の安仁屋宗八が後楽園球場での対巨人16回戦の6回裏途中からリリーフ登板して10勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[68]。
  • 8月16日 - 巨人の王貞治が後楽園球場での対大洋18回戦の7回裏に適時打を放ち、野村克也に次いでプロ野球史上2人目の通算4500塁打を達成[69]。
  • 8月17日 - 近鉄の鈴木啓示が日生球場での対阪急後期3回戦に登板しプロ通算2000奪三振を達成[70]。
  • 8月20日 - 阪神の米田哲也が広島球場での対広島20回戦に先発登板して5回まで投げ、金田正一に次いでプロ野球史上2人目の通算5000投球回を達成[71]。
  • 8月21日 - 大洋の松原誠が宮城球場での対ヤクルト18回戦に先発出場し、プロ通算1500試合出場を達成[72]。
  • 8月24日 - 第57回全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、千葉県代表の習志野が愛媛県代表の新居浜商を5-4で破り1967年夏(第49回)以来8年ぶり2回目の優勝[73]
  • 8月27日
    • 阪急の高井保弘が宮城球場での対ロッテダブルヘッダー第2試合の後期11回戦の1回表に指名打者の森本潔の代打で出場して6号本塁打を放ち、これで通算の代打本塁打が19となり、ジェリー・リンチの持つメジャーリーグ記録の代打本塁打18を上回る[74]。
    • 太平洋の江藤慎一が平和台球場での対日本ハム後期11回戦に出場し、プロ通算2000試合出場を達成[75]。
  • 8月28日 - 日本ハムの東田正義が平和台球場での対太平洋後期12回戦の6回表に6号本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成[76]。
  • 8月31日 - 阪急の足立光宏が山形県営球場での対近鉄後期7回戦に先発し、プロ通算600試合登板を達成[77]。

9月

[編集]
  • 9月2日 - 中日球場で行われた中日対広島21回戦で、5回表に中日の星野仙一が広島の外木場義郎から三振を奪い、セ・リーグ通算10万個目の奪三振となる[78]。
  • 9月3日 - 阪神の池田祥浩が対ヤクルト21回に8番・左翼で先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[79]。
  • 9月4日 - 巨人の土井正三が後楽園球場での対大洋22回戦の9回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[80]。
  • 9月6日
    • 太平洋の監督兼選手の江藤慎一が藤井寺球場での対近鉄後期7回戦の九回表に二塁打を放ち、プロ通算2000安打を達成[81]。
    • 近鉄の小川亨が藤井寺球場での対太平洋7回戦に先発出場し、第1打席から第4打席まで無三振で連続180打席無三振となり、吉田義男が1964年に記録した179打席無三振の記録を破るプロ野球新記録を達成。第5打席で三振を喫したため、記録は180でストップ[82]。
  • 9月10日 - 広島市民球場での広島対中日25回戦の九回裏、二死二塁の場面で、広島の山本浩二が中前に安打を打ち二塁走者の三村敏之が本塁へ突入するが、中堅からの返球を受けた中日の捕手の新宅洋志が三村の顔面をタッチしてアウトとなり試合終了。このプレーを巡って両軍がベンチから飛び出して乱闘に発展し、また興奮したファンが多数グランドへ降りてきて中日選手に襲い掛かるなど騒乱状態となる。さらに球場を出たファンが中日ナインの移動バスを取り囲む騒ぎが起きる[83]。
  • 9月11日 - 広島の球団代表の重松良典が広島市民球場にて記者会見し、この日試合予定だった広島球場での広島対中日26回戦を中止にすると発表。前日にファンがなだれ込み騒乱状態となったことを受けて、広島はセ・リーグに対し「警備に自信がないでのこのカードを10月に回すことを認めてほしい」との要望を出して認められたため[84]。
  • 9月13日 - 日本ハムの張本勲が後楽園球場での対ロッテ後期11回戦の6回裏に安打を放ってシーズン100本目の安打となり、17年連続100安打を達成、長島茂雄のプロ野球記録と並ぶ[85]。
  • 9月14日 - 広島のリッチー・シェーンがユダヤ教信者懺悔の日という宗教的理由でこの日の広島市民球場での対巨人24回戦を欠場[86]。巨人は3-4で敗れ、球団ワースト新記録の9連敗となる[87]。
  • 9月15日 - 南海の野村克也が西宮球場での対阪急後期13回戦の7回表に二塁打を放ち、プロ通算1000本長打を達成[88]。
  • 9月18日 - 巨人は後楽園球場での対ヤクルト26回戦に5-4でサヨナラ勝ちし、連敗を11で止める[89]。
  • 9月21日 - 西宮球場にて阪急対近鉄のダブルヘッダー第10、11回戦が行われ、第2試合で近鉄が阪急に3-0と勝利し、後期優勝を達成[90]。

10月

[編集]
  • 10月4日 - 近鉄の西本幸雄監督が日生球場での対日本ハムダブルヘッダー第1試合の後期11回戦に勝利し、監督として通算1000勝を達成。史上7人目[91]。また、近鉄の清俊彦が第2試合の同12回戦に4番手で救援登板し、シーズン3勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成。史上66人目[92]。
  • 10月10日
    • 大洋対中日26回戦が川崎球場で行われ大洋が中日に12-8で勝利し、巨人の球団創設以来初の最下位が決定[93][94]。
    • パ・リーグのシーズン公式戦全日程が終了[95]。
  • 10月11日 - ヤクルトの大杉勝男が広島球場での対広島25回戦の7回表に13号本塁打を放ち、プロ通算300本塁打を達成[96]。
  • 10月12日 - 太平洋のオーナーの中村長芳が福岡市の博多都ホテルにて16時より記者会見し、監督兼選手の江藤慎一の留任、球団社長兼球団代表の坂井保之の社長選任、専務の青木一三の球団代表就任を発表[97]。
  • 10月15日 - 広島が後楽園球場での対巨人26回戦に4対0で勝利し、球団創設以来26年目で初のセ・リーグ優勝を達成[98][99]。
  • 10月18日 - 日本ハムは六本木の球団事務所で中西太の監督解任を発表[100]。
  • 10月20日 - パ・リーグのプレーオフの第4戦が藤井寺球場で行われ阪急が近鉄を5-3で下し、3年ぶりのパ・リーグ制覇[101]。
  • 10月21日
    • セ・リーグのシーズン公式戦全日程終了[102]。シーズン観客動員数が初めて900万人を突破し、1試合あたりの平均観客動員数が初めて2万人を越える[103]。
    • 阪神の米田哲也が中日球場での対中日26回戦でシーズン10勝目(阪急で2勝、阪神で8勝)を挙げ、19年連続10勝を記録[104]。
  • 10月23日 - 沢村賞選考委員会は12時から東京・丸の内の山水楼にて選考を行い、広島の外木場義郎を選出[105]。
  • 10月27日 - 巨人は野球評論家の杉下茂が一軍投手コーチに就任したと発表[106]。

11月

[編集]
  • 11月2日 - 日本シリーズ第6戦が阪急西宮球場で行われ、阪急が広島に7-3で勝利し、球団創設初の日本一を達成[107]。
  • 11月4日 - プロ野球セ・パ両リーグの最優秀選手、最優秀新人、ベストナインを決める記者投票が10時から東京・銀座のコミッショナー事務局にて開票され、最優秀選手にセは広島の山本浩二、パは阪急の加藤秀司、最優秀新人にセは「該当者なし」、パは阪急の山口高志が選出される[108]。
  • 11月5日 - 日本ハムは15時から東京・六本木の球団事務所にて記者会見し、評論家の大沢啓二が監督に就任したと正式に発表[109]。
  • 11月17日 - 日本ハムの東田正義と阪神の後藤和昭のトレードが成立したと日本ハム、阪神の両球団が発表[110]。
  • 11月18日
    • ドラフト会議が11時から東京都港区芝の東京グランドホテルにて行われる[111]。
    • 【MLB】全米野球記者協会はナショナル・リーグの最優秀選手にシンシナチ・レッズのジョー・モーガンを選出[112]。
  • 11月25日 - 日本ハムの張本勲と巨人の高橋一三・富田勝との1対2の交換トレードが成立したと日本ハム、巨人両球団が正式に発表[113]。
  • 11月26日

12月

[編集]

誕生

[編集]

1月

[編集]

2月

[編集]

3月

[編集]

4月

[編集]

5月

[編集]

6月

[編集]

7月

[編集]

8月

[編集]

9月

[編集]

10月

[編集]

11月

[編集]

12月

[編集]

死去

[編集]

出典

[編集]
  1. 1 2 当時連盟表彰なし
  2. ↑ セントラル・リーグのみ当時連盟表彰なし
  3. ↑ 読売新聞1975年1月21日15面「パ・リーグの指名打者制 ア・リーグ方式を採用 規則そっくりそのまま」読売新聞縮刷版1975年1月p515
  4. ↑ 読売新聞1975年1月29日15面「ニコニコ 世界の金やん グラブとボール 米の野球殿堂入り」読売新聞縮刷版1975年1月p741
  5. ↑ 読売新聞1975年3月3日15面「中日は初練習 パイレーツタウン」読売新聞縮刷版1975年3月p71
  6. ↑ 読売新聞1975年3月24日19面「赤バット"快音" 川上さん引退試合」読売新聞縮刷版1975年3月p693
  7. ↑ 「パシフィック・リーグ略史(1949年〜2000年)」『パシフィック野球連盟公式サイト』。2015年12月11日閲覧。
  8. ↑ 読売新聞1975年4月5日夕刊7面「プロ野球'75 さあプレーボール フレッシュな魅力 ファンの足続々」読売新聞縮刷版1975年4月p151
  9. ↑ 読売新聞1975年4月6日15面「外木場、100勝目」読売新聞縮刷版1975年4月p167
  10. ↑ 毎日新聞1975年4月7日1面「センバツ 高知高が初優勝 延長13回 東海大相模を振切る」毎日新聞縮刷版1975年4月p165
  11. ↑ 毎日新聞1975年4月9日19面「太田幸が好救援 近鉄も初白星」毎日新聞縮刷版1975年4月p239
  12. ↑ 読売新聞1975年4月12日15面「大洋、アーチ攻勢で大勝」読売新聞縮刷版1975年4月p345
  13. ↑ 毎日新聞1975年4月12日15面「宮本退場で混乱」毎日新聞縮刷版1975年4月p323
  14. ↑ 毎日新聞1975年4月14日11面「足立、17年目の150勝」毎日新聞縮刷版1975年4月p371
  15. ↑ 毎日新聞1975年4月16日15面「『巨人は弱かー』21年ぶり、小倉ファンの嘆き」毎日新聞縮刷版1975年4月p431
  16. ↑ 毎日新聞1975年4月21日15面「見事な配球 32歳"静の男"」毎日新聞縮刷版1975年4月p569
  17. ↑ 毎日新聞1975年4月21日15面「張本、狙ったこの一発 王、野村、長島に続き4人目」毎日新聞縮刷版1975年4月p569
  18. ↑ 毎日新聞1975年4月21日15面「ワザも三げいた"天才虎児"」毎日新聞縮刷版1975年4月p569
  19. ↑ 毎日新聞1975年4月23日15面「心臓発作で一週間の休養 金田監督」毎日新聞縮刷版1975年4月p627
  20. ↑ 毎日新聞1975年4月27日19面「阪本が千本安打を達成」毎日新聞縮刷版1975年4月p761
  21. ↑ 読売新聞1975年4月28日7面「日本ハム・張本が通算300盗塁」読売新聞縮刷版1975年4月p823
  22. ↑ 読売新聞1975年4月28日7面「ルーツ監督退場」読売新聞縮刷版1975年4月p823
  23. ↑ 読売新聞1975年4月29日7面「視力戻らず荒川尭ついに引退」読売新聞縮刷版1975年4月p863
  24. ↑ 読売新聞1975年4月30日夕刊6面「広島ルーツ監督退団」読売新聞縮刷版1975年4月p894
  25. ↑ 毎日新聞1975年5月4日15面「"積極野球だ"広島・古葉監督」毎日新聞縮刷版1975年5月p87
  26. ↑ 毎日新聞1975年5月4日15面「どんたく打線、2ラン3発 三万観衆、お祭り騒ぎ」毎日新聞縮刷版1975年5月p87
  27. ↑ 毎日新聞1975年5月12日15面「132 412 11×||15 阪急が毎回得点 どたん場代打河村 "記録達成アーチ"」毎日新聞縮刷版1975年5月p287
  28. ↑ 「ロッテ、ロザリオ選手をクビ きょう新外人選手発表」『北海道新聞』(縮刷版) 1975年(昭和50年)5月12日付朝刊、10面(スポーツ面)。
  29. ↑ 毎日新聞1975年5月14日15面「野村、2500安打」毎日新聞縮刷版1975年5月p343
  30. ↑ 毎日新聞1975年5月15日15面「福本が450盗塁」毎日新聞縮刷版1975年5月p371
  31. ↑ 毎日新聞1975年5月18日19面「堀内150勝 7度目の正直」毎日新聞縮刷版1975年5月p463
  32. ↑ 毎日新聞1975年5月18日19面「基が千試合出場」毎日新聞縮刷版1975年5月p463
  33. ↑ 毎日新聞1975年5月18日15面「張本、史上五人目の男」毎日新聞縮刷版1975年5月p483
  34. ↑ 毎日新聞1975年5月19日15面「セ・リーグ25年15000号アーチ ヤクルトのロジャー」毎日新聞縮刷版1975年5月p483
  35. ↑ 毎日新聞1975年5月21日15面「柴田、1500試合」毎日新聞縮刷版1975年5月p539
  36. ↑ 毎日新聞1975年5月22日15面「江尻が千本安打」毎日新聞縮刷版1975年5月p567
  37. ↑ 毎日新聞1975年5月23日15面「野村、20年目の600号 王、長島はヒマワリ 僕は月見草…」毎日新聞縮刷版1975年5月p595
  38. ↑ 「若生が六百試合登板」『北海道新聞』(縮刷版) 1975年(昭和50年)5月26日付朝刊、12面(スポーツ面)。
  39. 1 2 「ロッテにバチスタ(アストロズの3A)が入団 ラフィーバーはコーチに」『北海道新聞』(縮刷版) 1975年(昭和50年)5月28日付朝刊、12面(スポーツ面)。
  40. ↑ 「記録メモ(30日) 太平洋・山村がプロ入り初打席に初ホーマー」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)5月31日付朝刊、15面。
  41. ↑ 「島本外野手と佐々木投手を交換 南海・近鉄でトレード」『北海道新聞』(縮刷版) 1975年(昭和50年)5月31日付朝刊、14面(スポーツ面)。
  42. ↑ “意外なレア記録? 全球団本塁打と全打順本塁打の両方を達成した選手は?”. 週刊ベースボールONLINE. ベースボール・マガジン社. 2020年4月8日. 2022年4月12日閲覧.
  43. ↑ 毎日新聞1975年6月2日15面「太平洋土井、三千塁打」毎日新聞縮刷版1975年6月p39
  44. ↑ 「ラフィーバー現役を引退、コーチに」『北海道新聞』(縮刷版) 1975年(昭和50年)6月2日付朝刊、12面(スポーツ面)。
  45. ↑ 毎日新聞1975年6月6日15面「野村が2500試合出場」毎日新聞縮刷版1975年6月p149
  46. ↑ 毎日新聞1975年6月8日19面「高井、世界タイの18本 これはアダ花」毎日新聞縮刷版1975年6月p209
  47. ↑ 毎日新聞1975年6月13日15面「船田が一万五千個目の盗塁」毎日新聞縮刷版1975年6月p341
  48. ↑ 毎日新聞1975年6月13日15面「大下が千試合出場」毎日新聞縮刷版1975年6月p341
  49. ↑ 毎日新聞1975年6月18日15面「阪急やっと"胴上げ" 南海と引分けて 山口、一人でふんばる」毎日新聞縮刷版1975年6月p479
  50. ↑ 毎日新聞1975年6月20日19面「田淵 超特急200号 予告通り、中日戦」毎日新聞縮刷版1975年6月p541
  51. ↑ 毎日新聞1975年6月22日19面「米田 阪神入り決定」毎日新聞縮刷版1975年6月p603
  52. ↑ 毎日新聞1975年6月23日15面「太平洋、阪急に勝ち越す」毎日新聞縮刷版1975年6月p623
  53. ↑ 毎日新聞1975年7月1日15面「後楽園が来春"全面"実施 『人工芝』で野球が変わる?」毎日新聞縮刷版1975年7月p15
  54. ↑ 毎日新聞1975年7月7日15面「アルトマン二百号 外人選手で初めて」毎日新聞縮刷版1975年7月p189
  55. ↑ 毎日新聞1975年7月8日15面「きょうから『パ』後期戦 "阪急追落とし"に五球団胸残用」毎日新聞縮刷版1975年7月p217
  56. ↑ 毎日新聞1975年7月12日15面「王、650号 三試合連続 」毎日新聞縮刷版1975年7月p337
  57. ↑ 毎日新聞1975年7月14日夕刊7面「山崎裕が千本安打」毎日新聞縮刷版1975年7月p381
  58. ↑ 毎日新聞1975年7月18日19面「土井、逆転サヨナラ2ラン」毎日新聞縮刷版1975年7月p489
  59. ↑ 毎日新聞1975年7月27日14面「中日・広島戦、停電でノーゲーム」毎日新聞縮刷版1975年7月p742
  60. ↑ 毎日新聞1975年7月31日14面「阪神が2500勝」毎日新聞縮刷版1975年7月p842
  61. ↑ 毎日新聞1975年8月1日14面「太平洋、山口をKO」毎日新聞縮刷版1975年7月p14
  62. ↑ 毎日新聞1975年8月2日10面「成田が150勝」毎日新聞縮刷版1975年8月p38
  63. ↑ 毎日新聞1975年8月4日夕刊1面「千葉(電電関東)に黒獅子旗 都市対抗野球」毎日新聞縮刷版1975年8月p77
  64. ↑ 毎日新聞1975年8月6日15面「王、1500得点」毎日新聞縮刷版1975年8月p129
  65. ↑ 「鈴木皖五百試合登板」『北海道新聞』(縮刷版) 1975年(昭和50年)8月6日付朝刊、12面(スポーツ面)。
  66. ↑ 毎日新聞1975年8月9日15面「外木場が千五百奪三振」毎日新聞縮刷版1975年8月p213
  67. ↑ 毎日新聞1975年8月9日15面「シピン来日百号」毎日新聞縮刷版1975年8月p213
  68. ↑ 毎日新聞1975年8月15日13面「暑さに強い安仁屋」毎日新聞縮刷版1975年8月p363
  69. ↑ 毎日新聞1975年8月17日15面「王が4500塁打」毎日新聞縮刷版1975年8月p417
  70. ↑ 毎日新聞1975年8月9日15面「鈴木が2千奪三振 阪急連敗」毎日新聞縮刷版1975年8月p433
  71. ↑ 毎日新聞1975年8月21日15面「米田が5千回投球」毎日新聞縮刷版1975年8月p515
  72. ↑ 毎日新聞1975年8月22日15面「松原、千五百試合出場」毎日新聞縮刷版1975年8月p543
  73. ↑ 朝日新聞1975年8月25日1面「全国高校野球 習志野、再び栄冠 粘る新居浜商破る」朝日新聞縮刷版1975年8月p677
  74. ↑ 毎日新聞1975年8月28日19面「高井、代打で19アーチ 大リーグにもない記録」毎日新聞縮刷版1975年8月p711
  75. ↑ 毎日新聞1975年8月28日19面「江藤が二千試合出場」毎日新聞縮刷版1975年8月p711
  76. ↑ 毎日新聞1975年8月29日19面「東尾、投げれば勝つ 18勝」毎日新聞縮刷版1975年8月p745
  77. ↑ 毎日新聞1975年9月1日15面「足立、六百試合登板」毎日新聞縮刷版1975年9月p15
  78. ↑ 毎日新聞1975年9月3日15面「振りも振ったりセ通算十万三振 星野仙が達成投手に」毎日新聞縮刷版1975年9月p67
  79. ↑ 毎日新聞1975年9月4日11面「池田(阪神)が千試合出場」毎日新聞縮刷版1975年9月p99
  80. ↑ 毎日新聞1975年9月5日15面「土井が千本安打」毎日新聞縮刷版1975年9月p127
  81. ↑ 読売新聞1975年9月7日15面「太平洋・江藤が2000本安打」読売新聞縮刷版1975年9月p197
  82. ↑ 毎日新聞1975年9月3日15面「小川が180打席無三振を記録」毎日新聞縮刷版1975年9月p187
  83. ↑ 読売新聞1975年9月11日23面「"広島の夜"加熱 ファンなだれ込み 9回クロスプレー 選手と乱闘、ケガ人」読売新聞縮刷版1975年9月p329
  84. ↑ 毎日新聞1975年9月12日17面「ファンが怖くて中止のナイター 広島優勝ムード ぶちこわし」毎日新聞縮刷版1975年9月p323
  85. ↑ 毎日新聞1975年9月14日19面「張本 17年連続百安打」毎日新聞縮刷版1975年9月p391
  86. ↑ 「【9月14日】1975年(昭50) 本日安息日 優勝目前でも試合に出なかったシェーン」『スポーツニッポン新聞社』2012年9月14日。2015年12月11日閲覧。
  87. ↑ 読売新聞1975年9月15日15面「巨人の9連敗は球団最多連敗記録」読売新聞縮刷版1975年9月p453
  88. ↑ 毎日新聞1975年9月16日15面「野村が一千本長打」毎日新聞縮刷版1975年9月p427
  89. ↑ 読売新聞1975年9月19日15面「巨人やっと連敗脱出」読売新聞縮刷版1975年9月p577
  90. ↑ 毎日新聞1975年9月22日15面「近鉄、26年目の胴上げ パ・リーグ後期優勝」毎日新聞縮刷版1975年9月p601
  91. ↑ 「記録メモ(4日) 近鉄・西本監督が通算1000勝」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)10月5日付朝刊、17面。
  92. ↑ 「近鉄、ハム日程終わる」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)10月5日付朝刊、17面。
  93. ↑ 読売新聞1975年10月11日15面「巨人、阪神を破ったがー屈辱の最下位決定」読売新聞縮刷版1975年10月p347
  94. ↑ 毎日新聞1975年10月11日15面「巨人の最下位決定」毎日新聞縮刷版1975年10月p295
  95. ↑ 毎日新聞1975年10月11日15面「東尾が単独最多勝 パ終了」毎日新聞縮刷版1975年10月p295
  96. ↑ 毎日新聞1975年10月12日15面「大杉が通算三百号」毎日新聞縮刷版1975年10月p323
  97. ↑ 読売新聞1975年10月13日14面「江藤『監督兼選手』で留任」読売新聞縮刷版1975年10月p404
  98. ↑ 中国新聞1975年10月16日1面「広島カープ初優勝 セ・リーグ 結成26年目 宿願果たす」
  99. ↑ 読売新聞1975年10月16日17面「広島、26年目の初優勝 ホプキンス"祝砲"3ラン 外木場-金城、巨人を完封」読売新聞縮刷版1975年10月p505
  100. ↑ 毎日新聞1975年10月19日15面「中西監督の解任を発表」毎日新聞縮刷版1975年10月p523
  101. ↑ 読売新聞1975年10月21日15面「阪急 3年ぶりの栄冠 福本、終回決勝アーチ 『日本一』かけ広島と決戦 25日から」読売新聞縮刷版1975年10月p663
  102. ↑ 読売新聞1975年10月21日15面「波乱のセ、全試合終わる 山本浩初の首位打者 最多勝に外木場 盗塁王大下」読売新聞縮刷版1975年10月p693
  103. ↑ 読売新聞1975年10月22日15面「広島は倍増 セ・リーグ入場者数」読売新聞縮刷版1975年10月p693
  104. ↑ 「記録メモ(21日) 阪神・米田哲也投手が19年連続10勝以上」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)10月22日付朝刊、15面。
  105. ↑ 読売新聞1975年10月24日17面「外木場(広島)初の『沢村賞』 V1に大きく貢献」読売新聞縮刷版1975年10月p761
  106. ↑ 読売新聞1975年10月28日「『投手の長所生かす』 杉下氏の巨人入団発表」読売新聞縮刷版1975年10月p891
  107. ↑ 読売新聞1975年11月3日15面「阪急、40年目の“日本一” 中沢、今度は逆転2ラン 山口高4連投、反撃絶つ」読売新聞縮刷版1975年11月p77
  108. ↑ 読売新聞1975年11月5日15面「最優秀選手 セ山本浩 パ加藤が初受賞 新人王は山口 セ、該当なし」読売新聞縮刷版1975年11月p129
  109. ↑ 読売新聞1975年11月6日17面「ハム、稲尾氏ら打診 大沢監督就任『張本は残留』」読売新聞縮刷版1975年11月p161
  110. ↑ 読売新聞1975年11月18日17面「球界ルポ トレード1号 ハム・東田と阪神・後藤」読売新聞縮刷版1975年11月p533
  111. ↑ 読売新聞1975年11月18日夕刊10面「ドラフト会議 巨人、篠塚(銚子商)を指名 田村政(中大)・大洋、田尾(同大)中日」読売新聞縮刷版1975年11月p550
  112. ↑ 読売新聞1975年11月20日17面「MVPにモーガン 米、ナ・リーグ」読売新聞縮刷版1975年11月p605
  113. ↑ 読売新聞1975年11月26日19面「張本の巨人入りを発表 『見返り』に高橋一と富田」読売新聞縮刷版1975年11月p805
  114. ↑ 読売新聞1975年11月27日17面「今度は太平洋と 加藤初(投手)伊原(内野手)巨人へ 関本、玉井と交換」読売新聞縮刷版1975年11月p839
  115. ↑ 読売新聞1975年11月27日17面「太平洋と阪神 複数トレード」読売新聞縮刷版1975年11月p839
  116. ↑ 読売新聞1975年11月28日17面「ア・リーグ 新人王のリン外野手がMVPも獲得」読売新聞縮刷版1975年11月p875
  117. ↑ 読売新聞1975年12月2日17面「太平洋、中日トレード」読売新聞縮刷版1975年12月p47
  118. ↑ 「球界ルポ 坂井、渡辺の交換発表」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)12月3日付朝刊、17面。
  119. ↑ 「球界ルポ 阪急・今津がハムへ」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)12月3日付朝刊、17面。
  120. ↑ 「球界ルポ ウィリアムス 日本ハム入団 ヤンキース外野手」『読売新聞』(縮刷・関東版) 1975年(昭和50年)12月11日付朝刊、17面。
  121. ↑ 読売新聞1975年12月17日15面「ドローチャー氏に要請 太平洋監督 江藤はコーチ兼任選手」読売新聞縮刷版1975年12月p545
  122. ↑ 毎日新聞1975年12月17日15面「太平洋の新監督にドローチャー(元大リーグ監督)招く 江藤はコーチに格下げ」毎日新聞縮刷版p477
  123. ↑ 読売新聞1975年12月24日15面「萩原(巨人)と小俣(広島)交換」読売新聞縮刷版1975年12月p735
  124. ↑ 読売新聞1975年12月25日15面「川上さん 巨人にお別れ 野球学校の校長に」読売新聞縮刷版1975年12月p791
  125. ↑ 毎日新聞1975年12月26日11面「"巨人生活に別れ" 川上哲治氏 今後は少年野球道に専念」
  126. ↑ 読売新聞1975年12月28日11面「江藤、太平洋を退団 監督不在のまま越年か」読売新聞縮刷版1975年12月p839
  127. ↑ 毎日新聞1975年12月28日11面「太平洋 江藤去る」毎日新聞縮刷版1975年12月p755
⌬ Phoenix Mesh CID: 未登録 IPFS未登録 📡 0ピア PQS A98