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1976年のテレビ (日本)

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1976年のテレビ(1976ねんのテレビ)では、1976年(昭和51年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

主なできごと

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テレビ番組


NHK教育テレビ、全面カラー化に向けカラー番組大幅増加

当時唯一全面カラー化を終了していない同テレビが、この年の4月からカラー番組が大幅に増加。翌年(1977年)10月の全面カラー化へとカラー番組が急ピッチで増加していく。


視聴率

この年の年間視聴率は(局別では)、NHK総合が全日帯(6-24時)、TBSがゴールデンタイム(19-22時)、日本テレビがプライムタイム(19-23時)がそれぞれ首位を獲得、3局で分け合う形となった。ちなみにNHKの全日首位とTBSのゴールデン首位はそれぞれ1963年から14年連続、日本テレビのプライムの首位はビデオリサーチ社が1973年にプライムの時間帯の調査を開始してから初めてのことであった。


日本ビクターが、「VHS」方式による家庭用VTRの第1号機を発売。
  • 前年のソニーのベータ方式による家庭用VTR「ベータマックス」の第1号機の発売に続き、この年は日本ビクターが「VHS」方式VTRの第1号機HR-3300(定価:25万6000円)を9月9日に発表、10月31日に発売。当初からTVチューナーとRFユニット(RFコンバーター)を内蔵、裏番組録画可能(別売オプションのタイマー(1万円)を付けることにより、留守番録画可能)。当初から最長2時間連続録画(標準(SP)モード)の仕様だった為、映画番組の録画に適しており、1979年には録画時間が3倍の長時間(LP)モードも登場。ベータも当初最長1時間録画(βⅠ)だったのが、翌1978年から長時間モード(2倍のβⅡ、1980年には3倍のβⅢ)を登場させたことにより、家庭用VTRは漸く本格的に普及し始めるどころか、「VHS vs ベータ」のシェア争い(ビデオ戦争)に発展する。
  • VHSもテープのランニングコストが放送用VTR(2インチVTR、1インチVTR等)に比べて非常に安いこともあり、放送局等でも平日の生放送等の番組保存用はもとより、後に長時間モードの登場も手伝い、テレビ放送のオンエアチェック用の同録にも使われる様になり(後に放送局用機も発売)、局の番組アーカイブの充実化や、過去の放送や場面を回顧したりする特番や番組内コーナー等でも使われた。例として、1995年1月17日に発生した「阪神淡路大震災」では、毎日放送でそれから2週間分の全放送時間をVHSに録画したテープからダビングしたのを、自社のアーカイブに保存している[注釈 1]。
  • 又、VHSもベータと同様、1981年に日本で初登場した「レーザーディスク」を始めとするビデオ・ディスクの登場も手伝い、過去のテレビ番組等のビデオ・ソフトでの発売の新たな市場への開拓に繋がった。


新機材
  • ソニーが1インチVTR BVH-1000を発表・発売。後に放送機器のスタンダードとなる。

同VTRは既に前年1月、日本テレビがNEC製のそれを放送業界にて初使用しているが、この年はソニーがType CフォーマットによるBVH-1000を発表。同VTRのノーマル音声トラックが元々音声多重放送(2年後に実用化試験放送が開始)に対応している2トラック仕様であることや、2インチVTRに比べてテープのランニング・コストが半分以下であること等もあり、NHKやキー局・準キー局を始め、数多くの地方テレビ局で導入され、1990年代にD2・D3を始めとするデジタルVTRに取って替わるまでは、番組収録・編集・送出等の現場で中核的な役割を果たした。この機種は1979年エミー賞を受賞した[2]。アナログ放送が終了し2026年現在では、埼玉県川口市のNHKアーカイブスを始め、NHK・民放を始めとする過去のアーカイブの再生用VTRとして数多く活躍している。

番組関係のできごと

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1月

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2月

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徹子の部屋
『徹子の部屋』放送開始(2月2日。写真は番組セットを再現したイベント展示)

3月

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4月

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5月

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6月

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  • 4日 - テレビ神奈川、特別番組『ダークダックスの25時間テレソン「生きる」花子の車イス募金』を生放送。象の花子の療養と在宅身障者用車いす購入募金を呼びかけ、番組中にCMは一切入れなかった。募金額は2000万円余集まった。[4]
  • 16日 - NHK総合、『海外取材番組』で「アメリカの中のアメリカ」が放送開始( - 7月14日、全5回)。[4]
  • 17日 - 日本テレビ系の『木曜スペシャル』で『どっきりカメラ』を放送。この回から先述の「他局のドッキリ番組」に対するため、『元祖どっきりカメラ』と改題する。
  • 22日 - NET系で、日本の旗 日本のプロレスラー・アントニオ猪木とアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国のプロボクサー・モハメド・アリの世紀の一戦「アントニオ猪木対モハメド・アリ」戦が、13:00 - 14:55の枠で放送。そして同カードの中継録画を中心にしたスポーツ中継「格闘技世界一決定戦」が、19:30 - 21:21の枠で放送された[注釈 11]。
  • 30日 - NHK総合、NHKについての活動を紹介したり視聴者の問い合わせに答える等の広報番組『NHKの窓』が放送開始( - 1985年3月24日[19])。[4]

7月

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8月

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  • 1日 - NHK教育、『NHK劇場』で音楽劇「もがりぶえ」を放送(原作:井原西鶴・太宰治、脚本:中井多津夫、音楽:池辺晋一郎、出演:泉徳右衛門・藤村志保 ほか)[22]。この番組は後にイタリア賞に参加、同賞のイタリア放送協会賞を受賞した。[4]
  • 11日 - NHK総合、『海外取材番組』で「民族と音楽 - 中南米」が放送開始( - 9月8日、全5回)。[4]
  • 14日 - NHK総合、『変わる日本人のくらし ―NHK世論調査から―』を放送。[4][23]
  • 15日 - NHK総合、終戦関連番組『女たちの旅路』を放送。[4][24]
  • 28日 - 日本テレビ系、開局23周年を記念し、『やじうま寄席』で初の手話落語を放送。[4]

9月

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  • 9日 - NHK総合及び民放各局、中華人民共和国の建国を宣言し、それから同国の最高指導者であり続けた毛沢東主席がこの日死去したのを受け、臨時ニュース、臨時編成、特別番組等を放送。[4]
    • NHK総合では、17時10分に字幕で死去のニュースを速報で放送[25]。19時からの『夜7時のニュース』や21時からの『ニュースセンター9時』では、通常の放送時間を延長して放送[26][27]。又、特別番組『毛主席死す』をラジオ第1と同時放送した[4][28]。
    • 民放各局の特別番組では、日本テレビ系『毛主席の死を悼む』、フジテレビ系『毛主席逝く』、NET系『中国の星・毛主席死去』、東京12チャンネル『毛沢東主席死去』をそれぞれ放送。TBS系では23時から『JNNニュースデスク』の放送時間を延長して放送した。[4]
  • 20~24日 - NET系、平日お昼のワイドショー『アフタヌーンショー』で「3000回記念 ロシアより愛をこめて」と題し、5日間連続でソ連から衛星中継。[4][29]
  • 22日 - NHK総合、『海外取材番組』で「教育の時代」が放送開始( - 10月27日、全6回)。[4]
  • 26日(日曜日) - 日本テレビ系、朝の子供番組『おはよう!こどもショー』が、この日より一部リニューアル。
    • この日からの日曜版は、番組で結成した少年野球チーム「おはよう!こどもショー モーニングス」が、全国各地の少年野球チームと対決する模様を録画中継放送する「日曜スポーツ・スペシャル 少年野球大会」に変更、1980年9月28日放送の最終回[注釈 12]まで続く人気企画となる。
    • 翌27日からの平日版は、前半の「こどものどじまん」を「おはよう!のどじまん」にリニューアル、そして土曜版は「のどじまん」チャンピオン大会を廃止し、日曜放送の「とびいりのどじまん」を移動して継続した。これにともない、司会も青空球児・好児から黒澤久雄と長谷川コッペに変更した。

10月

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11月

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12月

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その他テレビに関する話題

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志村けんの木
志村けんの東村山音頭に対する功績を称え、東村山駅前に植樹された「志村けんの木」(2020年8月11日撮影)

周年

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番組

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開局・放送開始

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3月21日
NHK福岡放送局テレビジョン放送開始20周年。
3月22日
NHK仙台放送局、NHK広島放送局テレビジョン放送開始20周年。
4月1日
県域テレビジョン放送開始5周年 - NHK大津放送局(3月1日中継局開所15周年)
4月16日
群馬テレビ開局5周年。
5月1日
千葉テレビ放送開局5周年。
5月24日
NHK神戸放送局テレビジョン放送開始5周年。
5月31日
NHK和歌山放送局テレビジョン放送開始5周年。
12月1日
中部日本放送、朝日放送(大阪テレビ放送として)テレビジョン放送開始20周年。
12月22日
NHK札幌放送局テレビジョン放送開始20周年。

記念回

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視聴率

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(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

バラエティ・歌番組

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  1. 第27回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)74.6%
  2. 1976年度輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)41.9%
  3. 輝け!'76日本歌謡大賞(フジテレビ、11月16日)41.8%

ドラマ

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  1. 連続テレビ小説 雲のじゅうたん(NHK総合、9月14日)48.7%
  2. 連続テレビ小説 おはようさん(NHK総合、1月31日)44.0%
  3. 連続テレビ小説 火の国に(NHK総合、10月9日)43.9%
  4. 太陽にほえろ!(日本テレビ、9月3日)- 37.0%
  5. 水戸黄門 第7部(TBS、5月31日)- 36.2%
  6. 赤い疑惑(TBS、3月19日)- 30.9%

ニュース・報道

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  1. ニュース(NHK総合、9月13日 7:00-7:20)45.3%
  2. ニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)44.0%
  3. テレビロータリー(NHK総合、9月11日)42.9%
  4. スタジオ102(NHK総合、9月13日)42.4%
  5. ローカルニュース・天気予報(NHK総合、12月6日 7:15-7:35)42.3%
  6. ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)40.4%
  7. 首都圏交通情報(NHK総合、4月22日 8:03-8:12)39.0%
  8. ニュース(NHK総合、9月13日 8:30-8:40)37.7%

スポーツ

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  1. 火曜ワイドスペシャル 世界J・ミドル級タイトルマッチ「柳済斗×輪島功一」(フジテレビ、2月17日)42.5%
  2. 第58回全国高等学校野球選手権大会・閉会式(NHK総合、8月21日)41.6%
  3. 格闘技世界一決定戦 アントニオ猪木×モハメド・アリ(NETテレビ、6月26日)38.8%
  4. 第58回全国高等学校野球選手権大会(NHK総合、8月15日)37.8%

テレビ番組

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テレビドラマ

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NHK

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日本テレビ系

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TBS系

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廃枠

フジテレビ系

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NETテレビ系

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廃枠

子供向けドラマ

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TBS系

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テレビアニメ

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特撮番組

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特別番組

報道・情報系番組

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スポーツ番組

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バラエティ番組

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クイズ番組

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トーク番組

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音楽番組

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教養・ドキュメンタリー番組

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紀行番組

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単発特別番組枠

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その他

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既存番組のカラー化

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全てNHK教育テレビ

4月から
10月から

脚注

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注釈

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  1. ↑ 2024年9月1日放送の『MBSマンスリーリポート』[1]内で、MBSのアーカイブ室内のテープ保存庫が紹介された際に、該当の保存テープに「同録VHSからダビング」と明記されている。
  2. ↑ 1975年1月 - 3月の放送時は腸捻転解消前であったため、この期間はNETテレビ(後のテレビ朝日)系で放送された。
  3. ↑ この間番組タイトルは、徳光・千・福留時代は『あまから家族』、湯原時代は『蝶々のあまから家族』と、それぞれ改題した。
  4. ↑ 2025年現在は連続ドラマ枠として継続中。
  5. ↑ この日は黒柳がメイン司会を務める「テレビ朝日」改名記念大型特別番組『わが家の友だち10チャンネル』のワンコーナーとして放送(同日のゲストは三笠宮寬仁親王)。
  6. ↑ なお彼の父である三代目江戸家猫八は、週替わり時代に代理司会を担当した事が有った。
  7. ↑ 2025年現在はCS放送のフジテレビONEで放送中。
  8. ↑ 『ドレミファドン』は2022年現在も不定期特番として放送中(同番組の項を参照)。
  9. ↑ 『NHK特集』は2021年4月よりBSプレミアム・BS4Kで火曜夕方に4Kレストア版で放送されている。
  10. ↑ 橋田壽賀子脚本によるテレビドラマ。宇津井健の代表作品。
  11. ↑ なお35年後の2016年にモハメド・アリが死去したため、同年6月12日に追悼特別番組『モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘「猪木VSアリ」』(20:58 - 23:10)として放送された。
  12. ↑ ただし番組は、1979年3月より『ズームイン!!朝!』設置のため、土・日の限定放送になる。
  13. ↑ これにともない、19:00の『歌まね合戦スターに挑戦!!』、19:30の『カックラキン大放送!!』、20:00の『太陽にほえろ!』が休止。『太陽にほえろ!』の休止は1972年7月21日開始以来初。
  14. ↑ 放送技術の向上と奄美群島振興開発事業の非公共事業として、奄美群島の民放テレビ放映に向けて国が整備を支援したことにより、テレビの放送波中継にて、鹿児島県本土から南種子中継局・中之島中継局を経由し、名瀬まで中継できるルートを確立することにより実現した[44]。ちなみに、中之島中継局から名瀬中継局までの間は約170キロメートルあり、これは日本国内における放送波中継の距離としては最長であり、後の地上デジタル放送に於いても、民放については同じ経路にて中継されている。
  15. ↑ 当時は朝日放送のテレビ放送事業であり、2018年4月の放送持株会社制移行により朝日放送グループホールディングスとなった。
  16. ↑ 前身の『モーニングジャンボ』時代からの通算。
  17. ↑ 第1作『必殺仕掛人』からの通算。そのときのエピソードは『必殺仕業人』第24話「あんたこの替え玉をどう思う」。
  18. ↑ 再開は1989年10月の『愛し方がわからない』である。再開後の同枠では、『HOTEL』『渡る世間は鬼ばかり』『3年B組金八先生』などを放送し、2011年10月から『木曜ドラマ9』としてリニューアルした。なお、2009年4月から2010年9月の間はウッチャンナンチャンのバラエティ番組(『ザ・イロモネア』→『ラフな感じで。』)を編成していたため、水曜9時枠に移行し27年ぶりに『水曜劇場』が復活した。
  19. ↑ 再開は2年後の1978年10月の『柳生一族の陰謀』である。
  20. ↑ 4月29日に『木曜スペシャル』で放送。

出典

[編集]
  1. ↑ MBSマンスリーリポート2024年9月1日放送 毎日放送番組公式サイト(2026年5月30日閲覧)
  2. 1 2 産業技術史資料データベース「放送局用1インチビデオテープレコーダー(TYPE C) BVH-1000」(産業技術史資料情報センター)(2026年3月30日閲覧)
  3. ↑ NHKクロニクル『空から見た日本』アナログ総合 1976年01月01日(木) 午前10:30 〜 午前11:40
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 「放送史年表 -詳細版- 1976年」(NHK放送文化研究所)(2025年8月3日閲覧)
  5. ↑ 「放送史年表 -詳細版- 1975年」(NHK放送文化研究所)(2025年8月2日閲覧)
  6. ↑ 志賀信夫『テレビヒット番組のひみつ : 「ジェスチャー」から「おしん」まで』日本放送出版協会、1984年8月1日、219 - 221頁。NDLJP:12275392/113。
  7. ↑ 鳥山拡『日本テレビドラマ史』映人社、1986年9月25日、281 - 282頁。NDLJP:12275265/144。
  8. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'76』日本放送出版協会、1976年、123頁。NDLJP:12277294/77。
  9. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'76』日本放送出版協会、1976年、102頁。
  10. 1 2 3 “昭和51年度(第31回)〜昭和60年度(第40回)” (PDF). 文化庁. p. 1. 2026年4月22日閲覧。
  11. ↑ NHKクロニクル『国会中継 「衆議院予算委員会“ロッキード事件”証人尋問」 ~衆議院第一委員室から中継~』アナログ総合 1976年02月16日(月) 午前10:00 〜 午前11:55
  12. ↑ NHKクロニクル『国会中継 「衆議院予算委員会“ロッキード事件”証人尋問」 ~衆議院第一委員室から中継~~衆議院第一委員室で録画~』アナログ総合 1976年02月16日(月) 午後01:00 〜 午後05:40
  13. ↑ 新潟放送『新潟放送40年のあゆみ』新潟放送、1992年10月15日、459頁。
  14. ↑ NHKクロニクル『土曜ドラマ ―劇画シリーズ―(3) 「紅い花」』アナログ総合 1976年04月03日(土) 午後08:00 〜 午後09:10
  15. ↑ NHKクロニクル『ドラマ 「紅い花」 ~昭和51年度芸術祭参加~』アナログ総合 1976年10月22日(金) 午後11:00〜1976年10月23日(土) 午前00:10
  16. 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'78』日本放送出版協会、1978年、56頁。
  17. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'77』日本放送出版協会、1977年、71~2頁。
  18. ↑ 岡部匡志 (2026年3月27日). “「日曜美術館」がギネス世界記録に認定 放送50年で「週間ファインアートテレビ番組の最長放送」に”. 美術展ナビ. 2026年4月9日閲覧。
  19. ↑ NHKクロニクル 検索ワード『NHKの窓』
  20. 1 2 「放送デスクメモ(′76・七~九) / N」『マスコミ市民 : ジャーナリストと市民を結ぶ情報誌』第109号、日本マスコミ市民会議、1976年12月1日、50 - 59頁、NDLJP:3463770/29。
  21. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'77』日本放送出版協会、1977年、101-102頁。
  22. ↑ NHKクロニクル『NHK劇場 音楽劇「もがりぶえ」』アナログ教育 1976年08月01日(日) 午後09:00 〜 午後10:30
  23. ↑ NHKクロニクル『変わる日本人のくらし ―NHK世論調査から―』アナログ総合 1976年08月14日(土) 午後10:30 〜 午後11:40
  24. ↑ NHKクロニクル『女たちの旅路』アナログ総合 1976年08月15日(日) 午後10:05 〜 午後10:50
  25. ↑ NHKクロニクル『ニュース速報・字幕スーパー』17:10,20 - 17:11,25 ニュース速報「毛主席死去」(全中・スーパー)
  26. ↑ NHKクロニクル『ニュース』アナログ総合 1976年09月09日(木) 午後07:00 〜 午後07:59 「毛沢東主席死去」ほか
  27. ↑ NHKクロニクル『ニュースセンター9時(わくひろげ) 「毛沢東死去」』アナログ総合 1976年09月09日(木) 午後09:00 〜 午後09:50
  28. ↑ NHKクロニクル『毛主席死す』アナログ総合 1976年09月09日(木) 午後10:10 〜 午後11:00
  29. ↑ 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、415頁。NDLJP:12276014/497。
  30. ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、346頁。
  31. ↑ NHKクロニクル『できるかな(幼稚園・保育所) 「はたらくくるま」』アナログ教育 1976年11月09日(火) 午前10:30 〜 午前10:45
  32. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修室『NHK年鑑'78』日本放送出版協会、1978年、280~1頁。NDLJP:12277993/183。
  33. ↑ NHKクロニクル『天皇在位50年記念式典』アナログ総合 1976年11月10日(水) 午前10:05 〜 午前11:32
  34. ↑ NHKクロニクル『NHK特集 「小椋佳の世界」』アナログ総合 1976年11月11日(木) 午後08:00 〜 午後08:49
  35. ↑ NHKクロニクル『政党間質疑「そこがききたい」』アナログ総合 1976年11月21日(日) 午前09:00 〜 午前11:50(ひきつづき,12:15から放送)
  36. ↑ NHKクロニクル『政党間質疑「そこがききたい」』アナログ総合 1976年11月21日(日) 午後00:15 〜 午後04:28
  37. ↑ NHKクロニクル『海底トンネルの男たち ~青森県津軽半島竜飛崎~』アナログ総合 1976年11月23日(火) 午後07:20 〜 午後07:59
  38. ↑ 美空ひばり | BS朝日
  39. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'76』日本放送出版協会、1976年、4~5頁。
  40. ↑ 坂本朝一氏が死去 芸能畑一筋の元NHK会長 共同通信 2004年1月5日閲覧の文中参照
  41. ↑ 日本ビクター株式会社50年史編集委員会 編『日本ビクター50年史』日本ビクター、1978年8月、303頁。NDLJP:11954088/161。
  42. ↑ 日本経済新聞 WEB版 「ニュースこんな日」2018年10月30日付「10月31日 VHSビデオレコーダー、日本ビクターが発売」(2026年5月30日閲覧)
  43. ↑ 「放送デスクメモ(76・九~十) / N」『マスコミ市民 : ジャーナリストと市民を結ぶ情報誌』第111号、日本マスコミ市民会議、1977年2月1日、52 - 57頁、NDLJP:3463773/28。
  44. ↑ 『鹿児島テレビ10年史』など。
  45. ↑ MBCアーカイブス「あの日のふるさと」 奄美に民放テレビ届く(1976)(南日本放送番組公式サイト)(2024年11月18日閲覧)
  46. 1 2 3 4 1976年4月1日(木) - プレイバック!TVガイド ~あのころのテレビはこうだった!~ - テレコ!
  47. ↑ NHKアーカイブスカタログ―テレビ番組放送記録+番組小史 1975 - 1979年を参照。
  48. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'77』日本放送出版協会、1977年、71頁。
  49. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'77』日本放送出版協会、1977年、71, 119頁。
  50. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'77』日本放送出版協会、1977年、71~2頁。
  51. 1 2 3 4 5 6 7 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'77』日本放送出版協会、1977年、72頁。
  52. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'77』日本放送出版協会、1977年、72, 109頁。
  53. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'77』日本放送出版協会、1977年、72, 113頁。

参考文献

[編集]

ほか

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