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1978年のテレビ (日本)

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1978年のテレビ(1978ねんのテレビ)では、1978年(昭和53年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

主なできごと

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音声多重放送の実用化試験放送が開始。
モノクロでのテレビ放送開始(第1次)、映像のカラー化(第2次)に次ぐ、音声のステレオ放送又は2か国語放送による2つの音声を使った「第3のテレビ時代の幕開け」となった。
前年、テレビ番組が全面カラー化し、またカラーテレビの普及がほぼ一段落したこともあり、郵政省はこの年から、音声多重放送の実用化試験放送局の免許を交付。9月28日の日本テレビを皮切りに、NHK総合テレビ(東京・大阪)、読売テレビと、順次同放送を開始。年内には、NHK教育テレビを除く在京テレビ局全局が同放送を開始した(「#音声多重放送開始(当時は実用化試験放送)」を参照)。これに伴い、数多くのレギュラー番組・新番組等がステレオ又は二か国語として放送される様になる。(「#既存番組の音声多重化(年内開始番組を除く)」等を参照)。
静岡けんみんテレビ開局
7月1日、テレビ朝日系と日本テレビ系のクロスネット局として開局。既に民放4系列4局化が整備された7大都市圏や相互乗り入れによるエリア統合をした地域を除き、これまで民放テレビが2局しか視聴できなかった地方では、初の3局目の開局となる。丁度1年後には日本テレビ系の静岡第一テレビの開局により、テレビ朝日系のフルネット局となる。
テレビ番組
視聴率
  • TBSがこの年の年間視聴率で初の3冠王となる。ただし全日帯においてはNHK総合テレビと同率首位であった[注釈 1]。
  • TBS系『月曜ロードショー』1月16日放送の1976年封切の邦画「犬神家の一族」が、TBSの映画番組に於いて歴代最高視聴率40.2%を記録(2025年現在。同時点で全局歴代4位)。これを機に、テレビ各社の大型劇場映画の放映権獲得の争奪がエスカレートし、放送権料高騰の動きに繋がる。フジテレビ系も『ゴールデン洋画劇場』10月6日放送の特別企画『人間の証明』が35.7%という、フジテレビの映画番組としては過去最高視聴率を記録(2025年現在全局歴代7位、フジテレビとしても歴代3位)。
技術
  • TBS系、スポーツ中継にて、選手や球等の動きの軌跡を画面に描きだす「ストロボアクション」を初使用。他系列も追って導入する。
  • NHK放送技術研究所が、1インチ3電極サチコン撮像管を使った単管カラーカメラと短縮型 2/3インチサチコン使用の3管ハンディーカメラを開発。

番組関係のできごと

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1月

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2月

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  • 1日 - NHK総合がこの日放送開始25周年を迎えた記念番組として、『ニュースショー「時差25年の世界」』を放送[1][4]。更に『NHKの窓』では、「テレビとわたしの25年」と題して放送[5]。
  • 2日 - NHK総合、『NHK特集』で、「五つ子2歳」を放送。[1][6]
  • 4日 - NHK総合、テレビ放送開始25周年番組『スポーツ放送50年』を放送。[1][7]
  • 8日 - テレビ朝日系、平日お昼のワイドショー番組『アフタヌーンショー』で、「拝啓NHK様、受信料について質問します」を2回連続放送。[1]
  • 12日 - 日本テレビ系、『NNNドキュメント'78』で「新・教育の現場から」を3回シリーズで放送。[1]
  • 21日 - NHK総合、『NHK特派員報告』で「「氷原の放射能」 ―原子炉衛星墜落―」を放送。[1][8]
  • 22日 - NHK総合、『海外取材番組』で「スポーツの時代」が放送開始( - 3月15日、計4回)。[1]

3月

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  • 9日 - NHK総合、『NHK特集』で「東京大空襲」を放送。NHKが第二次世界大戦中に於いての1945(昭和20)年3月10日に起こった同大空襲に於ける「ミーティングハウス2号作戦」の極秘「爆撃命令書」を入手、様々な証言を加え、同日の大空襲の全貌に迫った。[1][9]
  • 12日 - TBS系『ビバ! 世界フィギュア選手権』で、運動の軌跡を画面に描きだす「ストロボアクション」装置を初使用。後に翌月5日のプロ野球セ・リーグ公式戦のナイター中継「大洋 - 巨人」戦でも使用。 他の民放各社も追って同装置を導入する。[1]
  • 23日 - NHK総合、『NHK特集』で「想定ドキュメント「輸入食糧ゼロの日」」を、ドラマ仕立ての演出部分を含めて放送。[1][10]
  • 28日
  • 31日 - 日本テレビ系、平日早朝の子供番組『カリキュラマシーン』がこの日で終了、4年間の歴史に幕。

4月

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5月

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  • 2日 - NHK総合、歌謡番組『第4回ヤング歌の祭典』を放送。今までは5月5日に放送されていたが、この年は5月5日の20:00 - 22:55に海外映画『マネーチェンジャーズ 銀行王国』を放送(21:30 - 21:45はニュースのため中断)したために、2日に放送がずれ、また今まで同時放送していたNHKラジオ第1ではプロ野球中継『巨人×広島東洋』戦を18:25 - 21:30(ニュースのため中断あり)枠で放送したため、テレビだけの単独放送となった。この他、前回まで総合司会を務めた山川静夫(当時NHKアナウンサー)は今回は担当せず、代わりに西城秀樹と桜田淳子(「春組」キャプテン)、狩人とピンク・レディー(「夏組」キャプテン)、郷ひろみと森昌子(「秋組」キャプテン)、野口五郎と山口百恵(「冬組」キャプテン)といった、各チームのキャプテンが司会を務めた[16]。しかし番組はこの回の放送をもって幕を降ろした。
  • 7日 - NHK総合、この日から蔵前国技館で開催の「大相撲夏場所」の中継から、動画の拡大・縮小・ページめくり・画面割り・引き抜き等が可能な「デジタル映像特殊効果装置(DVE)」の使用を開始。[1]
  • 8日
    • NHK総合、月曜夜7時半枠にて、科学情報番組『ウルトラアイ』が放送開始( - 1986年3月17日)。司会は山川静夫(当時NHKアナウンサー)が務め、山川自らが実験台となった企画も番組の名物となった。[1]
    • 日本テレビ系、『月曜スター劇場』枠で、宇津井健主演のテレビドラマ『たんぽぽ』(第5シリーズ)[注釈 5]が放送開始( - 10月30日。全26回)。シリーズ最終作。1973年のスタート以来、5年間、シリーズ全5作が制作された。
  • 9日 - 日本テレビ系、平日朝のワイドショー『ミセス&ミセス』で「今日で最後の激突スタジオ総括編 “ 成田空港 ”・戸村一作対公団総裁」を放送。[1]
  • 10日 - NHK総合、かつてイタリアの首相を務めた政治家 アルド・モーロ(日本の新聞や出版物では通常「モロ」と表記)が同年3月16日に誘拐されてその後殺害され、同月9日に死体となって発見されたのを受け、特別番組『イタリア悪夢の55日 「悲劇に終わったモロ事件」』を放送。[1][17]
  • 12日 - NHK総合、『NHK金曜特集』で「想定ドキュメント「巨大地震・情報パニックの恐怖」」を放送。[1][18]
  • 13日 - フジテレビ系、恒例特番『オールスター紅白大運動会』を放送。同大会は1975年より春大会を中断していたが、この年は後述の「ニューヤンキース」宣伝企画として、4年振りに開催(春秋開催も4年振り)。放送枠は『火曜ワイドスペシャル』ではなく『土曜グランドスペシャル』で放送、「土曜放送」と「21時を越えない」は初回(1967年11月放送)以来で、「19時台開始」は史上初。また『土曜グランドSP』はOPでニューヤンキースによる歌[注釈 6]が披露されたため、本大会でも冒頭でニューヤンキースによる歌が行われたが、これも史上初となる。なお同年10月17日は『火曜ワイドSP』で秋大会が放送されたが、この回より新競技「女子重量挙げ」がスタート。1984年まで行われる名物競技となる。
  • 22日 - フジテレビ系、月曜21時枠で放送中の『新・座頭市』(第2シリーズ)が、主演者・勝新太郎のアヘン不法所持による書類送検のため、急遽打ち切り。

6月

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7月

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  • 1日 - フジテレビ系で恒例特番『オールスター紅白水泳大会』を放送。同番組は1973年以来『火曜ワイドスペシャル』枠で放送されていたが、この年はニューヤンキース宣伝のために『土曜グランドスペシャル』枠で放送しニューヤンキースも出場、「19時台開始」は史上初、「土曜放送」は唯一となる。なお8月12日には同枠で、ニューヤンキースを始めとする女性芸能人限定出場の特別版『真夏の水中フェスティバル 女の子で一杯満員御礼!!』を放送、総合司会は当時姉妹番組『オールスター寒中水泳大会』の司会者・小林大輔(当時局アナ)[注釈 7]が務め、収録も大磯ロングビーチではなく豊島園(としまえん)で行った。

8月

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9月

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10月

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11月

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12月

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その他テレビに関する話題

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1 - 6月

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NTV Symbol 1978
日本テレビの2代目社章
  • 1月1日 - 日本テレビが開局25周年にあたり、社章を「NTV」を丸で囲ったものから、地球を模した「日」の字のものに変更。
  • 2月25日 - 東京タワーから送信されているNHK(総合・教育)・民放各局の電波が、電源故障の原因により、正午前から最高10分程度停波。NHKは約16秒中断。[1]
  • 3月 - NHK放送技術研究所が、1インチ3電極サチコン撮像管を使った単管カラーカメラと短縮型 2/3インチサチコン使用の3管ハンディーカメラを開発。[1]
  • 4月 - フジテレビがイメージソング「愛のメッセージ」(阿久悠作詞、都倉俊一作曲)を制定、この月より放送などで使用開始。
  • 4月8日 - 世界初の実験用放送衛星「ゆり1号」が打ち上げられる。[1]
  • 5月17・22日 - テレビ朝日、CMバンク稼働の為CMセンターを設置、17日に火入れ式を挙行。22日に、同センター及びCMバンクの稼働を開始。[58]

7 - 12月

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日本テレビ本社南本館完成(8月26日)
  • 7月1日 - 静岡県第3番目の民放局、静岡県民放送(通称:静岡けんみんテレビ・SKT、後の静岡朝日テレビ・SATV)開局[1][59]。当時は日本テレビとテレビ朝日のクロスネット局として開局。
  • 8月26日 - 日本テレビ本社南本館(後の麹町分室)竣工(2019年解体)。
  • 8月28日 - 日本テレビが開局25周年。社史「大衆と共に25年」を刊行(全2冊。沿革史[60][61]、写真集[62][63])。
  • 9月22日 - 郵政省、初の音声多重実用化試験局の予備免許を、東京と大阪のNHK総合テレビ及び民放6局(日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、東京12チャンネル、読売テレビ放送)に付与する。[1][64][65]
  • 9月28日 - 郵政省、初の音声多重実用化試験局の本免許を、東京と大阪のNHK総合テレビと日本テレビに付与する。これを受け、日本テレビがその直後に当時の服部安司郵政大臣を迎えて、世界初の音声多重放送を開始した[21]のを皮切りに、在京・在阪を始めとするNHK・民放各局等が、相次いでそれを開始する(各局の開始日については、下記に記述)。それまでのテレビの音声はモノラルであったが、この開始により、音声のステレオ放送や2か国語放送が行われるようになる[66]。1980年からは、副音声を使った2音声多重放送(テレビ画面の内容と関連した解説放送、歌番組のカラオケ放送、スポーツ番組の別実況や実況のない場内音声のみの放送等)も行われるようになった。又、この当時、当時の電電公社のテレビ用のマイクロ同時ネット回線がステレオに対応していなかったため、ネット受けは2か国語放送のみの対応だった(それのステレオ化整備完了は、東名阪及び北陸地域に於いては、翌年の8月8日だった。[67][68])。その為、ネット受け局でステレオで放送したい場合は、事前に別途ビデオ送りをして対応した[注釈 15][39][69]。
  • 10月 - 岩手放送(後のIBC岩手放送、TBS系)が開局25周年事業として「岩手百科事典」を刊行。
  • 12月28日 - 俳優の田宮二郎が猟銃で自殺(43歳没)。なお、田宮が当時主演していたフジテレビ系『白い巨塔』(土曜劇場)では12月30日放送(第30回)の冒頭と1979年1月6日放送(最終回)の最後に田宮を追悼するテロップが表示された。なお、同ドラマの収録は11月15日で全て終了しており、田宮の自殺前に最終回分までの編集・制作も既に完了していたため[注釈 16]、同ドラマの放送に支障が出る事はなかった。
  • 12月31日 - NHK総合『第29回NHK紅白歌合戦』と日本テレビ系『ピンク・レディー汗と涙の大晦日150分!!』に於いて(共に生放送)、各々ネット受けをしていた大阪のテレビ局(NHK大阪放送局及び読売テレビ)が共に、テレビのネット受けでは初めてのステレオ放送を実施。[70][56]

開局

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音声多重放送開始(当時は実用化試験放送)

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周年

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番組

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開局・放送開始

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記念回

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視聴率

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(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

ドラマ

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  1. 連続テレビ小説 おていゃん(NHK総合、9月11日)50.0%
  2. 連続テレビ小説 わたしは海(NHK総合、10月19日)42.1%
  3. 水戸黄門 第9部(TBS、12月18日)41.8%
  4. 水戸黄門 第8部(最終回)(TBS、1月30日)41.2%
  5. 連続テレビ小説 風見鶏(NHK総合、1月30日)41.0%
  6. ドラマ人間模様・夫婦(最終回)(NHK総合、6月25日)34.8%
  7. 大河ドラマ 黄金の日日(NHK総合)34.4% ※最高視聴率
  8. Gメン'75(TBS、1月28日)32.2%
  9. 大岡越前 第5部(TBS、2月6日)31.6%
  10. 大都会 PARTII(日本テレビ、2月28日)24.7%
  11. 森村誠一シリーズ・人間の証明(TBS、4月1日)24.7%

映画

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  1. 月曜ロードショー『犬神家の一族』(TBS、1月16日)40.2% - TBS映画番組歴代最高視聴率(2025年現在)[3]
  2. ゴールデン洋画劇場特別企画『人間の証明』(フジテレビ、10月6日)35.7%[注釈 21][3]

アニメ

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  1. サザエさん(フジテレビ、10月29日)39.2%
  2. ルパン三世(最終回)(日本テレビ、12月8日)32.5%※
  3. 科学忍者隊ガッチャマンII(フジテレビ、10月22日)27.1%[73]
※印は再放送。

スポーツ

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  1. 第60回全国高等学校野球選手権大会・閉会式(NHK総合、8月20日 14:20-15:25)50.6%
  2. 第60回全国高等学校野球選手権大会・閉会式(NHK総合、8月20日 12:55-14:19)45.9%
  3. プロ野球日本シリーズ「ヤクルト対阪急」第7戦(フジテレビ、10月22日)45.6%
  4. WBA世界Jフライ級タイトルマッチ「具志堅用高×ハイメ・リオス」(TBS、5月7日)43.2%
  5. 大相撲九州場所・千秋楽(NHK総合、11月26日 16:36-18:00)42.1%
  6. 大相撲九州場所・14日目(NHK総合、11月25日 17:04-18:00)39.8%
  7. '78プロ野球オールスターゲーム・第1戦(TBS、7月22日)34.6%

バラエティ・歌番組

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  1. 第29回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)72.2%
  2. '78新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月2日)43.3%
  3. 20周年記念 輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)42.9%
  4. 笑点(日本テレビ、10月15日)34.3%
  5. 第10回思い出のメロディー(NHK総合、8月12日)32.8%
  6. さよならキャンディーズ(TBS、4月7日)32.3%
  7. 輝け!!第9回日本歌謡大賞 (テレビ朝日、11月15日)30.9%
  8. スター誕生!(日本テレビ、5月7日)28.1%
  9. NTV紅白歌のベストテン(日本テレビ、4月24日)24.8%

ニュース・報道番組

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  1. NHKニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)43.4%
  2. NHKニュース(NHK総合、4月25日 7:00-7:35)41.2%
  3. テレビロータリー(NHK総合、4月26日)40.3%
  4. ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)39.5%
  5. スタジオ102(NHK総合、9月30日)39.2%

テレビ番組

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テレビドラマ

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NHK

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日本テレビ系

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TBS系

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フジテレビ系

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テレビ朝日系

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東京12チャンネル

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テレビアニメ

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特撮番組

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報道・情報番組

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バラエティ番組

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クイズ番組

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音楽番組

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トーク番組

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教養・ドキュメンタリー番組

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紀行・旅番組

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スポーツ番組

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単発特別番組枠

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開局記念番組

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特別番組

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既存番組の音声多重化(年内開始番組を除く)

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9月28日、日本テレビ『ミセス&ミセス』内での音声多重放送開始セレモニー(前述)を除く。

ステレオ放送化

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二か国語放送化

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その他、外国の映画やドラマの再放送の一部が二か国語で放送される様になった。(この当時フジテレビで放送されていた「コンバット!」(10月2日から毎回二か国語[37])等)

脚注

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注釈

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  1. ↑ 翌1979年春の調査で、1978年の年度視聴率においても、TBSは3冠王を達成したが、あくまでも在京民放局の中での首位であった(全日首位はNHKで、TBSはゴールデンタイムとプライムタイムの2冠であった)。
  2. ↑ ただし21時枠は、通常のドラマ『さわやかな男』(関西テレビ制作)が編成されず、特別番組『アッ!はぷにんぐ・ニューイヤー』が編成された。
  3. ↑ ミニアニメなら、1980年1月1日開始の5分アニメ『キリンあしたのカレンダー』(毎日放送)がある。
  4. ↑ ちなみに記念すべき最初1曲目となったこの週の第10位は野口五郎の「風の駅」。また、この年の年間第1位獲得曲はツイストの「銃爪」であった。
  5. ↑ 橋田壽賀子脚本によるテレビドラマ。宇津井健の代表作品。
  6. ↑ 曲名は不明。後期はニューヤンキースから選ばれた3人で結成されたグループ「スリーヤンキース」が歌う「ザ・ベースボール」に変更された。なおいずれも、同枠で『欽ドン!』SPやプロ野球中継が放送された時は歌はなし。
  7. ↑ 翌1979年まで務め、1980年からは『紅白水泳』のおりも政夫に交代した。
  8. ↑ 尚、前述の司会者のアナウンスを経て郵政相がスイッチを入れてから2か国語放送による挨拶の部分までは、2017年11月14日付の日テレNEWS24公式Facebook「過去にこんな“世界初”インタービーとは?」にてその映像がダイジェストで閲覧できる(出典参照)。
  9. ↑ 田宮司会の最終日となった第504回の映像は1986年3月27日の最終回や、2009年2月8日放送の特番『50時間テレビ・超大ヒット人気番組ぜ〜んぶ見せます!スペシャル』等でも放送された。
  10. ↑ 2022年現在はBSテレ東で復活版『BS演歌の花道』として放送中。
  11. ↑ 急遽ステレオ放送に変更された為、放送当日の朝日、読売等の新聞のテレビ欄の番組表には、当番組の「ステレオ放送」の記載はない。
  12. ↑ 初出演は1977年8月11日で、この時は2回目の出演だった。
  13. ↑ それ以降は出演がなかったが、2021年12月28日の放送で約8年ぶりに年末出演した。
  14. ↑ 竜崎は6年後の1984年12月18日に死去。
  15. ↑ 例として、日本テレビ系の10月1日放送の音声多重放送開始記念特番『これが音声多重放送だ!』の大阪の読売テレビでの放送や、TBS系の毎日放送『もうひとつの旅』の東京TBSテレビでの放送(12月10日から)が、これに該当する。
  16. ↑ 自殺3日前の12月25日に田宮は妻の藤由紀子と共にFNSチャリティー募金に寄付するためフジテレビ本社を訪問しており、その際にフジテレビ幹部らの勧めで放送前だった『白い巨塔』第30回と最終回を夫婦で鑑賞している。
  17. ↑ CBCテレビ版はこれよりも早く1962年12月3日に開始したため、1977年で15周年となった。
  18. ↑ この年の8月20日 - 10月1日放送分では「15周年記念全国大会」と題した特別大会が行われた。なお、2012年4月28日に司会の小池清が80歳で死去し、翌日の「毎日新聞テレビ夕刊」(関西ローカルニュース)で小池の訃報を伝える際、決勝大会(10月1日放送)の映像が流れた。
  19. ↑ 関西ローカル時代から通算して5周年。
  20. ↑ 第1作『必殺仕掛人』から通算。
  21. ↑ 当時の『ゴールデン洋画劇場』は金曜日に放送しており(1981年に土曜日へ移行)、また邦画を放送する際は特別企画としていた(2011年現在は土曜日に『土曜プレミアム』として放送)。
  22. ↑ 日本テレビ最後の昼ドラ。
  23. ↑ 当時の朝日新聞及び読売新聞の共に東京版朝刊テレビ欄では、日本テレビが10月8日から毎回、6日遅れ放送の読売テレビが、朝日新聞大阪版朝刊テレビ欄では10月7日から毎回ステレオ放送となっている。
  24. ↑ この番組は日本テレビ系の「木曜スペシャル」枠で全国ネットされたものの、この放送時は未だ、電電公社のテレビネット回線の音声多重化工事が完了していない為、ステレオは読売テレビのみだった。(朝日新聞 1978年12月7日 東京版朝刊 P.13 テレビ欄では、日本テレビではモノラル放送となっている(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)。
  25. ↑ ちなみに、この年(第7回)の予選(12月5日放送)は、モノラル放送だった。(朝日新聞 1978年12月5日 朝刊 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧))
  26. ↑ 例として、この年の10月11・18日の2週に渡り放送された映画『遠すぎた橋』は、日本語吹き替えによるステレオ放送だった。
  27. ↑ 洋画でも、日本語吹き替えによるステレオ放送になる場合もあれば、同番組の特別企画で邦画が放送される際はモノラル放送が一般的になる。

出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 「放送史年表 -詳細版- 1978年」(NHK放送文化研究所)(2025年5月10日閲覧)
  2. 1 2 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、346頁。
  3. 1 2 3 4 映画高世帯視聴率番組(ビデオリサーチ社のサイト)(2026年3月12日閲覧)
  4. ↑ NHKクロニクル『ニュースショー「時差25年の世界」 ―テレビジョン放送開始25周年記念番組―』アナログ総合 1978年02月01日(水) 午後07:30 〜 午後08:50
  5. ↑ NHKクロニクル『NHKの窓 「テレビとわたしの25年」』アナログ総合 1978年02月01日(水) 午後10:45 〜 午後11:00
  6. ↑ NHKクロニクル『NHK特集 「五つ子2歳」』アナログ総合 1978年02月02日(木) 午後08:00 〜 午後08:49
  7. ↑ NHKクロニクル『スポーツ放送50年』アナログ総合 1978年02月04日(土) 午後08:00 〜 午後09:29
  8. ↑ NHKクロニクル『NHK特派員報告 「氷原の放射能」 ―原子炉衛星墜落―』アナログ総合 1978年02月21日(火) 午後07:30 〜 午後07:59
  9. ↑ NHKクロニクル『NHK特集 「東京大空襲」 ―極秘“爆撃命令書”入手 昭和20年3月10日東京大空襲の全貌―』アナログ総合 1978年03月09日(木) 午後08:00 〜 午後08:49
  10. ↑ NHKクロニクル『NHK特集 想定ドキュメント 「輸入食糧ゼロの日」』アナログ総合 1978年03月23日(木) 午後07:30 〜 午後08:49
  11. ↑ NHKクロニクル『NHK特派員報告<最終回> 「米・韓大演習」 ~朝鮮半島 '78年春~』アナログ総合 1978年03月28日(火) 午後07:30 〜 午後07:59
  12. 1 2 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、347頁。
  13. ↑ 「『さよならキャンディーズ』CS放送「TBSチャンネル」で8月放送決定!」(株式会社TBSテレビ 2011年6月24日 18時05分)(PR TIMESのサイト)(2024年4月24日閲覧)
  14. ↑ 「CS放送「TBSチャンネル」にて『さよならキャンディーズ』をCS初放送!」(株式会社TBSテレビ 2011年8月11日 10時00分)(PR TIMESのサイト)(2024年4月24日閲覧)
  15. ↑ NHKクロニクル『NHK金曜特集 「コスモス・クライシス」―原子炉衛星墜落の恐怖劇―』アナログ総合 1978年04月21日(金) 午後08:00 〜 午後08:49
  16. ↑ NHKクロニクル『第4回ヤング歌の祭典』アナログ総合 1978年05月02日(火) 午後07:30 〜 午後08:59
  17. ↑ NHKクロニクル『イタリア悪夢の55日 「悲劇に終わったモロ事件」』アナログ総合 1978年05月10日(水) 午後10:00 〜 午後10:44
  18. ↑ NHKクロニクル『NHK金曜特集 想定ドキュメント「巨大地震・情報パニックの恐怖」』アナログ総合 1978年05月12日(金) 午後08:00 〜 午後08:50
  19. 1 2 日本テレビ 会社概要 日本テレビ略史(日本テレビ公式ページ)(2023年12月17日閲覧)
  20. 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'79』日本放送出版協会、1979年9月25日、27頁。
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  23. 1 2 『毎日新聞』毎日新聞社、1978年9月28日付朝刊・夕刊
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  29. 1 2 NHKクロニクル「ニュース」(2か国語放送開始) 1978年10月1日
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  80. 1 2 朝日新聞 1978年11月26日 朝刊 P.13 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
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  83. 1 2 3 全国朝日放送株式会社総務局社史編纂部 編『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』全国朝日放送、1984年2月1日、268頁。NDLJP:12276014/350。
  84. 1 2 朝日新聞 1978年12月24日 朝刊 P.13 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  85. ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、347頁。
  86. ↑ 朝日新聞 1978年11月21日 朝刊 P.13 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
  87. ↑ 朝日新聞 1978年12月18日 朝刊 P.11 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)

参考文献

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など

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