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1979年のテレビ (日本)

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1979年のテレビ(1979ねんのテレビ)では、1979年(昭和54年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

主なできごと

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4月1日にテレビ埼玉、7月1日に静岡第一テレビが開局

 前者は系列を持たない独立U局(音声多重放送未実施[注 1])。後者は日本テレビ系列のフルネット局で静岡県初の音声多重放送を開始、これで静岡県の民放4系列4局のフルネット化が完了(後述)。又、民放の新規開局に於いてはこれ以降全て、当初から音声多重放送対応となる。


4月1日に、岡山・香川両県の民放テレビジョン放送のエリアが一本化

 これにより、岡山・香川両県の1エリア化による民放4系列4局のフルネット化が完了。(後述)


省エネ推進により、深夜放送の時間短縮が始まる。

6月11日にフジテレビが始めたのを皮切りに、7月には東京でTBS・東京12チャンネル(現:テレビ東京)、大阪で毎日放送、朝日放送が、8月には大阪で読売テレビと関西テレビが実施(ここで在版民放テレビ局全局が実施となる)。翌年春の改編期には、在京民放テレビ局全局が実施する様になる。


テレビ番組


CM

この年の秋に三洋電機のカラーテレビのCFに使われた、久保田早紀(現:久米小百合)の「異邦人 -シルクロードのテーマ-」が大ヒットする(詳細は、同曲の項目を参照のこと)。このCMは、同社が当時一社提供していたTBS系『兼高かおる世界の旅』でも放送されていた。


音声多重放送の動き
  • NHK教育テレビを除く在版局、及び名古屋のNHK教育及び名古屋テレビ放送を除く全局が音声多重放送を開始した。更に、札幌、福岡、広島、静岡、山口地域でも同放送が開始された。(「#既存局の音声多重放送開始(当時は実用化試験放送) 」等を参照)
  • 電電公社が、ステレオ放送対応の音声多重放送同時ネット回線を年内に全国へ開通。これにより、複数局でのステレオ同時ネット放送が可能となった(後述)。
  • 番組では、NHK総合の蔵前国技館で開催の大相撲本場所中継、甲子園の春夏の高校野球、『日本歌謡大賞』等がこの年からステレオ放送に、『月曜ロードショー』(TBS)、『ゴールデン洋画劇場』(フジテレビ)がこの年から2か国語放送となる。9月3日には、日本テレビ系のアニメ『ルパン三世』第99話「荒野に散ったコンバット・マグナム」で、日本のテレビアニメとして初となるステレオ放送を実施。又、前述の同時ネット回線のステレオ対応化に伴い、近畿・東海地方発によるスポーツ中継を始めとするステレオ同時ネット放送も行われる様になった。(詳細は、「#既存番組の音声多重化」等を参照)
  • その一方で、10月7日に日本テレビが、この日行われた衆議院議員総選挙の開票速報番組の二か国語放送の副音声にて、画面と関係ない開票速報や党派別当選者数を放送。これが後に当時の放送法違反とされ、翌1980年5月31日に郵政省から文書による厳重注意を受けた。しかしこれが、1980年6月の衆参同時選挙の開票速報の放送に伴い、日本テレビが国の関係方面に働きかけた結果、特例ながらもこの開票速報に於いて初の2音声多重放送の開始に繋がることとなった(後述。「1980年のテレビ (日本)」、「音声多重放送」の項も参照)。


視聴率


番組関係のできごと

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1月

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2月

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3月

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4月

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『おはよう朝日です』放送開始(4月2日。写真は生放送が行われた「スカイスタジオ」があった大阪タワー(2006年撮影。現在は解体))

5月

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  • 7日 - 日本テレビ系、「月曜スター劇場」枠で、加山雄三主演のテレビドラマ『かたぐるま』が放送開始( - 1979年10月29日。全26回)。1982年5月まで全3シリーズ制作された同局の看板ドラマとなった。
  • 14日 - NHK総合、『NHK月曜特集』で、「第35回世界卓球選手権」が北朝鮮の平壌市にて世界75か国の卓球選手を迎えてわいた春の平壌全記録を伝えた「「朝鮮半島ピンポン外交」 ― ピョンヤン’79 ―」を放送。[1][38]
  • 20日 - TBS系、『海外レポート』で「私たちに愛を… 国際児童年特集」を放送。[1]
  • 28日 - NHK総合、『NHK月曜特集』で、昭和の映像資料「日本ニュース」(日本映画社製作)をドキュメンタリーに構成したシリーズ『激動の記録』が放送開始( - 1980年3月14日、全5回)[1]。この日の第1回は、1940~5年の「日本ニュース」から、戦時日本を綴った。[39]

6月

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7月

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  • 1日
  • 2日 - テレビ静岡、キャスターに女性を初めて起用した、ローカルワイドニュース『ニュース・プラザ』放送開始。[1]
  • 12日 - TBS系、連続ドラマシリーズ『木曜座』で、五木寛之原作、松坂慶子主演のドラマ『水中花』が放送開始( - 10月4日、全13回。脚色:岩間芳樹、他の出演:友里千賀子・吉行和子 ほか)[1]。主役の松坂が、ドラマの中で見せたバニーガールの衣装が人気を集めたりして、大人の色気を漂わせるセクシー女優としてブレークするきっかけを作り、又、松坂が歌う同ドラマの主題歌「愛の水中花」が大ヒット。オリコンヒットチャートで週間最高2位を獲得(1979年々間ヒットチャート33位)[46]、TBS系『ザ・ベストテン』にも、同年10月25日から11月29日まで6週連続で10位以内へランクインされ、番組に出演(最高位5位、年間33位)[47]。松坂の歌手としての最大のヒット作となる(同曲の項目も参照)。
  • 13日 - NHK総合、『NHK金曜特集』で「東名高速・トンネル炎上」を放送。2日前(7月11日)に起きた、乗用車2台と大型貨物自動車4台がトンネルの出口まで420メートルの地点で絡んだ追突事故「日本坂トンネル火災事故」がなぜ起きたかを検証した。[1][48]

8月

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  • 1日 - 日本テレビ系列、同系列のテレビネット回線の東ループ廻りに於いて、大阪→名古屋→静岡→東京間のステレオ化工事が完了したのを受け、読売テレビ制作の『2時のワイドショー』がこの日から、日本テレビ、中京テレビ、静岡第一テレビでもステレオ放送となる。[49][注 24]
  • 4日
    • NHK総合、広島放送局制作のドキュメンタリー『「ヒロシマのかたみ」原爆で失われた若き生命への鎮魂歌』放送。[1][50]
    • 名古屋テレビ放送・テレビ朝日系、国際児童年特別番組『総理と100人のこどもたち』放送。[1]
  • 8日 - この日の『第61回全国高等学校野球選手権大会』の開幕に伴い、電電公社のテレビ中継回線の東日本ループ(東名阪及び北陸回り)でのステレオ化工事が完了し、同対応回線が同ループ内で正式開通。[51][52]
    • これにより、同大会の実況中継がこの日の開会式からNHK総合と朝日放送の双方でステレオ化(NHK教育は1991年からステレオ化[注 25])[55]。又、NHK総合で音声多重放送をこの日までに開始した全ての実施局とテレビ朝日でもステレオで放送。
    • 更に、テレビ朝日系『溝口泰男モーニングショー』では、この開会式の模様を朝日放送から番組内で同時生中継する為に、臨時に番組初のステレオ放送となった。[56]
    • 前述の正式開通により、NHK『名曲アルバム』、NTV『TVジョッキー 日曜大行進』、TBS『クイズダービー』『サウンド・イン"S"』、フジテレビ『夜のヒットスタジオ』『ミュージックフェア』、テレビ朝日『題名のない音楽会』を始めとする東京キー局発のネット番組、東京・大阪・名古屋発のプロ野球を始めとするスポーツ中継番組等を含めるネット回線経由によるステレオ放送番組が、同地域内の音声多重放送実施局にて制作局以外でも漸くステレオ化される様になった。
  • 10日
    • NHK総合、『NHK金曜特集』で「知られざる尾瀬」を放送。尾瀬の秘境の巨滝・三条の滝,平滑の滝、珍獣オコジョ、イワナの生態を紹介した。[1][57]
    • フジテレビ系、『ゴールデン洋画劇場』が、この日から一部を除き2ヵ国語中心の音声多重放送を開始。この日は2ヵ国語放送による特別企画 映画『キタキツネ物語』を放送[58]。劇場用映画のテレビ放送としては過去最高の44.7%の視聴率を記録(ビデオリサーチ調べ・関東地区)。[1][59]
  • 11日 - NHK総合、『中国の若者たち ―1979年・夏― 』を放送。統一大学入試を前に受験勉強にはげむ中国の若者たち、中国に於いての人生の3大光栄の1つ「共産主義青年団入団式」、中国の結婚式の模様を放送した。[1][60]
  • 13・14日 - NHK総合、『エネルギー小国日本の選択』を2日間に渡って放送。13日は「石油づけ社会からの脱出」[61]、14日は「新エネルギー最前線」を放送[62]。[1]
  • 15日 - NHK総合、終戦記念日のこの日、『私の太平洋戦争 ―昭和萬葉集から―』を放送(朗読:宇野重吉・市原悦子・奈良岡朋子)。[1][63]
  • 25日・26日 - 日本テレビ系、前年に続いて大型チャリティー特番『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』第2回を放送。総合司会は萩本欽一、黒柳徹子、国弘正雄が、チャリティーパーソナリティーはピンク・レディーと、徳光和夫アナウンサー(当時)がそれぞれ務めた[注 26]。又、この年から、同特番の一部時間帯がステレオ放送となる。

9月

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10月

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11月

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  • 2日 - フジテレビ系で、TBS系『ザ・ベストテン』に対抗したランキング歌謡番組『ビッグベストテン』(司会:高嶋秀武[注 32]、丘みつ子)を開始( - 1980年3月)。
  • 18日 - テレビ朝日系、『ヒントでピント』の白組4枠におりも政夫(元フォーリーブス)が登板[71]。
  • 23日 - 東京12チャンネル(現・テレビ東京)、『輝け!!第10回日本歌謡大賞』をステレオ放送。民放でNHKホールからの生中継を行った最初の事例となった[72]。同番組はこの回からステレオ放送となる[73]。更に同局は当時、全国ネットワークを持っていなかった為、他系列の地方局に於いて全国ネットで生放送する為に、同番組初としてかつ異例の、16:05 - 17:50での、非ゴールデンタイムの時間での放送となった(東京12チャンネルのみ、15:45からの放送[73])。[注 33][74][75]
  • 27日 - 東北放送、テレビ開局20周年記念番組として、自社制作では初のテレビドラマ『帰郷』放送。[注 34][1][76][77]
  • 28日 - テレビ朝日系、渡辺プロダクション制作特別番組『ちびっこものまね紅白歌合戦』を放送。この年から夏大会を廃止(前年からは春大会を廃止)、冬の単独大会となる。またこの年の3月を以て、テレビ朝日月曜20時の渡辺プロ制作路線が終焉のため、今まで春・夏大会を放送していた『水曜スペシャル』に移動して放送となる。
  • 29日 - 日本テレビ系、平日朝の情報番組『ズームイン!!朝!』で、福岡放送からの生中継レポートで、同担当レポーターの安田栗之助が移動たこ焼き屋のマイクロバスのドアノブを触った瞬間、(漏電していた事により)感電して失神するハプニングが発生。後にこの場面は同番組の総集編等を始め、同じ日本テレビ系『NTVハプニング大賞』等の番組で定番の様に取り上げられる程、後々まで語り継がれる事となった(「ズームイン!!朝!#徳光時代」、「安田栗之助#略歴」を参照)。
  • 30日 - テレビ朝日系、トーク番組『徹子の部屋』が放送1000回を達成(この日のゲストは物集高量と久米宏)[78]。

12月

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その他テレビに関する話題

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福岡放送2代目社屋(サンセルコ内)稼働開始(3月5日) テレビ埼玉(4月1日開局) 静岡第一テレビ(7月1日開局)
福岡放送2代目社屋(サンセルコ内)稼働開始
(3月5日)
テレビ埼玉
(4月1日開局)
静岡第一テレビ
(7月1日開局)

開局

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既存局の音声多重放送開始(当時は実用化試験放送)

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周年

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番組

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放送局・放送開始

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1月1日
放送開始20周年 - 長崎放送テレビジョン
1月10日
放送開始20周年 - NHK東京教育テレビジョン (JOAB-TV)
2月1日
開局20周年 - テレビ朝日
3月1日
3月3日
開局20周年 - 日本海テレビジョン放送
4月1日
4月12日
開局15周年 - 東京12チャンネル
5月1日
開局10周年 - サンテレビジョン
9月1日
放送開始20周年 - 岩手放送テレビジョン
10月1日
11月1日
開局20周年 - 沖縄テレビ放送
12月1日
開局10周年 - 青森テレビ、テレビ岩手、三重テレビ放送
12月10日
開局10周年 - テレビ愛媛
12月15日
放送開始20周年 - 山陰放送テレビジョン
12月20日
放送開始20周年 - 山梨放送テレビジョン

記念回

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視聴率

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(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

ニュース・報道

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  1. ニュース(20:55-21:00)(NHK総合、12月31日)52.3%
  2. ニュース(7:00-7:20)(NHK総合、10月19日)43.9%
  3. テレビロータリー(NHK総合、10月19日)42.8%
  4. スタジオ102(NHK総合、10月19日)42.8%
  5. ローカルニュース・天気予報(7:15-7:35)(NHK総合、10月8日)42.3%
  6. 大阪三菱銀行猟銃人質事件犯人逮捕(NHK総合、1月28日)40.9%
  7. 首都圏交通スト情報・天気予報(7:15-7:35)(NHK総合、4月25日)40.3%

ドラマ

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  1. 連続テレビ小説 マー姉ちゃん(NHK総合、9月25日)49.9%
  2. 連続テレビ小説 鮎のうた(NHK総合、11月22日)47.2%
  3. ナショナル劇場 水戸黄門・第9部(最終回)(TBS、2月5日)43.7%
  4. ナショナル劇場 水戸黄門・第10部(TBS、12月17日)42.7%
  5. 東芝日曜劇場 女たちの忠臣蔵(TBS、12月9日)42.6%
  6. 金曜劇場 熱中時代(最終回)(日本テレビ、3月30日)40.0%[注 42]
  7. 太陽にほえろ!(日本テレビ、7月20日)40.0%[注 42]
  8. ナショナル劇場 江戸を斬るIV(TBS、2月12日)36.7%
  9. 大河ドラマ 草燃える(NHK総合)34.7% - ※最高視聴率
  10. 金曜劇場 熱中時代・刑事編(日本テレビ、9月22日)32.2%

映画

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  1. ゴールデン洋画劇場特別企画『キタキツネ物語』(フジテレビ、8月10日)44.7% - 劇場用映画の放送としては歴代最高視聴率[59]
  2. ゴールデン洋画劇場特別企画『八つ墓村』(フジテレビ、10月12日)34.2%
  3. ゴールデン洋画劇場特別企画『野性の証明』(フジテレビ、12月14日)33.9%
  4. 水曜ロードショー『ジョーイ』(日本テレビ、12月19日)33.3%
  5. 月曜ロードショー『オーメン』(TBS、2月12日)30.0%

スポーツ

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  1. 土曜ナイター「巨人×阪神」(日本テレビ、6月2日)39.9%
  2. '79プロ野球オールスターゲーム・第1戦(TBS、7月21日)34.6%
  3. '79プロ野球オールスターゲーム・第3戦(フジテレビ、7月24日)33.5%
  4. '79プロ野球オールスターゲーム・第2戦(TBS、7月22日)32.9%

バラエティ・歌番組

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  1. 第30回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)77.0%
  2. ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)45.5%
  3. 第21回輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)43.3%
  4. クイズダービー(TBS、6月30日)40.8%
  5. ぴったしカン・カン(TBS、11月20日)37.6%
  6. ザ・ベストテン(TBS、3月22日)35.8%
  7. クイズ100人に聞きました(TBS、10月22日)30.7%

テレビ番組

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テレビドラマ

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NHK

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日本テレビ系

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TBS系

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フジテレビ系

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テレビ朝日系

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東京12チャンネル

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テレビアニメ

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特別番組

特撮番組

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特別番組

報道・情報番組

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特別番組
  • ザ・ネットワーク第6弾「太平洋圏時代 日本とアメリカ -フォード前大統領を迎えて-」(二か国語)(関西テレビ)- 3月17日放送。関西テレビ放送開局20周年記念番組。[17]

バラエティー番組

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クイズ番組

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音楽番組

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トーク番組

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教養・ドキュメンタリー番組

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紀行番組

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単発特別番組枠

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既存番組の音声多重化

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ステレオ放送化

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二か国語放送化

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この年の主なキャンペーン

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  • 「青春は8ビート 燃える秋のフジテレビ」(フジテレビ、10月期)

脚注

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注釈

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  1. 1 2 テレビ埼玉が音声多重放送を開始したのは、開局から22年後の2001年4月1日で、民放では一番最後の実施となった。
  2. ↑ 全日帯においてはNHKが首位であった。また、翌1980年春の調査で、1979年の年度視聴率においても、TBSは3冠王を達成したが、あくまでも在京民放局の中での首位であった(全日首位はNHKで、TBSはゴールデンタイムとプライムタイムの2冠であった)。
  3. ↑ 友竹と、現在第11代くいしん坊を務める松岡修造を除き、すべて俳優が起用されている。
  4. ↑ 現在は『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』。
  5. ↑ 朝日放送(現・朝日放送テレビ)では土曜19時30分枠に『部長刑事』が放送されていた関係で『あばれはっちゃく』は18時枠で先行放送、『スーパー戦隊シリーズ』は遅れネットで放送していた。
  6. ↑ その後『ズームイン!!SUPER』(2001年10月1日 - 2011年3月31日)へとリニューアル、そして現在の『ZIP!』(2011年4月1日 - 放送中)へとつながってゆく。
  7. ↑ 徳光の降板後は福留功男(日本テレビ→フリー)→福澤朗(日本テレビ、当時)らが歴任。
  8. ↑ 当時、電電公社(当時)のステレオ放送対応のテレビネット回線は、東京から東海・近畿・北陸圏内を廻る東日本ループは同年8月8日に正式に開通。それまでは、前年大晦日に運用を開始した東京→大阪間の同対応の特別専用テレビ回線しかなかった。関西テレビでの同番組でのステレオ放送は、フジテレビからのビデオ送りによるのか特別専用回線によるのかは不明。ちなみに同局は、同年1月3日に音声多重放送を開始していたものの、それまでは全て自主制作によるものだった。
  9. ↑ 尚、読売テレビは前年の大晦日に、日本テレビの生放送特別番組『ピンク・レディー汗と涙の大晦日150分!!』に於いて、ネット受けによる初めてのステレオ放送を行っている。[19][20]
  10. ↑ ただしニューヤンキースのキャプテンにしてファーストの橋本美砂子は、ユニフォームや遠征費などの資金援助をしていたジャニーズ事務所のタレントに転身し、同局放送の『全日本女子プロレス中継』のレポーターなどに出演、後に同事務所のスタッフとなり、結婚退職した。
  11. 1 2 但し、ネット受けしたテレビ朝日は、ステレオ放送対応のテレビネット回線が未開通の為、モノラル放送だった[22]
  12. ↑ 大野、宮沢ともに1982年3月31日の最終回まで出演。
  13. ↑ 2021年10月 - 2022年3月にNHK BSプレミアムとBS4Kで4Kレストア版で再放送された。
  14. ↑ これに伴い、それまで月曜19時枠にあった『キックボクシング中継』は金曜23時30分枠へ移動。
  15. ↑ 6年前の1973年に日本テレビでアニメ化された経緯があり、正確にいえば2度目のアニメ化である。
  16. 1 2 現在放送中の『おはスタ』(1997年10月 - )との区別のため「初代おはスタ」とも表記される。
  17. ↑ この西城9999点獲得回は2019年5月19日に西城の一周忌追善企画として、CS放送・TBSチャンネル2で再放送された[31](『ベストテン』のCS再放送は2回目)。
  18. ↑ ちなみに2週目の9999点獲得の翌日は、西城の誕生日であった。
  19. ↑ 3月15日放送回は2018年7月24日に西城の追悼企画(西城は同年5月16日に63歳で死去)として、CS放送・TBSチャンネル2で再放送された(『ベストテン』がCSで再放送されたのはこれが初)。
  20. ↑ 当日はゴダイゴのライブが行われていた福岡市民会館から生中継を行った(RKB毎日放送と共同で実施)。
  21. ↑ 以後、放送時間は21:00 - 22:51を経て、2012年9月29日放送『再捜査刑事・片岡悠介4』より21:00 - 23:06となり、2016年4月より『土曜プライム』の一企画へリニューアルし、2017年4月8日まで継続。以後、同局系の2時間ドラマ枠は『日曜ワイド』(2017年4月 - 2018年3月)→『日曜プライム』(2018年4月 - 2020年9月)と続く。
  22. ↑ レギュラー出演していた前番組『ヤンマーファミリーアワー 飛べ!孫悟空』から続投。
  23. ↑ 当初は湯原昌幸との1週交代で担当。
  24. ↑ 日本テレビは当時、自系列ネット回線の東回りループでは、東京から北陸経由で大阪へのルートを得てから、前述のルートを辿るループでネットしていた。東京から北陸経由で大阪までがステレオ対応になったのは、同ループ内のテレビネット回線が正式にステレオ対応となった1週間後の8月8日のことである。
  25. ↑ NHK教育は当時未だ音声多重放送は開始しておらず、1990年10月1日に漸く東名版で開始[53]、翌1991年3月21日に同放送の全国実施を完了した[54]ことから、1991年の春夏の大会からステレオ放送を実施している。
  26. ↑ 徳光は翌1980年(第3回)より31年間にわたり総合司会を担当。
  27. ↑ 番組末期の放送時間は月〜金曜11:00 - で、3月30日までは - 11:30だったが、4月2日から5分短縮され - 11:25までとなった。
  28. ↑ それから5年半後の1985年4月7日に復活、その後『ロッテ 歌のアルバムNOW』と改題しながら1987年9月27日まで続く。
  29. ↑ 現在テレビ朝日系列で放送中の『新婚さんいらっしゃい!』(朝日放送テレビ制作)も、1975年3月まではこの時間帯で放送された。
  30. ↑ 2016年4月3日から、『新 窓をあけて九州』のタイトルで4年ぶりに再開。
  31. ↑ シリーズ終了後の2004年に、約20年ぶりとなるスペシャル版『西部警察 SPECIAL』(主演:渡哲也、舘ひろし)が放送された(本来なら前年に放送予定だったが延期となっていたもの。また新シリーズも放送予定だったが、撮影中の事故により中止となった)。
  32. ↑ 当時:ニッポン放送アナウンサー。
  33. ↑ 東京12チャンネルは当時全国ネットワークを持っておらず、全国的に同時ネットで多くの視聴者に見てもらうことを考慮し、祝日でかつ放送時間を主要系列局が全国ネット番組を持っていない時間帯を設定し、フジテレビ系列(関西テレビ(近畿広域圏 ステレオ)、東海テレビ(中京広域圏 ステレオ)、北海道文化放送(北海道)、テレビ西日本(福岡))、日本テレビ系列(広島テレビ)や、当時のクロスネット局(NST新潟総合テレビ、テレビ山口)等を通じて同時に生放送された。
  34. ↑ 当時JNN・TBS系ではローカル編成可能枠の火曜日22時から55分間の放送。
  35. ↑ 現在は年1回、毎年2月に放送され、2021年の放送までで98回を数える。
  36. ↑ 2005年2月27日に同じ中央区清川に再移転した。
  37. ↑ これにより、同ループ内で音声多重放送をこの日に実施している東京キー局、大阪準キー局、東海4局(NHK名古屋総合、CBCテレビ、東海テレビ放送、中京テレビ放送)、北日本放送、静岡第一テレビに於いて、同回線経由によるステレオ放送が開始された(2か国語放送では、既に実施済)。
  38. ↑ これを受けこの日、広島テレビ放送、山口放送、福岡放送が同放送を開始。
  39. ↑ これを受け、既に同放送を開始していた札幌テレビ放送が、この日からネット受けのステレオ放送が可能となった(2か国語放送では、既に実施済)。
  40. ↑ 同放送の初の番組は、同日23時50分からの映画「冬のライオン」の二か国語放送だった。
  41. ↑ 1973年10月に関西ローカルでスタートして以来の通算。
  42. 1 2 ビデオリサーチによる視聴率調査が現行方式となった1977年9月26日以降では、それから32年後の2011年に放送された『家政婦のミタ』の最終回(2011年12月21日)が40.0%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)を記録し、日本テレビ系で放送された連続ドラマ3作品が同じ数字で並ぶ結果となった。
  43. ↑ 第1話は未出演。
  44. ↑ 土曜ワイド劇場。第1作は山村美紗原作『花の棺』で、第2作以降は和久峻三原作のシリーズとなる。
  45. ↑ 潮建志の不祥事による降板によりレギュラー起用。
  46. ↑ この年から1987年春まで開催。1982年までは春秋開催(1981年秋のみ別企画『激突!オールスター秋の番組祭り!!どこまで笑アップするの大作戦』を放送)だったが、1983年からは春のみ開催。秋は料理コンテスト『輝け!オールスター秋の番組対抗ウルトラ料理大賞』や、『象印クイズ ヒントでピント』『ビートたけしのスポーツ大将』で構成された。
  47. ↑ 日曜昼の『家族対抗クイズ合戦』を改題移動。
  48. ↑ 『びっくり日本新記録』が一時中断したため、つなぎ番組として放送。
  49. 1 2 「フジテレビ開局20周年記念番組」として放送。
  50. ↑ NHKは、当大会の初日までに大阪→東京間に電電公社のステレオ放送対応の特別専用テレビネット回線が開通したのを受け、この回線を使用して東京でもステレオで放送した。
  51. ↑ ちなみに同番組のフジテレビ制作版は、この番組名での放送は、1985年6月9日の終了まで、モノラル放送のままだった。
  52. 1 2 この日に、電電公社のテレビ中継回線の東日本ループ(東名阪及び北陸回り)でのステレオ化工事が完了したことにより、同地域内での音声多重放送実施局ではステレオで放送されるようになった。
  53. ↑ 洋画でも、日本語吹き替えや字幕スーパーによるステレオ放送になる場合もあれば、モノラル放送の時もある。
  54. ↑ 洋画でも、日本語吹き替えや字幕スーパーによるステレオ放送になる場合もあれば、邦画が放送される場合はモノラル放送が一般的になる。

出典

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参考文献

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など

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