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1982年のラジオ (日本)

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1982年のラジオ (日本)では、1982年の日本のラジオ番組、その他ラジオ界の動向について記す。

主な番組関連の出来事

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2月

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  • 11日 - 毎日放送(MBSラジオ)、ラジオを聞きながら、古代や万葉人の跡をたどる番組『ラジオウォーク』が開始[1][2]。「MBSラジオのガイドを聞きながら、飛鳥路を歩こう」というMBSの呼びかけに、約1万人が参加した[3]。以後、毎年開催される様になる。

3月

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  • 22日 - NHKラジオ第1、『いまこそラジオを…- NHK・民放ラジオディレクター座談会』を放送。

4月

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5月

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  • 1日・2日 - 東北放送、開局30周年記念として、30時間ラジソン『ふれあいほほえみ・愛あ~るラジオ30年』を放送[1][6][7]。

8月

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  • 1日(7月31日深夜) - TBSラジオ、1967年7月から放送されていた深夜帯のラジオ番組『パックインミュージック』がこの日をもって放送終了、15年の歴史に幕。最終回は、TBSホールからの公開生放送だった[8]。
  • 7・8日 - 新潟放送、創立30周年記念の一環として、30時間ラジオマラソン『はつらつ新潟』を、7日正午から8日18時まで生放送[1]。その中で、7日22時過ぎには、番組生放送内でプリエンファシス方式を導入した放送に切り替え、同放送を開始した[9][10]。

9月

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  • 23日 - NHKラジオ第1、この年の7月23日に起きた「長崎大水害」で悲痛な119番通報が殺到した状況をまとめたドキュメンタリー番組『長崎集中豪雨・119番』を放送。後にこの年の第37回文化庁芸術祭のラジオ・ドキュメンタリー部門に参加の為、2か月後の11月7日に再放送、同部門の大賞を受賞[1][11][12]。

10月

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11月

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12月

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主なその他ラジオ関連の出来事

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  • 1月25日・29日 - 郵政省が25日、中波放送の高音改善対策としての「プリエンファシス方式」の導入を認める[23]。これを受け29日の午前9時に南海放送が、日本の中波(AM)ラジオ局で初めてプリエンファシス方式を導入した放送を開始[23]。翌月16日にはニッポン放送・文化放送も開始[3]。以降日本の民放各社が順次同方式に切り替え、83年3月までに民放中波48社中36社が同方式による送信を開始した[1]。
  • 2月1日
    • 東名阪および福岡地域以外では初の民放FM局、エフエム愛媛が開局[1][3]。これを機に、ようやく地方の民放FM局が相次いで開局する様になる。
    • 毎日放送・朝日放送・大阪放送(ラジオ大阪)の在阪中波ラジオ3社が、「私はラジオが好きです」のキャッチフレーズで初の共同媒体キャンペーンを開始[1][3]。
  • 2月28日 - NHK-FM、山形・水戸・福井・高松・長崎・鹿児島の各局に、全国番組のステレオ放送用のPCMデジタル回線が導入・運用開始。これに伴い、これらの各局で今まで全国番組のステレオ放送の際に行っていた放送波中継を廃止する[24]。
  • 3月31日 - NHK放送センター(東京)のラジオ第1放送の送信所が川口から菖蒲久喜に移転。同時に出力を100kWから300kWに増力する[1][25]。
  • 10月26日 - TBS(東京放送)ラジオを基幹局としたジャパン・ラジオ・ネットワーク(JRN)、山口放送の加盟を承認。これでJRNの加盟局は33社となる[13][26]。
  • 11月15日 - NHK、中波ラジオの音質改善策として、民放の「プリエンファシス方式」に倣い、NHKが独自に開発した「AMサウンドイコライジング(ASE)システム」を、東京・大阪の各ラジオ第1放送にて運用開始[1][27]。
  • 年度内(詳細期日不明) - NHK-FM、旭川放送局に全国番組を始めとするネット受けステレオ放送用のPCMデジタル回線が導入・運用開始。これに伴い、ローカル番組以外のステレオ放送の際に行っていた放送波中継を廃止する[28]。

開局

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中波(AM)ラジオ局のプリエンファシス・サウンドイコライジングシステム導入開始

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節目

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番組周年・記念回

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  • 1万回 - ひるのいこい(NHKラジオ第1、11月22日)[1]

開局周年

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特別番組

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1月放送

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4月放送

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  • 3・4日
    • 文化放送開局30周年記念30時間ワイド番組『キンキンキラキラ大放送 ラジオはくらしの太陽だ』(文化放送)[1][4]

5月放送

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  • 1・2日
    • 東北放送開局30周年記念30時間ラジソン『ふれあいほほえみ・愛あ〜るラジオ30年』(東北放送)[1][6][7]

8月放送

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  • 7・8日
    • 新潟放送開局30周年記念30時間ラジオマラソン『ハツラツ新潟』(新潟放送)[1][9][10]
  • 14・15日
    • KNB開局30周年記念特別番組『ビッグ30 ふれあいラジオ大放送 〜ラジオはくらしの友達だ〜』(北日本放送)[38]

10月放送

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  • 1日 - 中国放送開局30周年特番『ありがとうの30年』(中国放送)[13][14]
  • 30・31日 - 静岡放送30周年企画30時間ラジソン『マイ・ラブ・シズオカ』(静岡放送)[13]

11月放送

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  • 28日 - ロンザム・カーボーイ・ミッドナイト・クルージング

開始番組

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1982年2月放送開始

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毎日放送
エフエム愛媛

1982年4月放送開始

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NHKラジオ第1放送
NHKラジオ第2放送
NHK-FM放送
青森放送
山形放送
  • 月内 - YBCさわやかジャーナル[5]
ラジオ福島
TBSラジオ
文化放送
ニッポン放送
東海ラジオ放送
近畿放送
  • 月内 - ふれあい情報にしひがし[5]
朝日放送
MBSラジオ
ラジオ関西
  • 1日 - 真夜中ギンギラ大放送[5]
和歌山放送
  • 月内 - さわやかワイドハッピーナイン[5]
山陽放送
九州朝日放送
長崎放送
  • 月内 - ひろさんのおまかせワイド[5]
エフエム東京
ラジオたんぱ第2放送

1982年6月放送開始

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エフエム東京
  • 5日 - 夜明けのプレリュード

1982年7月放送開始

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ラジオ福島
  • 10日 - 福島ジャズ・タイム

1982年8月放送開始

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TBSラジオ
エフエム東京

1982年9月放送開始

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中部日本放送
エフエム北海道

1982年10月放送開始

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TBSラジオ
文化放送
ニッポン放送
CBCラジオ
MBSラジオ
ラジオ大阪
山陰放送
南海放送
エフエム長崎
南日本放送
エフエム東京
  • 4日 - ソニー・デジタル・サウンド[5]
ラジオたんぱ

1982年11月放送開始

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ニッポン放送

1982年12月放送開始

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エフエム仙台
広島エフエム放送

終了番組

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1982年3月放送終了

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NHKラジオ第2放送

1982年4月放送終了

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NHKラジオ第1放送
NHKラジオ第2放送

1982年8月放送終了

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TBSラジオ

1982年9月放送終了

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CBCラジオ

1982年10月放送終了

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文化放送

1982年12月放送終了

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ニッポン放送

参考文献

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  • 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修部 編『NHK年鑑'82』日本放送出版協会、1982年9月25日。 
  • 日本放送協会総合放送文化研究所 放送史編修部 編『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年9月27日。 [40]。
  • 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑'82』コーケン出版、1982年11月。
  • 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑'83』コーケン出版、1983年11月。
  • 『ラジオ新番組速報版』1982年春号、三才ブックス、1982年6月15日。
  • 『ラジオ新番組速報版』1982年夏号、三才ブックス、1982年9月15日。
  • 『ラジオ新番組速報版』1982年秋号、三才ブックス、1982年12月15日。

脚注

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注釈

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  1. ↑ 当初は宮崎放送局(JONF 936kHz)のみで、他の局は翌1983年の3月25日に一斉に導入された[33]。
  2. ↑ 当初は吉野送信所(JOCF 1107kHz)のみ(1986年10月1日に現在の隼人送信所に移転)。

出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 「放送史年表 -詳細版- 1982年」(NHK放送文化研究所)(2026年8月27日閲覧)
  2. 1 2 3 毎日放送50年史編纂委員会事務局『毎日放送50年史』株式会社 毎日放送、2001年9月1日、493頁。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年2月)」『月刊民放』第12巻第5号、日本民間放送連盟、1982年5月1日、50頁、NDLJP:3470957/26。
  4. 1 2 3 4 5 6 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年4月)」『月刊民放』第12巻第7号、日本民間放送連盟、1982年7月1日、52頁、NDLJP:3470959/26。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 日本民間放送連盟(編)「ラジオ番組′82」『月刊民放』第12巻第12号、日本民間放送連盟、1982年12月1日、28 - 29頁、NDLJP:3470964/15。
  6. 1 2 3 4 5 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年5月)」『月刊民放』第12巻第8号、日本民間放送連盟、1982年8月1日、52頁、NDLJP:3470960/27。
  7. 1 2 「SJジャズ・チャンネル~テレビ・ラジオのジャズ番組案内」『スイングジャーナル』第36巻第5号、スイングジャーナル社、1982年5月1日、51頁、NDLJP:2300176/27。
  8. 1 2 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、195,350頁。
  9. 1 2 3 新潟放送『新潟放送40年のあゆみ』新潟放送、1992年10月15日、424頁。
  10. 1 2 3 4 5 6 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年8月)」『月刊民放』第12巻第11号、日本民間放送連盟、1982年11月1日、50頁、NDLJP:3470963/26。
  11. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年9月27日、76,125,144頁。NDLJP:12277985/54,NDLJP:12277985/91,NDLJP:12277985/101。
  12. 1 2 “昭和51年度(第31回)〜昭和60年度(第40回)” (PDF). 文化庁. p. 7. 2026年8月31日閲覧。
  13. 1 2 3 4 5 6 7 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年10月)」『月刊民放』第13巻第1号、日本民間放送連盟、1983年1月1日、52頁、NDLJP:3470965/26。
  14. 1 2 中国放送50年史編さん委員会 編『中国放送の50年 : その時、いつもそばにいた』中国放送、2002年10月、389頁。
  15. ↑ 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、330頁。
  16. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年9月27日、125頁。NDLJP:12277985/91。
  17. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年9月27日、76,179頁。NDLJP:12277985/54,NDLJP:12277985/118。
  18. ↑ NHKクロニクル『特集・ひるのプレゼント 「ひるのいこいのプレゼント」(1) ~102スタジオ,405スタジオ,長野県野沢温泉村を結んで~』アナログ総合 1982年11月22日(月) 午後00:20 〜 午後00:44
  19. ↑ NHKクロニクル『特集・ひるのプレゼント 「ひるのいこいのプレゼント」(2) ~102スタジオ,350スタジオ,愛知県東海市を結んで~』アナログ総合 1982年11月23日(火) 午後00:20 〜 午後00:44
  20. ↑ NHKクロニクル『特集・ひるのプレゼント 「ひるのいこいのプレゼント」(3)~一部 宮城県白石市から中継,(音声のみ)一部津局スタジオから入中~』アナログ総合 1982年11月24日(水) 午後00:20 〜 午後00:44
  21. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年9月27日、78,266,361頁。NDLJP:12277985/55,NDLJP:12277985/170,NDLJP:12277985/231。
  22. ↑ 朝日放送社史編修室『朝日放送の50年 Ⅲ 資料集』朝日放送株式会社、2000年3月31日、139頁。
  23. 1 2 3 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年1月)」『月刊民放』第12巻第4号、日本民間放送連盟、1982年4月1日、50頁、NDLJP:3470956/26。
  24. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'82』日本放送出版協会、1982年、236頁。
  25. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'82』日本放送出版協会、1982年、217頁。
  26. ↑ 山口放送株式会社 編『山口放送三十年史』山口放送、1987年、249頁。
  27. 1 2 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年9月27日、76,271,275頁。NDLJP:12277985/54,NDLJP:12277985/172,NDLJP:12277985/174。
  28. ↑ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'83』日本放送出版協会、1983年、271頁。NDLJP:12277985/172。
  29. 1 2 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年9月)」『月刊民放』第12巻第12号、日本民間放送連盟、1982年12月1日、52頁、NDLJP:3470964/27。
  30. 1 2 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年12月)」『月刊民放』第13巻第3号、日本民間放送連盟、1983年3月1日、50頁、NDLJP:3470967/26。
  31. ↑ 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、349頁。
  32. ↑ 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年6月)」『月刊民放』第12巻第9号、日本民間放送連盟、1982年9月1日、52頁、NDLJP:3470961/27。
  33. ↑ 『宮崎放送三十年史』p.233
  34. ↑ 『宮崎放送三十年史』p.345
  35. 1 2 3 4 5 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(57年7月)」『月刊民放』第12巻第10号、日本民間放送連盟、1982年10月1日、54頁、NDLJP:3470962/28。
  36. ↑ 『陸奥新報』1982年7月5日付け朝刊ラテ欄下段の青森放送広告より
  37. ↑ 当時の台本の表紙
  38. ↑ 『社報復刻版』北日本放送、1983年9月20日、814 - 815頁。NDLJP:12275415/419。
  39. ↑ 『女子ラジオ Vol.1』辰巳出版、2022年8月15日、147頁。
  40. ↑ NHK nenkan - Google Books
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