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1985年のテレビ (日本)

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1985年のテレビ(1985ねんのテレビ)では、1985年(昭和60年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

番組関係の出来事

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1月

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2月

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3月

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4月

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5月

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『第23回オールスター紅白大運動会』の会場となった国立代々木競技場(屋外では「国際スポーツフェア'85」が開催されていた)

6月

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7月

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8月

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9月

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  • 1日 - NHKと民放13社で、緊急警報放送の運用が開始。[1][22]
    • これを受けNHK総合では、毎月1日の正午前に同試験放送の実施を開始(2026年も継続中)。[1]
  • 11日 - 女優の夏目雅子がこの日白血病のため夭折(享年27)。各局の午後のワイドショーはこの訃報を大きく取り上げた。またこの日の午後には俳優の山城新伍の離婚会見が都内で行われ、夜には前年からワイドショーで盛んに取り上げられていたロス疑惑の中心人物である三浦和義が逮捕されるなど“ワイドショーが忙しかった一日”となった。
  • 17日 - TBS系、平日正午枠で、コント山口君と竹田君の司会で、東京・新宿のコメディーシアターから生中継の公開バラエティ番組『おじゃまします』が放送開始。生放送を行う会場がフジテレビ系『笑っていいとも!』の公開生放送会場であるスタジオアルタに近かったことから“新宿戦争”と呼ばれた。しかし、11月1日に1か月半で打ち切り終了。TBSの正午枠では最短打ち切りというワースト記録を残した。
  • 21日 - テレビ朝日系、1979年2月3日から5作品にわたり続いた児童向ドラマ『あばれはっちゃくシリーズ』が、第5作『逆転あばれはっちゃく』(3月2日 - )を以て終了、足かけ7年にわたる歴史に幕。なお次番組は木曜22時から移動した『愛川欽也の探検レストラン』になったため、1968年10月開始の海外作品『奥さまは魔女』(当時ネットの毎日放送制作)以来、制作国・制作局・制作会社を変えながら17年続いたテレビ朝日系土曜19時台後半のドラマは中断した。
  • 25日 - フジテレビ系『夜のヒットスタジオDELUXE』(ステレオ)で、1976年4月5日より9年半にわたり3代目の男性司会者として、芳村真理のパートナーを務めてきた井上順がこの日の放送をもって降板。
  • 27日 - 日本テレビ系、深夜番組『11PM』で1966年4月5日から金曜日の司会を19年半にわたって務めた大橋巨泉が、この日を以て同番組を卒業。巨泉の後任には、村野武範(俳優)と吉田照美(フリーアナウンサー、元文化放送アナウンサー)が起用される。
テレビ朝日六本木アークヒルズ放送センター稼動開始(9月28日。写真は2005年撮影のテレビ朝日アーク放送センター)

10月

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11月

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  • 4日
    • TBS系、平日正午枠で、俳優の山城新伍司会による公開トークバラエティ番組『新伍のお待ちどおさま』が放送開始( - 1990年3月)。
    • テレビ朝日系、平日正午枠で、やらせリンチ事件で打ち切りになった『アフタヌーンショー』に代わるワイドショー番組『なうNOWスタジオ』が放送開始。総合司会は同局アナウンサーの渡辺宜嗣を起用。その他のレギュラーは、アシスタントにタレントの岸ユキ、コメンテーターに政治評論家の細川隆一郎がそれぞれ出演( - 1987年3月)。

12月

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その他テレビに関する話題

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  • フジテレビが1982年から、在京民放局で4年連続の年間視聴率3冠王を達成する。翌1986年春には、年度視聴率でも在京民放局で4年連続の3冠王を達成する。
1月
2月
4月
7月
9月
テレビせとうち(10月1日開局) テレビ東京本社移転(12月12日。写真は虎ノ門本社(2011年撮影、後の神谷町スタジオ)
テレビせとうち
(10月1日開局)
テレビ東京本社移転(12月12日。写真は虎ノ門本社(2011年撮影、後の神谷町スタジオ)
10月
11月
12月
年内(詳細時期不明)

開局

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既存局の音声多重放送開始

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周年

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番組

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開局

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記念回

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視聴率

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(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

バラエティ・歌番組

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  1. 第36回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)66.0%
  2. 月曜スペシャル90 独占生中継!!おめでとう 聖子・正輝結婚!・今夜愛の旅立ち(テレビ朝日、6月24日)34.9%[16]
  3. 8時だョ!全員集合・最終回(TBS、9月28日)34.0%
  4. なるほど!ザ・ワールドスペシャル(フジテレビ、1月1日)32.7%
  5. ザ・ベストテン(TBS、3月14日)31.9%
  6. 第27回日本レコード大賞 (TBS、12月31日) 31.4%

ドラマ・映画

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  1. 連続テレビ小説 澪つくし・最終回(NHK総合、10月5日)55.0%
  2. 連続テレビ小説 心はいつもラムネ色(NHK総合、2月23日)48.6%
  3. 連続テレビ小説 いちばん太鼓(NHK総合、10月11日)39.9%
  4. 映画特別企画 追悼夏目雅子『鬼龍院花子の生涯』(フジテレビ、9月13日)34.8%
  5. 毎度おさわがせします第1シリーズ・最終回 (TBS、26.2%)
  6. 金曜ロードショー 『ランボー』(日本テレビ、10月25日) 25.3%

アニメ

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  1. サザエさん(フジテレビ、2月17日)33.6%
  2. タッチ(フジテレビ、12月22日)31.9%
  3. ドラえもん(テレビ朝日、10月18日)28.1%
  4. まんが日本昔ばなし(TBS、2月09日)27.9%
  5. 小公女セーラ (フジテレビ、12月29日)27.8%
  6. 藤子不二雄ワイド(テレビ朝日、12月03日 25.0%
  7. ゲゲゲの鬼太郎(第3期)(フジテレビ、12月28日)24.3%
  8. Dr.スランプ アラレちゃん(フジテレビ、3月13日)24.1%
  9. 北斗の拳 (フジテレビ、12月12日)22.4%

スポーツ

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  1. 第57回選抜高等学校野球大会・決勝(NHK総合、4月7日)35.2%
  2. 日曜ナイター「ヤクルト×巨人」(フジテレビ、9月1日)34.0%
  3. 大相撲初場所・8日目(NHK総合、1月20日)33.6%
  4. 大相撲九州場所・14日目(NHK総合、11月23日)32.0%

ニュース・報道

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  1. ゆく年くる年(NHK総合、12月31日)45.1%
  2. NHKニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)43.4%
  3. NHKニュース(NHK総合、2月23日 8:30-8:35)39.1%
  4. NHKニュースワイド(NHK総合、10月5日)38.0%
  5. 昭和60年広島平和記念式典(NHK総合、8月6日)32.5%

テレビ番組

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テレビドラマ

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NHK

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主なスペシャルドラマ
  • ザ・ディ その日〜1995年・日本(全9回)

日本テレビ系

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主なスペシャルドラマ
廃枠
枠変動

TBS系

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主なスペシャルドラマ

フジテレビ系

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主なスペシャルドラマ
廃枠

テレビ朝日系

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主なスペシャルドラマ
放送枠移動

テレビ東京系

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テレビアニメ

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アニメ関連の出来事
  • 10月開始アニメのうち『蒼き流星SPTレイズナー』『忍者戦士飛影』『昭和アホ草紙あかぬけ一番!』において、井上和彦が3作品すべての主役の声を担当した[43]。
  • 『サザエさん』(フジテレビ)の脚本を、のちの売れっ子脚本家となる三谷幸喜が4本担当したが、このうちの1本がプロデューサーの逆鱗に触れる結果となり、三谷は『サザエさん』の脚本を降板している(詳しくは三谷幸喜の項を参照)。

特撮番組

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報道・情報番組

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終了番組
開始番組
期間限定番組

スポーツ番組

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バラエティ番組

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終了番組
開始番組
期間限定番組
特別番組
放送枠移動

『三枝の愛ラブ!爆笑クリニック』(関西テレビ)が、4月改編で水曜22時枠から月曜22時枠(前述の『夜のヒットスタジオ』との枠交換)へ、さらに10月改編で火曜22時枠(『影の軍団』シリーズとの枠交換)へ二度も移動した( - 1995年9月)。

クイズ番組

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終了番組
開始番組
特別番組

音楽番組

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終了番組
開始番組

教養・ドキュメンタリー番組

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終了番組
開始番組

旅・紀行番組

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終了番組
開始番組

単発特別番組枠

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映画番組

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枠移動

その他

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既存番組の音声多重化

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ステレオ放送化

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この年の主なキャンペーン

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  • 「活火山です4チャンネル」(日本テレビ、7月) - 同局の『三宅裕司じゃん』『大きなお世話だ』にレギュラー出演している三宅裕司と小倉久寛を起用。

参考文献

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  • 日本放送協会放送文化調査研究所 放送情報調査部 編『NHK年鑑'85』日本放送出版協会、1985年9月25日。 [45]
  • 日本放送協会放送文化調査研究所 放送情報調査部 編『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年9月25日。 [46]
  • 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑'85』コーケン出版、1985年11月。[47]
  • 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑'86』コーケン出版、1986年11月。
  • 「NHK大河ドラマ大全」(NHK出版、2011年)
  • テレビドラマデータベース

など

脚注

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  1. ↑ 1973年4月に関西ローカルでスタートしてからの通算。朝日放送は当時TBS系列であったが、TBSは関西色があまりに強すぎるとしてネットを拒否。腸捻転解消8か月後の1975年12月から全国ネットに昇格した。
  2. ↑ 1972年10月に関西ローカルの深夜番組『ナイトパンチ』の内包コーナーとしてスタートしてからの通算。翌年10月から30分のローカル番組として独立し、1974年10月から全国ネットに昇格した。
  3. ↑ 制作のシンエイ動画は旧・Aプロダクション時代にも旧2作(『オバケのQ太郎(旧)』『新オバケのQ太郎』)に制作協力で参加していた。
  4. ↑ 同社は同月1日に日本専売公社から民営化したばかりだった。
  5. ↑ 教育テレビが当時未だ音声多重化されていないことから、FMで音声をステレオで同時放送することにより、「ステレオ放送のテレビ番組」として視聴できる様にした。
  6. ↑ いわゆる「お助け司会者」[13]。期間中、終戦記念日にあたる8月15日は黒柳と親交のある小沢昭一が登場し「今週のスポットライト」でも自ら歌手として「ハーモニカ ブルース」を披露した。
  7. ↑ おりもは1979年11月から1983年12月まで同軍の4枠を務め1984年1月より3枠を務め、足かけ5年半出演した。
  8. ↑ 当時の男性軍2枠宮尾すすむの降板後、2枠に昇格。
  9. ↑ 1983年4月から水曜レギュラーとして出演、その後火曜レギュラーとなり亡くなるまで出演した。
  10. ↑ 当時存在した農林水産省内部部局。
  11. ↑ テレビ新広島、岡山放送、山陰中央テレビ(以上フジテレビ系)、テレビ山口(TBS系、当時フジテレビとのクロスネット)の4局。
  12. ↑ 事故翌日の放送には坂本夫妻がゲスト出演していたため、番組の最後に坂本の無事を祈るテロップが表示されていた。
  13. ↑ 当初予定の村野武範ゲストの回は9月11日に移動して放送された。
  14. ↑ 1971年4月 - 9月の間のみ中断(当時はハナ肇とクレージーキャッツがメインの『8時だョ!出発進行』を放送)。
  15. ↑ 嵐山光三郎から交代。
  16. ↑ 『いいとも!』全レギュラー陣の中ではレギュラー出演期間が最長となる。
  17. ↑ 開始当初はNET(テレビ朝日の前身)系だったが、腸捻転解消により1975年4月よりTBS系へ移行した。
  18. ↑ なお、当日「雨の西麻布」で2位にランクインしたとんねるずは入場の際に観客にもみくちゃにされ、逆上した石橋貴明が「ふざけんじゃねぇよ! この野郎!!」「てめぇら最低だ!!」と叫びまくり、大問題となった。
  19. ↑ 土曜19:00 - 19:54の放送は1988年3月まで。
  20. ↑ 太川はテクニカル問題が得意な事から、司会の土居まさるから「テクニカル王子」と呼ばれ足掛け1年間出演した。
  21. ↑ 第3戦は朝日放送(ANN系列)、第5戦は読売テレビ(NNN系列)で全国ネット放送された。
  22. ↑ 同じ石ノ森章太郎の『草壁署迷宮課おみやさん』を原作としているが、2002年から制作されているテレビ朝日版(渡瀬恒彦主演)とはキャスト・スタッフともに異なる。
  23. ↑ 週末版は1987年9月まで継続。
  24. ↑ この番組は一部会場ではハイビジョンで観れた。万博会場内では、NHK開発のMUSE方式による会場内のみのハイビジョン実験放送の受信テレビで、会場外では東京のソニービル、大阪のナショナルショールーム(阪神百貨店6階)へ光ファイバー回線を通して番組が送られ、各社のハイビジョン投影機やテレビを使って放映された。幸いにも、番組は1インチのハイビジョンVTR(ソニー:HDV-1000)でも収録され、ハイビジョンで保存されている。
  25. ↑ 火曜ワイドスペシャル
  26. ↑ 『象印クイズ ヒントでピント』の設定を流用。

出典

[編集]
  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 「放送史年表 -詳細版- 1985年」(NHK放送文化研究所)(2026年3月18日閲覧)
  2. ↑ “6代目食いしん坊の梅宮さん、料理に情熱を燃やした”. Nikkansports.com. 日刊スポーツ新聞社. 2019年12月12日. 2019年12月12日閲覧.
  3. ↑ 『朝日新聞』1985年3月7日 24頁
  4. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'85』日本放送出版協会、1985年、69頁。
  5. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'85』日本放送出版協会、1985年、44頁。
  6. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年、107頁。
  7. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年、409頁。
  8. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'85』日本放送出版協会、1985年、68頁。
  9. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年。
  10. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年、8頁。
  11. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年、132頁。
  12. 1 2 3 「パネルクイズ アタック25 公式ファンブック」(講談社、2014年)
  13. ↑ 別冊ザテレビジョン「ザ・ベストテン」(KADOKAWA、2004年12月)
  14. ↑ 「さよなら!おりも政夫、5年6ヶ月にピリオド」 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、報知新聞(1985年5月5日付のテレビ欄)より。
  15. ↑ 「サツキ晴れ!!高田純次、目に言葉・・・林葉直子!?」 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、報知新聞(1985年5月12日付のテレビ欄)より。
  16. 1 2 “85年「聖輝の結婚」視聴率34・9%”. 日刊スポーツ. 2012年6月13日.
  17. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年、15頁。
  18. 1 2 1985年7月28日(日) - プレイバック!TVガイド 〜あのころのテレビはこうだった!〜 - テレコ!(2012年11月16日時点のアーカイブ)
  19. ↑ 榊原和子「由美子へ・取材ノート 第17章 由美子その死」『宝塚プレシャス+』朝日新聞社、2007年7月31日。2013年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年6月5日閲覧。
  20. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年、224頁。
  21. 1 2 サンテレビジョン社史編纂委員会 編修『株式会社サンテレビジョン45年史』サンテレビジョン、2014年、31頁。
  22. 1 2 『NHK年鑑'86』, p. 292.
  23. 1 2 3 株式会社東京放送『TBS50年史 資料編』株式会社東京放送、2002年1月、352頁。
  24. ↑ 参照文献:『だめだこりゃ』(いかりや長介・著、新潮社刊)174-177頁「終わる時」
  25. 1 2 『チャレンジの軌跡 new air, on air』p.225
  26. ↑ 『朝日新聞』1985年9月28日夕刊、4版、14面。
  27. ↑ 『金曜ロードショー』40周年特別番組10・3放送 視聴者リクエストの多かった名シーンを厳選、特別解説付きで一挙大公開 - TV LIFE web、2025年9月5日配信、同日閲覧
  28. 1 2 3 4 日本民間放送連盟(編)「民放界この一年―一九八五 放送行政 放送倫理 テレビ番組 ラジオ番組 視聴者動向」『月刊民放』第15巻第12号、日本民間放送連盟、1985年12月1日、31 - 33頁、NDLJP:3471000/16。
  29. ↑ 「16分割を制すか中島梓、太川また会う日まで!」 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、報知新聞(1985年10月20日付のテレビ欄)より。
  30. ↑ 「新メンバー・羽賀研二、小春日和の田中小実昌」 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、報知新聞、日本経済新聞(1985年10月27日付のテレビ欄)より。
  31. ↑ 『岩波ブックレット 戦後史にみるテレビ放送中止事件』岩波書店、1994年9月、51〜52頁。
  32. ↑ 「徹子の部屋 40th Anniversary Book」(ぴあ、2015年)
  33. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年、24頁。
  34. ↑ 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(60年10月)」『月刊民放』第16巻第1号、日本民間放送連盟、1986年1月1日、48頁、NDLJP:3471001/25。
  35. 1 2 3 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'86』日本放送出版協会、1986年、67頁。
  36. ↑ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'85』日本放送出版協会、1985年、101頁。
  37. ↑ 朝日新聞縮刷版 1988年8月 264ページ(1988年8月7日新聞紙面 10ページ(8月7日テレビ欄))
  38. ↑ テレビ神奈川『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、192頁。
  39. ↑ サガテレビ「会社案内」会社沿革(2023年6月27日閲覧)
  40. ↑ 富山テレビ放送「会社概要」沿革(2023年6月27日閲覧)
  41. ↑ ザ・トップテン - 2012年3月、CS放送ファミリー劇場での放送スケジュールより。
  42. ↑ 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、報知新聞(1983年4月3日付の朝刊ラ・テ欄)より。
  43. ↑ 「86年版全アニメ大百科」(ケイブンシャ、1985年12月)より
  44. ↑ NHKアーカイブス 放送史『つくばから こんにちは』(2025年9月8日閲覧)
  45. ↑ NHK nenkan - Google Books
  46. ↑ NHK nenkan - Google Books
  47. ↑ 日本民間放送年鑑 - Google Books
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