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1985年の野球

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1985年 > 1985年のスポーツ > 1985年の野球

1985年の野球(1985ねんのやきゅう)では、1985年の野球界における動向をまとめる。

競技結果

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日本プロ野球

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ペナントレース

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1985年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝阪神タイガース74497.602---
2位広島東洋カープ68575.5447.0
3位読売ジャイアンツ61609.50412.0
4位横浜大洋ホエールズ576112.48314.5
5位中日ドラゴンズ566113.47915.0
6位ヤクルトスワローズ467410.38326.5
1985年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝西武ライオンズ79456.637---
2位ロッテオリオンズ64606.51615.0
3位近鉄バファローズ63607.512215.5
4位阪急ブレーブス64615.512015.5
5位日本ハムファイターズ536512.44923.0
6位南海ホークス447610.36733.0

日本シリーズ

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1985年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月26日(土)第1戦阪神タイガース3 - 0西武ライオンズ西武ライオンズ球場
10月27日(日)第2戦阪神タイガース2 - 1西武ライオンズ
10月28日(月)移動日
10月29日(火)第3戦西武ライオンズ6 - 4阪神タイガース阪神甲子園球場
10月30日(水)第4戦西武ライオンズ4 - 2阪神タイガース
10月31日(木)第5戦西武ライオンズ2 - 7阪神タイガース
11月1日(金)移動日
11月2日(土)第6戦阪神タイガース9 - 3西武ライオンズ西武ライオンズ球場
優勝:阪神タイガース(初優勝)

個人タイトル

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 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
タイトル選手球団成績選手球団成績
最優秀選手バース阪神落合博満ロッテ
最優秀新人川端順広島熊野輝光阪急
最優秀投手小松辰雄中日
沢村栄治賞小松辰雄中日
首位打者バース阪神.350落合博満ロッテ.367
最多本塁打バース阪神54本落合博満ロッテ52本
最多打点バース阪神134点落合博満ロッテ146点
最多盗塁高橋慶彦広島73盗塁松永浩美阪急38盗塁
最多安打[1]バース阪神174安打ブーマー阪急173安打
最高出塁率バース阪神.428落合博満ロッテ.481
最多勝利打点バース阪神22打点古屋英夫日本ハム12打点
落合博満ロッテ
秋山幸二西武
R.デービス近鉄
最優秀防御率小松辰雄中日2.65工藤公康西武2.76
最多勝利小松辰雄中日17勝佐藤義則阪急21勝
最多奪三振[1]小松辰雄中日172奪三振佐藤義則阪急188奪三振
最高勝率[2]北別府学広島.727石本貴昭近鉄.864
最優秀救援投手中西清起阪神30SP石本貴昭近鉄26SP

ベストナイン

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 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手小松辰雄中日東尾修西武
捕手八重樫幸雄ヤクルト伊東勤西武
一塁手バース阪神R.デービス近鉄
二塁手岡田彰布阪神西村徳文ロッテ
三塁手掛布雅之阪神落合博満ロッテ
遊撃手高木豊大洋石毛宏典西武
外野手杉浦享ヤクルト金森永時西武
真弓明信阪神熊野輝光阪急
山崎隆造広島横田真之ロッテ
指名打者 L.リーロッテ

ダイヤモンドグラブ賞

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 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手 西本聖巨人東尾修西武
捕手 木戸克彦阪神伊東勤西武
一塁手 中畑清巨人山本功児ロッテ
二塁手 岡田彰布阪神西村徳文ロッテ
三塁手 掛布雅之阪神古屋英夫日本ハム
遊撃手 平田勝男阪神石毛宏典西武
外野手 平野謙中日金森永時西武
屋鋪要大洋簑田浩二阪急
山崎隆造広島島田誠日本ハム

オールスターゲーム

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高校野球

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大学野球

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社会人野球

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メジャーリーグ

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できごと

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1月

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2月

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3月

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4月

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5月

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  • 5月5日 - 西武球場での西武対阪急5回戦で、阪急、西武ともに毎回安打。両チーム毎回安打は1954年8月15日西鉄対南海戦以来2度目[23]。
  • 5月8日 - ヤクルトの若松勉が横浜スタジアムでの対横浜大洋ホエールズ4回戦で3号、4号本塁打を放ち、プロ通算200本塁打[24]。
  • 5月21日 - 近鉄の栗橋茂が大阪球場での対南海8回戦でサイクル安打を達成[25]。
  • 5月22日
    • 西武の岡村隆則が平和台球場での対ロッテ8回戦でサイクル安打を達成[26]。
    • 日本ハムの島田誠が西宮球場での対阪急6回戦の三回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[27]。

6月

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  • 6月2日 - ヤクルトのボビー・マルカーノが旭川スタルヒン球場での対広島8回戦の三回表に安打を放ち、与那嶺要の持つ外国人選手最多の通算1338安打を記録[28]。
  • 6月4日
  • 6月6日 - 阪神の山本和行が甲子園球場での対巨人11回戦の7回からリリーフ登板して勝利投手となり、プロ通算100勝を達成[31]。
  • 6月9日 - 日本ハムファイターズの田中幸雄が後楽園球場での対近鉄9回戦でノーヒットノーランを達成[32]。
  • 6月12日
    • 阪急の福本豊が後楽園球場での対日本ハム11回戦にスタメンで出場し、プロ通算2000試合出場を達成[33]。
    • 西武の東尾修が西武球場での対近鉄7回戦に先発し、プロ通算600試合登板を達成[34]。
  • 6月13日 - 広島の山本浩二が広島市民球場での対阪神9回戦の三回裏に適時打を放ち、プロ通算4000塁打を達成[35]。
  • 6月15日
    • ヤクルトの杉浦享がナゴヤ球場での対中日8回戦の四回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[36]。
    • ロッテのレロン・リーが松江での対阪急11回戦に出場し、プロ野球通算1000試合出場を達成[37]。
  • 6月23日 - 阪神の掛布雅之が横浜スタジアムでの対大洋12回戦の七回表に17号本塁打を放ち、プロ通算300本塁打を達成[38]。
  • 6月26日 - 日本ハムの島田誠が藤井寺球場での対近鉄10回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[39]。
  • 6月27日 - 巨人の西本聖が後楽園球場での対ヤクルト14回戦で勝利投手となり、プロ通算100勝を達成[40]。
  • 6月28日 - 巨人の槙原寛巳が甲子園球場での対阪神13回戦の七回表に1号本塁打を放ち、これが球団通算5000号本塁打となる[41]。

7月

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  • 7月4日 - 【MLB】アトランタのフルトン・カウンティ・スタジアムで行われたアトランタ・ブレーブス対ニューヨーク・メッツは延長19回、16-13のスコアでメッツが勝ったが、試合終了は翌7月5日の午前3時15分。現時点でメジャー史上最も遅い試合終了時刻。
  • 7月5日 - 広島の衣笠祥雄が甲子園球場での対阪神10回戦の6回表に二塁打を放ち通算4000塁打、8回表に15号本塁打を放ちプロ通算450本塁打を達成[42]。
  • 7月6日 - 広島の高橋慶彦が甲子園球場での対阪神11回戦の8回表に二盗を決め、プロ通算300盗塁を達成[43]。
  • 7月10日
    • 阪急の山田久志が川崎球場での対ロッテ14回戦に先発して9勝目を挙げ、プロ通算250勝を達成[44]。
    • 阪神の真弓明信が甲子園球場での対ヤクルト12回戦の1回裏に15号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成[45]。
    • 近鉄の鈴木啓示が球団代表の山崎弘海に対し現役引退を申し入れる[46]。
  • 7月11日
  • 7月13日
    • 阪神の岡田彰布が後楽園球場での巨人戦で9回表に代打で出場して15号本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成[49]。
    • 近鉄は引退を表明した鈴木啓示を球団事務所に呼び現役続行するよう慰留したが、鈴木が固辞したため、慰留を断念。鈴木はオールスター戦に監督推薦での出場が決定していたが、全パ監督の阪急の上田利治が住む大阪府豊中市の自宅を訪れ、出場辞退を申し入れた[50]。
  • 7月15日 - 近鉄の鈴木啓示が大阪市の天王寺都ホテルにて記者会見を行い、引退を正式に表明。球団は鈴木の任意引退の手続きを行う。
  • 7月16日 - ロッテの西井哲夫が川崎球場での対日本ハム9回戦の9回表1イニングに登板し、プロ通算500試合登板を達成[51]。
  • 7月17日 - 近鉄の羽田耕一が西武球場での対西武11回戦に先発出場し、プロ通算1500試合出場を達成[52]。
  • 7月23日 - 藤井寺球場で史上初の開催となるオールスターゲームの第3戦が行われ、広島の山本浩二がオールスター新記録の通算14本塁打[53]。
  • 7月26日
    • 広島の山本浩二がナゴヤ球場での対中日12回戦の2回表に15号本塁打を放ち、プロ通算500本塁打を達成[54]。
    • 阪急の福本豊が西宮球場での対日本ハム17回戦の6回裏に三塁打を放ちこれでプロ通算107三塁打となり、毒島章一の持つプロ野球通算最多三塁打106本の記録を更新[55]。
  • 7月27日 - 阪急の山田久志が西宮球場での対日本ハム18回戦に先発して完投して11勝目を挙げ、プロ通算250完投を達成[56]。
  • 7月30日 - 巨人は広島球場での対広島12回戦で、登板した6投手で合計16四死球を記録し1試合のチーム最多与四球のワースト新記録[57]。

8月

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9月

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  • 9月10日 - 阪神が横浜スタジアムでの対大洋21回戦でセ・リーグ新記録の1試合10二塁打を記録[70]。
  • 9月11日
  • 9月17日 - 阪急の福本豊が後楽園球場での対日本ハム24回戦の一回表に10号本塁打を放ち、プロ通算1500得点を達成[72]。
  • 9月18日 - 大阪球場での南海対近鉄25回戦で、南海がパ・リーグ新記録の25得点。南海は25対4で勝利[73]。
  • 9月27日 - 広島の監督の古葉竹識が監督辞任を表明[74]。
  • 9月29日 - 広島の監督の古葉竹識がオーナーの松田耕平に監督の辞任を申し出て了承される[75]。

10月

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  • 10月1日 - ロッテの落合博満が後楽園球場での対日本ハム19回戦で球団新記録となる44号本塁打を打つ。レロン・リーが5打数4安打を記録して通算打数が4002となり、通算打率でヤクルト・若松勉の3割2分2厘を抜いて3割2分4厘でトップに立つ[76]。
  • 10月6日 - 【MLB】ニューヨーク・ヤンキースのフィル・ニークロが通算300勝を達成。46歳での達成は史上最年長。
  • 10月8日 - 西武は監督の広岡達朗が痛風の治療のため監督を一時休養し、コーチの黒江透修が監督代行を務めることに[77]。
  • 10月9日
    • 西武が藤井寺球場での対近鉄25回戦で近鉄を6対3と破り、2年ぶり3度目のリーグ優勝を達成[78]。
    • ヤクルトの若松勉が甲子園球場での対阪神22回戦の5回表に安打を放ち、プロ通算2000安打を達成[79]。
  • 10月10日 - 阪急はジョー・ヒックスの解雇を決定[80]。
  • 10月12日 - 阪神のランディ・バースが広島市民球場での対広島25回戦で7回表に大野豊から49号本塁打を放ち、外国人選手のプロ野球シーズン最多本塁打の新記録[81]・阪神のシーズン最多本塁打[81]・セ・リーグ最多記録となる21勝利打点[81]・セ・リーグ新記録となる年間チーム最多本塁打206本を同時に達成[82]。
  • 10月16日 - ヤクルト対阪神23回戦が神宮球場で行われ、延長10回5対5の時間切れ引き分けとなり、阪神が2リーグ制後で21年ぶり3度目、1リーグ時代から通算7回目のセ・リーグ優勝を達成[83]。
  • 10月18日 - 阪急の水谷実雄が記者会見し、現役引退を表明[84]。
  • 10月21日 - 南海はクリス・ナイマンを球団事務所に呼び、今季限りでの解雇を通告した[85]。
  • 10月22日 - 後楽園球場での日本ハム対西武のダブルヘッダー25、26回戦が行われ、パ・リーグの全日程が終了。ロッテの落合博満が1982年以来自身2回目の三冠王を達成[86]。
  • 10月23日
    • 中日の谷沢健一が広島市民球場での対広島24回戦の4回裏に安打を放ち、プロ通算2000安打を達成[87]。
    • 広島の池谷公二郎が現役引退を表明[88]。
  • 10月24日 - 中日の大島康徳が広島市民球場での対広島25回戦の三回表に池谷公二郎から23号本塁打を打ち、木俣達彦の持つ285本を更新する通算286本塁打の球団新記録となった[89]。
  • 10月27日
  • 10月28日 - 沢村栄治賞の選考委員会が東京・芝の東京グランドホテルで正午から開かれ、中日の小松辰雄を選出[90]。
  • 10月31日 - 阪急は野球解説者の植村義信が一軍投手コーチ就任、また中沢伸二が現役を引退しバッテリーコーチに就任したと発表[91]。

11月

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12月

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誕生

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1月

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2月

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3月

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4月

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5月

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6月

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7月

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8月

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9月

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10月

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11月

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12月

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死去

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  ※以上2名は日本航空123便墜落事故の犠牲者

脚注

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  1. 1 2 当時連盟表彰なし
  2. ↑ セントラル・リーグのみ当時連盟表彰なし
  3. ↑ 読売新聞1985年1月9日19面「ブロックとウィルヘルムが殿堂入り」読売新聞縮刷版1985年1月p299
  4. ↑ 読売新聞1985年1月10日19面「選手会が新交渉団体 待遇改善を要求のため」読売新聞縮刷版1985年1月p347
  5. ↑ 朝日新聞東京版1985年1月20日21面「大リーグ江夏 日本の別れは一本杉球場 一万六千人が激励」朝日新聞縮刷版1985年1月p697
  6. ↑ 読売新聞1985年1月24日17面「『野球殿堂』へ三氏 フォークの杉下氏 逆シングル白石 火の玉投手荒巻」読売新聞縮刷版1985年1月p299
  7. ↑ 読売新聞1985年1月25日17面「田尾、西武へトレード 杉本・大石と1対2交換」読売新聞縮刷版1985年1月p949
  8. ↑ 読売新聞1985年1月29日19面「野球記録の先駆者 "和製ルース" 故山内、田中両氏殿堂入り」読売新聞縮刷版1985年1月p1103
  9. ↑ 毎日新聞1985年3月14日19面「下田コミッショナー会見 『外部の批判に耳を』 プロ野球実行委、勇退了承」毎日新聞縮刷版1985年3月p439
  10. ↑ 読売新聞1985年3月17日17面「阪神・益山が現役復帰」読売新聞縮刷版1985年3月p711
  11. ↑ 読売新聞1985年3月19日17面「巨人・西本和とハム・山本交換」読売新聞縮刷版1985年3月p791
  12. ↑ 読売新聞1985年3月31日17面「大洋球団代表、塩谷氏が兼務」読売新聞縮刷版1985年3月p1289
  13. ↑ 毎日新聞1985年4月6日夕刊6面「おまたせ"パ"満開 ファンうずうず・・・2泊し一番乗りも」毎日新聞縮刷版1985年4月p202
  14. ↑ 毎日新聞1985年4月7日17面「150本塁打」毎日新聞縮刷版1985年4月p221
  15. ↑ 毎日新聞1985年4月8日1面「センバツ 初陣・伊野商に栄冠 帝京健闘 準優勝飾る」毎日新聞縮刷版1985年4月p229
  16. ↑ 毎日新聞1985年4月10日19面「1000本安打」毎日新聞縮刷版1985年4月p305
  17. ↑ 毎日新聞1985年4月11日15面「今井100勝 『完投せんと・・・・』反省にも風格」毎日新聞縮刷版1985年4月p333
  18. ↑ 毎日新聞1985年4月11日15面「ヤクルト球団社長に相馬氏」毎日新聞縮刷版1985年4月p333
  19. ↑ 毎日新聞1985年4月13日15面「セ・リーグ アラシの予感 開幕大雨流れ」毎日新聞縮刷版1985年4月p407
  20. ↑ 毎日新聞1985年4月15日15面「マサカリ復活 男だ!!村田だ!!3年ぶり完投勝利 」毎日新聞縮刷版1985年4月p459
  21. ↑ 毎日新聞1985年4月18日15面「トラトラトラ バース掛布岡田3連発 またも二死からバックスクリーン競演放り込み」毎日新聞縮刷版1985年4月p549
  22. ↑ 毎日新聞1985年4月24日19面「50000本目アーチ近鉄仲根 ジャンボ君『知らなかった 球史に残るんですね』」毎日新聞縮刷版1985年4月p749
  23. ↑ 毎日新聞1985年5月6日19面「乱戦に逆転サヨナラ 金森3ラン歓喜 両チーム、毎回の33安打」毎日新聞縮刷版1985年5月p159
  24. ↑ 毎日新聞1985年5月9日19面「若松連発200号 杉浦も2発」毎日新聞縮刷版1985年5月p225
  25. ↑ 毎日新聞1985年5月22日19面「栗橋サイクル打」毎日新聞縮刷版1985年5月p649
  26. ↑ 毎日新聞1985年5月23日15面「秋山、4試合連続16号 岡村はサイクル安打」毎日新聞縮刷版1985年5月p681
  27. ↑ 毎日新聞1985年5月23日15面「通算1000本安打」毎日新聞縮刷版1985年5月p681
  28. ↑ 毎日新聞1985年6月3日17面「マルカーノが外人最多安打」毎日新聞縮刷版1985年6月p69
  29. ↑ 毎日新聞1985年6月5日19面「西武・郭 でっかい仕事 日本ハムをノーヒットノーラン」毎日新聞縮刷版1985年6月p129
  30. ↑ 毎日新聞1985年6月5日19面「江川よれよれ100勝目 巨人先勝、阪神”特急”ストップ」毎日新聞縮刷版1985年6月p129
  31. ↑ 毎日新聞1985年6月6日19面「好救援・山本100勝目 西本お預け」毎日新聞縮刷版1985年6月p165
  32. ↑ 読売新聞1985年6月10日夕刊12面「田中幸(日ハム)が無安打無得点 プロ初完封、史上55人目」読売新聞縮刷版1985年6月p362
  33. ↑ 毎日新聞1985年6月13日19面「2000試合出場」毎日新聞縮刷版1985年6月p371
  34. ↑ 毎日新聞1985年6月13日19面「600試合登板」毎日新聞縮刷版1985年6月p371
  35. ↑ 毎日新聞1985年6月14日19面「迫るコイ 逆転1差 山本浩また勲章の4000塁打」毎日新聞縮刷版1985年6月p415
  36. ↑ 毎日新聞1985年6月16日19面「1000本安打」毎日新聞縮刷版1985年6月p477
  37. ↑ 毎日新聞1985年6月16日19面「1000試合出場」毎日新聞縮刷版1985年6月p477
  38. ↑ 毎日新聞1985年6月24日19面「掛布(通算)300号 阪神(7日ぶり)首位奪回」毎日新聞縮刷版1985年6月p737
  39. ↑ 毎日新聞1985年6月27日19面「1000試合出場」毎日新聞縮刷版1985年6月p849
  40. ↑ 読売新聞1985年6月27日17面「西本、待望の100勝 巨人4連勝 11年目、苦難の末の"勲章"」読売新聞縮刷版1985年6月p1119
  41. ↑ 読売新聞1985年6月29日17面「巨人・槙原が球団通算5000本塁打」読売新聞縮刷版1985年6月p1163
  42. ↑ 読売新聞1985年7月6日17面「衣笠450号"両手に花"4000塁打も達成 川口完投 広島首位」読売新聞縮刷版1985年7月p247
  43. ↑ 読売新聞1985年7月7日17面「広島・高橋慶彦内野手(二八)が通算300盗塁」読売新聞縮刷版1985年7月p295
  44. ↑ 読売新聞1985年7月11日16面「山田、9人目の250勝 阪急連敗脱出 有藤は2000本安打『王手』」読売新聞縮刷版1985年7月p462
  45. ↑ 読売新聞1985年7月11日17面「阪神・真弓が通算150号本塁打」読売新聞縮刷版1985年7月p463
  46. ↑ 読売新聞1985年7月11日夕刊14面「近鉄・鈴木投手引退へ」読売新聞縮刷版1985年7月p484
  47. ↑ 読売新聞1985年7月6日17面「有藤、2000本安打 大卒3人目」読売新聞縮刷版1985年7月p503
  48. ↑ 読売新聞1985年7月12日17面「『草魂20年、吐き尽くした』引退決意の鈴木啓 317勝、節制ひと筋 KO続き限界痛感」読売新聞縮刷版1985年7月p503
  49. ↑ 読売新聞1985年7月14日17面「阪神・岡田が通算100号本塁打」読売新聞縮刷版1985年7月p591
  50. ↑ 読売新聞1985年7月14日16面「鈴木啓、慰留を固辞 あす引退発表、球宴欠場」読売新聞縮刷版1985年7月p590
  51. ↑ 読売新聞1985年7月17日17面「ロッテ西井が500試合登板」読売新聞縮刷版1985年7月p715
  52. ↑ 読売新聞1985年7月18日17面「近鉄・羽田耕一内野手(三二)が1500試合出場」読売新聞縮刷版1985年7月p763
  53. ↑ 読売新聞1985年7月23日17面「山本浩14号新記録 王を抜く」読売新聞縮刷版1985年7月p993
  54. ↑ 読売新聞1985年7月27日16面「山本浩、4人目の500号 17年目、大卒では初」読売新聞縮刷版1985年7月p1120
  55. ↑ 読売新聞1985年7月27日17面「阪急福本が三塁打日本新」読売新聞縮刷版1985年7月p1121
  56. ↑ 読売新聞1985年7月28日16面「山田、250完投で11勝」読売新聞縮刷版1985年7月p1156
  57. ↑ 読売新聞1985年7月31日17面「巨人、広島に逆転負け お粗末16四死球 セ・新」読売新聞縮刷版1985年7月p1271
  58. ↑ 読売新聞1985年8月5日夕刊13面「広島・北別府が通算1000奪三振」読売新聞縮刷版1985年8月p157
  59. ↑ 読売新聞1985年8月6日17面「井原コミッショナー事務局長が辞意」読売新聞縮刷版1985年8月p177
  60. ↑ 読売新聞1985年8月9日17面「近鉄のデービスが6試合連続本塁打」読売新聞縮刷版1985年8月p307
  61. ↑ 読売新聞1985年8月11日17面「レオン3連発、10打点 広島大敗」読売新聞縮刷版1985年8月p379
  62. 1 2 “【8月17日】1985年(昭60) 肝心なときに…中田良弘 4年越しの連勝記録止まった”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2010年8月12日). 2015年12月22日閲覧。
  63. ↑ 読売新聞1985年8月16日17面「高木由通算100号 大洋、中日破る」読売新聞縮刷版1985年8月p563
  64. ↑ 読売新聞1985年8月17日17面「大洋の田代が通算250号ホーマー」読売新聞縮刷版1985年8月p599
  65. ↑ 読売新聞1985年8月17日17面「西武・石毛が100号本塁打」読売新聞縮刷版1985年8月p599
  66. ↑ 読売新聞1985年8月24日16面「近鉄・羽田がプロ47人目の200本塁打」読売新聞縮刷版1985年8月p896
  67. ↑ 読売新聞1985年8月24日16面「『日本新狙う』石嶺」読売新聞縮刷版1985年8月p896
  68. ↑ 読売新聞1985年8月28日17面「ヤクルトの若松が通算3000塁打」読売新聞縮刷版1985年8月p1067
  69. ↑ 読売新聞1985年8月31日17面「阪神・弘田澄男外野手(三六)が1500試合出場」読売新聞縮刷版1985年8月p1199
  70. ↑ 読売新聞1985年9月11日16面「阪神、きょうにも『M』点灯 『セ新』、10二塁打 」読売新聞縮刷版1985年9月p450
  71. ↑ 読売新聞1985年9月12日17面「杉浦通算150号」読売新聞縮刷版1985年9月p499
  72. ↑ 毎日新聞1985年9月18日19面「福本1500得点 4人目」毎日新聞縮刷版1985年9月p571
  73. ↑ 毎日新聞1985年9月19日19面「南海 タカ笑い パ新25得点」毎日新聞縮刷版1985年9月p605
  74. ↑ 読売新聞1985年9月28日17面「古葉監督が辞任表明 11年間、日本一にも三度」読売新聞縮刷版1985年9月p1159
  75. ↑ 毎日新聞1985年9月29日19面「名将・古葉 辞任決まる オーナー了承 11年間 赤ヘル鍛え700勝」毎日新聞縮刷版1985年9月p961
  76. ↑ 読売新聞1985年10月2日16面「落合球団新の44号」読売新聞縮刷版1985年10月p60
  77. ↑ 読売新聞1985年10月10日17面「広岡監督、一時休養 痛風治療 黒江コーチが代行」読売新聞縮刷版1985年10月p363
  78. ↑ 読売新聞1985年10月10日1面「西武、2年ぶり優勝 パ・リーグ」読売新聞縮刷版1985年9月p391
  79. ↑ 読売新聞1985年10月10日16面「若松が二千本安打 15年目で達成」読売新聞縮刷版1985年10月p406
  80. ↑ 読売新聞1985年10月11日17面「阪急がヒックス内野手を解雇」読売新聞縮刷版1985年10月p431
  81. 1 2 3 読売新聞1985年10月13日17面「阪神・バースが広島25回戦で達成した記録」読売新聞縮刷版1985年10月p527
  82. ↑ 読売新聞1985年10月13日17面「SBO 外人・球団最多アーチ・V打新 まるでバース・デー」読売新聞縮刷版1985年10月p527
  83. ↑ 読売新聞1985年10月17日1面「阪神、21年ぶり優勝 セ・リーグ」読売新聞縮刷版1985年10月p677
  84. ↑ 読売新聞1985年10月19日17面「水谷、そう快引退会見」読売新聞縮刷版1985年10月p781
  85. ↑ 読売新聞1985年10月22日17面「南海、ナイマンを解雇」読売新聞縮刷版1985年10月p913
  86. ↑ 読売新聞1985年10月23日17面「パ・リーグ全日程終了 落合 王と並んだ!2度目の三冠王」読売新聞縮刷版1985年10月p983
  87. ↑ 読売新聞1985年10月24日17面「谷沢、2000本安打」読売新聞縮刷版1985年10月p997
  88. ↑ 読売新聞1985年10月24日17面「広島・池谷が引退」読売新聞縮刷版1985年10月p997
  89. ↑ 読売新聞1985年10月25日17面「中日・大島が球団新の通算286本塁打」読売新聞縮刷版1985年10月p1049
  90. ↑ 読売新聞1985年10月29日17面「小松、初の沢村賞 中日で5人目 二冠、三振奪取王評価」読売新聞縮刷版1985年10月p1227
  91. ↑ 読売新聞1985年11月1日17面「阪急コーチに植村氏」読売新聞縮刷版1985年11月p17
  92. ↑ 毎日新聞1985年11月3日1面「阪神 日本一!!西武降し シリーズ初制覇」毎日新聞縮刷版1985年11月p67
  93. ↑ 読売新聞1985年11月3日17面「定岡(巨人)が引退 トレード拒否」読売新聞縮刷版1985年11月p105
  94. ↑ 読売新聞1985年11月4日17面「プロ野球短信 広島の阿南新監督が誕生」読売新聞縮刷版1985年11月p137
  95. ↑ 毎日新聞1985年11月6日19面「落合パ MVP セ バース 文句なし"三冠同士"」毎日新聞縮刷版1985年11月p163
  96. ↑ 読売新聞1985年11月6日17面「プロ野球短信 阪神球団社長に岡崎氏」読売新聞縮刷版1985年11月p209
  97. ↑ 毎日新聞1985年11月8日夕刊9面「引き際 あっさり 辞任の広岡監督 『4年間 悔いなし 痛風、続けては迷惑』」毎日新聞縮刷版1985年11月p253
  98. ↑ 読売新聞1985年11月9日17面「巨人・定岡の任意引退決まる」読売新聞縮刷版1985年11月p341
  99. ↑ 読売新聞1985年11月13日17面「プロ野球短信 西武・井上が任意引退」読売新聞縮刷版1985年11月p481
  100. ↑ 読売新聞1985年11月14日17面「吉田監督に『正力松太郎賞』 『阪神日本一』へ快手腕」読売新聞縮刷版1985年11月p521
  101. ↑ 読売新聞1985年11月15日17面「プロ野球 選手会、正式労組に 申請、『都地労委』が認定」読売新聞縮刷版1985年11月p565
  102. ↑ 読売新聞1985年11月15日17面「『パ』1シーズン制へ 開幕『セ』と同時4月4日」読売新聞縮刷版1985年11月p565
  103. ↑ 毎日新聞1985年11月20日夕刊11面「六球団で"清原どり" プロ野球ドラフト会議 西武が交渉権 意外、巨人は桑田が」毎日新聞縮刷版1985年11月p623
  104. ↑ 読売新聞1985年11月24日17面「プロ野球短信 堂上、任意引退」読売新聞縮刷版1985年11月p965
  105. ↑ 読売新聞1985年11月26日17面「プロ野球短信 ロッテの田村、南海へ」読売新聞縮刷版1985年11月p1047
  106. ↑ 毎日新聞1985年11月27日19面「石渡が引退」毎日新聞縮刷版1985年11月p845
  107. ↑ 読売新聞1985年11月29日17面「巨人、有田(近鉄)を獲得 厚み増す投手陣 交換に淡口と山岡」読売新聞縮刷版1985年11月p1187
  108. ↑ 毎日新聞1985年11月29日19面「黒江コーチ退団」毎日新聞縮刷版1985年11月p925
  109. ↑ 読売新聞1985年12月6日17面「高橋直 巨人入り 『不惑、まだイケる』 西武から金銭で」読売新聞縮刷版1985年12月p235
  110. ↑ 毎日新聞1985年12月6日19面「西武・森監督が誕生 2年契約『若手の飛躍を』」毎日新聞縮刷版1985年12月p191
  111. ↑ 毎日新聞1985年12月8日19面「吉沢と中出トレード」毎日新聞縮刷版1985年12月p265
  112. ↑ 毎日新聞1985年12月11日15面「プロ野球だより」毎日新聞縮刷版1985年12月p349
  113. ↑ 読売新聞1985年12月24日17面「日本ハムのコーチに村上氏」読売新聞縮刷版1985年12月p963
  114. ↑ 読売新聞1985年12月27日17面「加藤英が巨人入り 金銭トレード 『夢実現、全力尽くす』」読売新聞縮刷版1985年12月p1066
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