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1987年の野球

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1987年 > 1987年のスポーツ > 1987年の野球

1987年の野球(1987ねんのやきゅう)では、1987年の野球界における動向をまとめる。

競技結果

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日本プロ野球

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ペナントレース

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1987年セントラル・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝読売ジャイアンツ764311.639---
2位中日ドラゴンズ685111.5718.0
3位広島東洋カープ655510.54211.5
4位ヤクルトスワローズ58648.47519.5
5位横浜大洋ホエールズ56686.45222.5
6位阪神タイガース41836.33137.5
1987年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝敗分勝率差
優勝西武ライオンズ714514.612---
2位阪急ブレーブス645610.5339.0
3位日本ハムファイターズ63607.51211.5
4位南海ホークス576310.47516.0
5位ロッテオリオンズ516514.44020.0
6位近鉄バファローズ52699.43021.5

日本シリーズ

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1987年 日本シリーズ
日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月24日(土)第1戦雨天中止西武ライオンズ球場
10月25日(日)読売ジャイアンツ7 - 3西武ライオンズ
10月26日(月)第2戦読売ジャイアンツ0 - 6西武ライオンズ
10月27日(火)移動日
10月28日(水)第3戦西武ライオンズ2 - 1読売ジャイアンツ後楽園球場
10月29日(木)第4戦西武ライオンズ0 - 4読売ジャイアンツ
10月30日(金)第5戦西武ライオンズ3 - 1読売ジャイアンツ
10月31日(土)移動日
11月1日(日)第6戦読売ジャイアンツ1 - 3西武ライオンズ西武ライオンズ球場
優勝:西武ライオンズ(2年連続7回目)

個人タイトル

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 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
タイトル選手球団成績選手球団成績
最優秀選手山倉和博巨人東尾修西武
最優秀新人荒井幸雄ヤクルト阿波野秀幸近鉄
最優秀投手桑田真澄巨人
沢村栄治賞桑田真澄巨人
首位打者篠塚利夫巨人.333新井宏昌近鉄.366
正田耕三広島
最多本塁打ランス広島39本秋山幸二西武43本
最多打点C.ポンセ大洋98打点ブーマー阪急119打点
最多盗塁屋鋪要大洋48盗塁西村徳文ロッテ41盗塁
大石第二朗近鉄
最多安打[1]C.ポンセ大洋159安打新井宏昌近鉄184安打
最高出塁率落合博満中日.435門田博光南海.428
最多勝利打点小早川毅彦広島16打点秋山幸二西武18打点
最優秀防御率桑田真澄巨人2.17工藤公康西武2.41
最多勝利小松辰雄中日17勝山沖之彦阪急19勝
最多奪三振[1]川口和久広島184奪三振阿波野秀幸近鉄201奪三振
最高勝率[2]川端順広島.833工藤公康西武.789
最優秀救援投手郭源治中日30SP牛島和彦ロッテ26SP

ベストナイン

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 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手桑田真澄巨人工藤公康西武
捕手山倉和博巨人伊東勤西武
一塁手バース阪神ブーマー阪急
二塁手篠塚利夫巨人白井一幸日本ハム
三塁手原辰徳巨人石毛宏典西武
遊撃手宇野勝中日水上善雄ロッテ
外野手W.クロマティ巨人秋山幸二西武
C.ポンセ大洋新井宏昌近鉄
吉村禎章巨人T.ブリューワ日本ハム
指名打者 石嶺和彦阪急

ゴールデングラブ賞

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 セントラル・リーグパシフィック・リーグ
守備位置選手球団選手球団
投手 桑田真澄巨人東尾修西武
捕手 山倉和博巨人伊東勤西武
一塁手 中畑清巨人ブーマー阪急
二塁手 正田耕三広島白井一幸日本ハム
三塁手 原辰徳巨人石毛宏典西武
遊撃手 平田勝男阪神弓岡敬二郎阪急
外野手 屋鋪要大洋島田誠日本ハム
長嶋清幸広島高沢秀昭ロッテ
山崎隆造広島秋山幸二西武
 新井宏昌近鉄

オールスターゲーム

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高校野球

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PL学園が作新学院、中京商業、箕島に続く史上4校目の春夏連覇

大学野球

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社会人野球

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メジャーリーグ

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できごと

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1月

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  • 1月22日 - 野球体育博物館に表彰掲載される競技者表彰委員会が開票され、該当者なしの結果に[3]。
  • 1月27日 - プロ野球実行委員会が東京・芝の東京グランドホテルにて開かれ、日本シリーズは7戦まで延長18回まで、8戦以降を延長無制限。オープン戦での指名打者制は監督の同意があればセ・パ両リーグの本拠地球場での採用を可能とする、などを決定[4]。

2月

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3月

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4月

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5月

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6月

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  • 6月2日 - 中日の落合博満がナゴヤ球場での対大洋9回戦の七回裏に12号本塁打を放ち、プロ通算1000安打を達成[36]。
  • 6月5日 - 神宮球場にてヤクルト対中日5回戦で中日がヤクルトに9-6で勝利し、球団通算3000勝を達成[37]。
  • 6月7日
    • 阪急の弓岡敬二郎が対ロッテ9回戦の七回表に犠打を決め、プロ通算200犠打を達成。パ・リーグの選手で史上初めて通算200犠打の達成者となった[38]。
    • 阪神の竹之内雅史打撃コーチが札幌でチームの打撃不振を理由に球団に辞意を表明[39]。
  • 6月11日
    • 広島の衣笠祥雄が広島市民球場での対大洋9回戦に出場し、メジャー・リーグのルー・ゲーリッグの記録と並ぶ2130試合連続出場を達成[40]。
    • 藤崎台県営野球場で行われた巨人対中日12回戦で7回2死二塁の場面で、中日の宮下昌己の初球がウォーレン・クロマティのヘルメットに直撃し、これに激昂したクロマティが宮下に殴りかかり、両チーム入り乱れての乱闘となる。クロマティは退場処分を受け、殴られた宮下はその後の乱闘もあり、全治10日間のけが。試合は5-1で巨人が勝利[41][42]。
  • 6月12日 - 巨人は11日の中日戦で乱闘騒ぎを起こしたウォーレン・クロマティに対し12日から謹慎5日間、罰金30万円の処分を課したと発表[43]。
  • 6月13日 - 広島の衣笠祥雄が広島市民球場での対中日10回戦に出場して2131試合連続出場を達成し、ルー・ゲーリッグの持つメジャー記録の2130試合連続試合出場の記録を更新[44]。
  • 6月14日 - 広島の衣笠祥雄が徳山市野球場での対中日11回戦の4回裏に10号本塁打を放ち、プロ通算2500安打を達成。史上4人目。また、20年連続2桁本塁打は王貞治、野村克也の21年連続に次ぐもので、張本勲に並んだ[45]。
  • 6月15日 - 政府は連続試合出場の新記録を達成した広島の衣笠祥雄に対し国民栄誉賞を贈ることを決定[46]。
  • 6月16日
    • 南海の門田博光が前橋で行われた日本ハム対南海9回戦の七回表一塁走者として加藤英司の本塁打で生還し、プロ通算1000得点を達成[47]。
    • 広島のリチャード・ランスが神宮球場での対ヤクルト8回戦の3回表に21号本塁打を放ち、6試合連続本塁打の球団タイ記録を達成[48]。
    • 阪神の竹之内雅史打撃コーチが甲子園球場内の球団事務所で岡崎義人球団社長と会談し、正式に退団が決定した[49]。
  • 6月19日 - 南海の山村善則が川崎球場での対ロッテ11回戦の一回表に3号満塁本塁打を放ち、これがパ・リーグ通算500満塁本塁打となる[50]。
  • 6月23日 - 巨人の原辰徳が後楽園球場での対阪神10回戦の九回裏に16号2点本塁打を放ち、プロ通算200本塁打を達成[51]。
  • 6月25日 - 広島の高橋慶彦が広島市民球場での対中日14回戦の五回裏に二盗を決め、プロ通算400盗塁を達成[52]。

7月

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  • 7月4日 - 巨人の篠塚利夫が甲子園球場での対阪神14回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[53]。
  • 7月8日
    • 巨人の桑田真澄が札幌円山球場での対広島11回戦で勝利投手となってシーズン10勝目を挙げ、1967年の江夏豊、堀内恒夫が記録して以来の20年ぶり10代での2ケタ勝利を記録[54]。
    • 5月23日に柏崎で日没サスペンデッドゲームとなった南海対ロッテ7回戦の続きが、八回表ロッテの攻撃の一死無走者の場面で平和台球場にて再開される。試合は5対4で南海がサヨナラ勝ち[55]
  • 7月18日 - 阪神の掛布雅之が対中日16回戦に先発出場し、プロ通算1500試合出場を達成[56]。

8月

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  • 8月5日 - 第五十八回都市対抗野球大会が13時より後楽園球場で行われ、浜松市代表のヤマハが川崎市の東芝を4対3で破り優勝[57]。
  • 8月8日
  • 8月9日 - 中日の近藤真一がナゴヤ球場で対巨人19回戦に先発登板し、日本プロ野球史上初の公式戦初登板でのノーヒットノーランを達成[59][60]。
  • 8月11日 - 広島の衣笠祥雄が広島市民球場での対ヤクルト15回戦の4回裏に13号本塁打を放ち、プロ通算500本塁打を達成。史上5人目[61]。
  • 8月21日 - 第69回全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が甲子園で行われ、大阪府代表のPL学園が茨城県代表の常総学院に5-2で勝利し、史上4校目の春夏連覇を達成。
  • 8月22日 - 大洋の斉藤明夫が横浜スタジアムでの対広島17回戦の八回表にリチャード・ランスから三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成[62]。
  • 8月23日 - 巨人の山倉和博が神宮球場での対ヤクルト22回戦の七回表に16号2点本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成[63]。
  • 8月24日 - 阪急の山田久志が西宮球場での対西武18回戦の四回表に清原和博から三振を奪い、プロ通算2000奪三振を達成[64]。
  • 8月26日
    • 南海の門田博光が大阪球場での対西武18回戦の三回裏に二塁打を放ち、プロ通算2000安打を達成[65]。
    • 中日の小松辰雄がナゴヤ球場での対ヤクルト15回戦の2回表に荒木大輔から三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成。史上73人目[66]。
  • 8月27日 - 阪急の佐藤義則が西宮球場での対近鉄19回戦の八回表にベン・オグリビーから三振を奪い、プロ通算1000奪三振を記録[67]。
  • 8月29日 - 南海の加藤英司が大阪球場での対近鉄18回戦に先発出場し、プロ通算2000試合出場を達成[68]。
  • 8月30日 - 横浜スタジアムでの大洋対ヤクルト21回戦にてヤクルトは七回表に荒井幸雄、渋井敬一、杉浦享によるセ・リーグ新記録の3者連続三塁打。1イニング3三塁打はセのタイ記録[69]。

9月

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  • 9月8日 - 南海の門田博光が西武球場での対西武20回戦に先発出場し、プロ通算2000試合出場を達成[70]。
  • 9月10日 - 阪急の石嶺和彦が藤井寺球場での対近鉄22回戦の七回表に28号本塁打を放ち、パ・リーグ記録となる6試合連続本塁打を記録[71]。
  • 9月11日 - ヤクルトの角富士夫が神宮球場での対巨人23回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[72]。
  • 9月14日 - 初の開催となるジュニア日本選手権が平塚球場で行われ、巨人が、中日に9-0で勝利し、初の二軍日本一達成、MVPは加茂川重治[73]。
  • 9月15日 - 近鉄の大石大二郎が登録名を「大石第二朗」に変更[74]。
  • 9月17日 - 中日の大島康徳がナゴヤ球場での対大洋26回戦の六回裏に代打で出場して12号3点本塁打を放ち、これで通算代打本塁打が16となり淡口憲治の持つセ・リーグ最多代打本塁打15を更新[75]。
  • 9月19日 - 阪神の永尾泰憲と弘田澄男が球団と甲子園球場にて今後の進退について話会い、永尾、弘田ともに引退を申し入れ、球団は了承[76]。
  • 9月20日 - ロッテの村田兆治が川崎球場での対西武22回戦の三回表に石毛宏典から三振を奪い、プロ通算2000奪三振を達成[77]。
  • 9月21日 - 広島の衣笠祥雄が広島市中央区の広島グランドホテルにて13時過ぎより記者会見し、現役引退を発表[78]。
  • 9月29日 - 広島の北別府学が甲子園球場での対阪神25回戦に先発して勝利投手となって9勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[79]。

10月

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  • 10月1日 - 後楽園球場での日本ハム対西武25回戦で日本ハムが五回裏に一死から田中幸雄から早川和夫まで9者連続安打のパ・リーグタイ記録[80]。
  • 10月8日 - 中日の宇野勝が甲子園球場での対阪神26回戦の一回表に中前安打を打ち、プロ通算1000安打を達成[81]。
  • 10月9日 - ナゴヤ球場での中日対広島26回戦で中日が広島に0-2で敗れたため、巨人の4年ぶりセ・リーグ優勝が決まる[82]。
  • 10月10日 - 藤井寺球場での近鉄対西武25回戦で西武が近鉄を9-7で破り、リーグ優勝決める[83]。
  • 10月12日
    • 阪神は大阪市北区の阪神電鉄本社で9時半から役員会議を開き、監督の吉田義男を解任を決定。20時45分正式に発表[84]。
    • ヤクルトの梶間健一がナゴヤ球場での対中日25回戦で平野謙から三振を奪いプロ通算1000奪三振[85]。
  • 10月15日 - 南海の加藤英司が大阪球場内の会議室で記者会見し、現役引退を発表[86]。
  • 10月16日
    • 阪神は新監督に村山実、ヘッドコーチに田宮謙次郎が就任したと発表[87]。
    • ロッテの牛島和彦が大阪球場での対南海26回戦で24セーブ目をあげ、パ・リーグタイ記録の8試合連続セーブ[88]。
  • 10月18日
    • 後楽園球場での公式戦通算7127試合目でセ・リーグ最後の公式戦となる巨人対広島戦が行われる。4回に吉村禎章の打席で球審の山本文男がカウントを間違え2ストライク4ボールから、吉村が30号本塁打を放つ[89]。この本塁打は球場シーズン公式戦史上10416本塁打目で最後の本塁打となった。試合は5-2で広島が勝利。
    • 南海の門田博光が西宮球場での対阪急26回戦で3四球、プロ通算1000四死球を達成[90]。
  • 10月19日 - 【MLB】ニューヨーク・ヤンキースはビリー・マーチンの監督就任を発表。マーチンはこれでヤンキースの監督に5度目の就任となる[91]。
  • 10月22日
    • セ・リーグのシーズン公式戦全日程が終了、首位打者はセ・リーグ史上初めて同率で正田耕三と篠塚利夫が獲得[92]。
    • 広島の衣笠祥雄が公式戦最終戦130試合目の横浜スタジアムでの対大洋26回戦に出場し、連続試合出場記録は2215試合となった[93]。
    • 近鉄の監督の岡本伊三美が大阪市内の近鉄本社へ今シーズンの報告と監督辞任を申し出、了承される[94]。
  • 10月23日 - 近鉄は天王寺区の都ホテルにて記者会見し、新監督にヘッドコーチの仰木彬が就任したと正式に発表[95]。
  • 10月25日 - 【MLB】ワールドシリーズの第7戦が行われミネソタ・ツインズがセントルイス・カージナルスを4-2で下し、球団創設初のワールドチャンピオンの座についた。シリーズMVPはフランク・バイオーラ[96]。
  • 10月27日 - 沢村栄治賞の選考が12時からパレス・ホテルで行われ、巨人の桑田真澄が選出される[97]。
  • 10月28日
    • ロッテはレロン・リーを自由契約にしたと発表、西新宿のロッテ本社でお別れ会見を開いた[98]。
    • ヤクルトの渡辺進が球団に今季限りでの引退を申し入れ、了承される[99]。
  • 10月30日 - この日の日本シリーズ第5戦が後楽園球場最後の日本プロ野球公式戦となる。

11月

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  • 11月1日 - 日本シリーズの第6戦が西武球場で行われ、西武が巨人を3-1と下し、対戦成績を4勝2敗として巨人を破り、2年連続の日本一[100]。シリーズMVPは2年連続で工藤公康。
  • 11月2日
  • 11月3日 - この日から6日間にわたり後楽園球場で「さようなら後楽園球場」と題した閉場記念イベントが開催された。
  • 11月4日
    • プロ野球セ・パ両リーグの最優秀選手、最優秀新人、ベストナインを決定する記者投票の開票が行われ、最優秀選手にパ・リーグは西武の東尾修、セ・リーグは巨人の山倉和博。最優秀新人にパ・リーグは近鉄の阿波野秀幸、セ・リーグはヤクルトの荒井幸雄が選出される[103]。
    • 日本ハムはパット・パットナムを自由契約にしたと発表[104]。
  • 11月5日 - 広島は木下富雄、新美敏が現役引退し、それぞれ一軍守備走塁コーチ、投手コーチ補佐に就任したと発表[105]。
  • 11月6日 - 日本ハムの岡部憲章と阪神の藤原仁のトレードが成立したと日本ハム・阪神両球団が発表[106]。
  • 11月8日 - 「読売巨人軍ファン感謝デー」開催をもって後楽園球場が閉場した。
  • 11月9日 - 正力松太郎賞の選考が都内のホテルで行われ、西武の工藤公康を選出[107]。
  • 11月10日 - 大洋は二軍投手チーフコーチに山根俊英、一軍投手コーチに前阪神コーチの野村収が就任したと発表[108]。
  • 11月12日
    • 巨人は東京・紀尾井町のホテル・ニューオータニ「鶴東の間」にて15時より記者会見し、江川卓の現役引退を正式に発表[109][110]。
    • プロ野球協約専門委員会が開かれ、来年より延長戦についてこれまでの時間制(セ・リーグ3時間20分、パ・リーグ3時間)からセは延長12回、パは12回か4時間の早い方で打ち切りと決定[111]。
    • ロッテは二軍投手コーチの若生智男の退団を認める。若生は阪神一軍投手コーチ就任へ[112]。
  • 11月18日
    • 1987年度のプロ野球新人選択会議が11時から東京・九段下のホテルグランドパレスにて行われ、立教大学の長嶋一茂はヤクルト、PL学園の立浪和義が独占交渉権を獲得[113]。
    • 巨人は東京・大手町の球団事務所にて松本匡史の今季限りでの現役引退を正式に発表[114]。
    • 【MLB】米国野球記者協会はナ・リーグの最優秀選手にカブスのアンドレ・ドーソンを選出したと発表。この年カブスは東地区最下位であり、史上初めて最下位チームからの選出となった[115]。
  • 11月20日 - 大洋の平田薫とヤクルトの岩下正明のトレードが成立したと大洋、ヤクルト両球団が発表[116]。
  • 11月21日
  • 11月26日 - 阪急は取締役会を開き、オーナーの柴谷貞雄、球団社長の岡田栄の退任、後任にそれぞれ本社社長の小林公平、阪急電鉄事業部長の土田善久の就任を決定[119]。

12月

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  • 12月4日 - 巨人は大阪・北区の読売新聞大阪本社会議室にて阪急の簑田浩二を金銭トレードで獲得したと正式に発表[120]。
  • 12月10日 - 阪神の長崎啓二の任意引退が決定[121]。
  • 12月14日 - 西武の東尾修がさる8月6日に港区麻布のマンションにてマージャン賭博に参加していた疑いで警視庁捜査四課と大崎警察署に書類送検されていたことが明らかになる[122]。
  • 12月21日 - 西武はマージャン賭博に参加していた東尾修に対し、12月21日から来年6月20日までの謹慎6カ月、減俸2500万円。球団代表の坂井保之と管理部長の根本陸夫に対し管理不行き届きで今月から1年間10%の減俸を科したと発表[123]。

監督人事

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誕生

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1月

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2月

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3月

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4月

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5月

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6月

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7月

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8月

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9月

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10月

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11月

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12月

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死去

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その他

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テレビゲーム

出典

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  1. 1 2 当時連盟表彰なし
  2. ↑ セントラル・リーグのみ当時連盟表彰なし
  3. ↑ 読売新聞1987年1月23日17面「金田・長島の野球殿堂入りまた見送り」読売新聞縮刷版1987年1月p869
  4. ↑ 読売新聞1987年1月28日17面「オープン戦DH採用もOK プロ野球実行委」読売新聞縮刷版1987年1月p1079
  5. ↑ 読売新聞1987年3月23日夕刊19面「掛布選手、飲酒運転で逮捕」読売新聞縮刷版1987年3月p949
  6. ↑ 読売新聞1987年3月24日17面「来季は4月6日開幕」読売新聞縮刷版1987年3月p967
  7. ↑ 読売新聞1987年3月28日28面「阪神主砲"連続アウト" バース 飛ばし過ぎ」読売新聞縮刷版1987年3月p1165
  8. ↑ 読売新聞1987年4月2日夕刊15面「パ・リーグ会長 元共同通信社長 福島慎太郎氏が死去」読売新聞縮刷版1987年4月p89
  9. 1 2 読売新聞1987年4月10日17面「プロ野球 開幕前日の衝撃 高橋(広島)2週間謹慎、欠場 激励会、練習ボイコット」読売新聞縮刷版1987年4月p413
  10. ↑ “【4月8日】1987年(昭62) 開幕2日前 広島“内乱”オーナー代行激怒「出なくていい」”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2009年4月11日). 2015年12月24日閲覧。[リンク切れ]
  11. ↑ 読売新聞1987年4月13日8面「阪急が2500勝」読売新聞縮刷版1987年4月p524
  12. ↑ 「通算100号本塁打」『毎日新聞』(縮刷・関東版) 1987年(昭和62年)4月15日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  13. ↑ 「1000試合出場」『毎日新聞』(縮刷・関東版) 1987年(昭和62年)4月15日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  14. ↑ 読売新聞1987年4月16日17面「ホーナー、ヤクルトと正式契約」読売新聞縮刷版1987年4月p661
  15. ↑ 「巨人600勝は2球団目」『毎日新聞』(縮刷・関東版) 1987年(昭和62年)4月25日付朝刊、19面(スポーツ面)。
  16. ↑ 読売新聞1987年4月26日17面「田島の現役登録抹消 コーチに暴言」読売新聞縮刷版1987年4月p1125
  17. ↑ 「田島投手、三日間謹慎」『毎日新聞』(縮刷・関東版) 1987年(昭和62年)4月26日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  18. ↑ 「1000試合出場」『毎日新聞』(縮刷・関東版) 1987年(昭和62年)4月26日付朝刊、22面(スポーツ面)。
  19. ↑ 「門田が3500塁打」『毎日新聞』(縮刷・関東版) 1987年(昭和62年)4月26日付朝刊、23面(スポーツ面)。
  20. ↑ 読売新聞1987年4月27日8面「広島まさかの連敗 角が決勝の100号」読売新聞縮刷版1987年4月p1148
  21. ↑ 読売新聞1987年4月30日17面「巨人・篠塚が1000本安打」読売新聞縮刷版1987年4月p1261
  22. ↑ 読売新聞1987年5月3日17面「星野監督"暴力"退場 タッチめぐり伊勢コーチも 杉本沈着、初完投」読売新聞縮刷版1987年5月p101
  23. ↑ 読売新聞1987年5月3日16面「南海・門田が300二塁打」読売新聞縮刷版1987年5月p100
  24. ↑ 読売新聞1987年5月3日17面「大洋も14安打 阪神8連敗」読売新聞縮刷版1987年5月p101
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  28. ↑ 「広島の森脇と永田、南海・西山トレード」『毎日新聞』(縮刷・関東版) 1987年(昭和62年)5月14日付朝刊、23面(スポーツ面)。
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  81. ↑ 読売新聞1987年10月9日17面「中日の宇野勝内野手(二九)が1000本安打」読売新聞縮刷版1987年10月p401
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  83. ↑ 毎日新聞1987年10月11日1面「パ・リーグは西武がV3 24日から巨人と日本シリーズ」毎日新聞縮刷版1987年10月p405
  84. ↑ 毎日新聞1987年10月13日19面「阪神、吉田監督を解任 日本一から2年 役員会、8時間の末」毎日新聞縮刷版1987年10月p491
  85. ↑ 読売新聞1987年10月13日17面「ヤクルト・梶間が千奪三振」読売新聞縮刷版1987年10月p569
  86. ↑ 毎日新聞1987年10月16日23面「きょう本拠地でファンにお別れ 加藤英が引退会見」毎日新聞縮刷版1987年10月p621
  87. ↑ 毎日新聞1987年10月17日23面「"栄光の11"で『全力投球』 村山・阪神 対話スタート」毎日新聞縮刷版1987年10月p661
  88. ↑ 読売新聞1987年10月17日17面「牛島24セーブ」読売新聞縮刷版1987年10月p763
  89. ↑ 毎日新聞1987年10月19日23面「2ストライク4ボール 吉村『拾い物』30号」毎日新聞縮刷版1987年10月p723
  90. ↑ 読売新聞1987年10月19日17面「門田、1000四死球」読売新聞縮刷版1987年10月p851
  91. ↑ 毎日新聞1987年10月21日22面「『けんか家マーチン』またまた復帰 監督5度目 ヤンキース」毎日新聞縮刷版1987年10月p796
  92. ↑ 読売新聞1987年10月23日16面「セ・リーグも全日程終了 篠塚正田 2人首位打者」読売新聞縮刷版1987年10月p1048
  93. ↑ 毎日新聞1987年10月23日23面「鉄人 フィナーレ 打った!!衣笠”有終”504号」毎日新聞縮刷版1987年10月p885
  94. ↑ 読売新聞1987年10月23日17面「近鉄監督 仰木コーチ昇格」読売新聞縮刷版1987年10月p1049
  95. ↑ 毎日新聞1987年10月24日19面「『戦う猛牛に』仰木・近鉄がスタート」毎日新聞縮刷版1987年10月p925
  96. ↑ 毎日新聞1987年10月27日19面「ツインズ逆転、決めた Wシリーズ初制覇」毎日新聞縮刷版1987年10月p1033
  97. ↑ 読売新聞1987年10月28日17面「桑田に『沢村賞』十代では『堀内』以来」読売新聞縮刷版1987年10月p1305
  98. ↑ 毎日新聞1987年10月29日23面「在日11年、ロッテのリー 自由契約に」毎日新聞縮刷版1987年10月p1111
  99. ↑ 読売新聞1987年10月29日17面「ヤクルトの渡辺引退」読売新聞縮刷版1987年10月p1349
  100. ↑ 毎日新聞1987年11月2日1面「西武、2年連続日本一 4勝2敗 巨人破る」毎日新聞縮刷版1987年11月p25
  101. ↑ 毎日新聞1987年11月3日19面「田中富『栄転なのか、左遷か』大島『引退後、また中日に』日ハム・中日トレード発表」毎日新聞縮刷版1987年11月p79
  102. ↑ 読売新聞1987年11月3日17面「球界ルポ 近鉄コーチに権藤氏」読売新聞縮刷版1987年11月p103
  103. ↑ 読売新聞1987年11月5日17面「MVPに山倉・東尾 新人王は荒井と阿波野」読売新聞縮刷版1987年11月p181
  104. ↑ 読売新聞1987年11月5日17面「パットナムが自由契約」読売新聞縮刷版1987年11月p181
  105. ↑ 読売新聞1987年11月6日17面「広島の木下、コーチに」読売新聞縮刷版1987年11月p233
  106. ↑ 読売新聞1987年11月7日17面「阪神・藤原と日本ハム・岡部がトレード」読売新聞縮刷版1987年11月p289
  107. ↑ 読売新聞1987年11月10日17面「工藤投手に正力松太郎賞 西武V2に貢献 初の20代」読売新聞縮刷版1987年11月p393
  108. ↑ 読売新聞1987年11月11日17面「大洋の2軍チーフコーチに山根氏」読売新聞縮刷版1987年11月p445
  109. ↑ 読売新聞1987年11月13日1面「巨人・江川投手が引退 通算135勝 右肩痛、回復望めず」読売新聞縮刷版1987年11月p521
  110. ↑ 読売新聞1987年11月10日17面「怪物エース、32歳の降板 肩痛と人知れぬ苦闘 引退の江川投手 『ドーム』に思い残し」読売新聞縮刷版1987年11月p547
  111. ↑ 読売新聞1987年11月10日17面「セは12回まで プロ野球延長戦」読売新聞縮刷版1987年11月p547
  112. ↑ 読売新聞1987年11月10日17面「若生コーチ、阪神へ」読売新聞縮刷版1987年11月p547
  113. ↑ 読売新聞1987年11月18日夕刊15面「巨人は橋本(PL学園)指名 ドラフト 長島はヤクルト」読売新聞縮刷版1987年11月p799
  114. ↑ 読売新聞1987年11月19日17面「松本さわやかに引退 正式発表」読売新聞縮刷版1987年11月p817
  115. ↑ 毎日新聞1987年11月20日23面「最下位球団から史上初のMVP ナ・リーグのドーソン」毎日新聞縮刷版1987年11月p701
  116. ↑ 読売新聞1987年11月21日17面「岩下(ヤクルト)平田(大洋)交換」読売新聞縮刷版1987年11月p921
  117. ↑ 読売新聞1987年11月22日17面「球界ルポ ヤクルト・渡辺ら引退」読売新聞縮刷版1987年11月p973
  118. ↑ 読売新聞1987年11月22日17面「南海、二外人を解雇」読売新聞縮刷版1987年11月p973
  119. ↑ 読売新聞1987年11月27日17面「阪急オーナーに小林氏」読売新聞縮刷版1987年11月p1195
  120. ↑ 読売新聞1987年12月5日17面「巨人・簑田誕生」読売新聞縮刷版1987年12月p213
  121. ↑ 読売新聞1987年12月11日17面「球界ルポ 長崎の任意引退決まる」読売新聞縮刷版1987年12月p483
  122. ↑ 読売新聞1987年12月14日夕刊15面「東尾投手がとばく 書類送検」読売新聞縮刷版1987年12月p647
  123. ↑ 読売新聞1987年12月22日17面「東尾""セーフ!" キャンプ・自主トレOK 西武『マージャンとばく』温情処分 年明けにも山ごもりへ」読売新聞縮刷版1987年12月p957
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