コンテンツにスキップ

第32回有馬記念

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(1987年有馬記念から転送)
映像外部リンク
1987 有馬記念
レース映像 jraofficial(JRA公式YouTubeチャンネル)による動画

第32回有馬記念(だい32かいありまきねん)は、1987年12月27日に中山競馬場で施行された競馬競走(有馬記念)である。

レース施行時の状況

[編集]

二冠馬であったサクラスターオーとマックスビューティ、ダービー馬のメリーナイス、エリザベス女王杯でマックスビューティの牝馬三冠を阻止して優勝したタレンティドガール、そしてこの年の秋のレースで日本レコードタイを記録したダイナアクトレス、さらには前年の第31回有馬記念優勝馬のダイナガリバー等がファン投票、ないし推薦委員会による推薦で出走する事になり[1]、この年は有力馬の揃い踏みであった。

出走馬と枠順

[編集]
天候:晴れ、芝:良馬場。馬齢は旧表記(当時は数え年。現行表記は数え年から1を引く)。

※施行条件については有馬記念も参照。

出走頭数:16頭
枠番馬番競走馬名性齢騎手単勝オッズ調教師馬主
11ハシケンエルド牡5飯田明弘45.4(14人)中尾正橋本博
2ミスターブランディ牡6津留千彰42.6(13人)大和田稔吉田善哉
23レジェンドテイオー牡5郷原洋行12.1(6人)田村駿仁(有)貞文
4ダイナアクトレス牝5岡部幸雄4.6(2人)矢野進(有)社台レースホース
35サクラスターオー牡4東信二4.0(1人)平井雄二(株)さくらコマース
6クシロキング牡6柴田善臣52.4(15人)中野隆良阿部昭
47メジロデュレン牡5村本善之24.1(10人)池江泰郎メジロ商事(株)
8ユーワジェームス牡4安田富男12.7(7人)新関力(株)ユーワ
59ダイナガリバー牡5増沢末夫11.7(5人)松山吉三郎(有)社台レースホース
10アサカツービート牡7加藤和宏53.0(16人)元石正雄佐久間有寿
611トウカイローマン牝7大崎昭一41.3(12人)中村均内村正則
12スダホーク牡6柴田政人37.5(11人)古山良司須田松夫
713カシマウイング牡5的場均16.7(9人)飯塚好次松浦安雄
14メリーナイス牡4根本康広4.9(3人)橋本輝雄浦房子
815タレンティドガール牝4蛯沢誠治15.9(8人)栗田博憲飯田政子
16マックスビューティ牝4田原成貴7.7(4人)伊藤雄二田所祐

レース展開

[編集]

スタート時点での出遅れはなく、揃ったスタートで競走は開始された。

しかし、レースの展開は大きな波乱となった。その内容とは、

  1. スタート直後にメリーナイスがつまずき騎手の根本康広が落馬。
  2. いつもならかかり気味に逃げ馬に絡んでいくミスターブランディが、妙に折り合ってしまい、レジェンドテイオーが淡々と逃げるスローペースになり、かかったり足を余した馬が多数[2]。
  3. 第3コーナー通過直後にサクラスターオーが脚部に故障発生。第4コーナー通過後に騎手の東信二が異変を確認して下馬。
  4. 1着は人気薄のメジロデュレンと2着はユーワジェームスとの4枠同士のゾロ目馬券で、連複[3]は163倍の当時としては超大穴の配当に[4]。

の4つであり、大きな番狂わせとなった。

競走結果

[編集]
着順枠番馬番競走馬名タイム着差
147メジロデュレン2.33.9
248ユーワジェームス2.34.01/2馬身
311ハシケンエルド2.34.0ハナ
423レジェンドテイオー2.34.21 1/2馬身
512ミスターブランディ2.34.2ハナ
6713カシマウイング2.34.3クビ
724ダイナアクトレス2.34.3アタマ
8510アサカツービート2.34.51 1/2馬身
936クシロキング2.34.71馬身
10816マックスビューティ2.35.02馬身
11611トウカイローマン2.35.1クビ
12815タレンティドガール2.35.95馬身
13612スダホーク2.36.01/2馬身
1459ダイナガリバー2.36.0ハナ
競走中止35サクラスターオー-(故障)
競走中止714メリーナイス-(落馬)

データ

[編集]
1,000m通過タイム--.-秒
上がり4ハロン47.8秒
上がり3ハロン35.9秒
優勝馬上がり3ハロン--.-秒

払戻

[編集]
単勝式72,410円
複勝式7800円
8400円
1780円
連勝複式4-416,300円

達成された記録

[編集]
  • 連勝複式は有馬記念では当時最大の配当記録。

エピソード

[編集]
  • サクラスターオーの騎手であった東は「事故が無ければ勝っていた」と語り、また故障発生の際に「穴ボコに入ってしまった様な感覚だった」と振り返っていた。
    • サクラスターオーは翌1988年5月に病状が悪化し、安楽死処分となった。
  • メリーナイスの騎手であった根本も「落馬に付いて、競馬ファンの皆様には(落馬で)大いに迷惑を掛けてしまった」と振り返っていた。また落馬の要因を「このレースで長手綱にしたのが裏目に出た」との記述もあった。

参考文献・出典

[編集]

脚注

[編集]
  1. ↑ 当時のルールでの施行は1995年まで。それ以降はファン投票と別途定める方法での選出。
  2. ↑ 不当な低評価とアクシデントで生まれた“必然”の勝利 ~メジロデュレンの場合~ - 有馬記念 馬券教本 | netkeiba Books+
  3. ↑ 現在の「枠番連勝」に相当。
  4. ↑ 当時は馬連・ワイド・馬単・3連複・3連単の発売自体がなかった。
⌬ Phoenix Mesh CID: 未登録 IPFS未登録 📡 0ピア PQS A85