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2014 FIFAワールドカップ日本代表

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2014 FIFAワールドカップ日本代表 (2014 フィファ ワールドカップにほんだいひょう)は、2014年にブラジルで開催されたFIFAワールドカップのサッカー日本代表である。

概要

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2014年5月12日、アルベルト・ザッケローニ監督が本大会に臨むメンバーを発表した[1]。国際サッカー連盟 (FIFA) のレギュレーションでは、出場国は2014年5月13日までに30人の予備登録リストをFIFAへ提出し、2014年6月2日に23人の最終登録リストをFIFAへ提出するというスケジュールになっていたが、日本サッカー協会 (JFA) は暫定登録メンバー提出時点で最終登録メンバー23人をあらかじめ確定させ、残りの7人についてはFIFAへの予備登録リストには掲載するものの、23人との交替とならない限りは直前合宿や壮行試合にも帯同させない方針とした。これは前回のワールドカップ南アフリカ大会日本代表の先行方針と同じであるが、この方針については朝日新聞[2] などが、途中で落選者が出る際の影響[注 1]などを考慮したもの、と報じている。なお、7人を含めた予備登録メンバー30人と、練習パートナーとして直前合宿に参加する2人については、本大会メンバー発表の翌日(2014年5月13日)に発表された[2][4]。

23人中、海外組は12人[5]。平均年齢は26.8歳[6]。ワールドカップ初選出は14人で、2012年のロンドン五輪世代からは6人[注 2] が選ばれた。ベテラン遠藤保仁は3大会連続選出となった[5]。ザッケローニ体制でAFCアジアカップ2011を制覇し、ワールドカップアジア予選を勝ち抜いてきたメンバーが顔を揃え、香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)、長友佑都(インテル・ミラノ)、本田圭佑(ACミラン)など、ヨーロッパの名門クラブに所属する選手が増えた。また、国内組中心で優勝した東アジアカップ2013のチームから新戦力[注 3] が加えられた。2012年以来招集されていなかった大久保嘉人(2013年Jリーグ得点王)がサプライズ選出された一方、有力候補と言われていた細貝萌、中村憲剛、豊田陽平らは落選して明暗を分けた[注 4]。その他、FIFAワールドカップ・アジア最終予選で1トップとして全試合先発出場した前田遼一も落選している[7]。1998年の初出場以降初めてブラジルからの帰化選手が1人もいない初めての大会となった[注 5]。

大会経過

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本大会では日本はグループCに入り、アフリカのコートジボワール、ヨーロッパのギリシャ、南米のコロンビアと対戦した。

6月14日 グループC コートジボワール戦(レシフェ)
ディディエ・ドログバ、ヤヤ・トゥーレ、サロモン・カル―ら世界的タレント擁するコートジボワールを相手に日本は序盤からプレスが連動せず引き気味になり、攻撃の生命線である香川・長友の左サイドを押し込まれてしまう[8]。しかし前半16分、スローインから繋いだボールを本田が素早くシュートし、先制点を奪った。だが、後半17分にコートジボワールのエース・ドログバが途中出場すると会場の空気が一変し、2分後にウィルフリード・ボニの同点ゴールを許すと、その2分後にはジェルヴィーニョにも逆転ゴールを許した。いずれも、フリーになった右SBのセルジュ・オーリエからのクロスを、ヘディングで決められたものである。日本はその後、FWを投入するも同点に追いつくことはできず、ボール支配率(39%対61%)、シュート数(7本対21本)でも劣勢のまま初戦を落とした[9]。
6月19日 グループC ギリシャ戦(ナタール)
日本は香川に変え、大久保を先発に起用した。前半38分、ギリシャのコスタス・カツラニスが2枚目のイエローカードで退場になると、ギリシャは引き分け(勝ち点1)狙いでゴール前を固め、後半は日本が敵陣でボールを支配する展開が続いた。後半23分、内田篤人が絶好のクロスを送るが大久保のシュートはギリシャのゴールマウスを捉えられず[10]、スコアレスドローに終わった。
6月24日 グループC コロンビア戦(クイアバ)
グループ最終戦はすでに2連勝で決勝トーナメント進出を決め、主力を温存しているコロンビアと対戦した。なお、日本がトーナメントに進出するためには、この試合に勝利した上で別会場でのギリシャと対戦するコートジボワールが引き分け以下とならなければならなかった[11]。試合は前半17分、フアン・クアドラードにPKを与えて失点するが、前半終了間際に本田のクロスを岡崎がダイビングヘッドで決めて同点に追いついた。だが後半、コロンビアが司令塔のハメス・ロドリゲスを投入すると後半10分、37分のジャクソン・マルティネスのゴールをアシストした。44分にもハメスがゴールを決め、日本は1分け2敗、グループ最下位でブラジルを去ることになった[12]。

分析

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コンディション調整の失敗

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大会後、日本サッカー協会の原博実専務理事はグループリーグ敗退に終わったサッカー日本代表の敗因について、「いいコンディションで入れなかったのは事実かなと思う」との認識を示した[13]。同協会は大会中の代表チームのキャンプ地としてサンパウロ州のイトゥ市を選んだが、ジャーナリストの笹井宏次朗も大会開幕5カ月前の2014年1月の時点でこの決定を問題視し「2014年W杯・日本は必ず調整不良で全敗する」と題されたコラムをブラジルで発行されているニッケイ新聞にて掲載し、キャンプ地を変更しない限り代表チームは苦戦すると予想した[14][15]。原専務理事は「(対戦相手や試合会場を決める昨年12月の)組み合わせ抽選会の前にキャンプ地を決めなければならなかった」と釈明したが[13]、ドイツ代表は抽選会後にキャンプ地(Campo Bahia[16])を決めて自分で建ており、笹井も前述のコラム上で「ドイツの対応を見習え」と述べている[15]。因みに、ドイツ代表はこの大会の決勝戦でアルゼンチン代表を破り、優勝を果たした。笹井はイトゥに日本代表のスポンサーでもあるキリンのグループ会社の工場がある事から、キャンプ地選定の際にキリンの意向があったのではないかと指摘している[14]。

サッカージャーナリストの大住良之も試合会場と気候がかなり異なり、試合の度に長距離移動が必要とされるイトゥをキャンプ地に選んだのは小さからぬ驚きだったとし、キャンプ地選定に好成績のため以外の無関係な要素は無かったかと大会前に懸念を示していた[17]。

サッカージャーナリストの木崎伸也も、最大の敗因はキャンプ地選びの失敗であるとした[18]。

日本からのサッカー留学生を受け入れてきたサンパウロの実業家である中沢宏一は「イトゥで合宿を張ると聞いた時は、僕らは驚きましたよ。なんであんなに(試合会場から)遠くて、気候も全く違う所でやるのか。もっと暑い所でやらないと。『これは全敗だな』とみんなで話していたくらいです」と振り返った[19]。

後のインタビューで当時のメンバーであった長友佑都は初戦のコートジボワール戦について、「全然2試合くらいやれるレベルのコンディションだと思っていたけど、もう20分くらいから、僕だけじゃなくて全体的に(落ちていた)。みんな体が動いていなかった。」と語った[20]一方、清武弘嗣はこのコンディション不良を否定しており、「ブラジルW杯の時は(キャンプ地の)環境も良かったし、僕自身もコンディションはめちゃめちゃ整っていました」と語っている[21]。

本大会登録メンバー

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  • 「出場状況」欄の「○」はフル出場、「途中退場」は途中交代アウト、「途中出場」は途中交代イン、「ゴール」は獲得得点をそれぞれ示す。
  • 「年齢」「所属クラブ」は、大会開幕時点(2014年6月12日)。
背番号選手名Pos.生年月日(年齢)所属クラブ出場状況備考
コートジボワール戦
6月14日
ギリシャ戦
6月19日
コロンビア戦
6月24日
1 川島永嗣GK1983年3月20日(31歳)ベルギーの旗 スタンダール○○○
2 内田篤人DF1988年3月27日(26歳)ドイツの旗 シャルケ○○○
3 酒井高徳1991年3月14日(23歳)ドイツの旗 シュツットガルト
4 本田圭佑FW1986年6月13日(27歳)イタリアの旗 ACミラン○ゴール○○
5 長友佑都DF1986年9月12日(27歳)イタリアの旗 インテル○○○
6 森重真人1987年5月21日(27歳)日本の旗 FC東京○
7 遠藤保仁MF1980年1月28日(34歳)日本の旗 ガンバ大阪54分に交代出場 54分46分に交代出場 46分
8 清武弘嗣1989年11月12日(24歳)ドイツの旗 ニュルンベルク85分に交代出場 85分
9 岡崎慎司FW1986年4月16日(28歳)ドイツの旗 マインツ○○69分に交代退場 69分ゴール
10 香川真司1989年3月17日(25歳)イングランドの旗 マンチェスターU86分に交代退場 86分57分に交代出場 57分85分に交代退場 85分
11 柿谷曜一朗1990年1月3日(24歳)日本の旗 セレッソ大阪86分に交代出場 86分69分に交代出場 69分
12 西川周作GK1986年6月18日(27歳)日本の旗 浦和レッズ
13 大久保嘉人FW1982年6月9日(32歳)日本の旗 川崎フロンターレ67分に交代出場 67分○○
14 青山敏弘MF1986年2月22日(28歳)日本の旗 サンフレッチェ広島62分に交代退場 62分
15 今野泰幸DF1983年1月25日(31歳)日本の旗 ガンバ大阪○○
16 山口蛍MF1990年10月6日(23歳)日本の旗 セレッソ大阪○○62分に交代出場 62分
17 長谷部誠1984年1月18日(30歳)ドイツの旗 ニュルンベルク54分に交代退場 54分46分に交代退場 46分○主将
18 大迫勇也FW1990年5月18日(24歳)ドイツの旗 TSV1860ミュンヘン67分に交代退場 67分57分に交代退場 57分
19 伊野波雅彦DF1985年8月28日(28歳)日本の旗 ジュビロ磐田
20 齋藤学FW1990年4月4日(24歳)日本の旗 横浜F・マリノス
21 酒井宏樹DF1990年4月12日(24歳)ドイツの旗 ハノーファー
22 吉田麻也1988年8月24日(25歳)イングランドの旗 サウサンプトン○○○
23 権田修一GK1989年3月3日(25歳)日本の旗 FC東京

予備登録メンバー

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選手名Pos.所属クラブ備考
林卓人GK日本の旗 サンフレッチェ広島
駒野友一DF日本の旗 ジュビロ磐田
水本裕貴日本の旗 サンフレッチェ広島
中村憲剛MF日本の旗 川崎フロンターレ
細貝萌ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン
豊田陽平FW日本の旗 サガン鳥栖
南野拓実日本の旗 セレッソ大阪

トレーニングパートナー

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選手名 Pos.所属クラブ備考
坂井大将 MF日本の旗 大分トリニータU-18
杉森考起 FW日本の旗 名古屋グランパスエイト

スタッフ

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監督

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コーチ

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  • ステファノ・アグレスティ(コーチ)
  • 和田一郎(アシスタントコーチ)
  • エウジェニオ・アルバレッラ(フィジカルコーチ)
  • 早川直樹(コンディショニングコーチ)

GKコーチ

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  • マウリツィオ・グイード

試合結果

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日時はすべて現地時間(クイアバはUTC-4、その他はUTC-3)。

グループ C

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順
位
チーム 勝
点
試
合
勝
利
引
分
敗
戦
得
点
失
点
点
差
1コロンビアの旗 コロンビア 9330092+7
2ギリシャの旗 ギリシャ 4311124−2
3コートジボワールの旗 コートジボワール 3310245−1
4日本の旗 日本 1301226−4



脚注

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注釈

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  1. ↑ 日本が初出場した1998年のフランス大会では、日本代表の予備登録メンバー25名を直前合宿に帯同させ、最終的に本戦登録メンバーを22人に絞り込んだが、そのときの除外メンバーに予選突破時の中心選手であった三浦知良が含まれていたことから、外れた選手にも残った選手にも少なからず動揺があったといわれている[3]。
  2. ↑ 清武弘嗣、山口蛍、権田修一、酒井高徳、酒井宏樹、齋藤学。
  3. ↑ 森重真人、青山敏弘、山口蛍、柿谷曜一朗、大迫勇也、斎藤学。
  4. ↑ この3名は予備登録メンバーに回った。
  5. ↑ 1998年に呂比須ワグナー、2002年と2006年に三都主アレサンドロ、2010年に田中マルクス闘莉王

出典

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  1. ↑ “ザッケローニ監督、ワールドカップメンバーを発表 〜主導権を握るサッカーで成長の証明を〜”. 日本サッカー協会 (2014年5月12日). 2014年7月5日閲覧。
  2. 1 2 “予備登録メンバーに中村・南野ら W杯日本代表”. 朝日新聞. 2014年5月13日. 2014年7月5日閲覧.
  3. ↑ “【W杯ドキュメント】メンバー発表のドラマ|カズと北澤の緊急帰国に揺れた98年”. 週刊サッカーダイジェスト. 日本スポーツ企画出版社 (2014年5月7日). 2014年7月5日閲覧。
  4. ↑ “2014FIFAワールドカップブラジル SAMURAI BLUE(日本代表)FIFA登録30名およびトレーニングパートナー”. 日本サッカー協会 (2014年5月13日). 2014年7月5日閲覧。
  5. 1 2 “W杯代表に本田・香川ら海外組12人…大久保も”. YOMIURI ONLINE. 読売新聞. 2014年5月12日. 2018年6月6日閲覧.
  6. ↑ “ロシアW杯は「歴代最年長ジャパン」 リオ世代3人落選、平均年齢「28.2歳」に上昇”. FOOTBALL ZONE WEB. 2018年5月31日. 2018年6月6日閲覧.
  7. ↑ “サッカーW杯代表決定 長谷部、内田、伊野波ら”. 2014年5月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年8月31日閲覧。 中日新聞 (2014年5月13日)
  8. ↑ 【W杯日本戦 戦術解析】明らかに狙われていた“長友・香川の左サイド” - サッカーキング(2014年6月16日)
  9. ↑ ワールドカップ日本代表、本田のゴールで先制もコートジボワールに逆転負け - HUFFPOST(2014年6月14日)
  10. ↑ ギリシャ戦最大の決定機を外し、悔しさをにじませた切り札・大久保嘉人 - サッカーキング(2014年6月20日)
  11. ↑ 3チームが残り1枠を争う…日本の決勝T進出の条件は? - ゲキサカ(2014年6月20日)
  12. ↑ コロンビアに敗れ、ワールドカップ敗退 - 日本サッカー協会(2014年6月25日)
  13. 1 2 “W杯敗退、調整失敗を認める サッカー協会・原専務理事”. 日本経済新聞 (2014年7月24日). 2017年8月16日閲覧。
  14. 1 2 笹井宏次朗 (2014年1月12日). “2014年W杯・日本は必ず調整不良で全敗する(上)”. 移民百年祭. 2017年8月16日閲覧。
  15. 1 2 笹井宏次朗 (2014年1月12日). “2014年W杯・日本は必ず調整不良で全敗する(下)”. 移民百年祭. 2017年8月16日閲覧。
  16. ↑ Holden, Kit (2013年12月13日). “World Cup 2014: Germany start to plan for Brazil with million pound headquarters but insist they are following Fifa's renting procedures”. The Guardian.
  17. ↑ “No.975 キャンプ地選定に問題はないか”. サッカーの話をしよう 大住良之オフィシャルアーカイブサイト (2014年4月9日). 2026年6月5日閲覧。
  18. ↑ “2014年ブラジルW杯、歴代最強はなぜ敗れたのか――ザックジャパン敗退の裏にあった“地政学の罠””. マイナビニュース (2026年3月27日). 2026年6月5日閲覧。
  19. ↑ “手倉森J サンパウロ実業家も指摘 「地の利」生かせ もっと日系社会活用して”. iza (2016年8月8日). 2026年6月5日閲覧。
  20. ↑ ““W杯の魔力”にかかった長友佑都…3時起床も「めちゃ元気」30度超の猛暑も「全然感じない」、思い出すブラジル大会の“傷””. ゲキサカ. 2026年6月4日閲覧。
  21. ↑ “「マイナスな声ほど選手に届くんです」清武弘嗣32歳に問う“なぜ8年前ザックジャパンは惨敗したのか?”「ロンドン4位との決定的な差」(栗原正夫)”. Number Web - ナンバー. 2022年11月1日閲覧。

外部リンク

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