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ダッカ・レストラン襲撃人質テロ事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ダッカ襲撃
バングラデシュの国内紛争中
ダッカ市内における襲撃事件現場の位置
場所 バングラデシュの旗 バングラデシュ ダッカ
グルシャン地区
Road No 79, House 5, Gulshan 2
ホーリー・アーティザン・ベーカリー (Holey Artisan Bakery)
座標 北緯23度48分9.04秒 東経90度25分0.08秒 / 北緯23.8025111度 東経90.4166889度 / 23.8025111; 90.4166889座標: 北緯23度48分9.04秒 東経90度25分0.08秒 / 北緯23.8025111度 東経90.4166889度 / 23.8025111; 90.4166889
日付 2016年7月1日 - 7月2日
21:20 – 08:30 (BST, UTC+06:00)
攻撃手段 銃乱射事件、爆弾、人質
武器 銃器類、AK-22、即席爆発装置、剣[1]
死亡者 28人(民間人20人、犯人6人、警察官2人)[2]
負傷者 50人[3]
犯人 ISIL(異論あり)
ジャマート=ウル=ムジャヒディーン[4]
関与者数 7
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ダッカ・レストラン襲撃人質テロ事件(ダッカ・レストランしゅうげきひとじちテロじけん)は、現地時間で2016年7月1日の21時21分に[5]、バングラデシュの首都ダッカの外交関係施設などが集まるグルシャン地区(英語版)のホーリー・アーティザン・ベーカリー (the Holey Artisan Bakery) を武装した7人が襲撃したテロ事件[6][7]。

概要

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襲撃の実行犯たちは、爆弾も投げ、数十人の人質をとり、警察との銃撃戦で警察官2名を射殺した[6]。犯人たちは、「アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)」と叫びながら襲撃を行なったと報じられている[7][8]。

この事件では28人が死亡したが、うち18人は外国人、2人が警察官で、犯人のうち6人も射殺された[9][10]。バングラデシュ軍、バングラデシュ警察(英語版)、RAB、バングラデシュ国境警備隊(英語版)の合同部隊の作戦によって、犯人のうち1人は捕らえられ、人質のうち13人は解放された[2]。バングラデシュの警視総監によれば、実行犯7人は全員がバングラデシュ人であったという[11]。

さらに、事件に関与したとされる犯人の一人モハメド・サイフラ・オザキはバングラデシュ系日本人で、2002年から2011年まで大分県別府市の立命館アジア太平洋大学や福岡市の九州大学に留学し、2011年に京都市衣笠の立命館大学国際関係学部で経営学の助教に就任。2012年に帰化して日本国籍を取得し、2015年には准教授に昇格したが、5月頃からダッカ警察の捜査を受け、12月に大学の同窓生だった日本人の妻や子供とともにブルガリアに出国し、その後行方不明となったため、2016年の3月に立命館大学を解雇されていた。

オザキは、この間岩田学園や大分大学、九州大学の非常勤講師やシャープ情報システム事業本部共同研究者を歴任。日本への留学中の2008年頃にヒンドゥー教からイスラム教に改宗したとされ、日本でイスラーム過激派の思想に感化された可能性も指摘されている[12][13][14][15]。

オザキは、2015年に日本からブルガリアに出国後、ISILに参加しており、ISILの最後の拠点となっていたシリアのバーグーズで2019年3月15日に拘束され、2019年5月20日にイラク北部のスレイマニーヤにある刑務所に移送されたことが明らかになった。なお、行動を共にしていた犯人の子供の内、2人は空爆で死亡し、3人は生存しているという[16]。

背景

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バングラデシュは人口1億7100万人の開発途上国であり、1人あたりGDPは年1,284ドルにとどまっている。イスラム系の武装組織ジャマート=ウル=ムジャーヒディーン(英語版)が1998年に結成され、2005年に一連の爆弾テロ(英語版)の後に非合法化されているが、その後また活動が再開されている。バングラデシュ政府は、この組織の指導者であったシャイフ・アブドゥル・ラーマン(英語版)とシーディク・ラーマン(英語版)のふたりを、裁判にかけて死刑に処した。

2005年には、これとは別のイスラム系テロリスト集団ハルカト=ウル=ジハード・アル=イスラーミー(英語版)による襲撃事件も起きているが、このグループは2004年ダッカ手榴弾襲撃事件(英語版)や2001年ラムナ・バタムル爆破事件(英語版)も引き起こしている。

2013年以来、バングラデシュではイスラム原理主義者による襲撃事件が増えつつあり(英語版)、攻撃の対象は宗教的少数派、世俗的ないし無神論的著作家たち(英語版)やブロガーたち、LGBTの権利を求めて運動する活動家たち、ラディカルではないイスラム教徒などにも広がっている[17][18][19]。2015年9月以降だけでも、こうした襲撃事件は30件以上あったと言われている。ISILはこれらのうち21件について関与を主張している[20]。2015年5月25日に非合法化された、また別のテロ集団アンサールッラー・バングラ・チーム(英語版)も、その一部について犯行声明を出している。グルシャン地区は、ダッカの中でも裕福な地区とされ、大使館等も数多く存在している[7]。

死亡した実行犯の一人は、2015年10月3日にバングラデシュ北西部ロンプール県(Rangpur District)でタクシーに乗っていた日本人男性を殺害した事件に関与した疑いで指名手配されていた[21]。

襲撃と救出作戦

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グルシャン地区の街頭風景
Gulshan- Mohakhali link road.
グルシャン地区とモハカリ(英語版)を結ぶ道路
バングラデシュ合同部隊は、グルシャンにおける人質事件の救出作戦を実施している間、グルシャン地区の交通の動きを制限した。

襲撃は夜の21時20分ごろに始まった[22]。犯人たち7人は、爆弾と銃で武装してレストランに侵入したが、犯人のうちの1人は剣も持参していた。犯人たちは「アッラーフ・アクバル」と叫びながら無差別に銃撃をはじめ、爆弾を数発爆発させた。テーブルの下に隠れた客もおり、パニック状態で階段を伝って屋上へ逃れたスタッフもいた。そのうちアルゼンチン国籍のウェイターが、ついてきた数人の従業員たちと屋上を封鎖した。彼らはその後、近くの建物に跳び移って逃げた[23][24]。

2階にいたスタッフたちは、トイレの中に逃げ込んだ。全員で8人がトイレの中に潜んでいた。犯人たちは2階に上がり、ドアの前で「ベンガル人は出てこい」、「イスラム教徒なら出てこい」と呼びかけた。誰もこれに応じず黙っていたので、犯人たちは誰もいないと考えてトイレを施錠した。トイレ内にいたスタッフたちは、身内にテキストメッセージを送って、自分たちがトイレの中にいることを伝え、救助を求めた。犯人たちは、多数の人質を捕らえたが、そのほとんどは外国人であった。報道によれば、レストランのスタッフや、その他のバングラデシュ人に対する犯人たちの態度は「まったく礼儀正しく、心配りが行き届いていた」という。ある犯人は、親しく話すようになったスタッフに、外国人たちは、露出の多い服装やアルコール嗜好などにより、イスラームの普及の妨げになっているとして、「連中のライフスタイルは地元の人間が同じようにすることを勧めている」と不満を述べたという[23][25]。

警部と当直警官の警察官2名は、銃声を聴いて捜査を開始した。警察もレストランでの事態を把握し、直ちにこれに対応した。警察が到着すると犯人たちと警察の間で銃撃戦となった。警察はレストランの周辺を封鎖して、人質の救出作戦を立て始めた。しかし、犯人たちは手榴弾を投げて爆発させ、上記2名の警察官を殺害した[6]。

犯人たちは、レストランのスタッフが店内の一隅に隠れていたのを見つけ出した。犯人のひとりは、「他の連中は皆逃げたのに、お前は逃げられなかったのだから、これは神がお前の死をお望みだということだ」と言い、彼を爆発物とともに椅子に縛り付け、人間の盾にした。犯人たちは、イスラム教徒と、非イスラム教徒を分け始めた。イスラム教徒には食料と水を与え、非イスラム教徒には与えなかった。7月2日の未明、犯人たちは人質の一部を解放し始めた。ヒジャブをまとった女性たちの一団が解放された。そのうち若いバングラデシュ人の青年も解放されたが、友人たちが解放されなかったので、ひとりで出て行くことを拒んで留まった[23]。

人質をとった犯人たちは、3つの要求を出した[26]

レストランの内部を撮影した写真と称するものが、親ISILのTwitterアカウントから配信され、いくつもの死体や、床に血の海が広がる状態が写されていた[6]。

救出作戦が、バングラデシュの大統領アブドゥル・ハーミドによって命じられ、「稲妻作戦 (Operation Thunderbolt) と名付けられた。作戦は、バングラデシュ陸軍第1空挺コマンド大隊(英語版)が主導した[27]。バングラデシュ陸軍のほか、海軍、空軍、国境警備隊、警察、RAB、SWATが加わり、合同部隊は現地時間で朝の7時40分から救出作戦を開始した[28]。百人規模の特殊部隊員がレストラン内に殺到し、9台の装甲兵員輸送車(APC)が壁を突き破って突入した[29]。12分か13分ほどのうちに、現場は制圧された[29]。その後の救出作業は50分ほどかかった。作戦決行時には、陸軍と海軍の指揮官たちが現場で見守った[30]。

人質のうち、13人は救出された。犯人のうち6人は銃撃戦の中で射殺されたが、1人は生きて捕らえられた[31]。

『The Daily Kaler Kantho』は、武装集団アンサール・アル=イスラーム(英語版)が、実際に襲撃が始まる10時間ほど前に、Twitterで襲撃を予告していたと報じている[32]。

犠牲者

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国籍別の死者数
国 死者数
イタリアの旗 イタリア 9
日本の旗 日本 7
バングラデシュの旗 バングラデシュ 4
インドの旗 インド 1
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 1
合計 22[33]

この事件で、民間人20人、犯人6人、警察官2人の死亡が確認され、50人の負傷者が出たが負傷者の大部分は警察官であった[3][34]。死亡した警察官2人は、ダッカ首都警察(英語版)捜査局の警視監 (assistant commissioner) と、近傍のボナニ署 (Banani police station) の当直警官であった[35][36]。犠牲者は繊維業で駐在していたイタリア国籍の者が一番多く、この中には妊娠し、帰国日が決まっていた女性もいた[6]。当初、バングラデシュ陸軍は、救出作戦時に殺された人質20人はすべて外国人で、「鋭利な刃物で残虐に殺害されていた」と発表した[34]。『クルアーン』の一節を暗唱できた者は命を助けられたが、これは犯人たちが非イスラム者(カーフィル)だけを殺害しようとしたためである[37][38][39]。

犠牲者の中には、国際協力機構(JICA)関係者である男性5人と女性2人の日本人7人が含まれていた[40]。インド国籍で、アメリカ合衆国の名門大学、カリフォルニア大学バークレー校に学んでいた19歳の女学生も殺害された[41]。

日本政府の対応

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事件を受け、7月2日に安倍晋三内閣総理大臣は、第24回参議院議員通常選挙での自民党の選挙遊説を中止して、国家安全保障会議を開催。総理大臣官邸危機管理センターの情報連絡室を改組して官邸対策室とし、人命第一での対応を関係各省に指示した。警察庁は沖田芳樹警備局長を本部長とした対策本部を設置し、外事特殊事案対策官及び国際テロリズム緊急展開班をダッカに派遣した[42]。外務省は岸田文雄外務大臣を本部長とした緊急対策本部を設置し、木原誠二外務副大臣及び海外緊急展開チーム、国際テロ情報収集ユニット担当者をダッカに派遣した[43]。

7月3日には、日本国政府専用機を出し、被害者家族8名及び、越川和彦副理事長ら国際協力機構職員をダッカに派遣した[44]。また、能化正樹外務省領事局長及び川村泰久外務報道官が、マスメディアにより遺族家族の意向に反する取材がなされているとして、配慮を要請した[45]。

7月4日、神奈川県警察、埼玉県警察、警視庁及び千葉県警察による合同捜査本部を設置。合同捜査本部は国外犯規定を適用して、殺人や人質強要処罰法違反などの疑いを視野に捜査を開始[46]。死亡した7人の遺体については、翌5日に検視及び司法解剖を実施した[42]。

7月4日、テロ事件に際しては異例となる天皇・皇后による遺族に対する哀悼の言葉などが河相周夫侍従長に伝えられ、翌5日に岸田外務大臣を通じて遺族らに伝達された[47][48]。

裁判

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2018年7月、ISILに忠誠を誓う地元過激派、ネオ・ジャマトゥル・ムジャヒディン・バングラデシュ(ネオJMB)の8人が資金提供などの形で事件に関与したとして起訴。2019年11月27日、反テロ特別法廷は7人に死刑、1人が証拠なしとして無罪の判決を言い渡した[49]が、死刑判決を受けた7人は後に終身刑へと減刑された。

慰霊碑

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2022年7月、ダッカメトロ展示情報センター内に、犠牲となったダッカ都市鉄道事業の関係者7名の慰霊碑が建立された。[50]

関連項目

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出典

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  1. ↑ “Chronology of Gulshan café crisis”. bdnews24.com. 2016年7月1日. 2016年7月2日閲覧.
  2. 1 2 “Police kill 6 militants, rescue 13 hostages in Dhaka attack”. Boston Globe. 2016年7月2日閲覧。
  3. 1 2 IANS (2016年7月1日). “Gunmen kill 5, injure 50, take 20 hostages in Dhaka's diplomatic quarter”. Yahoo. 2016年7月1日閲覧.
  4. ↑ “Bangladesh official doubts ISIL's claim for hostage-taking attack”. USA Today (2016年7月3日). 2016年7月4日閲覧。
  5. ↑ “Gunmen take hostages in Bangladeshi capital Dhaka” (英語). BBC News (2016年7月1日). 2016年7月1日閲覧。
  6. 1 2 3 4 5 “Gunmen take at least 20 hostages in Dhaka diplomatic quarter, Bangladesh – reports”. rt.com. Russia Today. 2016年7月1日閲覧。
  7. 1 2 3 “Hostages taken in attack on restaurant in Bangladesh capital; witness says gunmen shouted 'Allahu Akbar'”. Fox News. 2016年7月1日閲覧。
  8. ↑ “Bangladeshi police prepare to storm restaurant where Islamist terrorists are holding 20 hostages – including foreigners – after shooting two officers dead in Dhaka”. 2016年7月1日閲覧. Worker who escaped reported gunmen shouted 'Allahu Akbar' as they fired
  9. ↑ “Hostage crisis leaves 28 dead in Bangladesh diplomatic zone”. The Washington Post (2016年7月2日). 2016年7月4日閲覧。
  10. ↑ “20 foreigners killed in 'Isil' attack on Dhaka restaurant”. 2016年7月2日閲覧。
  11. ↑ “Gulshan attackers Bangladeshi citizens: IGP”. The Daily Star (2016年7月2日). 2016年7月2日閲覧。
  12. ↑ 「京都の大学教師がテロ容疑者、バングラ政府が最重要手配」
  13. ↑ “バングラ当局 立命館大元准教授? 公開捜査 1月から不明 日本で過激化か”. 産経新聞. 2016年7月20日. 2023年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2016年10月20日閲覧.
  14. ↑ 「立命大元准教授、資金援助か 犯行組織に」毎日新聞2016年7月31日 07時00分(最終更新 7月31日 17時41分)
  15. ↑ 「過激派支援疑いの立命大元准教授 息子の激変に戸惑う父「きっと戻ってくる」」産経ニュース2016.7.31 17:41
  16. ↑ FNN PRIME(2019年5月22日)「日本国籍のテロ首謀者を拘束 日本が「イスラム国」組織拡大の温床になったワケ」
  17. ↑ “Sufi spiritual leader hacked to death in Bangladesh”. CNN. 2016年7月3日閲覧.
  18. ↑ “Sufi Muslim leader found hacked to death in a Bangladesh mango grove in suspected Islamist killing”. The Daily Mail. 2016年7月3日閲覧.
  19. ↑ “Muslim student killed in Dhaka siege after refusing to desert friends in Western clothes”. The Independent. 2016年7月3日. 2016年7月3日閲覧.
  20. ↑ “ISIL claims it killed Hindu volunteer in Bangladesh”. Al Jazeera. 2016年6月11日. 2016年7月1日閲覧.
  21. ↑ 実行犯、昨年の邦人殺害に関与か…バングラテロ 読売新聞 2016年7月7日
  22. ↑ “Bangladesh Hostage Crisis: What Happened And Why”. NDTV. 2016年7月2日閲覧。
  23. 1 2 3 CNN Staff (2016年7月4日). “'God wants you to die': Dhaka's long night of terror”. 2016年7月4日閲覧。
  24. ↑ “Bangladesh mourns victims of Dhaka cafe attack”. BBC (2016年7月3日). 2016年7月4日閲覧。
  25. ↑ Manik, Julfikar Ali (2016年7月2日). “Bangladesh Attack Is New Evidence That ISIS Has Shifted Its Focus Beyond the Mideast”. The New York Times. 2016年7月4日閲覧. {{cite news}}: 不明な引数|ciauthor=は無視されます。 (説明)
  26. ↑ “আত্মসমর্পণের আহ্বান যৌথ বাহিনীর, জঙ্গিদের তিন শর্ত” (ベンガル語). Bangla Tribune. 2016年7月1日. 2016年7月1日閲覧.
  27. ↑ “Bangladesh PM Hasina says 13 hostages rescued alive from Gulshan café”. 2016年7月3日閲覧。
  28. ↑ “Bloody end to Dhaka hostage crisis”. The Daily Star (2016年7月2日). 2016年7月4日閲覧。
  29. 1 2 “Blood, Shock, Horror” (2016年7月2日). 2016年7月3日閲覧。
  30. ↑ “Army cordon off spot as rescue operation over”. 2016年7月3日閲覧。
  31. ↑ “Bangladesh PM Hasina says 13 hostages rescued alive from Gulshan café”. BDNews24 (2016年7月2日). 2016年7月4日閲覧。
  32. ↑ “এবিটির সকালে ঘোষণা, রাতে হামলা!” [ABT announced attack in the morning, attacked at night]. Daily Kaler Kantho (2016年7月2日). 2016年7月4日閲覧。
  33. ↑ Ishaan Tharoor (2016年7月2日). “Three American students among 20 people hacked to death in Bangladesh by ISIS terrorists - who only spared those who could recite the Koran - before armored troops moved in”. The Washington Post. 2016年7月2日閲覧.
  34. 1 2 “Dhaka attack: 20 hostages killed Friday night, says ISPR”. The Daily Star (2016年7月2日). 2016年7月4日閲覧。
  35. ↑ “Police officer killed as gunmen attack Bangladesh restaurant”. BDNews24 (2016年7月2日). 2016年7月4日閲覧。
  36. ↑ “2 Officers Dead, Dozens Wounded in Ongoing Bangladeshi Hostage Situation: Reports”. People Magazine (2016年7月1日). 2016年7月4日閲覧。
  37. ↑ “‘Those who could cite Quran were spared’”. The Daily Star (2016年7月2日). 2016年7月4日閲覧。
  38. ↑ “20 hostages killed in 'Isil' attack on Dhaka restaurant popular with foreigners”. The Daily Telegraph. 2016年7月2日閲覧。
  39. ↑ Al-Mahmood, Syed Zain. “Bangladesh Hostage’s Father Says Son Didn’t Expect to Live”. The Wall Street Journal. 2016年7月3日閲覧. [T]he militants, who Hasnat Karim said seemed to be in their early 20s, were hunting for foreigners and non-Muslims. 'They asked the hostages to recite verses from the Quran', he said. 'Those who could [recite], were treated well, but those who couldn't were separated...'
  40. ↑ “「日本人7人死亡確認」 バングラデシュ人質事件” ['Seven Japanese Deaths Confirmed' Bangladesh Hostage Incident]. NHK. 2016年7月2日. 2016年7月2日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2016年7月2日閲覧.
  41. ↑ “Dhaka attack: 19-year-old Indian girl among 20 hostages killed, PM Modi phones Sheikh Hasina”. Zee News. 2016年7月2日. 2016年7月2日閲覧.
  42. 1 2 “バングラデシュ・ダッカにおける襲撃事件について” (PDF). 国家公安委員会. 2016年7月7日.
  43. ↑ “「首相「人命第一を指示」 バングラに外務副大臣派遣 邦人人質か”. 日本経済新聞. 2016年7月2日.
  44. ↑ “「同志失い痛恨の極み」=7人死亡、関係者に衝撃-ダッカ襲撃”. 時事通信. 2016年7月3日.
  45. ↑ “外務省、報道各社に「配慮」要請”. ロイター. 2016年7月4日.
  46. ↑ “警視庁と3県警、合同捜査本部を設置”. 産経新聞. 2016年7月5日.
  47. ↑ "両陛下、ダッカテロでお見舞い=犠牲邦人らの家族に". 時事通信. (2016年7月5日)
  48. ↑ "両陛下、遺族にお悔やみ伝達". 読売新聞. (2016年7月5日)
  49. ↑ “ダッカ襲撃テロ、7人に死刑判決”. 産経新聞 (2019年11月27日). 2025年4月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年11月27日閲覧。
  50. ↑ “H.E. Mr. HONDA Taro, Parliamentary Vice-Minister for Foreign Affairs of Japan attends the Memorial Ceremony for the Victims of Holey Artisan Bakery Terror Attack in 2016.”. 在バングラデシュ日本大使館. 2023年12月25日閲覧。
  51. ↑ “バングラデシュ初の都市高速鉄道ダッカメトロ6号線が部分開業”. JICA. 2023年7月1日閲覧。

外部リンク

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