EF50mm F1.0L USM


EF50mm F1.0L USMは、キヤノンが1989年9月に発売したEFマウント用の標準単焦点レンズである。開放F値はF1.0であり、35mm判の一眼レフカメラ用交換レンズとしてこの性能を達成したのは、この製品が唯一となっている。オートフォーカス(AF)とリング型超音波モーター(USM)を備え、EFマウントの大口径と完全電子制御を象徴する製品の一つとされる[1][2][3]。
開発の背景
1987年に始まったEOSシステムでは、レンズとカメラの機械的な連動を完全に廃止したEFマウントが採用された。マウントの内径は54mm、フランジバックは44mmとされた。キヤノンの開発者によれば、EFマウントを検討する際、光学設計者から50mm F1.0のレンズを実現できる大きな口径が求められた。50mm F1.0ありきでEFマウントは設計が行われた[4][2]。
本製品は1987年の初代EOS 650発表時に告知されたEFレンズ17機種に含まれ、実際の発売は1989年9月だった。写真家でカメラ機材の評論家である赤城耕一は『デジカメ Watch』の連載「アカギカメラ」で、従来のFDマウントでは実現できなかった仕様を新しいマウントで実現できると示す、EOS初期の象徴的なレンズだったと論じている[4][5]。
明るさと位置づけ
F1.0は、同じシャッター速度とISO感度で比較すると、F1.4のおよそ2倍、F2.0の4倍の光を取り込む口径比に相当する。フィルム撮影で感度を容易に変更できなかった時代には、薄暗い場所でシャッター速度を確保できることに意味があった。また、被写界深度を浅くして背景を大きくぼかせる。米国の写真誌『Shutterbug』に2002年の実写記事を執筆したStan Trzoniecは、超音波モーターを備えたF1.0レンズの存在に驚いたこと、ISO 100のフィルムでも室内の撮影を行えたことを報告した[6]。
35mm一眼レフ用レンズとしては「世界一明るい」製品であるが、距離計連動式カメラ用としては、1961年にキャノンが「CANON 50mm F0.95」を発売している。後にライカも距離計連動式カメラ用の「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.」を発表している。ミラーレスカメラ用にはF0.95のレンズが複数発売されているが[2][7][8][9]、これらの規格のカメラは、露光面が小面積であったりフランジバックが短いなど技術的物量的な制約が緩く、比較的明るいレンズを設計しやすいという側面もある。
光学・機械構成
最大径は91.5mm、全長は81.5mm、質量は985g。フィルター径は72mmで、50mm標準レンズとしては非常に大きく重かった。マウント側の後玉はEFマウントの接続金具一杯のサイズであり、カメラと信号をやり取りする接続接点を配置する空間は無かった。そこで電子接点を載せたプレートが後玉の周縁部の一部を覆うように配置された[10]。光学系は9群11枚で、2枚の研削型非球面レンズと4枚の高屈折率ガラスレンズを用いる。キヤノンは、これらの光学素子によって開放F1.0からフレアの少ない高コントラストな描写を実現し、フローティング機構によって近距離での画質の低下も抑えたとしている[11][1]。絞り羽根は8枚、最小絞りはF16。最短撮影距離は0.6m、最大撮影倍率は0.11倍である[1][3]。発売時には専用ケースとレンズフードが付属した[1]。F1.0の開放撮影では被写界深度がきわめて浅くなるため、意図した場所に正確に合焦させることは困難であった[6]。
超音波モーターとピント合わせ
製品名の「USM」は Ultrasonic Motor(超音波モーター)を意味する。本製品はAFの駆動にリング型USMを採用した。リング型USMは超音波の振動エネルギーを利用し、静粛性と起動・停止の応答性に優れる。また、AFモードのままフォーカスリングを操作してピントをマニュアルで微調整できる「フルタイムマニュアルフォーカス」に対応する[1][2]。USM自体を初めて採用したキヤノンのレンズは本製品ではなく、1987年発売の「EF300mm F2.8L USM」である。
ただし、オートフォーカスの駆動速度は光学系が非常に重く、前玉群全体を動かす方式であったため、迅速とは言いが無い速度であった[10]。
本製品のマニュアルフォーカスは、フォーカスリングの動きを検出してUSMでレンズを動かす電動式である。1989年のキヤノンのサービスマニュアルは「Powered manual focus using USM」と記し、USM・ヘリコイドユニットの調整項目にマニュアルフォーカス用のブラシ位置調整を挙げている。そのため、USMまたは関連する電子回路に不具合が生じると、AFだけでなく手動でのピント合わせもできなくなる仕様であった[12]。
AFの作動距離範囲は、フォーカスモードスイッチによって0.6mから無限遠、または1mから無限遠に切り替えられる。また、距離目盛と、白黒赤外フィルム撮影時のピント補正に用いる赤外指標を備えた[13]。
評価
『Shutterbug』のStan Trzoniecは、F1.0の明るさと超音波モーターによるAFを備える点に注目した。同誌の実写記事では、暗い場所での手持ち撮影や背景を大きくぼかす人物撮影を評価する一方、開放時の像は柔らかく、画面の隅を含む一般的な画質はF2.8以降で改善すると記した。[6]William L. Castlemanは、自身のウェブサイトに掲載した比較テストで、F1.4に絞ったときの描写は安価なEF50mm F1.4 USMとほとんど区別できず、F1.0では自身の用途に対して描写がソフト過ぎると評価した[14]。
「phillipreeve.net」のBastian K.は、F1.0での周辺光量の低下、紫色の色にじみ、逆光耐性やコマ収差を弱点として挙げる一方、近距離撮影での描写や人物写真のボケを評価している。これらは撮影条件や評価者によって異なる実写上の評価であり、メーカーが公表した製品仕様とは区別される。[10]大きさと質量、価格も日常的な標準レンズとしては制約だった。『デジカメ Watch』の赤城耕一は「とても高価で巨大」で、普段持ち歩くには重すぎると評している[5]。
価格、生産数と販売期間
日本での発売時価格は366,000円であった。『Shutterbug』のStan Trzoniecは2002年の記事で、当時の実売価格を約2,530米ドルと記している[1][6]。
生産本数について、キヤノンによる確定した公表値は確認されていない。中古カメラ店マップカメラは「総生産数は800本程度だった」を商品説明に掲載している[15]。Ken Rockwellは自身のウェブサイトで販売量の少なさに言及し、William L. Castlemanも希少性と生産終了を理由に収集対象となり得ると述べている[14][16][15]。
Ken Rockwellは自身のウェブサイトで生産終了年を2000年としている。2002年の米国の実写記事にも販売店での実売価格が記載されており、 製造終了後しばらく在庫が購入できたようである。キヤノンの製品ページには発売年月はあるが、生産終了の年月は示されていない[16][6][1]。2007年1月には、開放F値をF1.2とし、重量を590gに抑えた「EF50mm F1.2L USM」が発売された[17]。
同社の50mmレンズとの比較
同じEFマウント用の標準単焦点レンズであるEF50mm F1.2L USM、EF50mm F1.4 USM、初代EF50mm F1.8との主な仕様の比較を以下に示す。F1.8は1987年発売の初代を対象とし、EF50mm F1.8 IIおよびEF50mm F1.8 STMとは区別する。数値はキヤノンカメラミュージアムの公表仕様による。[1][17][18][19]
| 項目 | EF50mm F1.0L USM | EF50mm F1.2L USM | EF50mm F1.4 USM | EF50mm F1.8(初代) |
|---|---|---|---|---|
| 発売年月 | 1989年9月 | 2007年1月 | 1993年6月 | 1987年3月 |
| 発売時価格(公表表記) | 366,000円(ケース・フード付き) | 185,000円(税別) | 49,000円 | 25,300円(ケース付き) |
| 焦点距離 | 50mm | 50mm | 50mm | 50mm |
| 開放F値 | F1.0 | F1.2 | F1.4 | F1.8 |
| レンズ構成 | 9群11枚 | 6群8枚 | 6群7枚 | 5群6枚 |
| 絞り羽根枚数 | 8枚 | 8枚(円形絞り) | 8枚 | 5枚 |
| 最小絞り | F16 | F16 | F22 | F22 |
| AF駆動方式・MF方式 | リング型USM/電子式MF | リング型USM/機械式MF | マイクロUSM | マイクロモーター |
| 最短撮影距離 | 0.6m | 0.45m | 0.45m | 0.45m |
| 最大撮影倍率 | 0.11倍 | 0.15倍 | 0.15倍 | 0.15倍 |
| フィルター径 | 72mm | 72mm | 58mm | 52mm |
| 最大径×全長 | 91.5×81.5mm | 85.8×65.5mm | 73.8×50.5mm | 67.4×42.5mm |
| 質量 | 985g | 590g | 290g | 190g |
EF50mm F1.0L USMとEF50mm F1.2L USMはいずれもAF駆動にリング型USMを採用するが、手動フォーカスの方式は異なる。F1.0Lはフォーカスリングの操作を電子的に検出してUSMで駆動する電子式であるのに対し、F1.2Lは機械式の手動フォーカスを採用する。[1][17][12][20]。EF50mm F1.2L USMのみが、8枚羽根の円形絞りを採用を採用している[1][17][18][19]。
発売時価格は各機種の発売当時の公表値であり、発売年によって付属品および税の表記条件が異なる。
EF85mm F1.2L USM


EF85mm F1.2L USMは、本製品と同じ1989年9月に発売された大口径の中望遠レンズであり、外装部品の一部はEF50mm F1.0L USMと共通部品が使用されている。直径はEF50mm F1.0L USMと同一であるが、EF85mm F1.2L USMの方が全長は僅かに長く、重量は1kgを超えるレンズとなっている。EF50mm F1.0L USMと同様にリング型USM、研削型非球面レンズ、フローティング機構を採用するが、85mmは人物やファッションの撮影を主な用途としている。EF85mm F1.2L USMの非球面レンズは1枚、EF50mm F1.0L USMは2枚である。キヤノンの両製品の取扱説明書でも、この2本は同じ注意事項の対象として扱われている[21][22]。
1989年のキヤノンのサービスマニュアルは両機種を一冊にまとめて扱い、それぞれの分解図には共通する部品番号が記載されている[23]また、レンズフード「ES-79 II」は、本製品、初代EF85mm F1.2L USMおよび後継のEF85mm F1.2L II USMに共通して対応する。[24]。
| 項目 | EF50mm F1.0L USM | EF85mm F1.2L USM |
|---|---|---|
| 発売年月 | 1989年9月 | 1989年9月 |
| 発売時価格 | 366,000円 | 170,700円 |
| 焦点距離・開放F値 | 50mm・F1.0 | 85mm・F1.2 |
| レンズ構成 | 9群11枚 | 7群8枚 |
| フィルター径 | 72mm | 72mm |
| 最大径・全長 | 91.5mm・81.5mm | 91.5mm・84mm |
| 質量 | 985g | 1,025g |
口径比F1.0とF1.2の光量の差は、F値から計算した理論上の値で約1.44倍(約0.53段)である。ただし両者は焦点距離と画角が異なり、85mmのほうが人物を大きく写す撮影などに向くため、単純な上位・下位の関係にはない。85mmには2006年3月に後継の「EF85mm F1.2L II USM」が発売され、同じく研削型非球面レンズとフローティング機構を採用しながら、AFの高速化などが図られた。[25]
関連項目
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 「EF50mm F1.0L USM」 キヤノンカメラミュージアム。2026年9月24日閲覧。
- 1 2 3 4 「テクノロジー Lレンズの世界」 キヤノン。2026年9月24日閲覧。
- 1 2 「レンズヒストリー」 キヤノン。2026年9月24日閲覧
- 1 2 「EOSシステム誕生30周年―開発陣が振り返るEOSシステムの軌跡(前編)」 キヤノンカメラミュージアム。2026年9月24日閲覧。
- 1 2 赤城耕一 「第72回:終わらない標準レンズの旅へ。キヤノンEF50mm F1.4 USM」 『デジカメ Watch』、2023年6月。2026年9月24日閲覧。
- 1 2 3 4 5 Stan Trzoniec, “Canon's f1.0 USM: A Super Speed Lens”, Shutterbug, 1 April 2002. 2026年9月24日閲覧。
- ↑ 「CANON 50mm F0.95」 キヤノンカメラミュージアム。2026年9月24日閲覧。
- ↑ 「ライカ ノクティルックスM f0.95/50 ASPH.」 ライカカメラ。2026年9月24日閲覧。
- ↑ “Nikon releases the NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct” ニコン、2019年10月10日。2026年9月24日閲覧。
- 1 2 3 Bastian K., “Review: Canon EF 50mm 1.0L USM – The world's fastest AF lens”, phillipreeve.net, 30 December 2025. 2026年9月24日閲覧。
- ↑ 「(50周年記念)超精密加工への挑戦が生んだ非球面レンズ」 キヤノンカメラミュージアム。2026年9月24日閲覧。
- 1 2 キヤノン『EF 50mm 1:1.0L / EF 85mm 1:1.2L Service Manual』1989年、仕様(p.4)・手動焦点機構の調整(p.23)。2026年9月24日閲覧。
- ↑ キヤノン、『EFレンズ使用説明書』、「AF作動距離範囲の切り換え(EF50mm F1.0L USM)」「各部の名称」「赤外指標」。2026年9月25日閲覧。
- 1 2 William L. Castleman, “Performance Review of the Canon EF 50mm f/1.0L USM Lens”, 2005. 2026年9月24日閲覧。
- 1 2 「Canon EF50mm F1.0L USM」 マップカメラ。2026年9月24日閲覧。
- 1 2 Ken Rockwell, “Canon 50mm f/1.0L USM Review”, February 2025. 2026年9月24日閲覧。
- 1 2 3 4 5 「EF50mm F1.2L USM」 キヤノンカメラミュージアム。2026年9月24日閲覧。
- 1 2 3 「EF50mm F1.4 USM」 キヤノンカメラミュージアム。2026年9月25日閲覧。
- 1 2 3 「EF50mm F1.8」 キヤノンカメラミュージアム。2026年9月25日閲覧。
- ↑ “Canon EF 50mm f/1.2L USM Lens Review”, The-Digital-Picture.com。2026年9月26日閲覧
- 1 2 「EF85mm F1.2L USM」 キヤノンカメラミュージアム。2026年9月24日閲覧。
- ↑ キヤノン、『EFレンズ使用説明書』、EF50mm F1.0L USMとEF85mm F1.2L USMの取扱上の注意。2026年9月24日閲覧。
- ↑ キヤノン『EF 50mm 1:1.0L / EF 85mm 1:1.2L Service Manual』1989年、EF50mm F1.0Lの分解図(掲載ページ36)・EF85mm F1.2Lの分解図(掲載ページ38)。2026年9月25日閲覧。
- ↑ 「レンズフード ES-79 II」 キヤノンオンラインショップ。2026年9月25日閲覧。
- ↑ 「EF85mm F1.2L II USM」 キヤノンカメラミュージアム。2026年9月24日閲覧。