カバリエリエース

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カバリエリエース
品種 サラブレッド
性別 牝
毛色 鹿毛
生誕 1978年5月11日
死没 1981年11月29日
父 ハーディカヌート
母 カバリダナー
母の父 パーシア
生国 日本の旗 日本(北海道門別町)
生産者 賀張仲川牧場
馬主 (有)賀張仲川牧場
調教師 佐藤勝美(美浦北)
競走成績
生涯成績 10戦3勝
獲得賞金 6345万1400円
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カバリエリエースは、日本の競走馬。おもな勝ち鞍は、クイーンカップと4歳牝馬特別(オークストライアル)。

なお、当項目では馬齢を当時の表記方法(数え年)で記述する。

経歴

母・カバリダナーと同じく4歳シーズン開幕早々の1981年1月24日にデビュー。結果は、3番人気であったが鮮やかに差し切り勝ち。母と同じく、デビュー戦を飾った。この勝利の勢いに乗ってか、果敢にも2戦目に重賞・クイーンカップに挑戦となった。同レースには、前年の3歳牝馬チャンピオン・テンモンが大本命として参戦した結果、僅か6頭と言う寂しいメンバー構成となった。このレースで、カバリエリエースは最低人気を跳ね返し優勝。良馬場でテンモンを破った初の馬となった。

その後、次走を重馬場に足を掬われたか1番人気を裏切る3着敗退に終わったものの、母が2着惜敗に終わった4歳牝馬特別を1番人気で快勝。『打倒テンモンの本命』として、オークスには母と同じ2番人気で挑戦となった。

だが、カバリエリエースのオークス(24頭)は、スタート直後の信じられないヨレが致命傷となり、後ろには21番人気のカイエンオーカンだけと言う惨敗を喫してしまう。

このレース惨敗以降、ツキを無くしたカバリエリエースは良い所なく負け続け、同年11月29日のダービー卿チャレンジトロフィーではとうとうレース中に故障を発症し予後不良となった。

なお、1歳下に弟・タカラテンリュウ(毎日王冠、東京新聞杯、ダイヤモンドステークス)がいるが、当馬も1番人気に支持された1983年の秋の天皇賞惨敗以降不振に陥り、1986年2月16日の目黒記念でレース中に故障を発症し予後不良と言う、カバリエリエースと同様の運命を辿っている。

血統表

カバリエリエースの血統(ファリス系 / Blandford 4x5=9.38%)(血統表の出典)
父

*ハーディカヌート
Hardicanute
1962 黒鹿毛 イギリス
父の父
*ハードリドン
Hard Ridden
1955 鹿毛 イギリス
Hard Sauce Ardan
Saucy Bella
Toute Belle Admiral Drake
Chatelaine
父の母
Harvest Maid
1949 鹿毛 イギリス
Umidwar Blandford
Uganda
Hay Fell Felstead
Hay Fever
母

カバリダナー
1972 栗毛 日本
*パーシア
Parthia
1956 鹿毛 イギリス
Persian Gulf Bahram
Double Life
Lightning Hyperion
Chenille
母の母
*トライスティングロード
Trysting Road
1963 栗毛 アメリカ
Hasty Road Roman
Traffic Court
Countess Rullah Count Fleet
Nasrulline F-No.4-k

※母・カバリダナーは京都牝馬特別優勝馬。

外部リンク