勝利寺

ウィキペディアから、無料の百科事典

勝利寺(しょうりじ)は、和歌山県伊都郡九度山町大字慈尊院にある高野山真言宗の寺院。本尊は十一面観音。慈尊院の南に位置し、高野山への参詣と関わりの深い寺院である[1]。

沿革

創建年代は明らかでない。『日本歴史地名大系』によれば、寺は「世尊院万年山」と号し、本尊の十一面観音は空海が42歳のとき厄除けのために彫ったと伝えられる。また、近世の地誌『紀伊続風土記』は、空海以前から寺が存在したとの伝承を記している[1]。

高野山参詣の入口にあたる地域にあり、参詣者の往来と関わってきたと伝えられる。九度山町の観光資料によると、寺には後白河上皇の高野山参詣に由来すると伝えられる御幸門がある[2]。

境内

  • 本堂 - 十一面観音を本尊として安置する。厨子・須弥壇を含めて九度山町指定文化財となっている[3]。
  • 仁王門 - 九度山町の資料によれば、安永2年(1773年)に完成したと伝えられる。門に安置される仁王像については、延享元年(1744年)に高野山奥之院の「明遍杉」で造られたとの伝承がある[2]。
  • 地蔵堂 - 木造地蔵菩薩立像を安置する[4]。
  • 鐘楼 - 本堂・地蔵堂とともに回廊で結ばれている[2]。

文化財

九度山町指定文化財(建造物)

1996年(平成8年)6月28日に次の4件が九度山町の文化財に指定された[3]。

  • 勝利寺仁王門
  • 勝利寺本堂(厨子、須弥壇を含む)
  • 勝利寺地蔵堂(厨子、須弥壇を含む)
  • 勝利寺鐘楼

九度山町指定文化財(美術工芸品)

九度山町教育委員会の文化財一覧には、次の絵画・彫刻が記載されている[4]。

  • 絹本著色弘法大師画像(1983年3月1日指定)
  • 絹本著色阿弥陀浄土変相図(1987年10月2日指定)
  • 木造十一面観音立像(本尊1躯、脇仏2躯。1983年3月1日指定)
  • 木造地蔵菩薩立像(1983年3月1日指定)

紙遊苑との関係

境内の北側には、高野紙(古沢紙)の歴史と製法を紹介する紀州高野紙伝承体験資料館「紙遊苑」がある。勝利寺の旧庫裏などを譲り受けて復元・整備した施設で、1999年(平成11年)4月に開館した。紙漉き体験や資料展示を通じて、地域の伝統的な製紙技術を伝えている[5][6]。

所在地

  • 和歌山県伊都郡九度山町大字慈尊院749[7]

脚注

  1. 1 2 “勝利寺”. コトバンク(『日本歴史地名大系』). 平凡社. 2026年10月24日閲覧。
  2. 1 2 3 “勝利寺”. 九度山町観光情報. 九度山町. 2026年10月24日閲覧。
  3. 1 2 “建造物 - 九度山町の文化財 -”. 九度山町教育委員会. 2026年10月24日閲覧。
  4. 1 2 “美術工芸品 - 九度山町の文化財 -”. 九度山町教育委員会. 2026年10月24日閲覧。
  5. ↑ “紀州髙野紙伝承体験資料館「紙遊苑」”. 九度山町教育委員会. 2026年10月24日閲覧。
  6. ↑ “紀州高野紙伝承体験資料館 紙遊苑”. 和歌山県建築士会 (2023年2月). 2026年10月24日閲覧。
  7. ↑ “九度山”. 南海電気鉄道. 2026年10月24日閲覧。

参考文献

  • 『日本歴史地名大系』第31巻『和歌山県の地名』平凡社、1983年、ISBN 458249031X(「勝利寺」の項目)。

外部リンク