土御門親定

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土御門親定
時代 鎌倉時代中期 - 後期
生誕 文永4年(1267年)
死没 正和4年7月1日(1315年8月1日)
官位 正二位権大納言
主君 亀山院→伏見天皇→後伏見天皇→後二条天皇→花園天皇
氏族 村上源氏久我流土御門家
父母 父:土御門定実、母:平時継女
兄弟 雅房、親定、定宗、定空
妻 源重遠女(亀山院女房右衛門佐局)
子 親賢、親実
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土御門 親定(つちみかど ちかさだ)は、鎌倉時代中期〜後期の公卿。正二位権大納言。太政大臣土御門定実の二男。母は権大納言平時継の女。

経歴

以下、『公卿補任』と『尊卑分脈』の内容に従って記述する。


大覚寺統寄りの定実一家

『増鏡』第十一「さしぐし」では、後伏見天皇が後二条天皇に譲位した後、親定の父定実が前内大臣から太政大臣に任ぜられたことに関連して、定実一家が亀山院の信任が厚かったことが記述されている。 このことから、定実一家は大覚寺統寄りであったことが推測される。また、親定は兄雅房と並んで学才があったとも記述されている。

系譜

参考文献