妓籍
妓籍(ぎせき)は、芸者としての籍する日本語の語である。『デジタル大辞泉』は「芸者としての籍」と説明し、『精選版 日本国語大辞典』は「芸者としての籍。また、芸者の世界」と定義している[1]。
語義と用例
「妓籍」は、芸者としての身分や芸者社会への所属を表す語として用いられる。『精選版 日本国語大辞典』は、服部誠一の著書『東京新繁昌記』における「其の妓籍の繁昌なる日月盛大にして」という記述を初出例として挙げている。同書は1874年から1876年にかけて刊行された[2]。
ただし、辞書における語義と、法令に基づく登録制度とは区別する必要がある。「妓籍」という語が芸者としての籍を意味することだけから、江戸時代に全国共通の公的な芸妓登録制度が存在したと結論づけることはできない。
江戸時代の芸者と名簿・奉公契約
江戸時代には、芸者の名前や所属、奉公契約などを記録した史料が存在する。京都祇園の遊女屋・尾上屋に関する「遊女芸者名前控」は、幕末期から明治初頭にかけて活動した芸者89人と遊女13人、計102人について記録した名簿である[3]。
同名簿には、芸者奉公と遊女奉公の区別、店で名乗る名前と本名、奉公年限、給金額、実親、保証人、契約を仲介した人物などが記されている。また、契約成立後の異動についても追記されており、抱え芸者や遊女の管理に用いられたと考えられている[4]。
これらの名簿や奉公契約は、江戸時代の芸者の職業上の所属や雇用関係を研究するための史料である。ただし、これらが当時「妓籍」と呼ばれていたことや、全国一律の公的な妓籍制度を構成していたことを直接示すものではない。
明治時代の用例
明治時代初期の『東京新繁昌記』には「妓籍」という語が見られる。辞書はこの用例を同語の初出例として採録しており、少なくとも19世紀後半には、芸者の世界や芸者としての籍を表す語として使用されていたことが確認できる[5]。
一方、明治時代には芸者と娼妓を対象とする行政上の管理が行われたが、芸者としての所属を意味する「妓籍」と、娼妓に関する法令上の登録とは、対象や制度的性格を区別して扱う必要がある。
脚注
- ↑ “妓籍”. コトバンク. 朝日新聞社・VOYAGE MARKETING. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ “妓籍”. コトバンク. 2026年10月29日閲覧。
- ↑ 鍛治, 宏介 (2024). “幕末期祇園の遊女屋名簿からみる遊女と芸者”. フォーラム現代社会学 23: 96-106. doi:10.20791/ksr.23.0_96.
- ↑ 鍛治, 宏介 (2024). “幕末期祇園の遊女屋名簿からみる遊女と芸者”. フォーラム現代社会学 23: 96-106. doi:10.20791/ksr.23.0_96.
- ↑ “妓籍”. コトバンク. 2026年10月29日閲覧。