崎村城
(佐賀県) | |
|---|---|
| 城郭構造 | 平城 |
| 築城主 | 犬塚家貞 |
| 築城年 | 明応年間 |
| 主な城主 | 犬塚氏 |
| 廃城年 | 不明 |
| 遺構 | 曲輪、堀 |
| 指定文化財 | なし |
| 再建造物 | なし |
| 位置 | 北緯33度15分51.0秒 東経130度23分45.0秒 / 北緯33.264167度 東経130.395833度 |
| 地図 | |
歴史
神埼市の田手川左岸に位置する。犬塚氏は筑後国三潴郡を本拠としていたが、明応年間(1492年~1501年)に犬塚家貞が当地に移り﨑村城を築いた。その後、長男の家直は崎村城主となり、三男の家種が補佐役を務めた。
永禄12年(1569年)に大友義鎮が龍造寺氏を攻撃した際、当城の鎮直は龍造寺氏につき、大友氏に味方した尚重と争って共に戦死した。その後、鎮直の後を継いだ遺子・家広は元亀3年(1572年)に三根郡に移封され、龍造寺家臣となった。
参考文献
- 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(41.佐賀県)』、角川書店、1982年
