李醺雨

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李醺雨
李醺雨の肖像(個人蔵)
生誕 1886年9月28日
死没 1935年10月18日
出身校 名古屋高等工業学校建築科
職業 建築家
所属 朝鮮総督府
李醺雨建築工務所
東亞建築事務所
建築物 天道教大神師出世百年記念館
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李 醺雨(り くんう、イ・フヌ、이 훈우、1886年 - 1935年)は、朝鮮の建築家。

生涯

1886年、慶尚南道河東郡に李鍾亀の3男として生まれた。日本で留学し、1908年4月、名古屋高等工業学校建築科に入学し、1911年3月に卒業した。1917年12月31日、朝鮮総督府総督官房土木局営繕課の技手に任じられ、朝鮮総督府の景福宮新庁舎の建築過程に職員として参加した。

1920年、総督府技手を辞職し、李醺雨建築工務所を開業した。これは、朝鮮人により設立された建築事務所の中で最も早い例とされる。

主な作品

参考文献

  • 김현경; 딜런 유; 황두진 (2026-10-15). 이훈우를 찾아라. 공간서가 
  • 김현경; 유대혁; 황두진 (2020). “건축가 이훈우에 대한 연구”. 건축역사연구 (건축역사학회) 29 (3). doi:10.7738/JAH.2020.29.3.037. 
  • “최초 건축가 이훈우의 발견… 한국 근대 건축사 다시 써야 할 이유”. 서울신문. 2021年3月25日.