松平康兼

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松平 康兼
時代 江戸時代中期
生誕 享保16年(1731年)
死没 明和8年8月6日(1771年9月14日)
改名 康兼→円昭(法名)
別名 岩次郎、左膳、舎人
墓所 金戒光明寺
官位 従五位下肥前守、信濃守
幕府 江戸幕府旗本 中奥番士、西ノ丸目付、禁裏付
主君 徳川家重、家治
氏族 岡部氏→松井松平家
父母 実父:岡部忠藩、実母:岡部忠宜の娘
養父:松平康喜
兄弟 岡部忠輝、康兼、高山守真室
妻 松平康喜養女(松平康直の娘)
子 銕太郎、康彊、勝田元哉、松平勘満婚約者
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松平 康兼(まつだいら やすかね)は、江戸時代中期の旗本。

経歴

岡部忠藩の次男として生まれ、松平康喜の末期養子となり、寛延元年(1748年)4月3日に遺跡を継ぐ。宝暦3年(1753年)12月14日に中奥番士、明和2年(1765年)8月15日に西ノ丸目付となり、12月18日に布衣の着用を許される。明和6年(1769年)6月17日に禁裏附となり、10月25日に従五位下肥前守に叙任される。明和8年(1771年)8月6日、京都において41歳で死去。

系譜

参考文献