桑嶋忠真

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桑嶋忠真
時代 江戸時代
生誕 享保7年(1722年)
死没 天明6年(1786年)9月3日
別名 彦惣、熊六、新五右衛門
戒名 英昇
官位 浅草東國寺
氏族 岡本氏
父母 父:桑嶋忠陳 母:五十嵐藤助娘
養父:桑嶋忠純    
兄弟 忠純、藤井英延室、諏訪部定親室、忠真
子 忠順(養子)、裕(養子)、裕室
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桑嶋 忠真(くわしま ただざね)は、江戸時代の御家人。

略歴

忠陳の嫡男として生まれるが、幼かったため、叔父である忠純が忠陳の養子に入り、繋ぎ的に家督を継いだため、系譜では忠陳の次男という扱いになっている。

忠純の後見の下、元文4年(1739年)11月7日に徳川吉宗に初めて謁見し、寛延3年(1750年)4月30日に江戸城の馬医見習いとなる。寛延2年(1749年)5月3日、兄忠純の死と共に家督を継ぎ馬医となる。

男子に恵まれず、忠順を養子として迎えるが先立ってしまったため、改めて裕を娘婿にして養子に迎え、後継とする。

天明6年(1786年)9月3日没。享年65。

参考文献