脳室周囲器官
通常の中枢神経系には血液脳関門(blood-brain barrier: BBB)が存在し、血液と中枢神経系(脳と脊髄)組織との間の物質交換を制限すしている。血液脳関門は、機能的には内皮細胞間に存在するタイトジャンクションによるものであり、構成分子にはクローディファミリー、TAMPファミリー、アンギュリンファミリー、 JAMファミリー、ZOファミリーなどが含まれる。脳において血液脳関門による血液由来の物質の侵入を防ぐことは、神経回路が適切に機能するための細胞環境維持に必須である。したがって、血液脳関門の機能障害が生じると、血液由来の物質が脳実質へと拡散し、その結果として神経細胞の損傷が引き起こされる(Zlokovic, 2011)[1]。血液脳関門の機能崩壊は、直接的に血管系破壊による脳卒中などの発症だけでなく、アルツハイマー病やパーキンソン病などの脳疾病の進行と関連していることが知られている(Daneman 2012)[2] 。以上、血液脳関門は、脳内環境のホメオスタシス維持において重要であり、その異常は脳疾病の発症や進行と深い関連性ある。しkし、脳には内皮細胞間に存在するタイトジャンクションを欠き、血液脳関門の機能が存在しない脳部位が数カ所存在している。1936年、Wislocki & Kingは、数種類の色素を静脈内投与するとほとんどの脳部位では血液脳関門により、色素が脳実質組織に侵入しないのに対して、幾つかの特定脳部位においては色素が侵入していることを報告した(Wislocki & King, 1936) [3] 。
1958年Hoferは、これらの色素が侵入する特定の脳領域が脳室周囲に位置していることから、総称として脳室周囲器官(Circumventricular organs:CVOs)と命名した(Hofer, 1958) [4], 注1) 。その後、脳室周囲器官は血液脳関門を持たず血管透過性が高いことから「Windows of brains」と呼称されるようになった(Weindl, 1973)[5] 。これは、脳室周囲器官が血管内皮細胞間に完全なタイトジャンクションを形成していないことで典型的な血液脳関門を欠いている。ただし、血管透過性には制限があり、分子量1万以下の物質移動が血液と脳実質の間で比較的自由であるが、それ以上になると通過しない。さらに、脳で生産された神経ホルモンを直接血管系へ放出可能である。脳室周囲器官では、生命維持に重要な末梢情報を正確に捉え、脳内での処理後、脳から直接出力している。これは、ホメオスタシス維持のための誤差を最小化し、時間的ラグを小さくしていると考えられる。
脳室周囲器官は機能により、以下に分類されている注2):1) 感知性脳室周囲官器官;終板脈管器官(Organum vasculosum of the lamina terminalis; OVLT)、脳弓下器官(Subformical organ; SFO), 最高野(Area postrema; AP)、2)分泌性脳室周囲官器官;下垂体後葉 (Neurohypophysis; NH, Posterior pituitary; PP)、正中隆起 (Median eminence; ME)、松果体(Pineal gland)、3)脈絡叢(Choroid plexus)。
注1)器官という名称がつけられているが、幾つかの脳部位を示す総称である。
注2) 弓状核(Arcuate nucleus)と交連下器官(Subcommissural organ ; SCO)は、血管内皮細胞間に典型的なタイトジャンクションが存在しており、定義上、脳室周囲器官に該当しない。
構造
編集中
脳室周囲器官の部位ごとの機能
感知性脳室周囲官器官 (Sensory CVOs)
終板脈管器官 (Organum vasculosum of the lamina terminalis; OVLT)
第三脳室の前壁を構成する組織で、前交連と視神経交叉の間に位置する終板器官(organum vasculosum of the lamina terminalis、OVLT)は、発生学的に神経管の先端にあたる終板の正中腹側を占めるためこの名がある。終板器官の内側は第三脳室に面して膨隆し、外側はくも膜下腔に面する。したがって内側、外側ともに髄腋に接している。内側から外側に向けて上衣細胞層、内層、外層の3層からなり、軟膜から入った血管が外層で血管叢をつくり、内層に進入そて毛細血管ループまたは糸球を形成する。毛細血管内皮は一般の内分泌腺の場合と同じように窓あき型で、血管周囲腔がみられる。血管壁には血管周囲腔を隔てて、神経線維、グリア細胞、タニサイトの突起が終わっている。
脳弓下器官 (Subformical organ; SFO)
脳弓下器官(subfornical organ)は左右の脳弓柱が合して脳弓体となった直後にある米粒半分大の器官である。この部位を覆う上衣細胞には密着結合が発達する。細胞内にはのみこみ小胞が多い。外側と後方は脈絡組織に続く。上衣細胞層の下に中間層と基底層がある。前者には上衣細胞の突起、神経細胞体とその突起、グリア細胞などがみられる。後者には窓あき型の毛細血管が豊富に分布し、その周りに血管周囲腔が存在する。したがってここにも血液脳関門がない。血管壁には主にグリア細胞の突起が終わっている。
最後野 (Area postrema; AP)
最後野(さいこうや、area postrema)は菱形窩の最後部、すなわち第四脳室が中心管に移行する部位にあたり、毛細血管が豊富に分布する。毛細血管の多くは内腔が広い洞様毛細血管である。それらの内皮には窓があり、基底膜を隔てて血管周囲腔が存在する。実験的に血管内に投与した色素は、容易に血管周囲腔へ滲み出し、近傍の孤束核まで広がる。最後野の実質には、小型の神経細胞と変形したグリア細胞がある。この部の神経細胞は豊富なグリコゲンと多くの水解小体を含む。最後野のニューロンは視床下部からの下行性の入力のほかに、迷走神経や舌咽神経を介して胸腹部臓器の臓性知覚入力を受け、孤束核や迷走神経背側核に投射する。したがって、血中の情報を経て、主として内臓支配の自律中枢に伝える役割をもつ。一部のニューロンはアミン作動性である。
分泌性脳室周囲官器官 (Secretory CVOs)
松果体 (Pineal gland)
正中隆起 (Median eminence; ME)
下垂体後葉 (Neurohypophysis; NH, Posterior pituitary; PP)
脳室周囲器官制御破綻症候群
脳室周囲器官の破綻によって脳室周囲器官制御破綻症候群(circumventricular organs dysregulation syndrome、CODS)が起こると考えられている。CODSに含まれる病態には頭蓋咽頭腫、視神経脊髄炎、インターフェロン脳症、ウェルニッケ脳症、メトロニダゾール脳症、ヒトパピローマウイルスワクチン接種後神経障害(HANS)などが知られている。
タニサイト
脳室周囲器官や脳室の特定の部位では一部の上衣細胞の基底突起が長く伸び、脳実質を横切り脳の表面や血管壁に達している。このような細胞をタニサイト(有尾細胞、伸長上衣細胞)とよぶ。タニサイトの基底突起は近くのタニサイトから出たものと集合して小束を形成する。これが光学顕微鏡では上衣線維に相当する。タニサイトは密着結合でつながっており、脳室周囲器官と脳脊髄液の自由な物質交換を妨げている。タニサイトの基底突起は血管壁のエンドフット(終足)として終わる。血管壁やその近傍にあるタニサイトのエンドフットにはシナプス様構造をもって接触する神経終末があるが、タニサイトはそのエンドフットを神経終末と血管壁の間に伸ばしたり引っ込めたりすることによって神経と血管壁の接触を遮断したり、逆に接触面を増やしたりする。
参考文献
- [1] Zlokovic, B. V. (2011). Neurovascular pathways to neurodegeneration in Alzheimer’s disease and other disorders. Nat. Rev. Neurosci. 12:723–738. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22048062/
- [2] Daneman R. (2012) The blood-brain barrier in health and disease. Annals of Neurology, 72:648–672. tps://doi.org/10.1002/ana.23648
- [3] George B. Wislocki, Lester S. King (1936) The permeability of the hypophysis and hypothalamus to vital dyes, with a study of the hypophyseal vascular supply. American Journal of Anatomy 58:421-472. https://anatomypubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/aja.1000580206
- [4] Hofer, H. (1958). Zur morphologie der circumventrikulären ogane des zwischenhirns der säugetiere. Verhandl. Deut. Zool. Ges. 8:202–251. https://www.abebooks.co.uk/signed/Morphologie-circumventrikul%C3%A4ren-Organe-Zwischenhirnes-S%C3%A4ugetiere-Hofer/30670346617/bd
- [5] Weindl, A. (1973). “Neuroendocrine aspects of circumventricular organs,” in Frontiers of Neuroendocrinology, edsW. F. Ganong and L. Martini (New York, NY: Oxford University Press), 3–32.