荒川医
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荒川ナッシュ医(あらかわ ナッシュ えい、1977年 -)は、日本・アメリカのアーティスト。福島県いわき市出身[1][2]。研究的な手法を取り入れた共同制作型のパフォーマンス作品で知られる。2026年にはヴェネツィア・ビエンナーレの日本館代表を務めた[3]。
経歴
2004年、ニューヨークのReena Spaulings Fine Artでパフォーマンス作品『Mid-Yuming as Reconstruction Mood』を発表した。2024年には国立新美術館で個展『Paintings Are Popstars』を開催し、美術館における初の個展となった。2022年からは、ArtCenter College of Designの大学院芸術課程で教員を務めている[4]。
2026年ヴェネツィア・ビエンナーレ
2026年、第61回ヴェネツィア・ビエンナーレにおいて日本館の代表を務めた。日本館で発表した個展『Grass Babies, Moon Babies』では、4か月児とほぼ同じ重量の乳児人形約200体を展示し、それぞれに反射サングラスを着用させた[5]。
人形には57の誕生日が設定され、それらの日付には日本におけるナショナリズム、戦争、女性の生殖に関する権利、クィア史、労働運動などに関連する歴史的出来事が反映されている。日付はヨーロッパ、アメリカ、アジア各地の歴史から選ばれた。
日本館には、チェ・ジェウン、作曲家のサージ・チェレプニン、アート・コレクティブFAC XTRA RETREAT、占星術師の石井ゆかり、茶人の伊住禮次郎、イラストレーターのR・キクオ・ジョンソン、チェ・ゴウンらも参加した。また、隣接する韓国館との共同性も作品の重要な要素となった[6]。
私生活
福島県に生まれ、2019年にアメリカ合衆国へ帰化した。帰化に伴い日本国籍を離脱した。夫との間に双子の子供がいる[7]。
主要作品
- 『Mid-Yuming as Reconstruction Mood』
- 『Paintings Are Popstars』
- 『Grass Babies, Moon Babies』
脚注
- ↑ “荒川医 Ei Arakawa”. 美術手帖. 2026年10月7日閲覧。
- ↑ “荒川医 オーラル・ヒストリー”. 日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ (2013年3月30日). 2026年10月7日閲覧。
- ↑ “The Interview: Ei Arakawa-Nash”. ArtReview. 2026年6月8日閲覧。
- ↑ “Yuming Forever: Ei Arakawa-Nash on the J-Pop Icon Who Soundtracked Their Life”. Artforum (2026年5月1日). 2026年6月8日閲覧。
- ↑ Alex Wang (2026年5月5日). “Mind the baby! Visitors to the Japanese Venice Biennale pavilion will be asked to look after dolls”. The Art Newspaper. 2026年6月8日閲覧。
- ↑ “Yuming Forever: Ei Arakawa-Nash on the J-Pop Icon Who Soundtracked Their Life”. Artforum (2026年5月1日). 2026年6月8日閲覧。
- ↑ “The Interview: Ei Arakawa-Nash”. ArtReview. 2026年6月8日閲覧。