藤原盛房

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藤原盛房
時代 平安時代後期
生誕 不詳
死没 不詳
官位 従五位下、肥後守
主君 堀河天皇
氏族 藤原北家山蔭流
父母 父:藤原定成
子 時政
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藤原 盛房(ふじわら の もりふさ)は、平安時代後期の貴族・歌人。藤原北家山蔭流、越後守・藤原定成の子。官位は従五位下・肥後守。

経歴

参議・藤原安親の曾孫に当たる。応徳3年(1086年)六位蔵人に補任。寛治元年(1087年)大膳亮、次いで式部少丞に任ぜられ、寛治6年(1092年)従五位下・肥後守に叙任される。歌人として知られ、関白・藤原師通の歌会に参加した際の作が『金葉集』に一首入選している。

系譜

  • 父:藤原定成
  • 母:不詳
  • 妻:不詳
    • 男子:藤原時政