行助

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行助(ぎょうじょ、応永12年(1403年) - 応仁3年3月24日(1469年5月5日))は、室町時代後期の天台宗の僧侶・連歌師。別名に本照・法林、号は惣持房(あるいは惣持院)[1]。権大僧都法印(『行助連歌集』自署)。実名・出自は不明。

経歴

応永12年(1403年)に生まれた[2]。

山名氏家臣であったが[2]、若くして出家し、延暦寺東塔の惣持房に入った。

連歌は同じ山名氏家臣の出身であった宗砌から学び[2]、文安元年(1444年)頃から各所の連歌の席に出席し、後には足利将軍家の連歌の席にも招かれるようになった。

連歌の後進で行助とも同席することがあった宗祇は、後に『竹林抄』において「七賢」の1人に選んでいる。

文正元年(1466年)から応仁2年(1468年)にかけて東国を旅している。

代表作に『行助句』(享徳3年(1454年))・『行助連歌集』(文正元年(1466年))などが知られ、歌学書に『連歌口伝抄』(長禄2年(1458年))が伝わる。

応仁3年(1496年)に死去した[2]。享年65[2]。

脚注

  1. ↑ 『国書人名辞典』「行助」
  2. 1 2 3 4 5 日本人名大辞典+Plus, デジタル版. “行助(ぎょうじょ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2025年3月16日閲覧。

参考文献

  • 芳賀登 他編『俳文学大辞典』(角川書店、1995年) ISBN 978-4-0402-2700-9 「行助」「行助句」「行助句集」「行助連歌」「行助連歌集」(P221.執筆者:伊藤伸江)
  • 市古貞次 他編『国書人名辞典 2』(岩波書店、1995年) ISBN 978-4-000-80082-2 「行助」(P73-74.)