貞懿独孤皇后

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貞懿独孤皇后(貞懿獨孤皇后、ていいどっここうごう、? - 大暦10年10月6日(775年11月3日))は、唐の代宗の貴妃。

生涯

隋の名臣独孤楷の玄孫にあたる独孤穎の娘で、祖先の本姓は李氏(鮮卑系)である。

初め、広平王李豫(のちの代宗)の側女を務めた。艶麗な容貌で知られ、寵愛を一身に受けた。代宗が立つと、貴妃に上った。

大暦10年(775年)10月、薨去した。皇后の位を追贈され、「貞懿」と諡された。代宗は悲しみのあまり、3年の間棺を埋葬しなかった。

子女

  • 李迥(韓王)
  • 華陽公主

伝記資料

  • 『新唐書』
  • 『唐書直筆』
  • 『冊独孤穎長女為貴妃文』
  • 『独孤季膺墓志』