高丘五常

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高丘 五常(たかおか の いつつね、生没年不詳)は、平安時代前期の貴族。氏は高岳とも記される[1]。官位は従五位下・大学助。

経歴

文徳朝末の天安元年(857年)文章得業生に補せられる。

出雲掾・丹波掾を経て、光孝朝の元慶5年(881年)左少史として京官に遷る。元慶6年(882年)少外記に遷任すると、元慶9年(885年)大夫外記であった島田惟上・巨勢文宗に代わって、大蔵善行とともに大外記に昇任された。しかし、早くも翌仁和2年(886年)外従五位下・紀伊介に叙任されて地方官に転じている。

宇多朝の寛平3年(891年)大学助として京官に復し、寛平9年(897年)内位の従五位下に叙せられている。

官歴

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 『外記補任』
  2. ↑ 『都氏文集』巻4
  3. 1 2 『日本三代実録』

参考文献