キナバル山
| キナバル山 | |
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真南からの山容。クンダサンから撮影。 最高峰は左側にあるが写っていない。 | |
| 標高 | 4095.2 m |
| 所在地 |
サバ州 West Coast Division Ranau District |
| 位置 | 北緯6度05分 東経116度33分 / 北緯6.083度 東経116.550度座標: 北緯6度05分 東経116度33分 / 北緯6.083度 東経116.550度 |
| 山系 | Crocker Mountains |
| 初登頂 | ジョン・ホワイトヘッド(1888年) |
キナバル山(キナバルさん、マレー語: Gunung Kinabalu, 英: Mount Kinabalu)は、ボルネオ島北部、マレーシア領のサバ州にある山である。標高 4,095.2mはボルネオ島とマレーシアの最高峰であり、ニューギニア島(オセアニアのメラネシアに属する)西部を除く東南アジアの最高峰である。
概要
[編集]キナバルとは、マレー語でキナは中国、バルは未亡人の意味。キナバル山付近には、中国の王子とその未亡人の伝説も残っている。広東の漁師兄弟が台風で遭難、当地に漂着し、現地妻を娶った後、兄がホームシックで北上航海に出たが その後音信が途絶え、現地に残された妻がこの山にのぼってマレーへ帰る船影をさがしたという伝説も伝わる。カダザン語のアキ・ナバル(先祖の霊が宿る山)がなまってキナバルになったという説もある。
キナバル山のあるサバ州の旗には、キナバル山の姿が描かれており同州のシンボル的な存在である。南麓がキナバル山を望む観光地として発展している。
世界でも有数の生物多様性に富み、6000種以上の植物と100種以上の哺乳類が確認されている[1]。
山頂には、花崗岩による独特の岩場が広がっている。また山の麓は、熱帯雨林特有のジャングルとなっている。熱帯雨林から高山帯までの特異な動植物が数多く存在している。山麓のジャングルでは、世界最大の花とも言われるラフレシア、食虫植物として有名なウツボカズラが原生している。
出来事
[編集]1851年、プラントハンターのヒュー・ローが初めて頂上台地に到達した。ヒュー・ローは76種の新種の植物を採取した。1888年には探検家のジョン・ホワイトヘッドが初登頂した。
1942年1月から4月までと1944年から1945年までは新高山(台湾の玉山)を超えて大日本帝国の占領地の中では最高峰であったが[2]、キナバル山に日本名は無い。
2000年に山域がキナバル自然公園として、ユネスコの世界遺産(自然遺産)とユネスコ世界ジオパークに登録された[3]。
2015年6月5日には山体南西麓のエリアでサバ地震が発生。落石によって18人の死亡者が発生している。この地震でドンキーズピークの片耳に当たる岩峰が折れている。また、同年からGoogle ストリートビューでキナバル山の登山道が公開されている[4]。
1987年からキナバル国際クライマソンとういうトレイルランニングの国際大会が行われており、2026年で33回目を数える[5]。2014年の28回大会では日本人の松本大が優勝している[6]。
地質
[編集]キナバル山は、約1千万年前にマグマ貫入により造られた。山塊の中心部はゆっくりと冷えてできた花崗閃緑岩で、地下深部から超塩基性岩や堆積岩を貫いて上昇し、上昇に伴い山体が大きく変形した。中腹に蛇紋岩が存在する。1万年前までの氷期には山頂付近に氷河が存在し、花崗閃緑岩を削り滑らかな岩肌にしたと考えられる。山は現在でも1年に5㎜隆起している。
登山
[編集]山体南南西の約1,850mほどの山稜にあるTimpohon Gateからのルートが一般的でここから未舗装の登山道が始まる。登山に当たり高度は高いが技術的に難しいところはない。
2004年時点では、入山届提出と入山料の支払いおよびガイドの随行が義務化されている。また、下山時に公園事務所で登頂認定書を有料で発行してもらうことができる。登山ツアーは、コタ・キナバル発で、3,300m付近の山小屋に1泊。翌日早朝に登頂してご来光を拝み、その日の内に下山する1泊2日が一般的。
2026年時点では、ドローンの無許可飛行は禁止されており、違反すると25,000リンギット(2026年の為替レートで約100万円)の罰金が科せられ, ドローンも没収される[7]。2015年には山頂で裸になった男女4人がおり、わいせつ行為を行ったとして逮捕されている[8]、当山は地元住民にとっては霊峰であるためこういったマナー面にも配慮が必要である。
ローズガリー
[編集]ローズガリー(Low's Gully)は、キナバル山の山体の北側に深く刻まされた大渓谷で、キナバル山の巨大な山体を東西に分けている。氷河などの侵食によって形成され、谷の長さは6kmで深いところで800mほど深さがあり、狭いところでは3mほどの幅しかない。ローズガリーは1851年にイギリス人のヒュー・ローが発見したとされている[9]。
1960年にイギリス隊が踏破に初挑戦するが失敗[9]。その後も失敗が続き、1994年にはイギリス軍兵士の隊がローズガリーに入って5人が遭難。数週間に及ぶ大がかりな捜索が行われた末にヘリで救出される事件が起きている[10]。
2003年にヨーロッパのフランドル地方を中心とした隊が踏破に成功したが、これは谷の途中にある側壁からの降下であって源頭部からの踏破ではなかった[9]。
2026年2月に日本の大西良治・田中彰らの隊が源頭部からの完全踏破に成功した[9]。正確には、谷の途中にある成功例で使用されたフミッシュショートカットと呼ばれる側壁のルートから4.8kmの下降を先行して完了し、再度、キナバル山を登って源頭部からの下降を行いローズガリーのすべてを踏破する手順であった[9]。
なお、下流部のゴルジュ部が難関でここで多くの隊が踏破を断念していた。最難関は最下部にあるカテドラルと呼ばれる落差60mの滝である[9]。
交通
[編集]コタキナバルの北部郊外にあるイナナンバスターミナル(北部バスターミナル)よりサンダカン行きのバスに乗り、約2時間程でキナバル公園の管理事務所付近に到着する。
山容
[編集]- 南方上空から
- 南から(ウィキメディア・コモンズ側で閲覧すると峰の名称を確認できる)
- 南南東麓から
- 西南西から
- 西麓から
- 北西から
- 西南西に約60km離れたコタキナバル国際空港から
登山風景
[編集]- 頂上のLow's Peak、拡大すると登山者が多数いるのがわかる
- Low's Peakの最上部
- 2023年の山頂標
- 頂上から東の眺望
- St. John's Peak
- South Peak
- 山頂部はこのような滑らかな岩場が続く
- Laban Rata Rest House(3,300m付近の山小屋)
- 低高度域の登山道
- 低高度域の登山道
- 未舗装の登山道が始まるTimpohon Gate
脚注
[編集]- ↑ NHK 世界の名峰グレートサミッツキナバル ~熱帯の命あふれる山~
- ↑ 第二次世界大戦において日本の勢力がイギリス領北ボルネオに及び、オランダ領ニューギニアに及ばなかった時期である。
- ↑ “Kinabalu UNESCO Global Geopark”. UNESCO (2023年5月24日). 2023年5月24日閲覧。
- ↑ Google Releases Street View of Mount Kinabalu - Backpacker.com
- ↑ Mount Kinabalu International Climbathon公式サイト
- ↑ Japanese runner wins 28th International Mount Kinabalu Climbathon - New Straits Times
- ↑ Low’s gully(ローズガリー)|キャニオニング - 結晶舎
- ↑ 観光客の行為が地震招いたと地元民 マレーシアで4人逮捕 - CNN.co.jp
- 1 2 3 4 5 6 地球トラベラー ボルネオ“死者の谷”に挑む マレーシア・キナバル山 - NHK BS、2026年3月31日放送
- ↑ Leaders of lost expedition criticised - Independent、1994年9月21日
