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| 広島ドラゴンフライズ | |
|---|---|
| 役職 | U-15 HC |
| 基本情報 | |
| 愛称 | シャッキー |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1983年12月20日(40歳) |
| 出身地 | 広島県広島市[1] |
| キャリア情報 | |
| 出身 | 千葉大学 |
| 指導者経歴 | |
| 2013-15 2015-16 2016-17 2017 2017 2017-18 2018-19 2019-21 2021 2021- |
日本代表女子(テクニカルスタッフ) アイシン ウィングス(テクニカルスタッフ) 横浜ビー・コルセアーズ(アシスタントコーチ) 横浜ビー・コルセアーズ(ヘッドコーチ) 横浜ビー・コルセアーズ(アソシエイトコーチ) 横浜ビー・コルセアーズ(ヘッドコーチ) 広島ドラゴンフライズ(ヘッドコーチ) 広島ドラゴンフライズU-15(ヘッドコーチ) 広島ドラゴンフライズ(ヘッドコーチ) 広島ドラゴンフライズU-15(ヘッドコーチ) |
尺野 将太(しゃくの しょうた、1983年12月20日 - )は、広島県出身のバスケットボール指導者。テクニカルスタッフ時代に培った映像分析や情報分析を得意分野としている[2]。
幼少期を広島県広島市安佐北区の鈴張で過ごし、小学生時代には鈴張剣道クラブで負けん気を培った。漫画『スラムダンク』の影響でバスケットボールを始め[3]、1994年に広島県で開催されたアジア大会において、大竹市総合体育館で開催されたバスケットボール日本代表の試合を観戦し、競技としてのバスケットボールへの関心を持つようになる。その後、広島県内でも指折りの進学校である広島県立祇園北高等学校に入学し同校のバスケットボール部で活動した。1年時にはベンチメンバーとして全関西バスケットボール大会に出場したが、チームの主力となった3年時には県大会出場を逃している。
高校部活引退後は、学問としてスポーツを学ぶことを志して千葉大学教育学部スポーツ科学課程に進学。大学1年生の冬に、当時同校の大学院生でアシスタントコーチを務めていた鈴木良和の兄弟にバスケットボールを教えた事をきっかけとしてバスケットボールを教える楽しさを実感するようになった。当時は鈴木がバスケットボールの出張指導の会社を設立した時期でもあり、鈴木の薦めでバスケットボール出張指導の経験を積んだ[4][5]。 千葉大学男子バスケットボール部監督を務めている日高哲朗に薫陶を受けた事や、当時バスケットボール女子日本リーグ(Wリーグ)の 富士通レッドウェーブのヘッドコーチを務めていた中川文一の指導を受けた事、またチームに常駐のコーチがいないため大学4年生の時に選手兼コーチを務めたことなどを通じて徐々にバスケットボール選手ではなく、指導者への道を真剣に考えるようになった[6]。大学卒業後は、バスケットボールの指導をより深く学ぶため千葉大学大学院 教育学研究科保健体育専修へ進み(専門はバイオメカニクス)、勉学の傍ら同大学バスケットボール部の学生コーチを2年間務めた[6]。また在学中にスペイン・カタルーニャ州バダローナを本拠地とするプロバスケットボールチームでスペインの一部リーグのリーガACBに所属するホベントゥート・バダローナの育成現場を視察したことで、バスケットボールにおける育成の重要性を再認識している[7]。
大学院修了後、聖徳大学附属取手聖徳女子高校の保健体育教員、同校女子バスケットボール専攻の顧問を務める中で[8][3]、練習試合先で恩師である日高の筑波大学男子バスケットボール部ヘッドコーチ時代の教え子で、東京医療保健大学で女子バスケットボール部を立ち上げた恩塚亨と再会した。当時、すでに女子日本代表のテクニカルスタッフとして活動していた恩塚から、最新のバスケットボールの映像分析や情報分析についての教示を受け、高校の指導現場へ生かす目的からも、これらの分析技術を深く学ぶようになる。
恩塚の手伝いや勉強会などを通じ日本バスケットボール協会におけるアンダーカテゴリーの女子日本代表のテクニカルスタッフとして活動した。2013年からは恩塚の後任として女子日本フル代表のテクニカルスタッフとして正式に就任し、教員の職を辞して2013年アジア選手権、2014年世界選手権、2015年アジア選手権まで代表チームに帯同した[6]。 2015年10月からはWリーグに所属するアイシン・エィ・ダブリュ ウィングスのテクニカルスタッフに就任している(2016年4月退任)[6]。
2016年7月にBリーグ・横浜ビー・コルセアーズのアシスタントコーチに就任[9]。 2017年3月に青木勇人ヘッドコーチの体調不良に伴う欠場[10][11]が続いた後にチームとの協議の結果による契約解除が発表され、尺野がヘッドコーチ代行を経て正式にヘッドコーチに昇格した[12]。2016-2017シーズン終了後の2017年8月には古田悟アソシエイトコーチのヘッドコーチへの昇格と同時に、尺野がアソシエイトコーチへ職務が変更となる形でチームに留まった[13]が、同年12月に古田ヘッドコーチが体調不良を理由とした欠場[14][15][16]が続いた後に、成績不振を理由とした契約解除が発表され、尺野が再びヘッドコーチに昇格となった[17]。この結果、同一人物が1年間の内に同じチームで2度ヘッドコーチに昇格するという大変珍しい人事となった。2017-2018シーズン終了後、2018年5月に任期満了に伴う尺野のヘッドコーチ退任が発表された[18]。
2018年6月にBリーグ・広島ドラゴンフライズのヘッドコーチに就任[19]。B2優勝、B1昇格を目標としたが西地区3位に終わり、プレーオフ進出はならずシーズン終了後にヘッドコーチを退任した[20]。2019年6月に広島ドラゴンフライズのU15チームのヘッドコーチに就任[21]。2021年2月に広島ドラゴンフライズのヘッドコーチに復帰[22]。2020-21シーズン終了後の2021年5月に広島ドラゴンフライズのヘッドコーチを退任してU15チームのヘッドコーチに復帰した[23]。
| NBAヘッドコーチ実績表略号説明 | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| レギュラーシーズン | G | 試合数 | W | 勝利数 | L | 敗戦数 | W–L % | レギュラーシーズン勝率 | |
| ポストシーズン | PG | 試合数 | PW | 勝利数 | PL | 敗戦数 | PW–L % | プレイオフ勝率 | |
| チーム | シーズン | G | W | L | W–L% | シーズン結果 | PG | PW | PL | PW–L% | 最終結果 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 横浜ビー・コルセアーズ | 2016-2017 | 13 | 1 | 12 | .077 | B1中地区6位 | 5 | 3 | 2 | – | B1・B2入替戦 勝ち抜けによるB1残留決定 |
| 横浜ビー・コルセアーズ | 2017-2018 | 41 | 14 | 27 | .341 | B1中地区6位 | 4 | 3 | 1 | – | B1残留プレーオフ 勝ち抜けによるB1残留決定 |
| 広島ドラゴンフライズ | 2018-2019 | 60 | 32 | 28 | .533 | B2西地区3位 | – |
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